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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜炎魅〜



 顔を洗った月乃は目の前の鏡を見つめる。
「…………」
 色違いの、瞳。
 じっと、白灰の眼を見遣り、そっと手で隠す。
「……落ち着かないですね……」
 落ち着かない。だって。
「………………痛い」



 電話の受話器を草薙秋水はゆっくり離して見つめる。
「…………」
 信じられない依頼がきた。
「……なんだよ、そりゃ」
 受話器を乱暴に戻し、秋水は唇を噛む。
「なんなんだよ……!」
 秋水に依頼してきたのは、彼が忌み嫌う――――草薙の本家。
 それも……処断の依頼だ。
(なんであいつが……)
 自分を慕ってきてくれた、あの幼い少年が思い浮かぶ。
 秋水はぎしりと歯を鳴らした。
「…………力に溺れるなんて……!」
 脳裏に別の人物が浮かんだ。殺意を宿す、一人の少女だ。
「…………月乃より先に……」
 決着を。



「秋にぃ」
 そう、彼は自分を呼んでいた。
 まだ本家に居た頃。
 いつも自分を慕い、気がつけばいつもついて回ってきた少年。
「おいおまえ、自分の修行はいいのか?」
 素っ気なく尋ねる秋水に、にかっと笑う。
「わらってごまかすなって!」
 ぽかっと頭を叩くものの、少年は泣く様子も見せず、にこにこ。
 結局いつも秋水が根負けしてしまったのだ。
 いつも――――。

 秋水の前に、信じられない姿の彼がいる。
 口から唾液を垂れ流し、上半身を大きく前に曲げ、獣のように秋水を見ている。
 赤く、濁った瞳が、秋水を、見ている。
「……どうして」
 どうして。
 その言葉しか浮かばない。
 秋水の髪が風に揺れる。
 結界で山の中に閉じ込められた『彼』。その始末にやってきた秋水。
 せめて自分の手で逝かせてやることが……幸せかもしれない。
 そう、小さく思っていた。
 だがこの姿は。
「……シュウ……ニィ……」
 声は低く、かすれ。
 呆然として青くなる秋水は、全身から力が抜けるのを感じた。
「なんでだ……。どうしてこうなってるんだよ……」
「サ、ミ……シィ……?」
 くる、と首を傾げる様子はまるでフクロウだ。
 衣服はすでにぼろぼろで、手足だけではなく身体には様々な傷がある。
 にたり、と彼はわらう。
「サミ……シイ?」
 突如秋水に向けて恐るべき速度で襲い掛かってくる『彼』を前に、秋水は慌てて攻撃を避けた。
 肩を掠める攻撃。鋭い爪の一撃だ。
 熱い! まるで炎に焼かれたような……!
「やめ……!」
「サミシイ?」
 彼の攻撃のほうが速かった。秋水の銃が弾き飛ばされた。
 目を見開く秋水には、スローモーションで彼が迫ってくるのが見えている。
(なんで)
 なんで。
(おまえが、こんな……!)
 こんな哀れな姿に――――!
 鈍い痛みと共に、自身の身体が木の葉のように弾かれたのだけわかった。



 夜空に浮かぶ月を見遣り、秋水は呟く。
「いてぇ……」
 起き上がった彼は、木に叩きつけられた痛みに顔をしかめた。
 無言になり、顔を俯かせる。
「…………もう、わからないんだな」
 秋水から少し離れたところで、月をじっと見上げている『彼』は微動だにしない。
 動くものに反応する……。攻撃する気配を見せたモノだけ……そういうことだろう。
 小さな秋水の呟きは耳に入っていない。言葉が耳に入らないのではない。「聞こえていない」のだろう。
 口の端から流れていた血を拭い、ゆっくりと手を動かす。その指には血がついている。
 草薙家の、力。
 血文字での、言霊。
 己の胴にその言葉を描いていく。
「…………命を、止めてやる。俺の手で」
 ――――『大蛇』と。



 月乃は激しい獣の唸り声に顔をあげる。
「? なんでしょうか……今の」
 緩んだ結界の中に彼女は侵入していた。
 ひょいっと木の枝から枝へ跳躍して音に近づいていく。憑物の気配が近いのがわかった。
(? どういうことですか……。憑物と誰か戦っている?)
 木を倒される音。殴る音。様々な重い音がする。
 は、として月乃は足を止めた。
 憑物を完膚なきまでに叩きのめした何かが居る。
 月乃は上からその様子をじっと見つめた。
(あれが憑物……? あれが? 何台もの車に轢かれたような惨状になるなんて……)
 びくびくと反応する憑物の内臓や、血は、夜の闇に紛れて見えない。
(かろうじて生きているが……もう動く気配はない。……絶命寸前ですね)
 元は人間であったのだろう。人の骨格が見える。
 哀れなものだと月乃は考えていたところ、ぎょっとしてしまった。
「え……?」
 衣服は所々千切れ、ぜえぜえと肩で息をする……憑物を追いつめたモノは。
 乱れた髪を直しもせず、そのモノは憑物を踏みつけた。足のつま先に力を入れて、骨を砕く。
「しゅう……すい、さん……?」
 そんなバカな、と月乃は思った。夢ならば、醒めて欲しい。

「秋水さん!」
 声が聞こえる。
 秋水には声だけ聞こえていた。言葉は理解できない。
 誰かが呼んだ。誰だ? 誰が呼んだ?
 いや、もういい。考える必要なんてない。
 ただ踏みにじればいいんだ。ただ――。

「もう終わっています! 秋水さんっ」
 悲鳴のような声をあげる月乃が、秋水の目の前に飛び降りてきた。
 秋水の肩を両手で押す月乃に、彼は気づかないようだ。
(目の焦点が合っていない……?)
 ゆら、と秋水の瞳が月乃を捉えた。
 目を見開く月乃が咄嗟に後方へ跳躍しようとするものの、その細腕を掴まれる。
「ぐ……っ」
 めきめきと音が鳴る月乃の腕は、徐々に曲がらない方向へと折られていく。
(折られる!)
 カッと目を見開いた月乃が、曲げられる方向に身体を合わせて回転し、うまく力を流す。
「秋水さん! 聞こえないんですか!?」
 後退していく月乃を、秋水はぼんやり見ている。
 く、と一瞬体を後ろに引いた秋水は恐るべき瞬発力で月乃との距離を縮めた。
 月乃は己の影で巨大な盾を創りあげる。それを打ち破らんばかりの秋水の容赦のない攻撃に月乃は冷汗を流した。
 冷汗?
 月乃は震える手に気づく。
(私が……震えている?)
 どうして。
 怖いものなんてないはずだ。そんなもの――――!
(私…………)
 愕然とした月乃の手から、盾が滑り落ちて影に戻る。
 目の前に秋水がいる。
 ただ、ただ蹂躙することだけを目的とする彼の姿を……。
「私……」
 わたし。
 ――――――怖い。
(怖い!)
 刹那、月乃の右眼が秋水に向けられた。
 秋水の身体が、重い空気の塊に弾き飛ばされる。
 ゆっくりと秋水に歩み寄ってくる月乃は、彼を静かに見た。
「…………あなたの『過去』を、戻してあげます」
 狂気を宿す月乃の右眼は、細められていく――――。



「あ、れ?」
 瞼を開けた秋水は、己の両腕を空にかざして見る。
 どこもケガがない。起き上がって胴を見るがそこに血文字はなかった。草薙の家の特殊能力ともいえるあの血文字が。
(俺……確か『大蛇』の文字を使ったよな……)
 身体能力が肥大し、精神まで危険にさらされるものだ。精神の……狂化に踏み込む危険な。
(どうなって……)
 不思議そうにする秋水は、人の気配にそちらを見遣る。
 秋水をじっと見下ろしている月乃がいた。
「つ……月乃……」
 どうして彼女が?
 まさか、封印したのだろうか?
 不安そうな秋水を見下ろす月乃は、ゆっくりと瞼を閉じて薄く笑った。
「ご気分はどうですか?」
「え……。あ、月乃が俺を……?」
「狂化前まで肉体時間を『喰らい』ました。もう大丈夫でしょう」
「……?」
 様子が変だ。額に汗を浮かばせ、彼女は小刻みに震えている。
「月乃……?」
「憑物は封印させていただきました。『彼』の精神に巣くっていた憑物は、『彼』の寂しいという気持ちを利用していたのでしょう」
「さみしい?」
 そういえば、言っていた。寂しい、と。
「あなたの知り合いだったんですね……。あなたがいなくて寂しかったようですよ。孤独で、辛かったんでしょう」
「…………そうか」
 自分が本家を出たことは、間違っていない。だが、残されたあいつは、きっと待っていたのだろう。
 秋水が戻ってくることを。そして、一緒に連れて行ってくれることを。
(そういえば……あいつは、いつも俺と一緒で……俺がいない時は一人だった…………)
 苦い思いが込み上げてくる秋水は、月乃を見遣る。
「まあ……もうほとんど心はまともに残っていなかったようですから、安心してください」
「そうか……。すまないな、身内のことに…………巻き込んで」
「…………」
 黙ってしまった月乃の表情は、秋水からは見えない。周囲が暗すぎるし、彼女は月を背にしているのだ。
「…………秋水さん、あの精神狂化、もう使うのはやめてください」
「へ?」
「お……ね、が……いですか、ら……」
 言葉が途切れ、月乃は堪えるように震えてその場に膝をつく。
「うぅぅぅぅぅ……!」
「月乃!」
 右眼をおさえる彼女に慌てて近づき、様子をみる秋水。
「どうした! 痛いのか!?」
「だ……大丈夫、です……」
「大丈夫じゃないだろ!」
「…………いいんですよ。たいした事ないです」
 自嘲するように低く笑う月乃が、ちらりと秋水を見遣る。途端、秋水の体から力が急激に抜けた。
 いつもこんなことはないのに。彼女の目を見てもこんな変化は起こらないはずなのに。
「……秋水さん、約束」
 ね? と微笑む月乃。
「月乃……」
「指きりしてください」



 秋水は静かに、『彼』だったモノを見下ろした。
 微かに形を残してはいたが、もうほとんど見る影もない。
 ああしなければ秋水が殺されていたのは明白だったが……自分がやったことだと、信じたくないのもあった。
 願わくは、『彼』が安らかに眠らんことを――――。
「月乃」
「なんですか?」
 少し後ろに居た月乃は、秋水の声に反応する。
「あの、さ……ちょっとこっち」
 手招きする秋水に不思議そうにしつつ、彼女は近づいて来た。
「手、握っていいか?」
「え……?」
 驚く月乃だったが、三秒ほど経って秋水をこちらに向かせる。彼は俯いていた。
「手だけでいいんですか?」
「……え?」
「どうぞ」
 両手を広げる月乃の行動を見て、秋水は顔をしかめるが……ゆっくりとその細い体を抱きしめる。
「……大事な方だったんですね」
「……ああ……!」
 大事だった。大切だったのだ。
 しがみつくように強く抱きしめる秋水を、月乃も切なそうに抱きしめ返した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、草薙様。ライターのともやいずみです。
 かなり恋愛色が強くなっております。そして月乃は完全に草薙様への恋愛感情に気づきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ嬉しいです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!