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調査コードネーム:ゆめのあと 〜東京戦国伝エピローグ〜
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜4人
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北の地。
かつて、蝦夷共和国軍と明治新政府軍が激戦を繰り広げた函館。
古くは箱館といった。
蝦夷共和国軍の本拠地である五稜郭は、現在もその形を残し大規模な公園となっている。
「兵どもが夢のあと、ね」
車椅子にのった女が言った。
「あのとき、本当にこの地には理想郷が築かれるものと思っておりました」
それを押す和装の青年。
瞳に懐旧の靄が漂う。
身分や差別のない、誰もが笑って暮らせる理想郷。
本当はそんなものは存在しない。
不正や犯罪のない社会が存在しないのと同じだ。
しかし、一歩でも半歩でも理想に近づけようと努力する社会と、どうせ不可能なのだからと諦めている社会とは、天と地ほども違いがあるはずだ。
たとえば蝦夷共和国だって、アイヌ民族との間にまったく問題がなかったわけではない。それでも彼らは、時間をかけても解決していっただろう。
「アイヌの方から和人との共存を忌避したことは、一度もありませんよ」
「そうだな。その通りだ」
もう一台の車椅子を押す男が、ほろ苦い表情をたたえる。
結果として、彼が生きている間にその問題が解決されることはなかった。
もしあのとき、彼が勝利していたなら、今とは違う歴史が刻まれていただろうか。
むろん、歴史にIFはない。
無数の野心の屍の上に、たったひとつだけの未来が存在するのだ。
「もうすぐ咲くな」
重くなりかけた雰囲気をかえるように、四人目の人物が口を開く。
草間武彦。
視線は桜の木に。
北海道にも、遅い春が訪れていた。
IO2との激戦の傷を、彼らはこの地で癒している。
「数日のうちには満開となりましょう」
「みんなでお花見でもしましょうか。ゴールデンウィークになるし、東京からも人を呼んでさ」
「新山くんはお祭り好きだな。だがまあ、悪くない」
それに、と、男は内心で付け加えた。
知己となった護り手たち。
奇妙な縁。
楽しいひとときだったが、そろそろ終わりにしなくてしならない。
反魂者は、もう彼しか残っていないのだから。
幕の引き方。
それは‥‥。
「歓送会っていうんだぜ」
怪奇探偵が言った。
歓んで送り出す。
本当はもっと一緒にいたい。だが事情がそれを許さない。
だから、せめて笑顔で見送るのだ。
ほころびかけた桜の蕾。
暖かな風のなか、地上に立つ四人を見つめていた。
※東京戦国伝のエピローグです。
バトルシナリオではありません。
榎本武揚を送る花見を五稜郭でおこないます。
時期はゴールデンウィーク。函館は満開になっているはずです。
残った謎を解くのも、あるいは謎のままにしておくのも良しです。
あ、誰かが榎本武揚を送ってあげなくてはいけません。これだけは嫌な役目です。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
受付開始は午後9時30分からです。
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ゆめのあと 〜東京戦国伝エピローグ〜
かつて、戦いがあった。
戊辰戦争、あるいは函館戦争と呼ばれる戦いである。
この国の近代以降、唯一おこった内乱。
日本人と日本人が覇を競った。
明治新政府と徳川幕府の間に。
ただし、後者は蝦夷共和国と名乗っていた。
身分や差別のない完全共和制。北の地において目指した男。
それが榎本武揚である。
彼の理想がどのような結末を得たのか、それは歴史が示すとおりだ。
新政府軍の猛攻によって蝦夷共和国軍は降伏し五稜郭要塞は陥落する。そのとき榎本武揚は自刃しようとしたが、部下が命がけで止めたことで思いとどまった。
具体的には、白刃を素手で握ってまで制止したのである。
それだけではない。彼の才能を惜しんだ新政府軍の高官たちも、自ら剃髪することで榎本の助命を嘆願した。
榎本は、近代日本で最初の反乱指導者ということになる。本来なら死刑になって当然である。
しかし、彼は結局は助命され、明治政府の大臣職を歴任する。
破格の待遇といえるだろう。
榎本の識見、指導力、構想力、実行力、人格的求心力などは群を抜いており、俗な言い方をすれば、世界に通用する人材だったのだ。
不平等条約の改正も、おそらく彼なしでは不可能だったろう。
とくに人格的な吸引力は特筆に値するするものがあり、五稜郭での戦いのときにはフランス軍の士官らも蝦夷共和国軍とともに戦った。不干渉を決めていた自軍を脱走してまで、である。
歴史の授業など中には登場する機会は少ない榎本だが、その治績は無視できない。
「‥‥だからこそ、私は現代には必要がない」
呟き。
満開の桜が花弁を散らす五稜郭。
つわものどもが、ゆめのあと。
規則正しい包丁の音。
厨房に響く。
白い割烹着と頭巾が日本の母という風情だが、広くもない台所に立つ女性は日本人ではない。
シュライン・エマ。
戸籍上の氏名は草間シュラインという。
函館市内にある小さな民宿。その台所を借りての作業である。
榎本武揚の歓送会を兼ねた花見のために参集した護り手たちは、皆、この民宿に宿泊している。
貧乏くさいというなかれ。巫灰慈に守崎啓斗と北斗のツインズ。それにオマケの露木八重。シュラインまでいれたら五人もきているのだ。シティホテルになど泊まったら興信所の財政が悲鳴を上げてしまう。
そしていま、彼女は花見用の料理を作っていた。
榎本と嘘八百屋の分を入れて、ざっと一二人分の料理である。さすがに夫である草間武彦と巫の恋人である新山綾は、まだあまり固形物を摂れない。
人数計算が合わないよう気がするのは、ひとりで三人前はたべる雑食忍者と不条理妖精がいるからだ。
とんとん、と、小気味の良い包丁の音。
だが不意に、
「痛‥‥っ」
白魚のような指先から、ごくわずかな量の赤い液体が流れ出す。
シュラインらしくもないミスだ。
「‥‥‥‥」
子供っぽい仕草で指先を口に含む。
「‥‥痛い‥‥」
呟き。
指先をちょっと切っただけでこんなに痛いのだ。腹に日本刀を突き刺された痛みは、どれほどのものだろう。
蒼い瞳を閉じる。
あのとき、草間が真田昌幸に刺され、綾が織田信長に斬られたあのとき、彼女は「選べ」といわれた。
どちらを助けるか、である。
そして蒼眸の美女は、選ぶことができなかった。
友である浄化屋は迷わなかったというのに。
彼は、仲間に武器を突きつけてまで、恋人を治療しろと言った。
生の感情。
「私は‥‥出せなかったな‥‥」
シュラインは選ぶことができなかった。
武彦さんを助けて、とは、いえなかった。
それどころか、内心に去来したのは、傷の浅い方を治療すべき、という現実的な考えだった。
倒れ伏して動かなかったのは、最愛の夫なのに。
この世の誰よりも、自分自身よりも大切な人なのに。
「私‥‥冷たいのかな‥‥」
言葉にはしない思い。
だが、それは違うだろう。
草間が刺されたとき、彼女はすべてをかなぐり捨てて、それこそ死に物狂いに彼の元へと走った。
愛情のない、あるいは冷たい人間にできることではなかろう。
助けられる方を助けるべきと考えたのは、彼女が現実を見つめる目を持っていたからだ。このあたりの見極めは、手術を執刀する外科医や、レスキュー隊などにも要求される。助からない人にいつまでも手を煩わせてはいけないのだ。それよりも、助けられる人を助けなくてはならない。冷たいというより、彼らはギャンブラーではないからだ。助かる確率が高い方から確実に助けてゆく。もちろん、あからさまに軽傷のものなどは後回しにされるが。
だから、シュラインは何も言えなかった。
草間の傷と綾の傷。
どちらも致命傷だった。
しかし、それでも比較するなら、生への可能性がわずかでも高いのは綾だったから。
理性と感情のせめぎあい。
それが彼女の口に無形の閂をかけたのだ。
「ごめんね‥‥武彦さん‥‥ごめんね‥‥」
紅唇がわずかに震える。
もちろんだれも聞くものはいない。
いないはずであった。
「シュラ姐‥‥」
厨房の入り口。
あまりにも儚げな後ろ姿を見つめていた啓斗が、内心で呼びかける。
姉と慕う女性に。
「あまり気にするな。誰もシュラ姐を責めたりしないから」
陳腐な慰めだ。
年長の友がそんな言葉を欲していないことは、男女の感情の機微に詳しくない啓斗にだって判る。
何も言えず、ただ気配を消して立ちすくむ。
影から主君を守るシノビのように。
と、少年の肩に何者かの手が触れた。
振り向くと自分そっくりの顔。
だが、瞳の色だけが違う。
「‥‥‥‥」
なにか言おうと口を開きかける双子の兄を、首を振って制す。
自分たちが何かを言うべきではない。
青い瞳が語っている。
わずかに躊躇ったあと、緑の瞳が頷いた。
啓斗も北斗もまだ少年であり、大人のシュラインの懊悩を完全に理解することは難しい。理解したつもりになることはできたとても。
巫に対してもそうだ。
二人はまだ、自分の命よりも大切な異性、というものを持っていないから。
「行こう」
声に出さず告げ、北斗が踵を返す」
「‥‥そうだな」
やはり声に出さず応えた啓斗が続く。
ひとり厨房に残るシュラインを見ないようにしながら。
強く、優しく、ときに厳しい年長の友人。
いまにも消えてしまいそうな繊弱な後ろ姿。
抱きしめ、安心させてあげたい。
絹のような黒髪を撫で名を呼んであげたい。
きっと長く見ていたら、そんな衝動が衝動に駆られてしまう。
だがそれをする権利は啓斗にはない。もちろん北斗にも。
それは、世界中でただひとりの手に帰されるものだから‥‥。
満開の桜。
はらはらと舞う花弁。
この世のものとは思えぬ美しさ。
五稜郭公園。
かつては五稜郭要塞と呼ばれた場所。
あまり知られてはいないが、ここは北海道でも屈指の桜の名所だ。
ただ、ここに花見に訪れるひとは、あまり多くはない。
歴史的にも重要な史跡だから?
否、
「誰を慰めるための美しさか、知っているからだろうな」
巫が言う。
その手が押すのは、綾の乗った車椅子。
「そうね。夢と野心のすべてを賭けて戦った男たちへの餞だものね」
「どんちゃん騒ぎするような場所じゃないよな」
「そんなことはない。皆お祭り好きだったからな」
割り込む、他人の声。
「凌雲先生も、ガストネルも、たいそうにぎやかなことが好きだった」
榎本だ。
凌雲とは高松凌雲。ガルトネルとはプロシア人のR・ガルトネルであろう。
ともに、榎本武揚と親交のあった人物だ。
後者は七飯に広大な土地を借りて、現在の北海道のみならず日本の西洋式近代農業の基礎を築いた男だである。ちなみにこのガルトネル農場から有名な「男爵いも」が生まれた。
前者は箱館病院頭取で、この国ではじめて赤十字活動をおこなった人物しても知られている。
敵味方の区別なく治療する。
助けられるものは助ける。
これは、榎本や高松凌雲がヨーロッパで学んだ一視同仁の赤十字精神である。
五稜郭の陥落が間近に迫り、薩摩藩の兵が箱館病院になだれ込んだとき、彼らは凌雲医師に銃を突きつけて脅したが、
「交戦して負傷し、起居も自由でない者もいる。回復したら自分はいかなる厳刑に処せられても恨みはないから、それまでは助命してもらいたい」
そう言って、一歩も退かなかったという。
凌雲医師はその後、東京周辺に六〇カ所の慈善事業病院を設けている。
ガルトネルといい高松凌雲といい、そして土方歳三といい、それほどの男たちが榎本の元へと集っていたのだ。
彼の人格的求心力を明治政府が怖れたのも当然だろう。
蝦夷共和国軍は敗れたのだ。理想は戦力差の前に無力だった。
あるいは、なりふり構わずに戦っていれば、最終的な敗北はもっとずっと先に延ばせたかもしれない。
しかしそれでも、榎本武揚は「ただ勝てばいい」という考えを持つことができなかった。
「もし貴方がそういう考えだったら、誰もついてこなかったわよ。きっと」
「そうだな。俺もそう思うぜ」
ずっと未来の恋人たちに言われ、なんとはなしに榎本が鼻の頭を掻いた。
「褒められた、と、思っておくことにする」
宴席は盛り上がっている。
北斗と八重が馬鹿げた芸を披露し、北斗がツッコミを入れる。
楽しそうに笑うシュラインと草間。
朝方に見た光景を、啓斗も北斗も、もちろんシュラインも口にしたりしなかった。
「三番! 守崎北斗っ! 重箱一気喰いやりますっ!」
「やめるでぇすよ? 何個目でぇすか?」
ぷすっと。
不条理妖精の爪楊枝が北斗の脳天に刺さる。
二センチメートルほどの深さまで。
「死ぬ死ぬっ! 死んでしまふっ!!」
もだえ苦しむ雑食忍者。
信長軍団との戦いで拾った命を、不条理妖精に散らされてしまう。
「お前に似合いの死に様だよ‥‥ある意味‥‥」
海よりも深い溜息を、啓斗が吐いた。
「あにきぃ」
「すり寄るなっ! 俺の分の料理を食うなっ!」
情けない顔で寄ってきた弟を蹴飛ばす。
麗しい兄弟愛だ。
ごろごろと転がった北斗が、嘘八百屋に受け止められた。
「あ、ところで嘘さん」
「微妙に嫌な呼ばれ方ですが、なんでございましょう。北斗さま」
「最初の事件って、なんで中野区の坂で起こったんだ? あの辺にIO2があったのか? それとも信長に憑依されてた男に関係があったとか」
「どちらもハズレでございます」
「うーん。じゃあ、病院が中野区にあったからとか?」
意味不明なことをいう。
「なんだよそれ?」
当然のように、兄が問い返した。
「病院。中野区。びっくり」
「だから、なんだよそれ」
「病院なかのくびっくり。びょういんざかのくびっくり。病院坂の首くくり‥‥」
「死ねぇ!!」
くだらない連想ゲームをやっている弟に、間髪入れず兄がサマーソルトキックを決める。
「じっちゃんのなにかけて〜〜」
お馬鹿な悲鳴を残して飛んでゆく北斗。
悪は滅びた。
めでたしめでたし。
拍手で見送る八重。
「ちなみに『病院坂の首くくり家』ってのは、探偵小説の大家、松本清張の作品よ」
丁寧に解説してくれるシュライン。
「ずっと前にハイジがいった、伊豆の囮小(林少年)と、だいたい次元は同じね」
「がーん」
「俺と同じってのがそんなに不満かっ!」
沈んでいく巫と、荒れ狂う北斗。
まあ、平和でけっこうなことだ。
「あの坂は恨み坂と呼ばれておりました。そこで事件を起こせば怪奇探偵が動くと踏んだのでしょう」
困った顔で嘘八百屋が応える。
おびき出し、力量を確かめ、仲間に加えるつもりだったのではないか。
いまとなっては推測するしかないが、織田信長の異常ともいえる人材収集欲を考えれば妥当な結論のような気がする。
「そんなところでしょうね」
「そういえば、俺も気になっていたことがあったんだ。直江のバイク軍団のことなんだが」
啓斗の言葉。
「ああ。OZがきていたのでございましたね‥‥」
「あれって、どういう連中なんだ?」
「あの方々も護り手でございますよ」
「いつから?」
「そう昔のことではございません。ヴァンパイアロードの一件のあたりからでしょうか。不死の王の触手は、東北まで延びていたのでございます」
「そっか‥‥」
溜息を吐く。
彼らは東京を守った。守ったといっても良いだろう。しかし、他の地方の事は知らなかった。
当然だ。
啓斗も北斗も、むろんシュラインも巫も超人ではない。
自分の手の届く範囲のことしかできないのだ。しかもそれだって完璧からはほど遠い。
「いろいろあったんだろうな‥‥」
「ええまあ、いろいろと。あのOZという名には聡一郎さまの思いが込められておりますが、その話はいずれまた」
「教えてくれるのか?」
「伝記を出版いたしますから、買ってくださいませ」
「宣伝かよっ! 営業活動かよっ!」
北斗がいきり立った。
苦笑する巫とシュライン。
いつも肝心なところははぐらかすのだ。この嘘八百屋という奇妙な屋号をもった男は。
何度、この男の掌の上で踊ったことか。
それでも不快に思わないのは、基本的に嘘八百屋は人のためになるように動くからだ。
「ホント、変わってるわよね」
「ブラックファラオとかとは反対方向にな」
「アレとくらべられるのは、なんだか釈然といたしませんが‥‥」
気持ちは判らなくもない。
北海道の春は短い。
桜が咲くのだって五月に入ってからだし、それが過ぎれば夏がやってくる。
「もうすぐ、桜も終わるな」
榎本武揚が言った。
それは、彼自身の終わりをも意味している。
つい先ほどまで一緒に杯を重ねていた啓斗も、いまは魚河岸の鮪のように横たわっていた。
冷たさを増した風が、史跡をゆっくりと回遊する。
「誰が、送ってくれる?」
「‥‥俺が」
「‥‥私が」
ほぼ同時に、巫とシュラインが口を開いた。
嫌な役目だ。
反魂者である榎本武揚を送る。すなわち、死を与える。
もちろん彼は遠い昔に故人となっている。いまこの時間を生きていること自体が異常なのだ。
八重の言葉を借りれば、
「時間は滅多な事じゃ逆戻りしちゃいけないのでぇす」
ということになろうか。
時とは、万物を支配する絶対神であり、これに勝つ術は誰も持たない。この地球すらいずれは原子に還元する日がやってくる。
地球規模で考えればスケールは小さいが、IO2がおこなった反魂も時の神に逆らう行為だ。
だからこそ、榎本は去らねばならない。
生き残った最後の反魂者として。
啓斗などはずいぶんと別れを惜しんだものだが、そればかりは叶わぬ願いであることを少年自身が知っていた。
死者の座る席は、生者の側にはないのだ。
自らの手で榎本武揚を殺めることを申し出たシュラインと巫。むろん、殺したいと願っているわけではなく、断腸の思いである。
シュラインにとっては贖罪だ。
最愛の男を選べなかった罪。そしてそれを口にできぬ罪。
だから、罰を背負う。
生涯、この十字架を背負って生きる。
巫にとっては、やはり贖罪である。
親友を見捨てようとした罪。仲間に武器を突きつけた罪。
だから、罰を背負う。
生涯、この十字架を背負って生きる。
同じ動機。
気持ちが痛いほど判った北斗は、何も言えずに挙げかけた手を下ろした。
その肩を八重が軽く叩く。
慰めているつもりなのだろう。
不器用さが可笑しくもあり、嬉しくもあった。
「良い国に‥‥いや、これは余計なことだったな」
言いかけてやめる榎本。
もはや彼が未来の人々にしてやれることはなにもない。あってもいけない。
歴史は、現代に生きる人のものだ。
「さっさとやってもらおうか。私としても、自分と同じ名前の菓子がある時代というのは居心地が良くないからな」
道南の森町には銘菓「榎本武揚」なるものが売っている。
これは、蝦夷地を訪れた榎本艦隊が上陸したのが森町だったという故事にちなんで作られたものだ。
このとき榎本は宿泊した旅館で記念に一筆を求められ、
「木三馬四幸」
と、書き記した。
宿の主人がどういう意味かと訊ねても、彼は笑うだけだったという。
この書は現存しているが、意味については明らかになっていない。
ただ、おそらくは森駅と書いたのではないか。駅の旧字は馬偏に四幸である。
当時、森町は駅馬車の中継点であり、交通の要衝でもあったからだ。
いかにも意味ありげな言葉は、ただの悪ふざけである。
じつに榎本らしいユーモアだろう。
「むこうで親父たちにあったら、よろしく伝えてくれよ」
穏やかな微笑を浮かべ、北斗が言った。
エピローグ
巻きあがった風が、砂を上空へと運んでゆく。
高く高く。
「偉大なる英傑の御霊。畏み畏みもうす」
朗々たる祝詞が続く。
梢を揺らされた桜。
降りしきる花弁。
「涙‥‥みたいね‥‥」
はらはらと。
古い古い戦場に花弁が舞っている。
夢の名残を、追うように。
おわり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈 /男 / 26 / フリーライター 浄化屋
(かんなぎ・はいじ)
0554/ 守崎・啓斗 /男 / 17 / 高校生
(もりさき・けいと)
0568/ 守崎・北斗 /男 / 17 / 高校生
(もりさき・ほくと)
1009/ 露樹・八重 /女 /910 / 時計屋主人兼マスコット
(つゆき・やえ)
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせいたしました。
「ゆめのあと 〜東京戦国伝エピローグ〜」おとどけいたします。
これで、本当に東京戦国伝はおしまいです。
榎本武揚というのは、わたしが最も好きな歴史上の人物のひとりですね。
そのせいか、殺すのが忍びなくて忍びなくて。
思い悩んでいるうちに、こんな時期になってしまいました。
本当はゴールデンウィーク中にお届けするつもりだったんですが。
もし函館観光にいらっしゃることがあれば、榎本や土方が夢を馳せた五稜郭を訪れてみるのも良いかもしれませんよー
ところで、本文中で五稜郭公園は花見客が少ないと描写していますが、それは大嘘です。
風情もへったくれもないくらい、人がいっぱいいますからー
あと、銘菓「榎本武揚」は、15年くらい前に見たものですから、いまはもう売っていないかもしれませんー
さて、長きに渡った東京戦国伝。楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
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