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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜炎魅〜



 少年は嘆息する。
 空を見上げる。
(……曇天)
 曇った空をじっと見つめる。
 肌に纏わりつくような、嫌な空気だ。
(憑物封印は順調だ……)
 順調なのだ。
 何も心配することなどない。自分はやれることをやっている。
 だが、なぜだろう。左眼がざわつくような気配がするのは。
「『未来永劫』……苦しい、のか?」
 尋ねるような小さな声。
 だが答える声は無い。
「…………」
 彼は無言になって歩き出す。
 そして彼は気づく。
(あれ、は……)



 初瀬日和はとぼとぼと歩いていた。
 はあ、と溜息が洩れる。
(私……)
 迷いを感じてしまう。どうすればいいんだろう。
 いつも自分を暖かく包んでくれる彼氏を思い描く。
「……瀬さん」
 ぼんやりと考え事をしている日和は、声に気づかない。
 声の主は何度も根気よく呼びかけてくるものの、とうとう大きな声で呼んだ。
「日和さんっ!」
「は、はいぃ!」
 びくんと背筋を伸ばして返事をする日和は、えっ、として振り向いた。
「まったく。何度呼んでも気づかないとは……相当鈍いのか?」
 眉を吊り上げている遠逆和彦が立っている。いつものように、眼鏡と、学生服姿で。
 かっ、と頬を赤く染めた日和は反射的に一歩ほど離れてしまう。
「あ、か、和彦さん……っ」
「? なんだ、その奇妙な顔は」
「えっ? あ、私、そんな変な顔をしてますか?」
「してる。幽霊にでも会ったような顔だ」
 はっきりと言う和彦は、腰に片手を当てて嘆息した。
「歩きながら考え事は、極力やめたほうがいい。そちらに注意力を奪われる」
「は、はい。気をつけますっ」
「……どうした。様子がおかしいぞ」
「え? そ、そんなことはないですよ。和彦さんに会えて嬉しいですし」
 素直に言う日和だったが、内心はそれどころではない。後ろめたさでいっぱいだったのである。
「…………」
 ぽかん、とした和彦がコホンと咳払いをする。頬が少し赤い。
「あ……そ、そうか。声をかけてはまずいのかと思った」
 どきーん! と日和の胸が鳴る。
(ど、どうしてそうやって無防備に……!)
 泣きたい。
 ふと、気づく。
(あ、れ……? 和彦さん、さっき……)
 苗字ではなく、名前で呼んだような……?
 気のせいかと日和はまじまじと和彦を見遣るが、彼はまたいつもの無表情に戻ってしまっていた。
「あの……私に何かご用ですか?」
「用というほどではない。あんたが歩いているのが見えたから、声をかけた」
「そ、そうですか……」
 がっくり。
 ちょっと期待をしてしまった日和は内心落ち込んだ。そしてハッとして頭を振った。
(な、何を……! 和彦さんに何を期待してるんですか……!)
 和彦はす、と人差し指を日和が行こうとしていた方向に向ける。
「あちらには、行くな」
「え? どうしてですか?」
「……いいから、行くな」
 目を細めて言われた。こういう表情の和彦は物凄く怖い。
 だが、日和は知っている。彼がこうやって警告をするのは――――。
「……和彦さん、憑物ですか?」
「あんたに関係ない」
「関係なくありません! 和彦さんの命に関わることじゃないですかっ!」
 声を荒げた日和を、和彦は驚いたように見つめる。
 顔を赤くして、日和は続けた。ここで言わなければ彼はこの先もずっと日和を遠ざけてしまうだろう。
「お手伝いは、できないかもしれません。足手まといになるかもしれません……! でも、関係ないなんて、言わないでください!」
「…………」
「和彦さんが……万が一ですけど、憑物にケガを負わされたら……私、私……」
 唇を噛み締め、両の拳を握りしめる日和。震える拳に視線を遣り、和彦は困ったように眉をさげる。
「それは……心配しなくていいことだ、日和さん」
 名前をはっきり呼ばれて日和は体温があがるのを感じる。
 和彦は遠い瞳をしていた。
「……俺は、ケガをしない。しても、すぐに治る。病にもかからない。かかったらすぐに治るからだ」
「え……?」
「この肉体は俺が死ぬのを許さない……」
「そ、それは……呪い、ですか……?」
 彼を見つめる。彼は、薄く笑った。
「これは生まれつきだ。呪いじゃない」



「俺は頭を砕かれても生き返るんだ」
 彼はそう日和に言った。
「本当なんだ。屋敷で一度、大きな槌で頭を砕かれたこともある」
 悲しそうに笑って。
「妖魔と戦った時も、不意打ちを食らって脳も吹き飛ばされたことがあるんだ」
 かなしそうに…………わらって?
 佇む日和は、和彦が去った方向を見つめていた。
 彼は。
(和彦さんは、わらっていた……?)
 本当に?
「頭が半分吹き飛んでも、再生するんだ」
 暗い……とても、深い闇の瞳で彼はわらっていた。
「ほら」
 ほら。
「気持ち悪いだろ?」



 和彦は自分の言葉を反芻した。
「い……っ」
 びりっと痛みが腕に走る。攻撃をまともに受けてしまった。動揺していたせいだろう。
 見ると、腕に火傷のあと。かなり損傷が酷い。
(……炭化してる……?)
 だがそんなことは問題ではない。ほら。
 ほら――――。
 煙をあげて再生していく彼の腕。
 彼に対して威嚇しているのは、塀の上に座る獣だ。猫より少しサイズが大きい。
(……哀れな)
 人間を憎んでいる瞳だ。
(再生にもう少しかかるか……。武器はどれにしようか……)
 ぼんやり思う。うまく思考が働かない。
 もしかして。
 ショックを受けているのだろうか。あの事を話したことに対して。
 違う。
 違う……。
(いずれはわかることだ……何を、動揺することなど……)
「和彦さん!」
 は? と、声に和彦が振り向く。
 後方に日和の姿があった。
 目を見開く和彦に、獣が牙を剥く。
 和彦には見えていない。だが、日和には見えている!
「だ……」
 喉の奥の言葉が引きつる。
「だめぇえぇぇぇぇぇーっ!」
 悲鳴と共に日和の能力が発動した。
 ざああああああ、と周囲だけ雨に支配される。獣の身を焼いていた炎が雨で消される。
 鳴き声をあげて和彦から距離をとる憑物を、和彦はずぶ濡れのまま見遣った。
(な、にが……?)
 完全に油断したのはわかっている。一瞬、全神経が日和に集中してしまったのだ。
 日和はぐら、と視界が歪んでその場に膝をつく。能力を使うことは、日和の身体に大きな負担をかけることを意味するのだ。
 でも。良かった。
 良かったのだ。
(和彦さんが……無事で……よ、よか……っ)
 全身に寒気が走り、力が全部抜け落ちている。
 雨がぽつんぽつんと小降りになり、やがて完全に止む。
「何をやっているんだ、あんたは……」
 不快なものでも見るような視線で、和彦は言う。日和のそばに片膝をつき、様子をうかがってきた。
「あ、ご、ご無事……で、……」
 言葉がうまく出てこない。疲労で視界が霞むからだ。
「馬鹿な……俺を助けてどうするんだ? さっきの話を聞いていただろう? 俺は……」
 和彦の手を、日和は握る。手が震えていた。
「き、聞きまし、た……。で、も……」
「でも?」
「和彦さ、んが……ケガをするのを見るのは……い、いや、ですから……」
 呆然とする和彦は、日和の手を勢いよく払う。そして立ち上がった。
「俺がケガをするのが嫌……? なにを言ってるんだ……?」
「せっかく……出会えたんで……す、から。かずひこ、さ……んには……」
「…………」
「笑顔で……い、いて欲しいんです」
 苦しいのに笑顔を浮かべる日和を見て、和彦は愕然としたように動きを止める。
 あ、と日和が気づく。
 よろめきながらも和彦に攻撃を加えようとしている憑物の姿が視界に入った。
 刹那。
 まるで抜き身の刀のように和彦の瞳に殺意が宿る。
「――――邪魔だ」
 振り向いて憑物を瞳にとらえた和彦。その桃色の眼に、明らかに攻撃の色が浮かぶ。
「おまえの『未来』を、蹂躙する――――!」
 憑物がびくりと動きを止め、みるみる老いていく。頬がこけ、目玉が飛び出てきた。
 日和からは、和彦が何をしているのか見えない。
(……? 和彦さん、なにを……?)
 視界が徐々に霞み、日和は痛みを堪えてとうとうその場に気絶してしまった。



(あ、れ……?)
 瞼を開けた日和は、周囲をゆっくりと見回す。
(ここ……は?)
 ベンチに寝かされていた日和の額には、濡らされたハンカチ。
「起きたか」
 いきなりの声にびくりとして、声の主を探すため起き上がる日和。
 日和の足もとで、ベンチの背に背中をあずけて立っている少年がいる。和彦だ。
「あ、和彦さん」
「…………」
 彼は不機嫌そうにムッとしていた。声をかけるのが躊躇われる。
「あの……」
「あんたバカなのか? 俺は不死身に近いと言ったのに」
「え。いえ、だって、その」
「バカな……ヤツ」
 空を見上げる和彦は、それから日和を見遣った。黒と桃色の瞳はひどくアンバランスで……。
 顔を赤らめる日和を見つめて、彼は微笑する。
「もう二度と、ああいうことはしないでくれ。心臓……止まるかと思った」
「え……?」
「約束」
 小指を出してくる和彦。日和は戸惑いつつ、彼を見上げる。
 日和は小指を絡めた。
「…………本当に、心臓が……止まるかと……」
 震える彼の声と手に気づき、日和は彼の顔を見ようとするが、視界を和彦の左手で塞がれる。
「見ないで……欲しい。……すまない」
「…………」
 やがて小指が離れ、日和の顔から彼の手が遠のいていく。
 視界が明るくなった日和は、ぽつりと言う。
「泣いてるかと……思いました」
「泣く?」
 和彦は不思議そうに尋ねた。
「なぜ俺が泣くんだ」
 苦笑する和彦は続ける。
「ちょっと……落ち着かない気分になっただけだ……。なんていうか、慣れてないか、ら……」
 左眼をゆっくりとおさえて、そのまま和彦はその場に崩れ落ちた。
「かっ、和彦さん!?」
 慌てて立ち上がった日和が、ベンチの裏側に回って和彦に駆け寄る。
「和彦さん大丈夫ですかっ?」
「だ、だいじょ……ぶ、だから……っ」
 歯を噛み締めつつ言う和彦は、足もとをふらつかせながら立ち上がった。
「心配、する……な」
「でも……っ」
「大丈夫」
 笑顔で言う和彦が、手をおろす。特になんの変化もなかった。
「そんなに心配するな」
 大丈夫だからとぽんと日和の頭に手を置く和彦は、彼女に微笑みかけたのだ――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 今回はぐっと仲が進展し、恋愛にも突入しております。完全に和彦が初瀬様を意識した感じにさせていただきました。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封印にお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!