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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜炎魅〜



 遠くでしゃん、という鈴の音がした。
 田中裕介は顔をあげ、周囲を見回す。
(今のがもしかして……噂の鈴? 一体誰が鳴らして……)
 だがすぐに目の前に視線を戻す。
 古びた、忘れ去られた公園のブランコに座っている少年がいる。いいや、少年の姿をした別物だ。
 きぃ、きぃ……。
 錆びた音を鳴らして揺れるブランコ。
 裕介はそれに近づいていく。
 き、とブランコが止まった。
「……そうかい。退治に来たかい」
 小さく笑う少年の瞳が、爬虫類の目のように縦に割れる。
「くくっ。確かに強そうなお兄さんだが、専門家ってわけでもねえか」
「……自我があるのか」
「あるとも。元はこの身体の持ち主のものだ」
 両手を広げて肩をすくめる少年。
「待ってるんだ。ご馳走がかかるのをな」
「……ここ最近の、この付近を通る女性を襲っていたのはおまえか」
 冷ややかな裕介の言葉に少年は薄く笑う。
「しょうがねぇだろ。死んだこの身体を動かすのに必要なんだ」
 きぃ、とゆっくりブランコを動かす少年。
「男にゃ興味がないんだよ、お兄さん」
 くすり。
 そう笑うや少年はたっ、とブランコから降りてそのまま跳躍した。近くの鉄棒の上に移動している。
「……逃がすと?」
 鋭く言う裕介に、彼は微笑む。
「『逃げてやる』んだよ!」
 突然見えない力で上から押しつけられたようになり、裕介はたまらず地面に伏せた。重い石が降ってきたような感じで、呼吸ができなくなる。
「ははーははは!」
 大笑いをあげて跳ぶ少年。
 裕介は重みを堪えて立ち上がり、ゆっくりと足を前に出す。
「お、追わなくて……は……」



「陽気なこと」
 ん? と少年が振り向いた。
 電柱の上に立つ少女が見下ろしている。
 少年はどうしようもない渇きと、興奮を感じて膝をつきそうになった。
 アレはなんだ? アレはなんだ? アレは……?
「楽しそうですね」
 少女の唇の端が持ち上がる。ぞっとする殺気をのせて。
 刹那、少年の左眼が切り裂かれていた。
「っぎゃああああああああああああああああああ!」
 悲鳴をあげる少年が屋根の上で転倒する。
「なんだよテメェ! テメェはな……」
「テメェという名前ではありませんよ、憑物」
 まるで女神だと少年は思う。そう錯覚させるのだ。
 欲しくてたまらない……!
「……なんですか、その乞うような目は」
 不愉快そうに言う少女の視線が外れる。少年はその視線を追った。
 先ほど彼が攻撃した男がこちらに向けて歩いてきているのだ。
 逃げて機会を待ち、もう一度。
 そう考える少年はぎょっとする。少女の白灰の右眼がこちらを見ていたのだ。
「おまえが考えそうなことくらい、私がわからぬとでも?」
 ――そこで伏せていなさい。
 その言葉が鍵となったのか、どぎゃ、と背中に重石がのったように押された。屋根にうつ伏せになる少年は痛みに顔をしかめる。
 少女はたっ、と電柱から降りた。

 裕介の前に突然何かが降ってきた。ふわりと濃紺のスカートがなびく。
 顔にかかった前髪を払い、少女は無表情で腕組みして裕介を無遠慮に眺めた。
「え……?」
 戸惑う裕介の前で彼女は目を細める。明らかに左右で色が違っていた。
(綺麗な子だが……なんで目の色が極端に……?)
 色素が薄いというわけでもないはずだ。彼女の左目は茶色なのだから。
 少女が何かに気づいて顔をあげる。
「……逃げましたか。腕を折ってでも逃げるとは……」
 ぶつぶつと言う彼女に、裕介は尋ねた。
「そうだ。このへんに、男の子がこなかったか……? このくらいの身長の」
 少女が驚いたように軽く目を見開く。
「あなたが追っていたんですか……」
「? どういうことだ?」
「いえ……捕まえたんですが、逃げられました」
 さらりと言う少女は、きびすを返して歩き出す。裕介は慌ててそれを追った。

「俺は田中裕介。依頼で……退魔をしにここに来た」
「私は遠逆月乃。退魔士です」
 前をスタスタと早足で歩く月乃についていく裕介は、妙な娘だと思う。
「遠逆は……退魔でここに?」
「そうです。私はこの地で四十四体の憑物を封じています」
「ツキモノ?」
「妖魔、妖怪、悪霊など……人に害を与えるものの総称ですね、私が使う意味は」
 一度も振り向かずに月乃は答えてくる。
「どうして……憑物を封じてるんだ?」
「呪われているからです」
「…………」
 裕介が明らかに目を見開いた。その気配を感じたはずなのに、月乃は全く態度が崩れない。
「呪われてるって……」
「妖魔とかを惹き寄せる体質なんです。それを解くために封じています」
 あっさり言っていい内容ではないのでは、と裕介は疑問符を浮かべた。
 重大なことのはずなのに、彼女はそれを話すことで相手がどういう反応をしようと構わない風なのだ。
「どうしてそんな大事なことを俺に……?」
「あなたが訊いたのではないのですか?」
「それはそうだが……」
 依頼してきた義母に報告をするためにもと思って尋ねたのだが、こうも包み隠さずでは逆にこちらが困る。
「あなたの仕事の邪魔をする気はないんですが、あの憑物はもうほとんど弱っています。私が封じてもよろしいですか?」
「えっ? あ、ああ……」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
 全然安心したような声音ではない。
 自分とそう年の変わらない少女の、こうも徹底した態度に裕介は苦笑しそうになる。
「大変なんだな」
 気遣うように声をかけると、ひやり、と冷たい空気がこちらに伝わってきた。
「……そうですかね……?」
 思わず裕介は口元が引きつりかけた。
 怒らせた?
 そうとしか思えない空気だ。
 月乃が足を止める。
 裕介も止めた。彼女の視線を追う。
 地面の黒い染み。
「これは……血か?」
「…………」
 月乃は無言で顔をしかめた。
 その手に彼女自身の影を集める。地面から浮き上がった黒いそれは凝縮され、形と成った。
 刀だ。
 漆黒の刀は刃も、柄も、鍔さえも黒一色でできている。
 ずん、と刀を無造作に近くの壁に突き出す月乃に、裕介は驚いた。
「……違いましたか」
「? 何をやってるんだ?」
「隠れているんです。擬態というか……」
 ひゅ、と何かが通った。思わず裕介が月乃の横に出てそれを防ぐ。
 はらりと袖が切れた。
「……何をやっているんですか、あなたは」
 冷たい声に振り向くと、月乃が不愉快そうに眉間に皺を寄せていた。
「庇う必要などありません。……が、助かりました」
「…………」
 ふ、と裕介は微笑む。
「今回の敵は同じだから、協力しないか?」
「お断りします」
 スッパリ。
「ど、どうして?」
「お心遣いはありがたいのですが、邪魔です」
 無表情で言うものだから、余計に言葉が痛い。
(じ、邪魔……)
 さりげなく落ち込む裕介であった。
「じゃあ、捕縛だけは協力していいか?」
 そっと尋ねると、彼女は不審そうに裕介を見つめる。
「あなたは……なんなんです? どうしてそんなに私に協力しようとするんですか?」
「困ってるなら、協力したいなと思っただけなんだが」
「……困ってる? 私は困ってるように見えましたか?」
 そう問われて、裕介ははたとした。彼女は困っているようには見えないのだ。
 だが、自分に協力できるならと思ってしまった。それだけだ。
「あなたのやっていることはお節介と同じです。余計なお世話というやつですね」
 言うことがかなり厳しい。
 と。
 気配に気づいた裕介はひゅんっ、と何かを走らせた。闘気を纏った糸だ。特殊な糸で、裕介の思うままに操れる。
 それで何かを捕まえた。
 びりっと裕介の手に衝撃が伝わってくる。
「捕まえた!」
 ゆらりと姿を現す。だらんとさげられた両腕。切り裂かれた瞳。
 惨状に裕介は絶句する。
 これは……。
 と、少年が意識を失ったようにごとんと倒れた。元の死体に戻ったのである。
 振り返ると、月乃が巻物を閉じているところだった。
「なにを……?」
「封じました」
「封じた?」
 ああ、そういえば。
 彼女はそれが目的だと言っていた。
「どうもありがとうございます。楽に封じることができました」
 頭を深々と下げる月乃は、くるりとこちらに背中を向ける。
 と、その細腕を裕介が掴んだ。
「ま、待って!」
「?」
 振り向く月乃は、怪訝そうにする。
「その憑物封じ、俺、協力する」
「……はあ?」
「ここで出会ったのも縁じゃないか? 見つけたら連絡するから」
 自分の連絡先をメモに書いている裕介を不思議そうに眺め、月乃は難しそうな顔をした。
「遠逆の連絡先は?」
「……あなたは初対面の相手に、そういうことを訊くんですか?」
「遠逆は悪い人じゃない」
 断言する裕介を、彼女は不愉快そうに見てくる。
「そういう軽い人を、私は好みません」
「か、軽い……?」
「だいたい私の家は、電話がありません」
 その言葉に裕介はぎょっとした。
 電話が、ない?
「で、電話って……携帯電話は?」
「そんなもの、持っていません」
 持ってない?
 信じられない。今時、携帯電話も持っていないなんて。
「家の住所は……」
「初対面の方に教える義理はないです」
「…………」
「自分が教えたから相手も教える必要はある。そんなふうには思わないでくださいね」
 それに。
「私は憑物を探して徘徊しているほうが多いです。家は不在です」
 ということは。
 裕介は肩を落として、メモを渡した。
「じゃあ、遠逆に連絡をとる方法はないんだな」
「そんなものは必要ありませんからね」
 きょとんとする裕介に、彼女は薄く笑ってみせる。
「憑物のいるところに、私は現れます。――――どこにでも」



 裕介は帰りながら嘆息する。
「遠逆月乃、ね」
 なんというか……手強い感じの少女だった。
 だけど。
(どこか……脆い感じも受けたな……)
 そしてあの左右色違いの瞳。
(憑物に、呪い……なんか、叩けばもっと出てきそうな感じだったが)
 別れ際に彼女は言った。
「あまり憑物に近づかぬよう……。かすり傷では済まないこともありますよ」
 無表情で、淡々と。
 空を見上げる。もう夕暮れだ。
「……退魔をやっていたら、またどこかで会うだろうな……」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1098/田中・裕介(たなか・ゆうすけ)/男/18/孤児院のお手伝い兼何でも屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、田中様。ライターのともやいずみです。
 初対面ということで、かなり月乃の警戒度が高いですが……いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です!