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<東京怪談・PCゲームノベル>


葉桜とスキップ

「桜、もう散ってますよね……」
 花見というのは桜の花を愛でる催しじゃないの?
 そう認識して生きてきた。これまでは。
 なだらかな丘になった公園の一角。すっかり葉桜に成り果てた桜の木の下、ビニールシートを広げる結城恭一郎と和鳥鷹群が不思議そうに自分を見返す。
 ――花見に行かないか、汐耶。今度の月曜は図書館も休館日だろう?
 綾和泉汐耶が兄に花見を持ちかけられたのは先週の事だった。
『兄さんが行けばいいじゃない』
 結城探偵事務所の調査員、和鳥は兄が本音を見せる数少ない友人だ。
 当の本人は『仕事なんだよ』と心底残念そうに渋面を作っている。
『和鳥も来るから酒はかなり持ち込んでるはずだ。代わりに飲んで来い!』
 汐耶はアルコールに対してとても強い。
 飲んでも飲んでも酩酊の限界が見えないというのは、ある意味全く飲まないのと同じ状態と同じだと思う。
『和鳥さん以外は誰が来るの?』
『八重垣の店の子が来るって言ってたな』
 つい最近雨の中傘を差しかけた少年の姿を思い出す。
 あの子にまた会えるのはいいな。
 そう思い汐耶は兄に教えられた公園に来た所だった。
「桜なんか散ってる今だから、場所取りしないで済むんじゃないか」
 当然だ、と言わんばかりに和鳥が胸をそらす。
「桜のお花見は綺麗だけど、周りが騒がしくてはゆっくり皆と話せないしね」
 結城は腰を伸ばして辺りに目を向ける。
「この公園は水仙が有名なんだよ。週末には水仙祭りがあってね。
ちょっと早いけど、混み合う前にお花見にしたんだ」
 午後の明るい陽射しの下、緑の芝の中を水仙が咲き乱れている。
 水仙は黄色いものが多いが、よく見ると同じ黄色でも株ごとに色合いが異なり、花びらも一重咲き、八重咲きとバリエーションに富んでいる。
 そして今まではあまり意識する事の無かった、水仙の芳香。
 風が通り抜ける度に、胸の奥をくすぐるような爽やかな香りが感じられる。
「ま、絶対来て良かったと思うから。ほら、食い物も来たし」
 和鳥の視線の先には、公園の坂道を登って来る八重垣芳人と八重垣津々路。
 芳人が大きく手を振る後ろを、津々路は重箱らしい風呂敷包みを抱えて付いて来る。
「珍しいね、津々路君が来てくれるなんて」
 陽射しに目を細めながら結城が言うと、和鳥がやや不機嫌そうに返した。
「どうせ芳人が無理やり連れ出したんでしょ」
 あいつも芳人には甘いから、と和鳥は口を尖らせて付け加える。
 和鳥さんだって芳人くんに激甘のくせに。
 クス、と思わず笑いがこぼれた。
 芳人を甘やかしたくなる気持ちもわかるけど。
「ほら、汐耶さんも座って、ね」
 結城に促され、汐耶はシートの上に腰を下ろした。
 結城の雪狼が行儀良く葉桜の下に座り、ぱたぱたと尾を振っている。
 結城さんも楽しいんだな。
 雪狼は結城と感覚を共有した存在なのだ。
 こうして結城探偵事務所の花見は始まった。


 シートの上には津々路の運んだ重箱が広げられ、芳人以外のメンバーの前にはビールや水割り、酎ハイの缶が並んでいる。
 アルコールは和鳥の担当らしく、クーラーボックスにはまだ冷えた飲み物が入っているようだ。
「汐耶さんは津々路君と会うの、初めてだね」
 結城の言葉に、礼儀正しく津々路は頭を下げる。
「……八重垣津々路です。芳人が以前お世話になりました」
 薄い色の瞳や髪は異国の血を感じさせる程明るいが、その表情や態度に浮ついた軽薄さはない。
 名前を名乗る時、一瞬ためらうような間があったのに汐耶は気が付いた。
「八重垣……芳人君のお兄さんですか?」
「ち、違いますよっ! 津々路さんは八重垣の若旦那様ですっ!!」
 津々路の隣で芳人が手を大きく振って全身で否定する。
「それじゃ、津々路さんも武器を作ってらっしゃるんですか?」
 もう何度も答えてきた質問なのか、かすかに苦笑しながら津々路は言った。
「俺は当分父親の跡は継げませんよ。
まだ親父も現役ですし、今はIO2で研究職についてますから」
 継がない、のではなく継げないと言う津々路は、何か父親にわだかまりがあるのかもしれない。
 プシュ、と軽い開栓音が響いて、津々路の言葉の後を和鳥が引き取る。
「ま、挨拶はそれくらいでいいだろ。
汐耶さんも好きな酒飲みなよ? 匡乃来ると思っていっぱい用意したからさ」
 汐耶の兄もやはりアルコールに対して無敵なのだ。 
 それぞれに飲み物が手渡された所で、結城が水割りの缶を掲げる。
「それじゃ、乾杯!」
「乾杯!」
 缶同士が打ち合わせられ、皆は早速真ん中に並べられた重箱の中味に手を伸ばす。
 小さめにまとめられた赤飯のおにぎりと、飾り切りの美しい野菜の旨煮、鳥ひき肉のつくねに甘味噌を塗った田楽、飴色の照りが艶やかな角煮など、手の込んだ料理が納められている。
「芳人君が作ってきたの? すごいね」
「頑張って早起きして作りました。味、変じゃないですか?」
 料理は見た目を裏切らない美味しさで、つい箸をのばしてしまう。
「美味しい……」
 汐耶も料理は得意な方だ。
 持ち込まれた料理はどこかほっとする味付けで、食べていると芳人の気持ちが伝わってくるような気がする。
「え、そ、そうですか? でも僕より和鳥さんの方が上手いんですよ。
事務所でいつも結城さんの分も作ってるんですから」
 がつがつと音のしそうな食欲で赤飯を食べている和鳥が答える。
「ん? まあ一人分も二人分も大して変わらないからな。所長はその辺り不器用だし」
「いや俺も紅茶くらい淹れられるよ!」
「結城さん、紅茶は葉にお湯注ぐだけです……」
 酔いに早くもほんのりと頬に赤みの差した結城が反論するが、地味に津々路が指摘したとおりそれは料理と言えないだろう。 
「所長、よく食事忘れて文書まとめてたりしますよね」
「集中すると時間の感覚がなくなるんだ……」
 照れくさそうに赤い顔で俯く結城に、汐耶は言った。
「それ、よくわかります」
 実は汐耶も今朝、明け方まで読書していたのだった。
 そのせいで、実は少し眠い……。
「汐耶さんあんまり飲んでないな。もしかして体調悪い?」
 汐耶のピッチがあまり進んでいないのを見て、和鳥が隣に座ってウーロン茶を差し出した。
「寝不足だったので少し眠くて……酔ってはいないんですけど」
 そう言ったものの、ふわりと身体が軽くなるような違和感と、心が訳もなく浮き立つ高揚感。
 寝不足のせいかいつもよりも酔いが早くまわっているらしい。
「また朝まで本読んでたな〜。
本読んでる時ってすごい幸せだけど、ほどほどにしないと身体もたないぞ?」
 それが止められないのが活字中毒なんだけどさ、と和鳥は笑った。
 和鳥と話をしながらも、汐耶の意識は途切れ始めていた。
 困ったな……横になりたい。
「あ、所長寝てる!」
 結城が静かになっていると思ったら、身体を伸ばして眠っている。
 すぐ傍にいる芳人の膝の上に頭を乗せて眠る表情は年齢よりもあどけなく、楽しそうな微笑の名残が見える。
「え、結城さんほとんど飲んでなかったんじゃ?」
「酒に無茶苦茶弱いんだよ、所長」
 結城の眼鏡を外して芳人に預けながら和鳥がため息をつく。 
「何だか結城さん楽しそうですよね。
そんなに楽しくなるなら、僕もお酒飲んでみたいな」
 視線をまだ開封していないアルコールに走らせながら芳人が言った。
「ダメだ。お前子供だろ」
「えー!? 本当は僕、若旦那様より長く生きてるのに〜!!」
 ぴしゃりと拒絶した津々路に芳人が不平の声を上げる。
「かわりに後でボートに乗せてやるよ」
「約束ですからねっ若旦那様!」
 津々路さんも芳人君には甘いんだな。
 あまり喋らない人だからとっつきにくい人かと思ったけれど、芳人君の前じゃ優しい顔してるし。
 とりとめない話をしながら、汐耶たちはほろ酔い加減で暮れていく公園の風景を見ていた。
 日の光が薄れていく中でも、水仙は月の色にも似て存在感をかもし出している。
「汐耶さん、一緒にその辺回ってこない? 俺も煙草吸いに行きたいし」
 なかば強引に和鳥に連れ出され、汐耶は公園の一角、ライラックが薄紫の影を作るベンチに座った。
 和鳥は煙草に火を点けて、妹の悪戯を見つけた兄のような微笑を見せた。
「汐耶さん、ここで少し眠ったら? さっき、かなり頭が揺れてたよ」
「あ……気が付いてました?」
「あそこで寝かせちゃうと、汐耶さん、後でちょっと恥ずかしいかなと思ってさ。
女の子は結構寝顔見られるの嫌だって言うしね」
 無防備な自分を相手に見せてしまうのは、確かに少し恥ずかしいかもしれない。
 けれどそれが親しい相手なら?
 もっと親しくなりたいと思う相手なら?
「和鳥さん……少しだけ隣に座っててもらえますか?」
「いいよ」
 煙草を消して隣に座った和鳥に肩を預けると、かすかに漂う苦い香りと触れ合った腕の温かさを感じる。
 言葉を交わさなくても、彼がとても他人を思いやれる人間だとわかる。
 今はまだ和鳥に対する感情に名前を付けられないけれど、それが好ましいものであるのは確かだ。
 次に瞳を開いた時、最初に出会えるのが和鳥なら嬉しいな……。
 汐耶はそう思いながら眠りに落ちていった。


(終)

■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
【1449/綾和泉・汐耶/女性/23歳/都立図書館司書】
■ライター通信
綾和泉汐耶様
ご注文ありがとうございます!
納品が大変遅れてしまい申し訳ありませんでした!!
普段お酒の強い人が酔うと可愛いなあと思いつつ書きました。
ともあれ、少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。