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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


歌籠の春音

始.

 アンティークショップの扉を開いた千住 瞳子の目に、真っ先に飛び込んだのはカウンターに置かれた、大人の両手サイズの小洒落た鳥籠だった。
 洋風造りのこの店には、何処か不釣合い差を見せている竹細工の籠だったが、古今東西ありとあらゆる曰くつきの品が無造作に陳列するこの店内では、そんな違和感は一瞬の物だった。
 その籠が何であるのか。まるで解らなかったが、瞳子は呼ばれる様に籠へ近づいていた。
「おや、如何したんだい。コイツに興味でも持ったかい?」
「こんにちは、蓮さん。はい、なんか凄く気になっちゃって」
 声をかけてきたのは当然だろうがこの店の店主、碧摩 蓮だった。
 相変らず真っ赤なチャイナ服が良く似合う女性だったが、曰く付きの品物の『曰く』を客人に如何にかさせようと言う精神も相変らずの様だ。
 瞳子が一つ頷くと、そうかい。と短く返事をして蓮は籠の頭を煙管の腹でコツコツと叩いた。
「コイツは歌籠ってんだよ。籠ん中を見てごらんよ、小さいのが寝てるだろ? コレが歌さ。――まあ、歌って言ってもコイツの場合は"春の音"なんだけどね」
 言われるままに瞳子が中を覗けば、籠の中には掌サイズの…人形と言うべきか、妖精と言うべきなのか。萌黄色の衣を纏った、小さいモノが丸まって寝息を立てていた。
「もうどれだけこの中にいるだか知らないけど、この籠の作りを見ると、随分長い間閉じ込められてるんだろうね。どうにも可哀想でねえ…。春が終わっちまう前に、コイツを外へ帰してやりたいと思ってるんだよ」
 溜息交じりに言葉した蓮は、籠の頭に付いている紫色の房を掴んで持ち上げると、ずいっとその籠を瞳子の目の前へと押し出した。
「ってワケだ。コレも何かの縁だよ。アンタ、引き受けちゃくれないかい? アンタ、なんでも音楽習ってるって言うじゃないか。丁度良いって思うんだけどねえ…」
「私…引き受けます。どんな音かも知りたいし…閉じ込められてるのは、やっぱり可哀想です。これも何かの縁ですしね」
 差し出された籠を両手で受け取った瞳子。
 蓮の言葉を真似て返せば、店主はひょいと肩を竦めてからカラリと一つ笑っていた。
「頼もしいね。それじゃ、任せたよ。そいつは同じ音がある場所じゃないと外には出れない。それから、春が終わっちまったら、今年一杯出るチャンスは無くなるからね。覚えといておくれよ」


1.

 瞳子はアンティークショップの主から手渡された赤飴色の竹籠を両手で抱える様にして、真昼の公園を歩いていた。
 今日は風も無く陽射しも強すぎずで、それこそ絵に描いたような小春日和だ。
「外を歩いてみたら、何かヒントあるかな…って思ったんだけどな」
 相変らず籠の中で、すやすやと寝息を立てる小さな“春の音”を覗き込んで、瞳子は呟いた。
 春と聞いて、殆ど無意識にだったが自然を思い浮かべた瞳子は、都心でも比較的に緑の多い公園へとやってきたが、春を予感させる音にはまだ巡り合えずじまいだった。
「……でも大丈夫ですからね。私、音にはちょっとだけ人より自信があるんです。だから、絶対に春の音さんを外の世界に出してあげますからね」
 抱えていた歌籠を目の高さにまで持ち上げると、瞳子はスヤリスヤリと心地良さそうに眠る春の音に微笑みかけていた。
「よし、がんばろう」
 ぐっと気合を入れて小さく決意し、瞳子は歩きながら耳を澄ます。
 ありとあらゆる音が聞こえてくる。
 公園を元気に走り回る子供たちの声に、井戸端会議中の母親達の笑い声。
 青空を遊び飛ぶ雀たちの鳴き声や羽音に、植え込みの向こうの歩道を通り過ぎてゆく自転車の走る音。
 瞳子が意識をして耳を澄ませば、どんな音も混同すること無く、一つの音となり情報となって彼女の耳へと響いてくる。
 少し向こうでベンチから身軽に飛び降りた猫の足音も、瞳子の耳には確りと音として届いているのだ。
 ほんの数秒で、ありとあらゆる音が情報となって瞳子の耳へ流れ込み、瞳子はそこから春へと繋がる音を探し始める。
 そして、それは丁度瞳子が歩みを止めた時だった。
 小さな音と共にヒラリと舞い降りてきた何かが、抱えていた籠の格子をすり抜けて眠る春の音の上へと振り落ちた。
「桜?」
 ゆっくりと頭上を仰げば、そこにはハラリハラリと花弁を散らす桜の枝が伸びていた。
 散り桜となっても尚華やかさを失わぬ桜に、暫し見とれる様にしていた瞳子であったが、そんな彼女の艶やかな黒髪を、気まぐれに吹いた風がほんの一瞬だったが桜の花弁と共に宙へと舞わせる。
 その風を感じ、その風の音を耳にし瞳子は弾かれる様にして抱えた籠へ黒瞳を落とした。
「この音……、春の風…。貴方の“歌”って…春の風ですね? 春の音さん」
 籠を見下ろした瞳子の目には、籠を抱える自分と同じ様に、降り落ちて来た桜の花弁を胸に抱いた“春の音”が居た。
 萌黄色の衣をまとって、桜色の帯を締め、琥珀色の髪と目をした妖精の様な愛らしい姿。
 籠の中の春の音は、瞳子の声に気付いた様で、ゆっくり上を向くとニッコリ微笑んで小さな口を開く。
 それと同時に風がピタリと止んでいた公園内に、先ほどと同じ様に春の優しい風が凪ぎはじめた。
 風は優しく瞳子の頬を撫でたかと思えば、ざっと強く吹いては桜の花弁を青空へと巻き上げる。
 そうかと思えば、ピタリと止んで、再びノンビリと吹き出すのだ。
「…楽しい音。春の音さんは、沢山の春を見て知ってるんですね」
 すっと片手を耳にあて、流れる風を聞き入る瞳子。
 夏のようにまとわりつくようでなく、秋のように乾いたようではなく。冬のように刺すようでもない…気まぐれで暖かで包みこむようで…聞いているだけで楽しい音。
 気まぐれに遊び吹く風の音に、雪解けの音を感じ、花畑を舞う蝶の羽ばたきを感じる。
 そっと目を閉じただけで、色々な春が思い浮かぶのだ。
 聞いているだけで楽しく、幸せな気分になれる。そんな風の音だった。
「じゃあ、いこう! 春の音さんを外の世界へ帰してあげる場所、決めました」
 吸い込まれる様に春の音が唄う風へ聞き入っていた瞳子だったが、すっと目蓋を持ち上げるとそう言って籠をぎゅっと抱きしめると、駆け出し始めた。


2.

 小さい子供たちが走り回っていた公園から場所は一転、周りには沢山の大学生達が談笑をし合い、あるいは参考書を片手に歩いている。
 ちょうど午後の講義が終わった時間と被ったのか、帰途に付いている学生達が多い様だ。
「あ、瞳子ー!! どうしたの? 忘れ物か何か? 今から皆で昨日話してたケーキ屋さんに行くンだけど、瞳子も一緒にど?」
「あ、えっと…ごめんなさい! 大事な用事の真っ最中…なんだ、今」
 帰途へと向う学生達の中から、瞳子へ声がかけられる。
 掛けられた声に直ぐ反応をした瞳子は、声の主へと視線を運んでから申しわけ無さそうにそう返した。
「そっかー残念。大事な用事って、此間の此間のレポ出し忘れて今から補修とか?」
「ち、ちがうってば!!」
「じょーだんだって、瞳子はすーぐ食いついて来るから、ついからかいたくなっちゃうんだよね。用事あるンじゃしょうがないかー。瞳子の分まで、皆で味わってくるから、安心して。じゃね」
 声をかけてきたのは瞳子の大学友達。
 四人ほどで帰っていた途中らしく、そんな軽い会話を交わすと瞳子に手を振って別れを告げ彼女達はケーキ屋へと向って歩き出していた。
 そんな彼女達の後ろ姿を笑って見送ると、瞳子は抱えた籠を見下ろした。
「ケーキは何時だって食べれるけど、春の音さんは、春が終わっちゃったら帰れなくなっちゃいますもんね。それに…子供じゃないから、ケーキ…一回くらいは我慢できます」
 見下ろした籠の中には、瞳子と友達の会話を聞いていた春の風が不思議そうに瞳子を飴色の瞳で見上げている。
 まるで、どうして一緒に行かなかったの?と言わんばかりのその視線に、瞳子は小さく肩を揺らして告げると、再び籠を抱きしめ小走りに大学へと向い出した。


3.

 校舎へ入って、階段を駆け上がり始めた所でまた春の音が歌い始めた。
 すれ違う学生達はまるで気付いて居ない様子だったが、瞳子は暖かい風に背を押される様にして階段を駆け上ってゆく。
 時折風が瞳子を追い越して、踊り場にある掲示板の掲示物をハラリと揺らす悪戯をしては、また瞳子を包み込むようにして戻ってくる。
 まるで風との追いかけっこをする様に階段を駆け上り、少し息が上がった所で目的の場所、校舎の最上階へ辿り着いた。
「ついたっ! ここなら、春の音さんも自分の向いたかった場所に迷わず向えると思うんです。空も近いし、辺りを一望できますから」
 小さく上がった息を整えながら、瞳子は白い扉を開けて目的地と言う部屋へと踏み入った。
 踏み入った部屋は、静まり返っていて背後で閉まった扉の音がやけに大きく響く部屋。
 防音、音響設備か完璧に整った此処は、立派なグランドピアノに並ぶ譜面台が示すように音楽室だ。
 陽の光が良く差すこの部屋の雰囲気は、まるで中世時代の音楽サロンの様な雰囲気だった。
「そういえば…自己紹介、まだだったよね。私、千住 瞳子っていうんですよ。これでも一応、音楽のお勉強してる大学生なんです」
 今更かな。と思いながらも、歩きながら瞳子は春の音へとそんな自己紹介。
 此方は春の音の事を知っているのに、自分の事を相手に知らせないのは悪い気もしたし、この小さな春の音には伝えたかった。
「アンティークショップに出かけたら、貴方の事を見つけたんです。蓮さんに頼まれる形になっちゃったけど、なんか私、貴方に呼ばれてお店に出かけた気がするんです」
 グランドピアノの横をすり抜け、窓辺へ向った瞳子は今までずっと抱えていた赤飴色の竹籠を窓のすぐ側にあった棚の上へと静かに置いた。
 西から差し込む光が、籠の細かな格子の陰を長く長く床へと作るが、その中に佇む春の音の影は無かった。
 瞳子には、この春の音がどこから来た風で、どこへ行くつもりの風なのかはわからない。
 でもこの風の見てきた風景は、春の音が“歌”として紡ぐ風の音の中から何度も見る事が出来た。
 本当はこんな狭い籠の中でなく、広い広い外の世界で気まぐれに吹いては草木を揺らし、晴天の下遊ぶ子供の帽子を飛ばす悪戯をしたいはずなのだ。
 アンティークショップの主、蓮は春が終わったらこの春の音はまた今年一杯、外へは出れるチャンスは無くなると言っていた。
 どうしても、どうしても…外の世界へ放ってあげたい。
 伸びた籠の影の中に、春の音の影が無いと知った瞳子は、改めてこの可愛らしい姿が風なのだと確認し、閉められていた窓を思い切り開け放った。
「……ほら、ほかの風さん達がお迎えに来てくれてますよ」
 窓を開けた瞬間、レースのカーテンを揺らし、瞳子の上着を揺らして外から楽しげな風が滑り込んでくる。
 入り込んだ風を感じながら、瞳子は歌籠の扉を封していた紫色の紐を解いて細い指でゆっくり扉を開いてやった。
「大丈夫、もう貴方を捕まえようなんて思う悪い人、いませんよ。いたら、私が懲らしめちゃいます」
 長年開かれる事がなかったのだろう、扉が開いた事に驚いた春の音は瞳子と扉を交互に見やって困惑の様子だ。
 小さく膝を折って籠の高さに視線を合わせた瞳子が、春の音を安心させるように笑ってそう言えば、春の音は恐る恐ると放たれた扉を潜り出てフワリと宙へ浮かび上がった。
 暫くキョリキョロリと辺りを見回していた春の音だったが、窓から風が滑り込んでくれば遊ぶように瞳子の周りを小さな風を巻き上げて飛び回りだした。
「っわ、本当はとっても元気さんだったんですね」
 周りを元気に飛び回る春の音に小さな驚きの声を上げた後、瞳子は楽しそうに声を上げて笑うと、ゆっくりとピアノへ向い出した。
 春の音が風を作り出すたびに耳に届く春の風景。
 目で見る春ではなく、聴覚を通じて思い描く春は今だに瞳子が目にしたことの無い春ばかり。
 ピアノの椅子へ腰をかけると、静かに白く長いその指を鍵盤の上へと瞳子は置いた。
 楽譜は無い。
 いや…楽譜は髪を揺らして頬を撫で、譜面台に置かれていたノートを数ページ捲った悪戯好きな春の音だ。
 瞳子は目蓋を閉じると思うまま、感じるままに指を鍵盤に走らせた。

 春の音との合奏。
 悪戯で気まぐれな風にはテンポ良いリズムで、暖かく包み込む様な風には滑らかで優しいリズム。
 感じるままに風の音をピアノに置き換え、瞳子がリズムを変えれば春の音もそれに合わせ、春の音がまた別の風を吹かせれば瞳子はその風をリズムへと変換した。
 それがどれ程続いただろうか。
 ふっと風が止み、瞳子は指を止めて閉じた瞳を開いた。
 部屋の中を瞳子は春の音を探す様に見回すが、その何処にもあの小さく愛らしい姿は見つからない。
「……戻れたんだね、よかった」
 鍵盤の上へ静かに桜の花弁が落ちてくる。
 春の音が大事に胸に抱いていたあの花弁だった。
 ゆっくりゆっくりと落ちてきた花弁を見つめると、瞳子は小さく呟いて花弁を指先で拾い上げた。
「どこに向ったのかな。まだ春が来てない場所に春を伝えに…もっと北かな…」
 そっと立ち上がり、窓辺へ向うと瞳子は窓から身を乗り出す様にして北の方角を眺め、何を思うかすっと瞳を細める。
「春の音さん。貴方の音…しっかり記憶しました。風を感じたら、きっと私、貴方を思い出します」
 ざっと風が瞳子の艶やかな美しい黒髪を攫った。
 そして瞳子の掌にあった桜の花弁を風へと乗せ、北へ北へと運び始め、窓際へと置いたもう普通の籠となった竹籠の扉を、小さく揺らしていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

5242/千住 瞳子/女/21/大学生 

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■         ライター通信          ■
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千住 瞳子さま、お初にお目にかかります。新人ライター神楽月アイラです。
この度はご参加、有り難う御座いました!
此方の作品が、当方OMCでは初めての作品になりました。
全力投球にて執筆に当たらせて頂きましたが、ご期待に副えたかとドキドキしております。

瞳子さまの様に、大人しい様でいて活発的な女の子は書いていてとっても楽しかったです。
プレイングを通して、本当に”音”を大事にされる方だと感じました。
最後の春風との合奏ですが、自分では思いつかない種の内容で書いててウキウキでした(笑
春の音も、瞳子さんに放ってもらって喜んでいるはずです。

それでは、また機会がありましたらお逢いいたしましょう。
今回は有り難う御座いました、失礼いたします。