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<白銀の姫・PCクエストノベル>


青を求めて

 邪竜の胎動が唸りをあげだした頃、それに連動するように、アスガルドの各地では魔物達が享楽の声を張り上げていた。
それは兵装都市ジャンゴの周囲に関しても例外ではなく、強固な警護のなされた門戸を襲い来る魔物達があとを絶たなくなりはじめている。

「いやぁ、ひどい目に遭いましたよ」
 ジャンゴの中にある酒場の奥で、男は頭を掻きながらそう笑う。
「あたしのね、奥さんの誕生日にって思って、ちょっと頑張って鉱石をとりにいったのはいいけど、その帰りに魔物の群れに遭ってしまいましてねぇ」

 男の話はこうだ。

 ジャンゴから歩くこと一時間ほど。こじんまりとした水場の傍に、あまり人に知られていない小さな洞窟がある。
その洞窟は入り口の小ささに比べれば案外遠く続いている。
そして半時ほども歩けば、青く光る鉱石が姿を見せ始めるのだ。

「で、その場所からもう少し奥にいきますとね、青味を増した石がちらほら見かけられるわけですよ。あたしの友達が前にそれを持ち帰ってきたんですが、その時にうちの奥さんがその石に惚れてしまいましてねぇ」
 男はそう笑って頭を捻る。
「――――え、その友達ですか? あぁー、結局その次に洞窟に向かったっきり、帰ってこなくなっちまいましてね」
 それから男は小さなため息を一つ洩らし、自分の目の前で話に耳を傾けている者達の顔を見上げ、両手を合わせた。
「お願いしますよ、洞窟に行って、石をひとかけ取ってきてくれませんか? お礼に一杯奢りますからさぁ」


 その場の酒代を立て替え、帰路に着いた男の話を、テーブルを共にした四人は静かに話し合っていた。
「彼のお友達は、本当にその洞窟へ向かったのかしら? 例えば途中で道を変え、他の領域――他の街だとか、そういう場所に行ったという可能性もあるわよね」
 新しく注文したばかりのグラスには、アスガルドでのみ採られるという果実を蒸留し作られた甘い酒が揺れている。そのグラスを手にしつつ、シュライン・エマは青い双眸をゆらりと細める。
それに頷いてみせたのは尾神七重。彼はブドウジュースに似た飲み物を口にしながら、席を共にした同志達に視線を寄せた。
「お友達の行った先が他の街などであれば良し、やはり安否は気にかけておきたいところです」
「まぁ何にせよ、現地に足を運んでみるべきよね。件の鉱石とやらがどんなものか、実際に見てみたいし」
 シュラインと同じものを注文しつつ、そう述べたのは綾和泉汐耶。グラスを運んできた店員に礼を返している汐耶に、シュラインが小さく頷き、同意を見せる。
「そうね。最悪、洞窟内で亡くなっていたとしたら、やっぱり遺品くらいは見つけてあげたいし」
「とはいえ、この頃は以前に比べて魔物の出現率も高くなってきていると聞きますし、現地に着くまでは余計な力の消耗は避けたいところでもありますね」
 三人の会話に耳を傾けていたセレスティ・カーニンガムが、片手を持ち上げて店員に目配せをした。彼は程なく近寄ってきた店員に何事かを耳打ちすると、組んでいた足を下ろして穏やかに笑みを浮かべる。
「馬車の手配をしました。これで多少は魔物との対峙を振りきることも出来るでしょう」

 件の洞窟傍で停まった馬車から降り立った四人を迎えたのは、美しい外観の小さな湖だった。静かな湖の周囲には豊かな緑が広がり、白樺に似た樹林が続いている。
「これは、思ったよりも美しい場所なのですね」
 四人を降ろして再びジャンゴへと戻って行った馬車を見送りつつ、セレスティがふわりと笑みを浮かべた。
「とても、魔物が出るような場所には見えないわね」
 巻き上げた後ろ髪に絡みつく蔦のようにも見える花飾りをいじりながら、シュラインがセレスティの言葉に一瞥を向ける。
「外観がどうであれ、少なくとも安全を確約された場所ではない事は確かです。依頼主の言によれば、魔物の出現率は、洞窟の奥に進めば進むほど高くなっていくといいますし……」
「そうね。少し調べてきた限りでは、ここの周囲近辺では、アサルトゴブリンの姿も多く目撃されているようだし」
 七重が述べた言葉に、思案顔の汐耶が、髪を撫でつけつつ継げる。セレスティはそのやり取りに耳を傾けつつ、白銀で出来た錫杖で地を撫でた。
「ともかく、進んでみましょう。日が暮れてしまうと、また面倒ですし」
 
 洞窟内は不思議と暗闇ではなく、薄く青い光で包まれていた。それは洞窟内部を構築している岩石などの特長であるようだ。
 ランタンが煌々と光を放っているのも手伝って、四人の足取りは危ういものではなく、むしろ滞ることなく進むことが出来る。
「……ここへ来る前は、ここは案外墓場なのではないか、などと考えていたのですが……」
 彼らが進む足が鳴らす音以外に響く音のない中で、七重がふと口を開ける。七重は四人の一番後ろを歩き、背後に気を配りながら、洞窟の壁を確かめた。
 青く光っている岩石には苔なども付着している。よく見れば、その苔もまた発光しているのだということも分かった。
「あら、実は私も似たようなことを考えてたの」
 七重の言葉に関心を示したのは、七重と同じように岩石の苔を調べているシュラインだ。彼女は小さな瓶の中に苔を採取している。
「実はこの洞窟を構築しているのは、動物なんかを養分にして増殖していく苔とかだったりして――なぁんて」
 口許に片手をそえてクスクス笑うシュラインの言葉に、汐耶は小さな嘆息を一つ。
「ありえない事ではないと思うけど、その場合、養分とされるのは洞窟内で亡くなったものだけかしら? それとも生きているものも対象になるのかしらね」
 眼鏡の奥で青い視線を細めてみせる汐耶の言葉をきっかけに、辺りには再び沈黙が訪れた。気のせいか、空気がさっきよりもひんやりとしてきたようにも感じられる。
 岩盤の天井から滴り落ちる水。それが打つ石が響かせる音。黙したままで足を進める四人の足音。洞窟は進むほどに青い光を強め、広さは入り口の倍ほどにはなっただろうか。
「――――おや、」
 沈黙を破ったのは、セレスティ。
「ほら、ここ。この岩盤の中にくいこんでいるこれは、何だかゴブリンにも見えますねぇ」
 呑気にそう言いつつ、ぼんやりと青光を発する岩を撫でているセレスティの手元を、三人が確かめる。
「……確かにこれはアサルトゴブリンのようですね。ほら、これ。彼らの多くが持っている鈍器のようですし」
 ランタンでその部分を照らして確かめた七重が、振り向きぼそりと呟いた。
「おやおや、よく見れば、それらしいモンスターが多々岩盤の中に」
 七重の瞳に宿るシリアスな輝きに気付かないまま、セレスティがやはり呑気に笑う。
確かに、ここまでの道程にあった岩盤には見うけられなかった――あるいは気付かなかっただけかもしれない――魔物の骸が、そこかしこに食いこみ、絶命している。
「やだ、本当にそうだったのかもしれないなんて」
 シュラインが、どこか感心したようにため息を洩らした。

 洞窟は進めば進むほどに青い光を強める。岩盤の中に取り込まれている魔物は、なにもゴブリンばかりではないようだ。すでに白骨化したものや、酷く腐敗しているものもある。
「盛りあがってるところ悪いけど、生きたままっていうのはなさそうね」
 緊迫感やら呑気な空気やらが入り混じった奇妙な空気を一蹴するように、汐耶が静かに述べる。汐耶は岩盤を興味深げに探っていたが、やがて視線を三人へと向けて肩を竦ませた。
「ちゃんと調べないと確証は得られないけれど、裂傷しているように見えるから、おそらく絶命した後か、少なくとも傷を負ってからとりこまれた可能性が強いと思う」
 眼鏡のフレームに指をかけつつそう述べた汐耶に、七重が暗紅色の目を光らせた。
「では、この洞窟の内部には、何かしらの魔物が潜んでいる可能性があるということですね」
「魔物……ゴブリンなんかを相手にして、負けることのない存在か」
 七重の言葉に続き、シュラインがふと思案して黙りこむ。それを眺めていたセレスティが、ふむと唸って顎を撫でた。
「そういえばこの洞窟周辺で、ニドヘッグの目撃がいくつか報告されてましたねぇ」
「ニドヘッグ?」
 シュラインがすかさずそう返し、「あぁ!」と口にして手を叩いた。
「ニドヘッグの目撃証言は私も調べてきたけど、洞窟の外だったから頭にいれていなかったわ。そうよね、洞窟の中に潜んでいて、たまに洞窟を出ている可能性だってあるのよね」
「依頼人の友達も、ニドヘッグと鉢合わせしてしまったのかもね。――それにしては、人間らしい死体は見当たらないけれど」
 手にしている日傘を持ち替えながら、汐耶が嘆息交じりにそう呟いた。
「それはそうと、潜んでいるとしたら、今ここに出てくる可能性もありますよねぇ」
 セレスティが安穏と微笑する。
「……待って。私のこの花飾りで、この近くに魔物がいないかどうか確認してみるから」
 セレスティの微笑とはうらはらに、シュラインが咄嗟に表情を変え、結い上げた黒髪に巻きつく花飾りに指をそえた。
「どう、ですか?」
 岩盤を探り、人間のものらしい痕跡がないかどうかを確かめていた七重が、ふと手を止めてシュラインを見やる。
シュラインの表情は固く強張っている。彼女は花飾りにそえた手をそのままに、ゆっくりと口を動かした。
「…………ここに向かっている大きな気配が一つ、確認出来るわ。これがニドヘッグかどうかは分からないけれど」
 その言葉を待っていたかのように、遠くで地を鳴らす地震のような振動が響いた。四人は互いの顔を確かめて、各々携えているものを握り直して頷く。
すなわち、シュラインは花飾りを。セレスティは錫杖を。汐耶は日傘を、七重は黒皮で装丁された書を。
「どうするの?」
 汐耶が声を潜め三人に訊ねた。
「僕が結界を張って皆さんを援護します」
 七重はそう返して書を開き、血文字で何かが記された頁をめくった。
「私は、花飾りから音を出して相手を混乱させることも出来るけど」
「私のこれも、そういった効果を発動できるのだけれど……ランダムだから、望んだ効果が発動されるという自信はないわ」
 シュラインの言葉に頷きながら、汐耶が眉根を寄せる。
「私も、お手伝い程度ならば出来ると思います」
 錫杖の先端で地を叩き、セレスティが頬を緩ませた。
「――――では、結論は一つね」
 シュラインはそう述べて、おもむろに岩盤に手を伸べた。
「とっとと鉱石を採掘して、魔物に遭遇しない内に戻りましょう」

 ジャンゴの酒場に戻った四人は、呑気にグラスをあけている依頼人の男の姿を見つけ、テーブルの横で足を止めた。
男はいくらか酔いのまわった顔で彼らを確かめると、途端に表情を一変させ、椅子を転がし立ちあがる。
「あ、あんた方、無事戻ってこれたんですか? イヤァ、さすがです!」
 絶賛している男に一瞥しつつ、シュラインが小さな袋を差し出し、口を開けた。
「うっかりニドヘッグに鉢合いそうになったけれどもね。……これがあんたの欲しがっていた鉱石でしょ?」
 差し伸べた袋の中には、青く光る鉱石――骸となった魔物達の結晶――が二つほど収められている。男はそれを確かめると、嬉しそうに頬を緩めて顔を上気させた。
「いやいや、二つもいただけるとは、ありがたい!」
 ほくほくと笑う男に、汐耶が眉を寄せて訊ねる。
「石は、それほど奥に進まなくても採れるようだったわ。質は劣るかもしれないけれど。……キミ、本当に洞窟に足を運んだことがあるの?」
「――――は?」
 晴れやかな笑顔のままで、男はその問いにとぼけた顔を返した。
「お友達も、見つかりませんでした。……すいません」
 七重が申し訳なさげに表情を曇らせる。「その話も、本当なのかどうかね」その横で汐耶が呟いた。
「まぁ、でも、ロマンティックな気分を味わえた上に、私達もお土産を持ち帰れたのですから、それでいいじゃないですか」
 とりなすようにセレスティが場を制する。
「その上、ご馳走していただけるとの事ですし。……ねぇ?」
 微笑みを浮かべた眼差しで、男を見やる。男はどこか悪い予感を覚えたのか、浮かべた笑みをわずかに歪ませていた。

 四人が酒場で飲み食いした品は、どれも高価なものばかりだった。セレスティがいわく、
「そうですか? これくらい普通だと思いますけれど」
 結局支払いのために石を一つ手放さなくてはならなくなった男の背中を見やって、シュラインがそっと呟いた。
「実はあの人に渡した石に、さっき採取した苔を少しオマケしておいたのよ。……どうやらそっちの方が袋の中に残ったみたい」
 そう述べて唇の片側をつりあげ笑うシュラインに、三人がそれぞれの反応を示したのは、言うまでもない。 





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2557 / 尾神・七重 / 男性 / 14歳 / 中学生】



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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。白銀の姫クエストノベルをお届けいたします。
今回はOPにも記しましたように、比較的軽めなノリになったかと思います。皆様それぞれに対する私のイメージを投影させていただいたといいますか。そんなノベルになりました。
ノベルの内容そのものは、イベント本編の設定に少しも触れることのないものとなりましたが、少しでもお楽しみいただけていれば幸いです。

それでは皆様、アスガルドでの冒険、ごゆるりとお楽しみくださいませ。
またご縁がありましたら、お声などいただければと思います。