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おまじない〜あとのまつり
*オープニング*
「へー。…で、結局はちゃんと解決できた訳だな?ヨカッタヨカッタ」
「…そんな気の無い返事をしなくても……」
がくり、と肩を落として零は武彦の顔を見た。
草間興信所の主、草間・武彦が留守の間に、何やらおまじないに失敗して、恋する相手に死の呪いを掛けてしまったらしい少女の依頼を、代理として零が受け、人々の助けを借りて何とか解決できたので、その報告を受けていた所だったのだ。
「確かに、どうやらそのコの想い人に何かしらの被害があった訳じゃないんだけど、でも、その召喚してしまったらしい魔物は、まだこの世界に居るかもしれないんですよ?」
「そう言う話は管轄外だ。その類の事なら、解決するのにもっと相応しい奴らが居るだろう?俺の知った事じゃない。何か言われたら、魔物は先週、無事に上越新幹線で帰りました、とか何とか言っとけ」
「兄さんったら…探偵が嘘付いてどうするんですか…」
「嘘も方便」
全くやる気のなさそうな武彦を前に、零は深く溜息をつく。その時、事務所の扉をノックする音が聞こえた。
「…はーい、今行きますー……って、きゃあああああ!?」
「!? どうした、零!」
玄関先で響き渡る零の悲鳴に、慌ててその後を追った武彦だったが、そこに立つ『それ』を見た途端、さすがの武彦も言葉を失って凍り付いた。
【貴様が、クサマ・タケヒコか】
その、牛でもない、羊でもない、猫でも犬でもない、そのどれでもなくどれでもありそうな混沌たる生き物が、くぐもった声でそう言った。
「…で?その、魔術の素人に召喚された間抜けな魔物が俺に何のようだ」
妙に挑戦的な武彦の態度に、零が兄の袖をツイツイと無言で引っ張る。が、武彦はふんとそっぽを向くだけだ。
ソファには、並んで座った武彦と零、その向かいに、行儀良く座った魔物の姿があった。
【貴様も知っているとおり、我は招かれてこの世界に来た。その目的を果たすまでは、我の世界には帰れぬ】
「そりゃご苦労なこって。だがな?ここはあくまでも、人間向けの探偵事務所であってな、お前さんのような魔物相手には商売してないんだよ。他をあたりな」
【タンテイジムショとは何だ。我は、そんなものを求めて此処に来た訳ではない】
「じゃあ何だ」
じろりと武彦が魔物を睨むと、魔物も負けじと武彦に向かって凄む。
【我は依頼者から頼まれたのだ。ええと、…なんだ?其の者の…イノチ…いや、タマシイ…ではなくてクビ……sprits、だったか……?ううむ、この世界の言葉は似たような言葉が多すぎて訳が分からん】
「…もしかして、人間の言葉には余り精通してないのか?」
武彦が鋭くそう突っ込むと、魔物は、素知らぬ顔で話を続ける。
【と、ともかく、其の者の大事なものを持ってきてやると約束したのだ。それは果たされねばならぬ】
「だから、それでどうして俺のところにやって来たんだ?探偵としての俺に用事がある訳じゃないんだろう?」
業を煮やした武彦が、癇症にそう言うと、魔物はしれっとした顔でこう答えた。
【我を召喚したその少女が、お前を指定したからだ】
「……………。は?」
【探したのだぞ。あの少女は、正しい手順を踏まなかったからな。少女の気配と願望と意識を辿って、やっと此処までやって来たのだ。さぁ、渡して貰おうか、貴様の大事なものとやらを!】
*1*
「…へー」
「何だ、その気のない返事は」
武彦が眉を顰め、だがまりもと同じように気のない溜息を零す。それを見てまりもが、可笑しげに笑い声を立てた。
「ほら、タケヒコだって同じじゃない。…だって、いろいろと可笑しな事が多くない?その話」
まりもが片膝を抱え、武彦の方を見た。
「何て言うか、突っ込みどころが満載って言うか。道理が通っているようで矛盾してるし、大体、おまじないが無効になった時点で、契約やら何やらも立ち消えになったんじゃないの?」
「それを俺に聞くな。俺は、前回の騒動には一切関わってない」
武彦は、口をへの字にしてそう言うと、あ、そうかとまりもも思い出した。
「…そう言えばそうだったっけ。て言うか、僕も、あのコの想い人がタケヒコだって知ったのは、最後の最後だったしねぇ」
全く、イイ趣味してるお嬢ちゃんだぜ。と何処かから声が聞こえた。
「何か言ったか」
「ううん。何も」
まりもが首を左右に振り、にっこりと笑み返す。
「ま、乗り掛けた船だし、いろいろと言いたい事はあるけど、協力してあげるよ」
安心してね?とアイドルの笑顔で武彦を見る。頷く武彦だが、その笑顔の裏側に何やら企んでいるような気配を感じるような気がして、いまいち不安だったりした。
*2*
「それにしても健気な魔物ってのも…なんだか不思議な気がするわね、魔物ってこう…、もっと狡猾なものなんじゃないのかしら?」
ふと、シュライン・エマが思い付いたように呟く。
「まぁ、【魔】と言う文字が使われてはいますが、かと言って邪悪な存在ばかりとは限りませんからね。ようは、我々とは違う次元の者、と言う意味での【魔】ではないでしょうか。人に使役する魔物もいますからその辺、多種多様なんでしょう」
宇奈月・慎一郎が、自分の隣でソファに寝そべっている―・黒主の頭を撫でる。その手を、鬱陶しいと言わんばかりに頭を振って振り落とし、黒主は組んだ前脚の上に顎を乗せて、武彦の方を見た。直接、皆の頭の中へと言葉を告げる。
『その魔物とやらは何時来るんだ?』
「アポイントメントを取った覚えはないからな。そのうち来るだろ」
「…そんな他人事みたいに」
拗ねた子供のように不機嫌丸出しでそう言う武彦に、シュラインが苦笑する。
「ま、僕にとっては実際に他人事だけどね。…でも、そう真面目に対処してやる必要もないような気がするんだけど」
そう言う水野・まりもを、首を緩く傾げたシオン・レ・ハイが視線を向ける。
「何故そう思うのですか?」
「だって、この魔物とか、タケヒコの話を聞いてる限りでは、すっごいいい加減だし」
鼻で笑ってまりもが首の後ろで両手を組み、ソファの背凭れに凭れ掛かる。
「だって、この間の時、あのコは正しいやり方でおまじないをやり直したんじゃなかった?それに、あのコのテキトーなやり方では正しく発動されなかった筈だし。それなのに、どうしてわざわざタケヒコんちを捜し出してまでやってきたのかなぁ、って」
「そうね、それは私も考えたわ。もしかしたら、また違う誰かが同じおまじないで同じ過ちを繰り返した…とも考えたのだけど…」
「でも、あの時、ここで調べたホームページも、あの後見に行ったら既に削除されていましたし、街であの魔法陣を配る者もいなくなったようですし、敢えて間違いを誘うような疑わしい行動をする人は今はいない訳ですよね」
シオンがそう言うと、そうよねぇとシュラインも頷く。
「ただ、そのおまじない自体は女子中高生の間で今も人気があるのなら、間違えやすい環境が無くとも、ついうっかり間違えてしまう人も居るかもしれませんけどね」
続けて、モテる男は辛いですねぇ、と慎一郎がにっこり笑みを浮かべながら武彦の方を見る。武彦はと言えば、苦虫を噛み潰したような顔で目を眇める。
「見ず知らずの相手からモテて、嬉しいか?」
「僕を追い掛けて来てくれるのは、いつでも大抵は見ず知らずのオンナノコからだけどね?でもやっぱり嬉しいものだよ?」
「いや、まりもさんと草間さんを一緒にしてはいけないでしょう」
シオンの真面目腐った顔に武彦は、どう言う意味だとツッコみたかったが、
『もしまりもも草間も喰えるんだったら、俺、やっぱりまりもの方がいい』
「………」
勿論喰われたくは無いが、だがそうまできっぱり言い切られると、それはそれで微妙な敗北感があった。
『魔物、案外いい加減な奴も居る。呼び出されて、還れと言われても還らない奴とか。そう言う奴、俺の餌』
首だけ擡げてそう言う黒主に、ああ、と慎一郎が頷く。
「テキトーな術で呼び出されているところを見ると、厳密にその女の子と契約を結んだ訳ではないかもしれませんね」
「契約を結ばなくても、こっちの世界にやってくる事って出来るんですか?」
『ようはきっかけ、だけ。こっちに来て、イイコトばかりとは限らない。けど、来たがる魔物も居る』
シオンの顔を見上げ、黒主がそう言って頷く。ソファの上で起き上がり、ひとつ背伸びをすると、瞬く間にその姿を変え、少年の姿になった。
「面倒臭い。こっちの方が話し易い」
「僕もその方が話し易いな」
まりもが、見た目は同じぐらいの年頃になった黒主を見て笑った。
「まぁ、例え、その魔物さんがこの間召喚されてそのまま居残ってるにしても、そうじゃないにしても、クサマ・タケヒコの元にやって来て、大事なものとかを要求して行った事は、間違いないのだから、何とかしないと、武彦さん自体が攫われちゃうかも」
「…おい、脅かすなよ」
武彦が、眉を潜めて神妙な顔をする。シュラインは笑って、大丈夫よと頷いた。
「聞けばその魔物さん、そんなに悪い性格でもなさそうだし…何とかなるわよ、きっと」
「うん、間抜けだけどね。損も得もしないけど、手間暇だけは掛かって他に何も出来なくなるタイプ」
「…結局それって、損しているのと同じなんじゃないですか?」
ぼそり呟くシオンにまりもが、そうかも、と邪気のない笑みを向けた。
「で、その魔物さんは、武彦さんの『大事なもの』を寄越せ、って言ったのよね」
シュラインが確認をする、武彦は憮然としているものの、頷く事でその問いに答えた。
「それだけじゃ、何を渡せばいいのかさっぱり分かりませんね。余りに曖昧と言うか…」
「それ以前に、あんまり言葉が上手くないって言うか、人の言葉をちゃんと理解してないって言うか、そんな感じ。イノチとかタマシイとか言ったけど、本当のところは違うものだったりしてね」
「違うもの?」
問い返すシオンに、まりもはアイドルらしからぬにやり笑いを浮かべる。
「そ、例えば、タケヒコ自身とか…」
「それはアレですかね。所謂、生贄、ですかねぇ」
のほほんと不穏な事を言う慎一郎を、武彦が怖い目でねめつける。そんな武彦を苦笑いをして見詰めつつ、シュラインが人差し指を頬に宛がい、考え込むように視線を宙に浮かす。
「まぁ、それはともかく…」
「流すな、流すな。俺の生命の危機かもしれないんだぞ」
「大丈夫、草間、そう簡単に喰われるタマじゃない」
「いやだから、喰われる喰われないの問題じゃなく…」
食い下がる武彦に、黒主は何か可笑しいか?と不思議そうな顔をする。まだ何か言いたそうな武彦を手で制し、シュラインが凛とした声を上げる。
「ともかくッ。取り敢えず、『大事なもの』と言う言葉を信じて考えてみましょ。武彦さんの大事なものと言えば…」
「「「煙草?」」」
シュラインとシオン、まりもが同時に声に出す。やっぱりそれか、と端から聞いていた武彦ががっくりと肩を落とし、その肩を慎一郎が満面の笑みでぽむぽむと叩いた。
「如何に普段、草間さんが煙草に執着しているかが良く分かりますねぇ。まぁ、煙草ならまた買えますし、ここは潔く差し出したらどうです?」
「…それが、またすぐに買えるとは限らないのよねぇ」
シュラインがこみ上げる笑いを堪え、肩を揺らしながら武彦を見る。ああ、とシオンが片手の拳を手の平で打つ。
「草間さんも同じでしたね、私と」
「一緒にするな、一緒に」
俺は貧乏人じゃない、と主張する武彦だが、その言葉を誰も信じようとしない辺り、端から見れば殆ど同じらしい。
「でもそれって、ようはそれだけタケヒコにとって煙草が重要だって事だよね?だったら、上手く言い包めれば、魔物もそれで満足して帰ってくれるかもね」
多分、と小声で付け足したが、それは武彦の耳には届かなかったようだ。
他の皆には、しっかり聞こえていたが、何も言わなかった所を見ると、皆、同じ事を考えていたようだった。
*3*
黒主が、ソファに座ったままでそわそわしている。視線は忙しなく事務所の扉の方ばかりを見ているから、どうやらそろそろ来るらしい、魔物の事が気になってしょうがないらしい。
「気になるのは分かるけど、いきなり喰っちゃダメだよ」
「判ってる」
諌めるまりもに黒主は短い言葉で返事を返すが、その目は相変らず落ち着きが無く、本当に分かっているかどうかは微妙だ。その視線に釣られてシオンも玄関の方を見詰めながら言った。
「しかし、本当に来るんですか?もしかして、草間さんの大事なものを貰う事自体、忘れてしまったりしませんかね」
【忘れてなぞ、おらん】
「うわぁっ!」
不意に響いた低い声に、皆一様に驚いて叫び声を上げる。その声のした方を見ると案の定、例の魔物が立っていた訳だが、そこは玄関とは正反対の窓際だった。
「…ど、どこから入ってきたの?」
【うむ。その出入り口から何やら不穏な気配を感じたので、こちらの出入り口から入ってきた】
その、とは玄関の事で、こちらとは窓の事だった。そして、不穏な気配と言うのはどうやら、黒主の気配の事らしい。シュラインは溜息を零し、首を緩く左右に振った。
「…こっちは出入り口じゃないのよ。って、魔物さんに言っても無駄かしら…」
「でもちゃんと言葉は通じてますよ?」
呑気な様子で慎一郎がそう言う、そりゃそうだけど、とシュラインが溜息を零した。
【そんな事はどうでも良い。クサマ・タケヒコ。約束のものを貰い受けに来た】
「約束のものとは、なんです?まのさん」
知っていて、敢えてシオンが聞いた。
【まのさん?とは何ぞ】
「魔物さんですから、略して、まのさん」
【………。我にはれっきとした名前がある】
「じゃあ、なんていう名前なの}
まりもが尋ねると、魔物は律儀に名乗る。が、その音は普通の人間では聞き取る事も発する事もできない音(おん)らしく、名乗ってくれたはいいが、その名を自分の声で再現できるのはシュラインだけらしい。なので、
「まのさんでいいですよ。いいでしょう?」
【………】
渋々、と言った感じで魔物が頷く。尤も、表情そのものが余り無いので、気配でそうじゃないかと思えただけだが。
【それはともかく。我は『大事なもの』、或いはイノチ、タマシイ…そう言ったものを貰いに来たのだ】
「あ、覚えてたんですね」
慎一郎がぼそりと呟く。どうします?と武彦の顔を見ると、さり気無く視線を逸らした。
「タマシイが欲しいって言うんなら、写真とか渡したらどうだ」
黒主が言う。言葉自体は武彦他の皆に向けて発せられていたが、その視線は、魔物を逃がすまいと言うように凝視していた。
「昔の人間は写真を撮られると魂を吸い取られるって言っていた。これに草間の魂が入っている、と言えば騙されるんじゃないか?」
「写真ですか。彼女が喜びそうですね」
シオンがそう言うと、何の話だ、と武彦が視線で問い掛ける。にっこりと微笑みつつ、シオンが立てた人差し指を振った。
「だって、まのさんは『大事なもの』を受け取り、それを依頼者に渡すのが役目なんでしょう?だったら、草間さんの写真が彼女の元に行くって事ですよね?」
「…それは、……」
マズイ、と武彦が呟く。
「何、写真を渡すと、本当に呪わせそうだから?」
「見ず知らずの人間に呪われるような事をした覚えはないぞ」
「えー?でも僕だって覚えは無いけど、結構、見知らぬ人からの悪意とか受け取っちゃうんだけどなぁ」
これも人気者の性よ、と年齢に似合わない老成した雰囲気を漂わせつつ、まりもが笑う。
【何をぶつぶつ言い合っているのだ】
「あ、まだ居たんですね」
慎一郎にプチ邪魔者扱いされて、魔物は何やら凹んだようだ。そう言うところ、妙に人間臭い魔物である。
「じゃ、こう言うのはどうです?『大事なもの』とはズバリ、『愛』=『LOVE』!だと」
「それこそ、渡すなんて事出来ないわよ?目に見えないものは幾ら武彦さんでも無理でしょう。…それ以前に、持ってるかどうかも微妙だけど」
「おい」
シュラインの突っ込みに、目を眇めた武彦が抗議する。まぁまぁ、と双方を宥めておいて、シオンがまた立てた人差し指を振った。
「勿論、目に見えて持って帰れるものでないとまのさんは納得しないでしょう。…と言う事で、『LOVE』、つまりは『恋』、引いては『鯉』!と言う事で、鯉を持って帰って頂くのは如何でしょう?」
「…生で?」
ぼそり、まりもが呟く。暫し、その場に沈黙が漂った。
「それは…持って来られる彼女の事を考えると…ちょっと可哀想かしらね…」
「う、うん…でもまぁ、それぐらいはイイ薬かもしんないけどね」
そんな話し合いの間にも、黒主は魔物の姿を頭の先から足先まで、舐めるように見詰めている。その目は、身体のどの部分が旨いだろうか、と品定めをしているようにも見えた。
【…何か知らぬが、我の身の危険を感じるのは気の所為か】
「気のせい、気のせい」
鳥肌立ててるような顔の魔物を、元凶の黒主がそう言って誤魔化す。そうこうしているうちに、黒主の我慢の限界が近付いてきたようだ。
「…ま、まだ?まだ喰っちゃダメ?」
「もう少し我慢できない?…って我慢したからって食べていいって訳じゃないけど」
シュラインがそう宥めても、黒主の空いた腹は素直になってはくれないらしい。徐々に変身が解け、少年の姿が大きな犬のような姿になる。今にも襲い掛かろうとしたその襟首を、慎一郎がはっしと掴み、押さえ込んだ。
「何をする!離せ〜!」
「やや、何でも食べていいって訳じゃありませんよ?おなかを壊したらいけませんからね…とは言え、黒主さんの目の毒には違いないですから、無理矢理にでもご退場願いましょう」
そう言うと慎一郎は、小脇に抱えていたモバイルを起動させる。そのディスプレイには、何かしらの魔法陣が描かれていた。
「何をするつもりなんです?」
「使途を召喚します。このまのさんと同一世界の存在ではありませんが、何とかなるでしょう」
そう言って慎一郎の指がエンターキーを押す。ディスプレイ上の魔法陣が光り何かの音を奏で出す。どうやら、人間の声では再現できない呪文をパソコンに唱えさせているらしい。やがて、魔法陣の中央から光が溢れ出、そこから何かが姿を現わす。皆が息を飲んでその様子を見守っていたが、目の前に現われた、どこかで見た事のあるような『それ』を確認すると思わず目を瞬いた。
「……そ、それは…?」
「何を召喚したの…?」
シオンとシュラインが慎一郎に尋ねる。暫く無言でいた慎一郎だが、やがてテヘ、と照れ笑いを浮かべて後ろ髪を掻いた。
「間違えちゃいました。【夜のゴーント】を呼び出そうと思ったのですが、【夜のゴーンタ】を呼んじゃったみたいです〜」
「…夜の、ゴーンタ……」
どうりでどこかで見た事がある筈だぜ、とまりもが、見た目に似合わぬ渋い調子で呟いた。
その、バケツを逆さにして伏せたような体型、茶色いモフモフの毛など…可愛らしいと言えば可愛らしいが、
「ここまで大きいと、可愛らしさの欠片もないですねぇ」
あははは、と他人事のように慎一郎が笑った。そりゃそうだろう。ゴーンタの体長は事務所の室内より遥かに大きい。身体を揺らすたび、頭の上にちょこんと乗せた可愛らしい帽子が天井をぐらぐらと揺らし、崩れた建材がぱらぱらと落ちてくる始末だ。それを見てまず武彦が青くなる。
「待て待て待て!事務所を壊すな!!」
「あれ、小さくしたりは出来ないの?」
まりもの問いに、慎一郎は笑みと共に首を左右に振る。
「…あれ、喰ってもいいか?」
黒主が慎一郎の顔を見上げる。またも笑みと共に、首を左右に振った。
「食べちゃ駄目です。おなか壊しますよ?第一、彼は神でも悪魔じゃありませんからね」
多分。とこれは聞こえない程度の小声で付け足した。
そうこうしているうち、シュラインがふと何かに気付く。その気配を追って振り向くと、先程の武彦と同様、魔物も何故か青ざめていた。尤も、魔物の平素の顔色自体が分からないので、正確には青ざめているような雰囲気を漂わせていた、だが。
「…どうかしたの?」
【……何故、〜×/,☆〜―*;;がここに居る】
「え?」
魔物が発したそれは、明らかに人間の可聴範囲を越えている。どうやら、ゴーンタの事を指しているらしい。ゴーンタそのものを知っているのか、それともゴーンタに似た何かを知っているのかは定かでは無いが。
魔物は、逃げたい、だが己の職務は果たさねば、だが…と葛藤しているように見えた。それに気付いたシュラインが、腕を伸ばして武彦の上着のポケットから、吸い掛けの煙草の箱を取り出すと、それを魔物に向かって投げて寄越した。あっと未練がましく、武彦が声を漏らす。
【…これは、…】
「草間さんの大事なもの、よ。イノチと言っても過言ではないわね」
それを持ってお行きなさい、シュラインが視線でそう言うと、魔物も頷く。そして、ゴーンタの方を気にしつつも、まるで逃げるように、瞬く間にその姿を消した。
「あー、喰い損ねたー!」
黒主が地団駄を踏む。フモ?とゴーンタが鳴き、悔しがる黒主の頭をちょいちょいと撫でた。
おわり。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 2322 / 宇奈月・慎一郎 / 男 / 26歳 / 召喚師 最近ちょっと錬金術師 】
【 3356 / シオン・レ・ハイ / 男 / 42歳 / びんぼーにん(食住)+α 】
【 4691 / 水野(仮)・まりも / 男 / 15歳 / MASAP所属アイドル 】
【 5246 / ―・黒主 / 男 / 100歳 / 喰らう者 】
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■ ライター通信 ■
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どうも、相変らずですがお待たせしまして申し訳ありません!碧川でございます(へこり)
水野(仮)・まりも様、またお会いできて嬉しいです!ご参加、ありがとうございました!
今回、殆どの方が武彦の大事なものを煙草と称していて楽しかったです…と言うのも、私自身がそう思っていましたので(笑)
今回、結果的には煙草を持って帰って貰いました。それはそれで有効な手段なのですが、ポイントは実はオープニング中にありました武彦の台詞『嘘も方便』がヒントだったのです。つまり、大事なもの=煙草として魔物に手渡すと言うより、明らかな『嘘』を教えて誤魔化す、と言う事だったのでした。
自分で上げたオープニングで自分で仕掛けた話だったのに、今回は妙に難産で苦労しました…(遠い目)今でも若干消化不良な感も拭えませんが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ではでは、またお会いできる事をお祈りしつつ、今回はこれにて…。
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