コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


『放課後のオチビちゃん』



「ゆうれいしゃんがでりゅというのは、このあたりのきょうしつでち」
 魔術師のような出で立ち、けれど演劇部の学生ですと言えばまったく違和感がない。クラウレス・フィアートは誰がどう見ても小学生ぐらいの子供に見える。
 クラウレスは、ひょんな事から、この神聖都学園の一番奥の教室に、学生達にイタズラをする幽霊が出ると聞き、無視してはおけないと感じて、この場所へとやって来たのだ。
「こども…こどものゆうれいしゃん、どんなゆうれいしゃんでちょうか。こどもが人をこまらせてくりゅのには、りゆうがあるはずでちから、それにきづいちぇあげりゅのがおとなのやくめでちね」
 廊下をさらに進みながら、クラウレスはぽつりと呟く。
「こどもはにがてでちゅけど」
 本当のクラウレスは、剣舞の使い手である青年だった。それがとある呪いのおかげで、騎士の面影もない小さな子供の姿になってしまった。青年の時は、子供と甘いものは嫌いであったが、厄介な事にこの呪いはそれが逆転をし、今のクラウレスは、甘いものを食べないと生きていけず、何もしてないのに子供に好かれてしまうのであった。
 だが、心が変わったわけではなく、今でも子供や甘い物が嫌いなので、自分が嫌いな物に遭遇した時が一番辛いのだ。
 すでに放課後であったから、校内にそれ程学生は残っていなかったが、それでもこの外れの教室までくるまでに、面白い格好をしているからと、何度も子供達に追いかけられ、やっとの事、逃げ出して来たのであった。
「ゆうれいしゃんでも、こどもはにがてでち」



 やがてクラウレスは、一番奥の教室へと辿り着いた。その教室は神聖都学園の一番奥、一階の端っこにあり、昔は普通の教室として使われていたが、東京の少子化によって生徒が減った結果、空き教室となった場所であったらしい。現在では授業で使う機材の物置に教室で、授業が行われている時間はともかく、放課後となれば滅多に人は出入りしない。
「しゃてと、ゆうれいしゃんがでてくるのを、ここでまつでちか」
 そっと教室の扉を開けて、クラウレスは部屋の中へと入った。教室というよりは、物置小屋のように見える。大きな地図や地球儀、百科事典やよくわからない像まで置いてあり、中にはほこりを被っているものまである。
 幽霊が出ると言う噂を聞いたのはこの教室であったが、薄気味悪さや、不気味な気配を感じる事はない。ただ、すいぶん寂しい場所だなあ、と思っていた。
「ふぅむ、きたないきょうしつでちね。こんなところじゃ、ふつうのひとでもあまり、よりたくないかもしれないでち」
 クラウレスは自分からはあまり動かずに、教室の中に視線を漂わす。
「こちらからよびかけて、こわがられたりしてしまうとイヤでちね…あいてのこうどうをまちゅのがいいでち」
 教室の色々な物を見回しながら、クラウレスはそばにあった椅子に腰掛けて、子供の幽霊が出てくるのを待つ事にした。
 聞いた話では、特に特定の相手が必要というわけでもなく、一説によれば幽霊が誰かに構って欲しがっているのかもしれないという事だから、能動的にしなくても、幽霊は出てくるかもしれない。
「もんだいはそのさきでちね」
 幽霊はあっさり出てくるかもしれないけど、その幽霊をどうすればいいかと、クラウレスは思った。
「いるべきせかいに、かえちてあげろというひともいりゅかもしれないでちが、わたしはゆうれいでもようかいでも、このせかいにいていいとおもうでち。むりにてんにのぼらせるひつようはないでち」
 クラウレスがそう呟くと、頭に軽い衝撃を感じ、足元に何かが落ちる音が聞こえた。
「なんでちか?」
 足元に視線を落とすと、そこに折れたチョークが落ちていた。チョークは半分に割れて、床を白い色に染めていた。
「だれかいるでちね?」
 もう一度、良く目を凝らして教室を見回すと、窓の横、カーテンの脇に小さな女の子が立っている事に気づいた。
 髪の毛を後ろでひとつにしばり、白いワンピースを着た可愛らしい少女が、クラウレスに視線を向けて楽しそうに笑っている。しかし、その体は半透明で、瞳は開いているが、生きている人間の温かみはまったく感じなかった。
「あぁ、ええと」
 目的の人物である幽霊に会えたはいいものの、どんな言葉をかけていいか思い浮かばない。子供が苦手なクラウレスは、子供と会話をする事すら苦手なのだ。
「ひ、ひとにむかって、ものをなげてはいけないでちよ?あぶないでち、ケガをするかもしれないでちから」
 割れたチョークに視線を落としつつ、クラウレスはやっと言葉を口にする。
「美理、一人で寂しいの。皆、おうちに帰っちゃったから」
 幽霊の少女、美理の表情が、笑顔から寂しそうな顔へと変わる。人間のような温かみはないが、幽霊とは言え、感情はあるのだろう。
「そうでちか、ひとりぼっちはさびしいでちね」
 クラウレスはやっとの事、美理と視線を合わせることが出来たが、じっと見つめられると、何をはなして良いのかわからなくなるのであった。
 誰かにとり憑いたり、恨んで怪奇現象を起こすという悪霊とは違うから、このままにしておいても良いのではないかとも思ったが、少なからずイタズラをされて困っている者もいるのだから、そのあたりは注意してやらないといけないと、クラウレスは美理の悲しい表情を見つめながら思った。
「みり…しゃんというおなまえでちね?わたちはクラウレス・フィアートと言うでち。みりしゃん、ここでなにをしてるでちか?」
 クラウレスがそう尋ねると、美理が自分へ一歩近づき、イタズラっ子のように口元で笑う。
 美理とクラウレスは初対面だが、美理は元々人懐こい子供なのかもしれない。表情をころころと変えながらどんどん自分の方へ接近し、すでにクラウレスに懐いているようであった。それとも、クラウレスが美理と同じぐらいの年齢の子供の姿をしているから、友達でも出来たのかと思ったのだろうか。
「美理ね、学校で勉強してね、お友達沢山作りたいの」
 ますます美理に接近されて、クラウレスは他の誰かにこの後の事を誰かに任せて、この場から立ち去りたいとも思ったが、自分で依頼を引き受けた以上、そうもいかない。
「そうでちか。でちゅけど、みりしゃん、ここのがっこうのせんせいやせいとたちが、みりしゃんのイタズラでこまっているでちよ?それじゃあ、みんなみりしゃんをこわがって、ともだちにはなってくれないとおもうでち」
「困っているの?美理、一緒に遊んで欲しいと思っただけなの」
「ともだちになるなら、あいてのことをおもってあげりゅことがだいじでちよ?」
 クラウレスはそう言うと、落ちているチョークを片付けて、脇にあったチョーク入れの中へと片付けた。
「わたちは、みりしゃんがここにいるのはいいとおもうでちが、がっこうないにはみりしゃんをこわがっているひともいるでち。だから、このきょうしつへあまりひとが、ちかよらないとおもうでちよ」
「だって、美理の事に気づいてくれない人も沢山いるんだもの。だから、ものを投げて皆に気づいて欲しいと思ったの」
 その方法は少々乱暴だとしても、学校へ行きたくてもいけなかった美理の無念な気持ちが、彼女をこの世に留めた気持ちがわからないでもない。美理はただ単に、学校が好きなだけなのだ。校内では問題になっているが、美理が悪い存在だと、クラウレスは思わなかった。むしろ、苦手な子供とは言え、何かしてあげたいと思うところもあった。
「みりしゃん、なにかやりたいことはあるでちか?わたちも、できるかぎりはてつだうでちよ?」
「学校へ通いたいの。行くだけじゃなくて、授業をしたり、皆で給食食べたり、遊んだり」
 だけど美理にはそれが出来ないと、言葉を終えた後の悲しそうな表情には、そんな言葉が隠されているように感じた。
「みりしゃんは、ほんとうにがっこうがすきなんでちね」
 そう言って、クラウレスは一つの箱を取り出した。ぷちぱんどらぼっくす、とクラウレスが呼ぶその不思議な箱の中身は、クラウレス自身にもわからない。わかっている事は、箱の中身を取り出す者が、純真であれば幸せ、悪意ある者であれば不幸が訪れやすいという事だ。
「これはぷちぱんどらぼっくす、というはこでち。ぷちぱんどらぼっくすからでりゅものが、あなちゃのこんごのみちしるべになるといいでちね。なにがでるかはわたちにもわかりゃないけど、みりしゃん、はこのなかみをとりだしてみるでち。みりしゃんがきぼうするなにかが、はこからとびだすかもしれないでちから」
 箱とクラウレスとを交互に見つめ、不思議そうな表情を見せている美理であったが、やがて黙ったまま箱に手を入れ、箱の中身を取り出して見せた。
 それは「1年1組、桜乃・美理」と書かれた名札であった。さらに美理は、自分の名前が入った新品のランドセルや文房具、教科書や体操着と言った、学校で使う道具を次々に取り出した。
 そして最後に取り出したのは、可愛らしいウサギの刺繍がついた、手提げの脇に美理の名前とクラスが書かれている。
「これ、お母さんが作ってくれたんだ!このウサギの手提げ、美理が学校に入る前に、お母さんが作ってくれているのを、見たもん。美理が生きていた時は、作りかけしか、見る事が出来なかったけど」
 美理はそれらの道具を見つめて、そしてウサギの手提げを強く抱きしめた。
「美理が死んじゃってからも、お母さん、手提げを作ってくれたんだ…」
 嬉しそうな表情を浮かべて、美理はずっとその手提げを抱きしめていた。そして、ランドセルを持ち、手提げを手にして、クラウレスの前に立ってみせる。
「みりしゃん、きっとみりしゃんのおかあさんは、みりしゃんがいまもどこかで、がっこうへかよっているとしんじているでちね」
「クラウレスさん、美理、どこかで生まれ変わったら、学校へ行けるかなあ?今度こそ、沢山のお友達や先生に会えるかな?」
「みりしゃんならきっとできるでち。そのおもいをわすれなければ、うまれかわってもねがいはかなうでち」
 クラウレスがそう言うと、美理は満足したような笑顔で、こくりと頷いて見せた。
「美理、きっとそうなってみせるよ。だからもう、イタズラはしない。だって、お母さんの心の中で、美理は学校へ通っているんだもの!」
「それはよかったでち。それをきいてあんしんしたでちよ」
「うん、でも、またここへ遊びに来てくれる?美理、もっと沢山の友達が欲しいもの!」
 美理の体は半透明で、その顔から生きている者の温かさはないけれど、今の美理の表情は、幽霊とは思えないぐらい明るかった。
「いいでちよ。またここにくるでち。だから、ちゃんとやくそくはまもるでちよ?」
 そう言って、その日クラウレスは美理のいる教室を後にした。



 翌日も、クラウレスはその教室を訪れたが、美理に会う事はなかった。その翌日、また翌日と、1週間ずっと教室へ通ったが、とうとう美理に会う事はなかった。
「ひとりでさびしいおもいをしてたでちから、じぶんがおかあしゃんにいまでもあいされて、そしておかあしゃんが、こころのなかでむしゅめががっこうへ、いまもかよっているとしんじていることをかんじたとき、みりしゃんはまんぞくしてこのせかいへのしゅうちゃくがなくなったのかもしれないでちね」
 誰もいない教室を眺めながら、クラウレスが呟く。美理の母親は塞ぎ込んでいると聞いたが、それでも娘への思いがなくなる事はない。
 その思いを美理が、ぷちぱんどらぼっくすから出た手提げから感じた時、一人ぼっちの寂しさが消えて、同時にこの学校への執着もなくなり、天へと帰っていったのだろう。
「こどもはやっぱりにがてでちが、あのこにはうまれかわって、こんどこそげんきにがっこうへかよってほしいでちね」
 そう言って、クラウレスは教室を後にした。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【4984/クラウレス・フィアー/男性/102歳/「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 クラウレス・フィアー様

 はじめまして!新人ライターの朝霧青海です。今回はシナリオに参加して頂き、本当に有難うございました!
 クラウレスさんの口調が独特なので、表現法には気を使ったのですが、こういう口調でセリフを書くのは楽しいです(笑)プレイングの方に習い、すべてひらがなにしたので、少々読みにくいところがあるかもしれないですね(汗)子供が苦手、という設定をかなり前面に出して、ノベルを書かせて頂きました。
 ラスト部分では、美理は自分に用意された学校グッズを引き、さらにそこに親の愛を感じてこの世界への執着から解放されるのですが、当初はそのまま美理を学校に残そうかとも考えました。クラウレスさんのプレイングは、特にどちらともつかずでしたので、結末には迷ったのですが、物語の展開的に、天へ帰った方が終わりにもっていきやすいのもあって、そちらの結末を選びました。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。では、今回はありがとうございました!