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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


歪んだ童話の探し方

 何度も繰り返し読んだ書類を最後にもう一度読み返したが、やはり書かれている事は変わらない。
 たった数行の文面から解るのは、これから何かが起こるだろうと言う可能性。
「まずいな……」
 立ち止まり、小さく溜息を付いてから狩人は呟いた。
 一瞬で燃やし灰と化した書類を灰皿へと混ぜ捨て、もう一度まとめ直す。
 現在、虚無側で注意すべきなのは三人。
 タフィーと言う少女もまた触媒能力者であるが、彼女が計画に使われる可能性は低いだろう。
 ディドルと言うゴーレム使いの少年は、向こうも制御しきれていない点が見受けられる。本体は不明。
 コールはリーダー格だと考えて良いだろう。
 呪具を作成出来る知識があり、まわりくどい手を使ってくる辺りも気を付けなければならない。
 ここまでの情報は既に何度も読み返した事だ。
 ここに一つ問題が発生したのである。
 あちらが手に入れたのだという知識こそが、何かが起きると確信めいた物を感じさせる。
 草間零の、正確に言うのなら霊鬼兵のデータ。
 すべてを合わせて考えるので在れば、導き出される答えはあまり良いものではない。
 外や中、至る所がきな臭くてしょうがない状況でやる事は多すぎる。
 この頃虚無との境界とのやりとりで動きすぎたお陰で、以前立ち消えた筈の計画も再開されようとしている。
 それでなくとも組織内であっちより先にと動く者が出てこないとも限らないだけに、その牽制も必要だ。
 恐らくは向こうもこれを予想しての行動だろう。
 溜息を付き、携帯を取り出す。
 最も最初にするべき事だけは決まっていた。
「……草間に連絡だな」

■シュライン・エマ

 過去の資料を調べつつ、僅かな手がかりから推理をする。
 本来は興信所の手伝いをするために来ているのであって、IO2のために動いている訳ではないのだ。
 だが身近な人が巻き込まれている事を、事件が起きている事を知ってしまったのだから。
 その意味合いでは上手い具合に狩人に巻き込まれたとも言えるが、今は溜息一つで横に置いておくとしよう。
 過去に起きた関係のありそうな事件や、似たような事件も参考にならないかを調べていく。
 聞いた話を元に調べようとしてファイルを捲り……頭痛がしてきた。
「………」
 とてもじゃないが範囲が広すぎる、色々な可能性を調べ出すと止まらなくなってしまう。
「お疲れさまです」
「ありがとう、零ちゃん」
 入れて貰ったお茶を飲み、思っていたよりも喉が渇いていた事に気づく。
「考えすぎなのかしら」
「そこがシュラインの良い所だと思うが」
 タバコを吹かしながら草間がポツリと呟く。
「そう、ありがと」
 気にかかる事は数え切れないぐらいある。
 虚無の事。
 IO2という組織。
 霊鬼兵の事。
 零の対応の事も気にかかる。
「これは話し聞きにいった方が良いかも知れない話わね」
 ちょうど、これから狩人宅で話し合うそうだ。
「行ってきます」
 幾つかの資料を手に、シュラインは興信所を後にした。



■境界線

 狩人宅に揃ったのは羽澄にシュラインに汐耶、魅月姫とナハト。
「いつもより少ないな」
「メノウちゃんと斎さんは外で話をしてるようです」
「ああ、なるほど」
「他も後で集まると思うわ」
 いつもなら大抵そうなる。
「うし、まあ居ないのはしょうがないな」
 さて本題と言った所で、魅月姫かスッと手を挙げた。
「私は詳しい状況を存じ上げませんが、その説明はしていただけ無いのでしょうか」
「そりゃ当然だな。じゃあ色々複雑になってきた事だし、ザッとだがまとめてみるか」
 その方がこれからの話もまとめやすいと狩人が頷く。
「始まりは……どこからなのかしら」
「そこから考えないといけませんか?」
 事情を知っているだけにシュラインと汐耶が溜息を一つ。
 これも関係している、あれもと考え始めたらかなり過去にまでさかのぼる事になるのだ。
 慎重に調べたいという思考が働くからこそ、悩んでしまう。
「三人がでてきた頃? それともジャック・ホーナーの事件? 虚無絡みなら……」
「もっと前になるだろうけど、ジャックホーナーがりょうの能力を盗っていった辺りで良いだろ」
 同じく考え込んだ羽澄に変わり、狩人がサラリと後を続ける。
 色々知っていそうだからこそ、まとめてしまえるのだろう。
 何処まで何を知っているのか気になる所だが、こうして話してくれる以上は口を挟む事もない。
「必要な事はそのつど補足しますから」
「ええ、お任せします」
 頷く魅月姫にそれぞれも同意し、話をまとめ始めた。
 りょうが触媒能力を盗られた事件。
 その犯人がジャック・ホーナーであり、事件の首謀者であった男だ。
 りょう、夜倉木、ナハトの三人に謎かけと呪術をかけ、殺し合いをさせようとしたのだ。それを阻止した物の、一時はりょうの能力が盗られてしまった。
 取り返しにいった研究所にて、能力であの世とこの世を繋ぐ門を開こうとしたが計画は失敗に終わる。
 ちなみにその研究施設があった場所がつい先日行った異界の場所でもある。
「そこでナハトと再会した場所なんですよね」
「はい」
 この二人の関係はさておき。
「門番には、俺が別の体を渡すから出てこいと言ったんだ」
「知ってたの?」
「あそこから動けなくなった理由の一旦は俺も関係してるからな、これは上には極秘な」
 サラリと言ってのけたが、それはもしかすれば重要な事なのでは?
 そんな視線を感じ取ったのか、狩人が手をふりつつ補足する。
「残念ながら虚無には関係ない話だ、それは保証する」
 話を元に戻し。
 事件の後ジャック・ホーナーは死亡。
 その後に起きたリリィとメノウを狙った、ネットを使い無作為に人を巻き込んだ広範囲な襲撃事件。
 その真犯人がコール、ディドル、タフィーの三人。
 この件も一応の決着は見たが、ディドルがヘリで突っ込んでくると言うどちらも予想していなかった暴走行為によりうやむやになってしまったようなものだ。
「出来れば、今度は暴走される前に解決したいですね」
 珈琲カップを受け皿に置き、汐耶が縁を指先でなぞる。
 一瞬沈黙した後、羽澄の感想は皆が思った事だった。
「本当に簡潔な説明だったわね」
「この説明だけで解った?」
 さっと流しただけなのだから、始めて関わる魅月姫に通じるかというとはなただ疑問だ。
「所々はナハトに補足して貰いましたから」
「ああ、それなら……」
 ナハトもりょうと行動を共にしていたから、事件の事を深く知っているし大丈夫だろう。
 ほんの少し魅月姫は首を傾げた後、ナハトを見上げる。
「ナハトも関係しているのですよね」
「そうだ、今はこの件に片を付けたいと思っている」
 はっきりとした口調に、魅月姫はあっさりと頷く。
「ナハトが関わるのなら、私もお手伝い致しましょう」
 ただ、こうしたいだけだから行動を共にすると言うのだ。
「そうね、私もりょうを守りたいだけだもの、彼らに興味がある程優しくないわ」
 凛としたよく通る声は涼しげに、しかしはっきりと部屋へと響いた。
 何かをしたい。
 誰かや、何かを守りたい。
 それで大切な物を守れるのであれば、これほど単純で解りやすい理由はない。
「私も組織とは関係なく今を守りたいというのが本当のところよ」
「同じく、私もメノウちゃんが関係してるからと言うのがありますからね」
「それで十分だ」
 解りやすくて、ずっと良い。



■問い掛け

 待ち合わせをしたのは図書館。
 空調も効いているし、暇もつぶせるのだから待つのに事欠かないのだ。
 図書館のシンとした空気の中を進みながらメノウの姿を探す。
 幸い直ぐ見つける事が出来たのは、メノウが入り口に近い場所にて本を読んでいたからだった。
「お待たせしました」
 真新しいパソコン関連の本を真剣に読みふけっていたメノウに、悠也が小さく声をかける。
「いいえ」
 時間はちょうどだ。
 メノウはそれよりも早く来て本を読んでいたようだが、待っていないと言うのもまた事実だろう。
「一度メノウさんとはゆっくりお話ししてみたかったんです」
「ありがとうございます」
「何か面白い本はありました?」
「はい、今までは日本の呪術が多かったものですから。やり方によってはパソコンの技術とも組み合わせられるので試してみようと」
 細かい文字の羅列を楽しそうに指先でなぞる。
 知識を得る事が楽しいのだと言うことは悠也にもよく解った。
「今度参考になりそうな本でもお貸ししますよ」
「ぜひ、楽しみにしますね」
 隅の方の目立たない場所に席を移し、更に周囲に軽く結界を施す。
 作りは前の時よりも単純なものだ。
 会話を聞こえなくするだけの物だが、図書館なのだから話さずとも何もおかしくはない。
 周りの事を考えるとこれが一番いとの判断だ。
「何度見てもきれいで無駄の無い構成ですね」
「解りますか」
「通常空間から、結界を張る時に感じる違和感がほとんど感じませんから」
「流石ですね」
 術やそう言った事に関してはよく見て、詳しい彼女だからこそ、色々な話が聞けると思ったのだ。
「呪術に関する話も、ゆっくりしたい所なんですけどね」
「はい、解ってます。私も楽しそうだと思うのですが」
 残念ながら今日は他に話がある。
 事件に関わる事がそれだ。
「そろそろ本題に入りましょうか」
「はい」
 先を促し、悠也は単刀直入に問い掛ける。
「触媒能力者を使っての魔術について知りたいんです」
「……何から、お話ししましょうか?」
「お好きな所からで構いませんよ、ゆっくりどうぞ」
 最初の問は、投げかけられた。



 何処で話をするかを考え、夜倉木が取った手段は普段よく使う手に落ち着いた。
 車に乗り込み、都内を無作為に走り回る。
「これなら聞かれる心配はない、か?」
「車に多少細工して貰いましたから、とは言ってもあまり強いものではありません」
「……解った」
 何をどう細工したのかは、敢えて聞くまい、今はそれ以上に聞く事が多々あるのだから。
「事件の事、何か隠してるだろ?」
「隠してませんよ、言えないだけで」
「同じだ」
 今日はのんきにやりとりしている場合ではない、相手に持って行かれかけたペースを何とか軌道修正する。
「もう解ってるはずだ、守秘義務だって言いたいのは解る! でもそんな事言ってる間に、事件はもっと大きくなってるんだ」
「……そうですね」
 考えていた物とは違った返答に少しばかり驚きつつ、問い掛けても良いのだろうかと疑問に思いながらも問い掛ける。
「あの家、何処まで調べたんだ?」
「それはハンター……盛岬狩人に全部持って行かれましたよ」
「じゃあ、何であそこにりょうさんを連れて行く必要があったんだ?」
 こちらの方が、啓斗にとって答えて貰えるか解らなかった問ではあったのだが……。
「それは……」
 考え込むような素振りに、流石に眉を寄せる。
「それも聞いてないなんて事無いよな」
「流石にそれは聞いてますよ、ただ……」
「……ただ?」
 そんなに言えないような理由があるのだろう?
「………」
 車が赤信号で停車し、動き出すまでの間沈黙を保っていたが……。
「それも記憶しておきますから、他に尋ねたい事があればどうぞ」
「何だよそれ」
「多少事情がありましてね」
 何か納得出来ないがまあいい。
「狩人さんが何考えてるのか解らないって事だ」
「……なるほど」
「俺には、組織とは関係ない個人的にやってる事だと思えてならない」
「奇遇ですね、俺もそう思いますよ」
「………」
 車の速度を速め、何処か目的を持って走り出し始める。
「それも踏まえて聞きにいきましょうか」
「……え」
「本人に聞くのが一番早い」
 それが、今の結論だった。


■真実

 ポンと手を叩き、狩人が唐突に告げた。
「そうだ、今日来たのは単に遊びに来たって事で一つよろしく」
 また不穏当な事をとは思わないでもない。
 彼が組織に準じているわけではない事は解っては居たが……ちょうど良い、聞きたい事はあるのだ。
「狩人さんはの、本当にしたい事は何?」
 それを知らない事には始まらない。
「話してくれれば嬉しいんですけどね」
「いまは隠し事が出来る状況じゃない事、解ってるんでしょう。狩人さんが心配している事を聞かせて欲しいの、零ちゃんの事も気になっているしね」
 幾重にも重ねられていく問は何度も過ぎった事で、幾度も誤魔化されていた事だ。
 それを今、逆に問を重ねていく。
 決して追いつめるではなく、自らの意志を伝えようとする真っ直ぐに放たれる言葉。
「私は胡弓堂の意のままに動く人形よ、IO2の狗じゃないわ」
「………」
 無言で天井を見上げ、髪を引っ掻いた後ようやく重い口を開いた。
「ああ、そうだな……俺もだ。よし、こっからは多少突っ込んだ話になるが聞いてくれ……っと」
「人も増えてきたみたいですし、珈琲入れ直してきますね」
 結界を張っているだけあって、人が来るのが解るようだ。
 チャイムの音と共にやってきたのは啓斗と夜倉木と悠と也の四人。
「話を聞きに来た」
「まあ、それも含めてな」
 あっさりと返した言葉は予想外だったのか、不思議そうに眉を寄せた。
「……?」
「座ったら?」
「そうね、立ってるのも何だし」
 このままでは話が進まない、ソファーの空いてる場所や、ダイニングから椅子を持ってきては腰掛ける。
 珈琲を入れて貰い、落ち着きかけた所ではたと狩人が動きを止める。
「今、りょうの所に誰も居ないのか?」
 この場にいるメンバーの顔を見渡す。
「リリィちゃんは向こうにいると思うけど……」
 ここに揃っている面々を考えれば、必然的に向こうに人が居ない事になる。
 何かあった場合、りょうは危険であると同時に傍にいるリリイも危険だ。
 組織内にいるからとはいっても、残念ながら安心は出来ない。
「心配ならここに呼んだ方が良いかも知れないわね」
 シュラインの言う通り、それが一番安全で手っ取り早い方法なのだ。
「いや、それは……」
「内容的に問題が?」
「そうなんだよな」
 何故と問う汐耶に、狩人が言葉を濁した直後。
「悠ちゃんが見に行ってきますー☆」
「也ちゃんもいってきますー♪」
 元気良く手を挙げた悠と也に、羽澄が頷く。
「そうね、お願い」
「ついでだ、夜倉木も見てきてくれ」
「いえ……俺は」
「ちゃんと言うから」
「……解りました、お願いします」
 三人もいれば安心だろうが……何か言いたげだった夜倉木は視線を巡らせてから、目蓋を閉じ溜息を付く。
「もう解いて貰っても?」
「ああ、悪かったな」
 パチリと指を鳴らし、それで何かが変わったかは解らなかったがそれでも納得した風ではあった。
 何かされていたのだろうか?
「じゃ、よろしく」
「……はい」
 少し様子を見て貰うだけでも大分変わる。
「いってきますー」
 元気良く声を揃えてかけていった悠と也と、その後に続く夜倉木を見送った。
「何だ…今の?」
 どう見ても何かされていた、その事に対しての啓斗の問に、大したことはしていないと言った風に答える。
「前にどうしても聞かせろって言ったからな、言えなくする事を条件に教えたんだ」
「…………」
 本当に話せないようにされていたのだ。
 黙っている間に勝手に納得した事にさせられ、かなみが新しく珈琲をそそぎ直すのを待ってから何が起きていたかの説明を始める。
 解ってる事だと思うが、IO2も一枚岩じゃない、お役所特有の縦の繋がりのお陰で派閥めいた物が出来てしまった訳だ。
「意見がとある理由で分かれたんだ」
「触媒能力……」
 誰ともなく、その単語だけを呟く。
 これまでに何度となく出てきた単語だ。
 事件の根深い所や色々な所にちりばめられたキーワードは何時も何処かで途切れ、あやふやな物へと変化してしまっている。
 身近でその能力が使われたのを目にした事があっても、組織がどう言った思惑で動いて居るかまでは解らないのだ。
「何が起きてるのか、それからよね」
「ああ」
 スッと深呼吸をしてから、今度はさっきよりは丁寧に説明してくれたが話の要点をまとめればこうなる。
 向こう側、虚無の境界が触媒能力者を手に入れようとした頃から、IO2でも動きがあったのだ。
 向こうより先に集めてしまおうという訳である。
 そこで狙いを付けられたのが9年前にIO2を一方的に抜けた狩人達だった。
 組織から抜け、独自に触媒能力者に連絡を取れるネットワークを持っていたのである。 呼び戻すのに苦労したようだが、切っ掛けが出来てしまったのだ。
 りょうが触媒能力者として不安定ながら覚醒した一件がそれである。
 矢面に立たされるようになった原因としては、やはり狩人の息子だからと言う理由があるのだから、そこはお互い様だ。
「組織内では、向こうに取られる前に隔離しろだのって意見が出てたんだ。そこはまあ、止めたけど……な?」
 表向きはそれですんだとしても、影で動く人間が出てくる。
「まあ、IO2側は現状はこんな所だな」
 話をまとめ一息吐く。
 沈黙は、それぞれの意見を頭の中で整理しているためだろう。
 聞く事は聞いた、後は……どう動くかだ。
「……一体、何処までが狩人さんの個人的な行動で動いてるんだ」
 ぐっと珈琲を一気に飲み干した啓斗が、淡々とした口調で問い掛ける。
 同じ質問だったからこそ、大分すんなり出てきてくれた。
「今までのやりとりも、夜倉木とりょうさんにいて欲しくないように思えたし。異界だって、止めようとしてるんじゃなくて作ろうとしてるように思えた」
 まくし立てる啓斗にニッと笑い、言葉の合間にスルリと答える。
「ご名答、りょうにはここで聞かせたくない事で、夜倉木には話してある事だ。固く口止めしてたけどな」
「……それって」
「……そう言う事をしているから、りょうが勝手に動こうとするんだ」
低く呻いたのはナハトだ。
「しゃーねぇだろ。ここにいたら喧嘩になって話が進まなくなるし、夜倉木が話した時点で、そのまま喧嘩になるのも分かり切った事だからな」
「だから……っ!?」
「ナハト、お座り」
 紅茶を飲みつつ、涼しげな口調にナハトはびくりと肩をはずませその場に片膝を付く。
「お話の途中ですよ」
「………」
 合えなく沈黙、そして空になったティーカップを差し出す。
「ナハト、おかわりをお願いします」
「私がお入れしましょうか?」
「いいえ、お手を煩わせる訳には行きませんから」
「ありがとうございます」
 ニコリとかなみが微笑み返し、ナハトは複雑そうな表情で台所に向かった。
 やはり、謎が多いと考え首を僅かに傾る。
「……さて、話を元に戻そうか」
 狩人が口元を押さえ溜息を付く瞬間、僅かに目元に陰りが見えた様に感じ押し黙った。
「向こうの計画に関係してくる事だからな、何時かは言わないとならなかった事だ」
 何を隠していたというのだろう。
 背中から泡立つような感情見せたのはほんの一瞬。
 瞬きした次の瞬間には、これまで見た通りの表情に戻り、サラリと言ってのける。
「欲しがってるのは、誰かを殺した触媒能力者だ」
「……なっ」
 反射的にそれだけが口をついてでてしまった後、それきり言葉を失う。
 動揺したのはほんの一瞬の事。
「それが……今まで隠していた事?」
「そうだ、俺はそれを阻止したいと思ってる」
 だから隠してきたのだ。
 きっと、こういう状況にならなければ、隠し通そうとしていたのだろう。
「異界の情報が欲しかったのも、阻止できなかった時を考えてたんだ」
「だから……核のデータを欲しがってたのか」
「そうなる前に何とかするのが一番だろうけどな」
「そうね、私もよ」
 はっきりとした理由も、言葉にするまでもなく、只々そうしたい。
「………」
 沈黙したままのシュラインと汐耶のように、言葉の断片ではどうすると決めてしまう事も出来ないのだから。
 ややあってから、汐耶が問い掛ける。
「待ってください、話が急すぎはしませんか」
「これがそうでもないんだな、ジャック・ホーナーがちくちく嫌がらせしやがったし、りょうに教えて不安定にさせようとしてたんだろ」
 皆が僅かに考え混む間に尋ねたのは、これまで沈黙を守り誰よりも冷静にこの場を見つめていた魅月姫だった。
「私の記憶が正しければ、殺す相手は強い方が良いと存じておりますが」
「流石だな」
 永き時を生きてきた魅月姫には、手に入っていたとしてもおかしくない知識。
「取り込んだ相手の能力や人格すら……ほぼそのまま受け継がれる事になるとお聞きしました」
 殺す事で手に入れる。
 ただ力を分け与えるだけならば、ビーカーに入った液体をスポイトで分けるようなものだが……ビーカーに直接他の物体を入れたらまったく別の物質に変化してしまうと言う訳である。
「だから、なのね」
 また一つパズルのピースがはまった。
 持ってきた過去の事件を見つめてから、シュラインは顔を上げる。
「だからジャック・ホーナーはりょうさんに殺し合いをさせようとしたのね」
 これでの事が殺させる事を、死を連想させようとしてたのであれば、ばらけていた事件も繋がりを見せる。
 リリィとメノウの事件とて、万が一何かあればまともでいられるはずがない。
 回りくどく、精神的に余裕をなくさせて追い詰めていくための手段。
「組織の動きはどうなの?」
「裏で動いてる奴も同じだ、強い方が良いから静観してる奴が居る。りょうが誰かを殺したら喜々として捕まえに来るだろうさ」
 欲しいのは、力を得た触媒能力者と束縛しておくための理由。
「人をなんだと思ってるんでしょうね」
「勝手に動いている人が居るとは解ってましたが、ここまでとは……」
 もはやIO2の行動には、一部がした事とはいえ溜息しか出てこない。
「狩人さん、言って」
「……?」
「コールの事も、組織の事も。狩人さんの知りたい事よ」
 今を守りたいから、出来る事をしたい。
「そうだな……相手の目的も解るけど、認める訳には行かないんだ」
 人格すら取り込んでしまうのだというのであれば、目的を果たさせてしまった時点でそれはもうりょうではなくなってしまう。
 少なくとも二人は殺してしまう事になる。
 なら、その為にする事は……。
「彼らがりょうに危害を加えるなら、狩人さんの意のままに動きましょう……」
「上等」
「2割は冗談だけど」
 笑顔で言う羽澄に、狩人も笑顔を返す。
 2割……と小さく呟く声が聞こえたが、誰が言ったかは解らなかった。
「ああ、ありがとう」
「もちろんよ」
「良かった、沢山あるからよろしくな」
 所から取りだしたのか、トランプを広げるがのごとく狩人はばらりと両手でファイルを広げて見せた。



 ■論ずる

 ノックを3回。
 帰ってきた返事を確認し扉を開く。
「こんにちはー☆」
「元気ですかー♪」
「よぉ」
「こんにちは」
 室内には笑顔のリリィと軽く手を挙げたりょうの二人。
 定期検診が終わった後らしく、普段通りの服に着替えていたが違う事が一つ。
「………なんだそれ」
 冷ややかとも言えない夜倉木の口調は、ベットの散らばっている本を指したのでも、大量に剥かれたリンゴでもない。
 りょうの全身に広がっている紋様の所為だった。
 不規則で法則性のない模様は、昔話の耳を取られた琵琶法師を連想させる。
 同じような事は、前にもあったのだが今回のは更に酷い。
「カラフルですー☆」
「目にもありますねー♪」
 本を一つにまとめながら、医者にされたのであろう説明をそのまま口にする。
「なんかナハトを元に戻したら、バランス取るためにこうなってるんだってよ」
「バランスが取れてないのですー☆」
「バンザイしてくださいー♪」
「?」
 言われたままに両手をあげるりょうを悠と也が揃って撫でたり背中を叩いたりし始める。
 すぐさま散らばっていた模様は背中へとまとまり始め。落ち着きを見せた。
「ああ、大分楽になった」
「良かったです☆」
「なら仕事でもしろ」
「わー……この鬼編集者ー」
 何時も通りの会話である。
「悠ちゃん、そろそろ行きましょう♪」
ぴょんっとベットから降りる二人に、りょうが声をかけた。
「戻るのか?」
 返したのは、ピッタリと重ねられた悠と也の声。
「お散歩です、いってきますー!」
「行ってらっしゃい」
 手を振るリリィに身見送られ、二人は楽しそうに駆けていった。


 IO2本部内。
 静まりかえったやや光量の落とされた一室で、書類に目を通しながら沈黙を保っていた彼……影はふと感じた気配に顔を上げた。
「……誰ですか?」
 人の目があると解った途端に、貼り付けたような笑顔を形作る。
 姿の見えない相手を感じ取り、先に声をかけた影の笑顔は更にそのまま固まる事となった。
「悠ちゃんです〜☆」
「也ちゃんです〜♪」
 何もない所からポンッと可愛らしい音を立てて絨毯の上に着地する。
「………」
 想像していたものとは、かすりもしなかっただろう事に訪れる沈黙。
「こんにちは〜☆」
「ごきげんさまです♪」
 ぺこんと声を揃えてお辞儀をする悠と也に、影は深々と溜息を付いた。
「何のようですか、ここにお菓子なんてありませんよ」
 内容こそ子供相手に向けたものであるが、視線はそらしていない辺り油断をする気はない様子。
「お話ししに来ました〜☆」
「とっても大事なご用です♪」
「こちらに話す事はありませんよ」
 弾んだ声に冷静そうに返すも、やはり複雑そうな表情だ。
 このままではペースを崩されると悟ったのか、早急にこの状況ににケリを付けてしまおうとする。
「さあ、早く……」
 それでも駄目なら誰かを呼ぶと出も言いたげに受話器へと伸ばしかけた手はピタリと止まった。
 すべての動作を遮るかのように、まったく別の声が新たにこの場に割り込んだのだ。
『無粋な事は、やめにしませんか』
 聞き覚えのある声だ、しかと記憶に残っている。
 悠と也の口からきれいに揃って紡ぎ出された声は、斎悠也の声だった。
 取ってしまった電話からは通話音は聞こえない、影は無言のまま元の位置に受話器を戻した。
 二人の様子は一変。子供らしさのかけらもない、落ち着いた仕草を見せている。
『目立つ事はしたくないんですよ……解っていただけますよね?』
「そのようですね」
 ピリピリとした緊張で満たされた状況では、何を聞く事も出来ない。
 二人が傍にあるソファーに腰掛けてみせると、影も大きく息を付き背もたれに体を預けた。
「話、とは?」
『裏で動くのはお得意でしょう』
「……大層痛い目に遭いましたが」
 おどけて見せ、それから誰にともなく人使い荒すぎですよと忌々しげに呟く。
『どうかなさったんです?』
「何でもありませんよ」
『では、改めて』
 仕切り直し。
『大きな騒ぎにはしたくありません』
「………何を頼みたいんですか? 出来れば二日に一度は寝れるような物にして貰いたいですね」
 何に対して怒っているか、おおよそ予想は付いてしまい苦笑しつつもお願いをする。
『りょうさんについての扱いと、誰が動いているかをです』
「扱いは……組織内に閉じこめて置いた方が良いという意見が出ています」
 冷静に、形通りに考えれば……遥かにその方が問題は起きないだろう。
 考え方の問題だ。
 閉じこめる事で安全を得るか。
 危険だとしても自由で居るべきか。
 周りが勝手に決めているのが現状の今、どうしたいかを問い掛けたらりょうは何て言うのだろう。
『それを決めるのは、りょうさんだけですよ』
 閉じこめたとしても、直ぐに飽きて何かしら行動を起こすだろう姿は容易に想像が付いてしまったが……敢えて今それは言うまい。
「それからこれ。誰が動いてるかという問は、ファイルにまとめましたから、読みたければハンター……盛岬狩人から受け取ると良いでしょう」
『はい、そうさせていただきます』
 厚みのあるファイルは、しっかりと封をされていた。
『ずいぶん分厚いですね』
「それでも数を絞ったんですよ……圧力が強すぎて迂闊に動けない」
 何度めかの溜息は、大分疲労しているのが解った。
 それから、相手が相当厄介だと言うことも。
『ありがとうございます』
「今度こそ帰ってください」
『はい、それでは』
「……その前に」
『……?』
 呼び止められたまま、唐突に途切れた会話の続きを促すでもなく待ち続けた。
 そう長く待つ事はないと感じていたから。
「我々は組織だ」
『……はい』
「内部に虚無の境界と同じ事をしようとしている者が居る事に関しては止めますよ。だが、時として個人よりも集団を優先させなければなりません。一人を好きにさせるために、すべてを危険にさらす事は国がしては行けない事なんです」
 誰の意見も正しいからこそ、決して譲れない事なのだ。
『では貴方はそうして下さい。俺達は、その一人を守る事で事を納めて見せますから』
 狙いは解っているのだ、この件を納める事が出来れば他も守れる。
「……好きにしてください」
『はい、そうさせていただきます』
 軽く会釈し、再び態度を一転。
「おやすみなさい〜☆」
「さよならです〜♪」
「………」
 二人は元気良くペコリと頭を下げ、その場から転移して行った。



 ■抑止力

 あの量の多さは、初めから集まった面々に手伝わせるつもりだったに違いない。
 それぞれで調べ物をしている最中、狩人を見かけ声をかける。
 ファイルの文字を目で追っていたシュラインが尋ねたのは、零に対する組織の動き。
「零ちゃんを興信所に預かる事で、揉めた人って居るの?」
「ん、ああ、それなら確か草間が預かるって事でおおむね丸く収まったって話は聞いたな」
「そう、勇み足があったんじゃないかと思って心配だったのだけど」
 霊鬼兵のデータが奪われたと言う事で問題になったと聞き、何か関連があると思っての問だ。
「いや……その線でも調べてみるか、こう言う時に反対する人間ってのは大体同じだからな」
 何処であっても、何をしても完全に賛成される意見というのは存在し得ない。
 たとえば、そう。
 だから霊鬼兵を組織に保護しておけば良かったと主張する誰かなら、だから触媒能力者を本部から出さなければ良かったという考えが出るのではないだろうか?
 それならば今は動きがつかめなくとも、その時に発言した者から絞り出せる。
「一方から絞り込むのは大変でしょうしね。こうして動いているのも、何か言われたりしてないかと思って」
「……確かに! これならかなり絞り込めそうだ」
 ファイルを幾つか照らし合わせ、シュラインに向けてニッと笑う。
 見ていて驚いてしまうようなはっきりとした感情表現だった。
「こっちは何とかなりそうだ、なにせかなり上が相手だから間違えたら即アウトだったからな」
「………」
 感が良いというのは、時として困りものである。
 アウトになったらどうなるのかは、聞かない方が良いとひしと感じてしまった。
 電話片手に立ち上がりかけた狩人に、シュラインが待ったをかける。
「零ちゃんに関する資料なら、きっと見つけやすいと思うから見せてもらってう事は?」
「ああ、それなら……過去の事件のデータ見れるように申請しとくから、部屋の前で待っててくれ。鍵が開いたらオッケーって事で」
「解ったわ」
 ポンと投げられた鍵を受け取り、通路を歩きながらふと気付く。
「………」
 これから申請する部屋の鍵が、何故ここにあるのか聞きそびれてしまったのである。
「……勝手に作ったのかしら」
 いかにもやりそうな事だと考え。溜息を付いた。



 通路を走る狩人を見つけ、声をかける。
「いま大丈夫ですか?」
「ああ、ちょうど話し付け終わった後だしな」
 足を止め、携帯を畳みながら汐耶へと近づいてくる。
 色々調べられるように手を回してくれた事で、ここで解った事は多い。
 コール達の居場所を最後に感じた場所と、妨害が駆けられた時の様子は既に伝えてある。
 話を聞き、気になったのは異界の事。
「何か解ったのか?」
「調べたのは異界の作り方に関する事ですが、聞いた方が早いと思いまして」
 そこまで言ってから、前から歩いてくる職員に気づき言葉を止めた。
「………」
 完全に通り過ぎるまで待ってから、話を続ける。
「言い方が悪いかも知れませんが、異界を作るのに『素材』が必要なんですよね」
「まあ、異界の核として適してるのはりょうだろうな」
 規則正しく続いていた靴音が僅かに乱れた。どちらが初めにずれたのかは……判断は付きかねた。
「……それは」
 こんなにはっきりと返されるとは思わなかった。
「俺じゃ乗っ取りかねない事は向こうも解ってるだろうし、タフィーって子じゃ……感情面で条件を満たしてない」
「……そのようですね」
「結局の所、何とかしないとならない事が多そうですね」
「だよなぁ……」
 虚無の境界やらIO2の問題やらとても大きな事柄に巻き込まれてしまった気がする。
 本当に何とか出来るのだろうかという予感が頭を掠めるが。
「色々やってみて損はないと思うぞ」
「……?」
「メノウは救えただろ」
「……そうですね」
 やってみなければ、何も始まらないと言う事だ。


 ■霊鬼兵

 程なくして、調べた事を羽澄が持って帰ってきたと元居た部屋に集まる。
「あんな風に動いて、調べてるってばれたりしないのか?」
「それも平気だ、前の事件の謝礼って事になってるから」
「ここで調べた事で、本部で動いている人がどう動いてるかは解ったから。解っても、軽い牽制ぐらいしか出来そうにないけれど」
「一番良いのは動ける所まで持って行かせない事の様ですね」
「そんなに上なの?」
 羽澄はコール達の事を調べていたから、まだ絞り込んだ相手のファイルを見ては居ない。
「それはまだ大丈夫だろ、一応は無理強いは出来ないから」
「ならいいんだけどな」
 こちらには悪知恵を働かせる人間は居ても、無駄に暴走する者はそうそういないという事だ。
 仮にも上にいる人間が、そんな軽率に動く事はない。
「理由を与えなければ大丈夫、根拠は……」
 視線のの先には、魅月姫とナハト。
「……どうかなさいましたか?」
「いや?」
「………そう言う事ね、よく解ったわ」
 強力な能力を持つ者がここにいる以上、決して組織内では大事にはなり得ない。
「じゃあコール達の事なんだけど、ようやく居場所がわかったわ」
 最後に汐耶が感じた位置や、その他の目撃情報。
 特徴のある三人だからすぐに解ったと言うが、やはりこれは凄い事だ。
「今は何処に?」
「最近管理人が失踪して、借り手が居なくなったマンションを買い取ったみたい。ここまで大きく動いてくれてたから探しやすかったわ」
「今の状況は?」
「気づいてはないわね」
「動きがあったら、悠也から連絡が来るはずだしな」
 ならもう少し話をまとめ、支度をする余裕はあるだろう。
 まだ、話すべき事は残っている。
 その事についても、話す事が出来そうだ。
「異界を作る事と…霊鬼兵の繋がりがどう絡んでくるかについてね」
 何かやろうとしているのだから、出来る限りの把握はしておくべきである。
「霊鬼兵のデータは向こうにあるのよね」
「その事なんだけど、元から向こうにデータはあったんじゃなかったかしら、ファイルに霊鬼兵の……エヴァの事は載っていたし」
 だとすれば、何が問題になったかが気になる所だ。
「……あー、そのなんだ」
 急に口ごもる辺りで、当然のようにシュラインが問い掛ける。
「何かあるのね?」
「たまにだけだけどな……何かあった時とか、時折データはとってたそうだ。昔と今と、どう適応してるかとか」
「それを盗られたと?」
「ああ、盗られた事自体も危機管理がどうので問題になってる」
「なるほど……」
「虚無の境界はなりふり構わないからな、出し抜かれるのも当然だろう」
「皆さん大変なのですね」
 過去の件でネット関連を強化した矢先に、直接書類のデータをとられたのである。
 組織としては、ごたつくのも当然だろう。
 魅月姫が入って来られた事だって、知るものが知ればきっとがくりと肩を落としているに違いない。
 盗られたデータ自体も、極秘に会得していたのが零のデータなのだから、表沙汰に出来ないはずだ。
「でもなぜデータを? 一応問題にはならなかったはずよね」
「感情の希薄だった者がどう変化してるかも欲しかったんだろう」
「そう言う事、異界を作るのに感情は不可欠だって言ってたものね」
「零が最も成功した霊鬼兵でもあるからな」
 そこまで話して一息吐くが、流石にこれ以上珈琲や紅茶をお代わりする気にはならなかった。
 美味しいのは確かだが、お腹が一杯になってしまう。
 それはさておき。
「あちらの知識や技術、それから盗ってまで手に入れたデータで何をなそうとしているか、ですよね」
「思ったんだけど、向こうがタフィーに霊鬼兵の能力を与えようとしていたら?」
 羽澄の意見に、狩人がその光景を想像したのか……首を振るが否定まではしなかった。
「………考えたくないな、それは」
 異界の核としては使わずとも、その可能性は十分にある。
 もし実現すれば霊鬼兵と言うだけで厄介なのに、それ以上能力を付加されたら堪ったものではない。
「……あー、まだタフィーが誰も殺してないのならそれも考えられるのか」
 あまりにも無表情無感情に近く、タフィーという少女がどう言った状況にあるのかは判断出来なかった。
「出来れば相手はしたくないわね」
「でも戦力を減らす様な事は……」
 無いとは言いがたい、有効だと思ってしまうような事があれば、実行に移してしまうのが向こうのやり方である。
 真偽はどうあれ、最悪のパターンも想像しておきたい。
 溜息を付いてから、シュラインは別の可能性にも目を向けてみる。
「向こうは数が足りないのよね、その事を踏まえて量産しようとしてたらとかもあり得るわね」
「死体が盗まれるという事件は?」
「それは病院や警察に手を回して、死体が盗まれたら連絡が入るようにして貰ってるが……その例は今のところないな」
 今の時代、死体一つ手に入れるのでも厄介な事であるのは確かだ。
「今現在、量産される気配がないのは多少は救いですね」
 完成に持って行くには、もっと実験を重ねなければならないはずだ。
 よほどの技術がない限り……いや、技術があるものなら、より完璧に近づけたいと思うはずである。
「……他に何か可能性は、もっと……何か嫌な予感がする」
 漠然とした不安は、啓斗だけではなく皆同じだ。
「なんだか難しい話をなさっていますね」
「……そうだな」
 煮詰まりつつある状況に、魅月姫の言葉は冷静その物である。
「メノウちゃんなら何か解らないかしら、話をしてるみたいだし」
 技術的な事であれば、こうして考えているよりも聞いてしまった方が解る可能性は高い。
「何か解った頃かも知れないから、連絡とってみましょうか」
 携帯を取りだし、汐耶はメノウと悠也に連絡を取り始めた。



 ■技術の応用

 図書館から出て、喫茶店に場所を移す。
 新しく出来たばかりで、人気のある店だったが運良く見通しの良い位置に座る事が出来た。
 天気もいいし、風も気持ちいい。
 最もここでもやはり結界を張り、交わす会話は多少ばかり普通とは言い難い物である。
 主な内容は、霊的技術の応用の話。
「かなり応用が利きますから、何をしようとしているか絞り込むのは難しいですね」
 相手が持つ能力を踏まえて、何が出来るか話し合ってみたのだ。
 幾つか仮定しみたが、どれも出来そうな事ではある。
 組織から奪った霊鬼兵のノウハウに加え、現在関係してそうなのは……技術者であるコールとメノウから盗ったゾンビを操る能力。
 ディドルはゴーレムを操る事の出来る能力。
 タフィーは触媒能力を所持しているから、力の融合や倍加など色々と応用も利くはずだ。
「……もしかしたら、道具を作ろうとしているのかも知れません」
「何か気づいた事が?」
「はい、技能だけで考えてましたが、私がコールと同じ立場であればどうするかと思いまして」
「なるほど……」
 性格や行動も踏まえて考えた場合、方向さえつかめれば解りやすくなる。
 ほとんど顔を合わせた事はないが……一つ解る事があった。
「彼も技術者と言うことですか?」
「恐らくは」
 すべてに等しく当てはまる訳ではないが、何か一つや少数に特化した者は得てしてそれに執着する事が多い。
「だから今回もきっと『道具』を用いると」
「そこに操作系の能力が付加されている可能性は高いと思います」
 それこそ前回の催眠のような技術は容易に想像出来る。
「その線で注意するように話してみましょうか」
 メノウが頷く。
 携帯がかかってきたのは、ちょうどその時だった。
「お姉さんからです、出ますね」
「はい」



 ■あるべき日常

 二人に話をすると、直ぐにこちらに来ると言う事。
 汐耶が携帯を切り、時計を見上げる。
「30分ぐらいで来るそうですよ」
「さて、後は……」
 ここからは揃ってからになるだろう。
 それまでは再確認でもとなりかけた所に、ナハトが待ったをかける。
「ちょっと良いか、揉めてるようだ」
 顔を見合わせ、何を指しているかは最後まで聞かずとも察する事が出来た。
「喧嘩?」
「ああ、今回も酷そうだ」
 ここには居ないりょうと夜倉木。
「リリィちゃんも大変そうね」
「そうなると思ってたんだ」
「ちょっと見てくるわ」
 元々話し終わってから、様子を見に行こうと思っていたのだ。
 立ち上がる羽澄に啓斗も続く。
「俺も行く」
「人手は多いほうが良さそうね」
 あの二人の喧嘩は本当に容赦がないのだ。
 確かルールは最後に意識のあった方が勝ちなのである。
「直ぐに戻ります」
「いってらっしゃい」
 そう大人数で動く事もない。
 これから忙しくなるだろうから、何事にも緩急は付けるべきだ。
 ナハトの案内で病室に向かった三人が見たのは、何というか………。
 何時も通りの光景だった。
 部屋の前でのんびりとリンゴを食べているリリィと悠と也。
「あ、羽澄ちゃん」
「凄いわね、今回も」
「うん、まあ日課みたいなものだから、暫くは止めなくて良いかなって思ったの」
「………日課」
「おみやげも貰ったから、みんなで食べましょ」
「洋なしのタルトです〜☆」
「おいしいですよー♪」
 ケーキの箱を嬉しそうに見せるほのぼのとした風域とは真逆に。
 部屋の中ではあれやこれやと罵り合いながらの殴り合いである、被害の程は超能力者と殺し屋の喧嘩なのだから推して知るべし。
「……大人げない」
「まったくね……」
「………」
 溜息を尽きつつ、止めようとした時に聞こえる怒鳴り声。
「俺はっ! ぜってぇに誰も殺さなねぇし、かわんねぇよ!!」
「何度も聞いた! 五月蠅い馬鹿!!!」
 ハッキリとした宣言に、羽澄が僅かに微笑む。
 何時も通り。
 これならきっと、大丈夫。
 出来る事から、していくのだ。





【続く】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1449/綾和泉・汐耶/女性/23歳/司書】
【4682/黒榊・魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございます。九十九一です。

今回はオープニングを除いて同一です。
いつもとは違った書き方なのですが、如何でしたでしょうか?
今回は比較的ほのぼので終わったかなと(会話内容は別として)

それでは、あと三回。
ネタバレしそうになりつつある口を塞ぎつつ。
ありがとうございました。