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<東京怪談・PCゲームノベル>


赤の鈴 〜命のともし灯 最期の火〜

「鈴だぁ?」
 迫る炎を横目で気にしつつ藍原和馬は声を張り上げた。非難した覚えはないが、多少の訝しみは滲んでいたかもしれない。征史朗は器用に片眉をくいと上げ、「そうだ」と鷹揚に答える。
「火中の栗を取る様なもんだが、まあ頑張ってくれ」
「それって一切合財俺任せって感じに聞こえるんだがそこんとこどうなんだ」
「察しがいいな。ご名答だ」
「マジかよ!」
 遣り合っている間にも彼の人は距離を縮めてくる。
 衣が水を吸っているせいか裾を引きずる重い足取り、まるで足枷を嵌められた罪人の歩き方だ。ゆっくりと、しかし着実にこちらへと近付くその人は、征史朗には目も呉れず自分ひとりを凝っと見つめて目指してくる。髪に隠されているものの、なかなかどうして整った顔立ち。美人にモテるのは吝かではないが(男だったら前言撤回)、盛る火影は少々物騒だ。
「何で俺なんだ?」
 半身の格好で対峙するのは彼の人、そして対岸に聳え立つ金堂の黒い影。
 誰に言うでもなく和馬は虚空に問うた。嫌だったか? そんな征史朗の声が聞こえて薄く笑う。
「取り違えんなよ。ただ、わざわざ俺だっていうのがちょっと、さ」
「簡単なことだ」
「あン?」
「おまえには力がある。俺の役に立ってくれる力だ」
「……言ってくれるぜ、っとによう」
 彼の人が池の半ばで歩みを止めた。膝下までが水の下、朱色の裾がふわりと水面に浮いている。袂からぽたりぽたりと雫が垂れて──だからだろうか、自身燃えているのに寒そうで、濡れそぼつ姿はどこか哀れで。前髪の隙間から覗く灰色の瞳が、まるで涙を孕んでいるかの様に潤んで見える。
 力がある、という征史朗の目算は外れていないだろう。恐らく自分ならば、彼の人の炎を何とか抑え、あの髪に括りつけられた鈴を奪取することは可能だ。多少痛手を負うかもしれないが、この獣の身にとってそんなもの致命傷とはなり得ない。
 だが──同時に和馬は思う。だが、そんなキッタハッタをしなくとも何らか説得する術があるはずだ。息をすれば彼の火の粉が肺を焦がし、見つめれば中空で視線が出逢う。そんな近くで向かい合っているのだから、言葉の一つや二つ交わせたっていいではないか。
 なあ。和馬は声を投げかける。
 聞こえてないのか、なあ。なあってば。俺と話を、話をしないか?
 ────彼の人は、答えない。
「この状況で殊勝な考えだな」
 征史朗が喉の奥でくつくつと笑う。そりゃどーも、とはぞんざいに答えた。
「悪くない。なかなか面白い男だ、おまえ、名は何という」
「藍原和馬だ。野郎に褒められても嬉しくないっての」
「貰える賛辞はせしめておけよ。返しに名乗ろう、俺は嵯峨野征史朗だ」
「ああ知ってる。先刻聞いてきた」
「なら話が早い」
「……俺が名前知ってても驚かないのな」
「和馬、残念だが話している余裕は無さそうだぞ」
 彼の人が両手を天に捧げる。それが大きく弧を描き、軌跡が金の焔となる。
 さながら仏の眩い光背、さながら孔雀の豪奢な翼。夜空に立ち上る炎がやがて大きな鳥の姿を形取り、炎の嘴が一声天に向かって嘶いた。
 ばさり、炎の翼が振るわれる。ふわり、火の鳥の羽根が舞い乱れる。黒い夜空を埋め尽くさんかの様に輝く黄金の羽根。世にも美しい光景に、しかし和馬は犬歯を覗かせ苦笑する。おいおいあの漂う無数の羽根は、要は総て、あの人の燃える炎なんだろう? ────じゃあ、答えは一個っきゃないよな。
「問答無用ってことかよ」
『……燃えて』
 一瞬、炎の羽根が中空で静止した。
 彼の人が、搨キけた柳眉を──何故か哀し気に寄せた。
『燃えてください……貴方様』
 羽根が一斉に降り注ぐのと和馬が地を蹴ったのはほぼ同時だった。突き刺さる勢いで自分を狙ってくる炎の羽根を巧みにかわし、和馬は池の円周を駆け抜ける。しなやかな獣の身のこなし。息つく間もない炎の雨を掻い潜りながら、横目で池の彼の人を窺う。ずっと、凝っとこちらを見ているその赤い人。何て熱烈、いっそ愛しさ湧き上がるほどの一途さ。

 ──── …… ”燐” 。

「うわっとぉっ!」
 狙い定めた一片が足元を掠めスーツの裾を焼いた。不覚。踝に走る痛み、そして熱。和馬の体勢が崩れる。立ち止まったそこへ連撃。横に転がり避けて、ふう、と短く息を吐いた。傍らの土が、しゅうしゅうと白い煙を上げていた。まったく、やってくれる。
 既に征史朗が対岸に遠退くほど走った。遠目にも彼が全くの無傷であることが知れる。つまり、彼の人の目に入っているのは本当に自分だけなのだろう。あーもーなんでだよ、なんて愚痴るのは後にしておいて、今は小さく舌打ちするに止める。宙にはまだ幾許かの羽根。ゆらゆら揺れてゆらゆら燃える。池の水面に炎が映る。ゆらゆら揺れてゆらゆら燃える、彼の人の炎が。

 ────まるで、人の命の揺らめきが。

「……綺麗だな」
 場違いな呟きをぽつりと零して和馬は高く跳び上がった。同時に、羽根が残らず直下する。元より覚悟の上、跳ぶ、池の中央、彼の人の頭上、その身体へ覆い被さる様に、手を伸ばす、隆起する筋肉、人ならずの手、獣の腕、彼の人が仰ぐ、灰色の見開いた瞳、驚き、遅い、逃げの一歩、腕を掴む、封じる、引き寄せる、押し倒す、諸共に、赤を、炎を水の中へ。

 ──── …… ”燐” 。

「捕まえたぜ」
 ばしゃんっ、と盛大に飛沫が上がった。水に乱れた茶褐色の髪。雫を滴らせながら、和馬は不敵に”にィ”と笑む。
「先刻、水中の足までは燃えていなかったな。つまりあんたの炎は水に負ける。だから、こうやって水に押し付けてしまえばもう、こっちのモノだよな?」
 掴んだ手首は白く細く、たおやかな女人のそれで。獣の五指に絡め取られては如何にもがこうとも抵抗にすらならない。長い黒髪が水面で幾重も渦を描き、潤んだ灰色の瞳は怒った様に怯えた様にこちらを窺っている。

 ────そこに、燐、と鳴る音。

 和馬は頭頂の鈴へ目を遣った。月明かりの下で見る鈴はまるで極上の紅玉。深く濃い赤だけを凝縮したいっそ禍々しいまでの鉱石が円やかに研磨されており、その見事さは骨董品に目の利く和馬でさえも暫し見惚れるほどだ。征史朗が何故これを欲するのかは知れないが、成る程、人目を奪うだけの美しさは確かにあるのだと感嘆の溜息をつく。
「見事だな」
 声に振り向けば、池の汀で腕を組み立つ征史朗がいた。一歩も動かずこちらを見、成り行きを見守っていたらしい姿に苦笑する。まったく、本気で観戦モードを決めてくれているではないかコノヤロウ。
「なあ、おまえ……征史朗、おまえさ」
「何だ、歯切れが悪いな」
 ちら、と横目で彼の人を窺えば、ゆるゆると上目遣いで見返される。何だってそんな哀しそうなんだ。視線で訊いても答えてはくれない。
 和馬はその人と、遠くの不遜な男とを見比べた。言葉は、吐き出すみたいに継いだ。
「おまえ、何だってこの人の鈴が要るんだ。嫌がってる相手から奪おうなんて、理由次第じゃ俺は下りるぜ」
「それは困るな。何分俺は非力だ、おまえに一肌脱いでもらわなくちゃ不自由する」
 いいだろう。暗がりの中で征史朗は顎を一撫でして言った。
「他の何かを犠牲にしてでも叶えたい願いが俺にはある。そしてその大願を果たすためには、どうしてもその鈴が必要なんだ。それ以上でもそれ以下でもない。どうだ、これでは不足か?」
 声は淀みなく朗々としていて。嘲笑とも真摯とも取れるその表情が、闇の中で、しかし皓皓たる月の光に照らされている。
 和馬はハハンと肩を竦めた。
「いや。実に大変とっても解り易い……ていうか、反論の余地も無いほど、天下無敵の我が侭だ」
「命賭けてるからな、これでも」
「はン、言ってろよ」
 仰々しい台詞を鼻で笑い飛ばす。イマイチ信用に足らない男だと、先刻から嗅覚が訴えているのは強ち間違いではないのかもしれない。
 再び彼の人に目を遣った。何時の間にやら俯いていたかんばせはまた長い前髪の陰に。抗っていたあえらかな力は最早弱まり、だから和馬は少しだけ、捕らえる手の力を緩める。
 そして、微笑みかける。努めて、優しく。
「あいつあんなこと言ってるけど、あんたとしてはどうなんだ? タダじゃ嫌らしいが、もし良かったら譲ってやってくれないか。何だったら、俺、話聞くつもりだし、燃えるとか燃えないとかそんなことじゃなくて、なあ?」
 口説きながら掌を彼の人の掌へひたりと合わせる。触れ合う肌はやはり生ある人の確かな温み。苛烈な炎の熱ではなく、何処か頼りない、儚げな女性の────まるで、残り火。

 ──── ゆらゆらと揺れる炎の眩さに 。
 ──── ゆらゆらと揺れる炎の儚さに 。

(厳かに燃える赤き火は)
(その姿を、魂の揺らめきに似せて)
(否、魂の本性こそが、炎の様なのだと)

 ──── その熱触れること叶わず 。
 ──── その熱ただ、見つめるのみのこの身は 。

「……あんたの炎は、何なんだ」
 不意に、言葉が口を付いた。今まで全く無反応だった彼の人の顎が僅か上向いた気がして、逆に驚く。
「や、だからさ、あんたの炎は、あんたの命に関係があるんじゃないのか、って思って。もしかして、俺がこのままあんたの炎を封じ続けていたら、あんたの炎を本当の本当に消してしまったら、あんたの命そのものが、真実消えてしまうんじゃあないのか……って、何でだろな、今そう、思ったんだけどさ」
 ぽたり、と彼の人の顎先から雫が落ちる。水面で砕けて波紋となって、その渦が黒髪の弧に寄り掻き消えて。
「だってほら、炎ってさ、似てる気しないか? 命っていうか、人の魂、生きている感じ……あー、何て言えばいいんだこういうの。だからさ、あんたの炎は、もしかしてあんたの命が燃えてるって、つまり……」

『……貴方様の炎は、冷たい』

 低く硬質な声だった。
 面を伏せたまま下向きに呟かれた彼の人の一声は抑揚がなく、それでいて何処か翳りを帯びていて。
 和馬は続きかけた言葉を飲み込んだ。返事があったことに驚いたからではない。ぎり、と爪が食い込むほどに、彼の人が指を絡め獣の手を握り込んできたからだ。
 そしてそのまま静かに、されど轟と爆ぜ始める紅蓮の、炎。
「……観念、してなかったのな」
 唇が笑みの形に歪む。至近距離で見ると炎とは何と眩い。半身を水に浸したまま彼の人は大きく肩で息をする。その一息ごとに膨らんでいく熱量、そして明るさ。小刻みに震えているのは寒さのためか、それとも昂ぶる感情に任せてか。どんどん、どんどん、炎は熱を増していく。陽炎を高く、立ち昇らせる。
 盛れ、燃えよと────命の限りに。
『……そう。私の炎は、私の命。赤き血潮と……同じ色』
 手は未だ赤き炎の化身と繋がったまま。獣の皮膚が爛れる痛み。
 和馬は鋭く舌打ちした。引けども、熱は食らい付いて離さない。気に入りのスーツなのに、とずれたところで嘆息する。
『貴方様の心は、情に満ちているのに……貴方様の魂は裏腹に……無情の、蒼き寂寥』
「俺、フェミニストが信条なんだけどな」
『……けれど、共には逝って……くれないでしょう?』
 と、彼の人が初めて池の外──征史朗へと目を向けた。抉る様に睨みつける様は何処か鬼気迫り、そして急に、あれほど絡みついていた自分の指を解き放した。
 押され、バランスを崩し浅い池へと尻を突く。何事かと訝しむ自分の眼前に再びあの火鳥が姿を現していた。夜空を焼き尽くさんばかりに翼を広げたその鳥は、先刻よりもずっと強く、そして切なく尾を引く声で天に啼いて。
『燃えて……共に、燃えて、燃え尽きて……ください』

 ああそうか、そういうことか。
 黒い空、黒い金堂。そこに赤い鳥、赤い人。
 熱い炎。熱い命。人の魂。
 一瞬で消えてしまうからこそ激しく、そして愛しく。

『……独りは、嫌。寂しさは、怖い。だから、優しい人に縋ろうと』
「そうだ。おまえには、和馬みたいなのの方が効くと思った。何たって和馬は、”優しい”男だろう?」
『そう……けれど、魂が、凍っている。だからもう……貴方しか』
「俺は死にたくない。おまえには、殺されねえよ」
『同族相食もうとも、貴方に……燃えて、もらうしか』
「ちょッ、待てってっ!」
 今度は羽根などではなかった。火鳥そのものが羽ばたき、上昇し、身を逸らして、高い位置から征史朗へと急降下する。
 和馬は咄嗟に水を蹴る。走り、二人の間、火鳥の軌道上へ回り込む。
 そして立ちふさがる。迫る鳥の眼前に。
「何で、こうなるんだよ、おいっ」
 垂直に掌を立てた。空中に文様が浮かび、呪の護りが成った瞬間嘴が激突した。
 大きな火の鳥が念を込めた掌に当たって二つに割れる。裂けた炎が奔流となる。びりびりと痺れる衝撃。肉の焦げる匂い。質量。押される。
「ああっ、とにィッ!」
 押し返す。────押し切る。


 ──── …… ”燐” …… 。


 がくり、と和馬は膝を折った。炎は跡形もなく砕け散り、名残の熱風が額に浮かんだ汗を撫でる。
「無事か」
 背後で征史朗が言った。ああ、と震える膝で立ち上がりながら短く返す。
 しかし視線で捉えていたのは彼の人だった。立ち尽くす影が、天を仰いで倒れた。
「……だから、待てって言ったんだよ」
 駆け寄り、水の中から抱いて掬い上げた。頬が青白く見えるのは何も月光のせいだけではないだろう。あの炎は命だと他ならぬこの人が言い、その炎がいまや潰えたのだ。口惜しくて仕方ない。和馬は乱暴にその身を揺すり上げる。おい、あんた、と声を浴びせる。うっすらと瞼が開いて、さらに重ねた。
「おい、聞こえるか。俺は、こんなことをあんたにしたかったわけじゃない。あんたの命を、消してしまいたかったわけじゃ、ないんだ」
『……独りで逝くのは、嫌』
「だから道連れって、それは納得できないけどな……けど、何でだ。他に方法とかなかったのか。消える以外に、他に、何か」
『だって』
 彼の人の頬を雫が流れた。それはただの飛沫だったのか、それとも、空知らぬ雨だったのか。

『だって……人は、必ず……死にます、もの』

「……知ってるよ、そんなことは」
 こわい、と紅い唇が動く。和馬は彼の人の手を握り締めた。既に獣化は解かれており、褐色の男の両手が白く細い女の手をぎゅっと包み込んだ。
 そこに一陣の風が渡る。水面にさぁぁと漣が立つ。
 ────嗚呼、命の炎が風に揺らめく。
「……じゃあ。そんなに怖いなら、握っててやるから。せめて、消えてしまうまで……な?」
 和馬の絞り出す様な声が最期に聞こえていたのかどうかは解らない。彼の人はそのまま首を折り、やがて僅か上下していた胸も微動だにしなくなる。腕の中で身体が重みを増し、彼の人は、人は、そして骸となった。
「………ぁ」
 その身体が、不意に、光の粒子となって弾ける。
 人の身であったものが突如として光に、赤い鳥の羽根となって弾け、砕けて宙に舞う。驚きに瞠る目。握っていた両手をそっと開いたら、そこには一枚の羽根があった。
 遺されたのはたったそれだけ。────いや、あの赤い鈴が水底に沈んでいるのを見つける。思わず手を伸ばす。あれは、あれはあの人の、名残の────。
「だからおまえは”優しい”というんだ」
 と、何時の間にか来ていた征史朗がその鈴を拾い上げた。和馬は膝を付いた姿勢のまま彼を見上げる。差し出された掌には鈴が二つ、濡れてさらに艶やかになった赤が何故か二つ載っていた。
「……何でだ。あの人の髪には、一つしかついてなかったはずだ」
「ああ。最後の最後に心残りが増えたってことだ。実際罪作りだな、おまえ」
 逆光の中で征史朗が微笑う。和馬は鈴の内一つを、手に取った。そしてそれを、掌中に閉じ込めた。
「何なんだよ……何だったんだよこの鈴は。おまえ一体、何がしたいんだ。こんなことまでして一体、何を叶えたいっていうんだ」
 重ねる和馬の声に征史朗は夜空を見上げる。さてな、と嘯いたその表情は、果たして笑んでいたのか泣いていたのかそれとも──何も見てはいなかったのか。
「まあ縁があったらそのうち……教えてやるよ」


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「……戻ったか」
 気が付くと、自分は再びあの夜の岸辺にいた。
 声をかけてきたのはこの闇の中の唯一の白。別れた時そのままの位置そのままの姿で、名無花はそこに佇んでいた。
「礼を献じよう、まろうど。よくぞ、あれを助けてくれた」
「……ああ。まあ結果として、助けたんだろうな」
 和馬は力なく笑う。急に戻ってきたことを訝しむつもりは最早ない。この場所もあの人が消えた場所も、やはり、結局は夢なのだろうから。
「夢、か。なればまろうどが抱いた者もまた夢の者。そう気に病むな、あれは、消えて必然の者だった」
「じゃあこの鈴も、夢が終わったら消えるのか?」
 自分の口をついた質問に自分で驚く。これではまるで鈴を惜しんでいる様だ、と思って逆に納得の苦笑を漏らす。そうか自分は、この鈴に愛着を持ち始めているらしい。
 名無花は相変わらず遠くを眺める半眼のまま。こちらを見ているのではなくこちらを向いているだけの茫洋とした表情で、それでも一瞬、僅かに幽かに、微笑んだ様な気がした。
「……まろうどが消えぬようにと願えば、消えぬ。夢は夢、しかし夢を生きる心は……夢ではない」
 どういうことだ? 問い返す視界が急に狭まる。眩暈に似た暗闇が意識を遠退かせ、ふらり、よろめく体が宙に浮いた気がした。
 最後に聴こえたのは手の内の鈴の音。”燐”と寂しげな赤の音が、霞む脳裏に響いていた。

 ────そんな、夢を見た。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1533 / 藍原・和馬 (あいはら・かずま) / 男性 / 920歳 / フリーター(何でも屋)】


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■         ライター通信          ■
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藍原和馬様
こんにちは、いつもお世話になっております。ライターの辻内弥里です。
この度は当ゲームノベル「名無花の世界 〜赤の鈴〜」にご参加くださいまして誠に有難うございました。少しでも楽しんでいただけますよう努めましたが…如何だったでしょうか。
「炎は、魂の揺らめき」プレイングにありましたお言葉に惚れました。お許しを頂いてしまったのでまた走りました。そして気が付いたら火の鳥でした。……走り過ぎ。
藍原さんは長生者ゆえ、いつもの明るく楽しい姿からはちょっと窺えないような影もを抱えていらっしゃるのだと思います。そして、長く生きていながらも心の柔らかいところを失っていらっしゃらない、そんな印象をも受けます。そういうところとプレイングにありました優しい方針を併せまして、今回の話が出来ました。
ちなみに、炎を割った結界は、以前ご参加なさっていたゲーコミを参照させていただきました。もしも「それ違う!」でしたら申し訳ありません……。(どきどき)
それでは、今回はどうも、有難うございました。宜しければまた、征史朗に会いにきてやってくださいませ。