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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


朽ちた人形舞を舞う


 乾いた音が頭上から降り、視線を上げると音の正体は半ば想像していた通り、扉につけられたベルだった。
 別段気にするでもなく、ある意味異世界というか特殊な雰囲気を醸し出す店内に足を踏み入れた。
 品物に統一性がないからか、一見すれば適当に置かれているようにも見える陳列棚だが、置いた本人には法則性があるのかもしれない。
 自らが奏でる靴音と衣擦れを意識の隅で聞きながら、ふと目に止まったのは宝石や小物類に埋もれるようにして置かれている一体の人形だった。
 赤銅色の着物と童のようなおかっぱの髪、かろうじて子供の日本人形だという事はわかった。ただ、恐らく赤銅色に見えた着物の色は、元は真紅だったのではないかと思う。
 捨てられ暫くどこかで放置されたように、着物は所々破れ朽ちていた。整えられていたであろう髪も振り乱れ、見るも無残な姿でうな垂れ、座っている。
「なんだかな」
 つい口をついて出た台詞に自分自身が驚いていた。
 どうにも視線を剥がせずに思わず手を伸ばし指先が人形の頭部に触れるかという時、動くはずのない人形が赤銅色の朽ちた着物から白い腕をぎしぎしと動かす様子が視界に捕えられた。
「なっ――っ!」
 突然の出来事に言葉にはならなかった。
 壊れたロボットと言ったらいいだろうか、錆びた腕を無理やり動かすように、人形は不可解な動きを見せる。
「驚いただろう?」
 新しい声に振り返ると、カウンターにはうろんげな視線をこちらに向けた女性がいた。店主碧摩蓮、いつの間に現われたのだろうと思案していると、喉の奥で、しかしどこか妖艶に笑った蓮は、手にしていたファイルを閉じ身体ごとカウンターに乗り出した。
「そいつは踊りたいんだよ。人様の前で舞を舞うのが好きだったみいだね。どうだい? その子、持って帰るかい?」
 悪さはしないよ、そう付け加えた蓮は一度こちらを伺うように視線を向けると、そのまま再び椅子に座りなおし、ファイルを広げ、パイプを気だるそうにふかし始めた。
「そうですね……」
 暫らく人形のくすんだ瞳と視線を交差させながら黙り込む。両腕を組み、右手を軽く口元へ持って行き、思案した。
 果たしてこの人形は一体何があってこのような状況になったのか。考えれば考えるほど、興味がわいた。
「ではこの人形について、情報をすべて教えていただけますか?」
 その答えに、店主蓮はファイルから視線を外し、小さく笑みを作った。
 身体の向きを九十度変えこちらを向くと、カウンターに肘を付き口を開いた。
「こいつはね、心に傷を負っているのさ。まだその状況を理解しようとしてないのさ。可愛そうに」
 何の事やらと口を閉ざしたまま蓮を見つめていると、喉の奥で笑った蓮はカウンターに付いた肘を下げ、再びファイルを開き元の体勢に戻ってしまう。
 けれど最後に小さくまるで独り言のように付け加えた。
「あんたなら、見えるんだろう? その子の過去」
 話してくれるだろうさ、きっと……蓮の台詞を受け、今度は考える時間もなく、すぐさま答える事にした。
「頂いていきましょう」



 * * *



 ふぅと小さく一息つき、畳の上に座り込んだ。その拍子に肩口で括った黒髪が前に垂れる。身にまとう着物の前を合わせなおし、暫らくいつもと何ら変わりのない部屋を凝視する。
 派手な物は何一つないシンプルな部屋には、執筆業で日々活用している机が鎮座している。
 この部屋の主、間空亜はその机の上に紙袋から取り出した小汚い人形をそっと座らせる。
 何とかして彼女を綺麗にしてあげなければと、破損箇所を調べてみると、思いのほか大きな損傷は少なかった。
「確かこれは大和人形、市松人形というものでしたね」
 ほとんどぼろきれと化してしまった衣装を取り払うと、やはり本体は汚れ、所々ひびが入っている。これでは痛そうだと、何れ人形師の所へ持って行こうと一人思案する。まずは髪を整えるために台所へ行き、洗面器にぬるま湯を溜めて崩れてしまった髪をそっと洗ってやり、整えて櫛で梳かした。
「こんなにも汚れてしまって、かわいそうに」
 ぽつっと零れた独り言。
 ところがそれに人形が反応を示した。手の中の人形が傷ついた腕をまるで錆び付いたロボットのようにかすかに動かしたのだ。
 一瞬にして世界が反転し、いつの間にか日常茶飯事となってしまった現象『白昼夢』が訪れたのだと頭の隅で考えていると、どこからともなく見知らぬ声が聞こえてきた。


「みやびちゃん、今日もお稽古一緒にしてくれるかしら」


 大人の女性の優しげな声だった。ただそれは、どこか無機質で感情の篭っていない、作られた優しさ。
 徐々に鮮明になる光景は、空から見下ろしている状況だった。深い森の中にあり、木々に囲まれた豪邸の中が透明の壁から覗き込むように視界に広がった。
 洋風に作られた部屋なのだが、部屋の隅には畳が敷かれ、全身が映る鏡が設置されていた。後付なのだろう、不自然極まりないアンバランスな部屋になっているのだが、さして気にした風もない部屋の主は、たった1人で畳の上に立ち扇を翻している。
 先ほどの声の主はこの女性だろう。
 年齢的には40代後半辺りの女性で、肩までの黒い髪は少々乱れている。更に病的な白さを持った顔色に加え、無表情で口元だけに笑みを浮かべて独り言を舞と共に続けているのだ。
 扇を翻すたびに何かつぶやく。
「ここが上手くいかないのよ。どう思う?」
 相手はどこにいるのだろうと辺りを探してみても、舞仲間と思われる相手はいないし、子供の姿もなく、旦那がいる気配もない。隣の部屋にいるのだろうかとまで思ったが、この程度の音量では会話が出来るはずもなく、眉根を寄せたその時だった。
「お母さん、そこはもっと身体を反らした方がいいと思うの」
 高いのだけれど決して煩くはなく、逆に耳障りのいい少女の声が鼓膜を揺らした。
 その声が聞こえたのか、女性はアドバイス通りに身体を動かし、満足げに頷いた。
「そうね、そのほうがいいわ。ありがとう、みやびちゃん」
 女性が動きを止め、すっと身体を移動させて初めて、間の視界に会話の相手が現れた。
 女性の身体で隠れていた小さな小さな存在。
 真紅の煌びやかな衣装を纏い、女性と同じように片手に扇を持った漆黒の髪の少女の存在。
「あなたが……そうですか、あなたが」
 朽ちた人形、それが綺麗な姿でそこにあったのだ。
 動くはずのない表情が確かに優しげに笑顔を作り出し、しなやかな動きで舞を舞う市松人形。
 これはおもしろい、間は自然と深い青色の瞳を細めていた。
 ここから先に何が起こるのか、まるで次のページを捲るかのように、細めた瞳を硬く閉じ、ゆっくりと開く。



 瞳に映った光景は、予想通りページが進み、新たな展開を呼んでいた。
「お母さん? お母さん! お母さんどこっ?」
 みやびの声が彼女にとっての灼熱の世界に木霊していた。夢なのに熱い、そこにいるかのように体験してしまい、間までも辺りの熱気に顔をしかめた。
 炎が豪邸を覆い包んでいた。
 自殺か、放火か。
 思案していると、みやびの前に女性が現れた。やはり女性の表情は無感情なのかと思いきや、そこにあったのは仮面を外した素の表情。
 気を病んでしまっていた、本当の姿だった。
「みやびちゃん、疲れたわ」
「お母さん?」
 止め処なく流れる涙が、小さな小さなみやびの手に零れ落ちた。酷く悲しげで、けれどどこか笑っているかのような狂気に満ちた女性の表情にみやびは気がついていないのだろう。
 何が起こっているのかもわからず、どうしたの? 泣かないでと繰り返してつぶやいているのだ。
「もう、終わりにしたいの。私の子供は帰って来ない……取られたまま、帰ってきはしないのよ……」
「お母さん、みやびはここにいるよ?」
「あの子は取られたの、私は捨てられたの、私の大切な大切なみやびちゃん、私のっ……大切なたった一人の子供っ!!」
 あっと思った瞬間だった。
 女性は抱えていた人形を放り捨て、一人燃え盛る炎の中へと駆け込んで行く。
 お母さん? と未だ理解しきっていないかわいらしい声が響いた直後、ぷつりと音が途絶え辺りの景色がぐにゃりと歪んだ。




* * *




 気がつくと間は人形の髪に触れたまま台所で放心していた。
 ゆっくりと視線を降ろすと、先ほどまで虚ろでくすんでいた漆黒の瞳から、一筋の涙が零れ落ちていた。
 髪を洗った水かもしれない。けれど、それは確かに瞳から零れ落ちる筋になっていたのだ。
「あなたは……あの方の子供の霊なのですか? それとも――」
 あの女性は子供を取られたと言った。
 考えられるのは二つ。
 何者かによって子供が殺されてしまった。
 もう一つは、旦那に子供を取られてしまった。
 子供がいたのなら、夫がいるのが当然なのだが、あの家にそのような気配は全くなかった。更に憑依霊ならば、人形に憑依した子供の霊をあのように投げ捨てる事などしないだろう。
 可能性として高いのは後者だなと、涙を流す『人形のみやび』に視線を落とした。
「子供のかわり、ですか」
 でもこの子は自身を女性の本当の子供だと信じていたのだろう。誰かの霊が憑依しているわけではなく、過剰な愛を受けた人形自身が、己の意思を持ち始めてしまったのかもしれない。
 こういった世界に身を置けば、よくある話ではある。
 けれど、恐らく女性が自殺を図るまで追い詰められてしまった要因の一つには、この人形が言葉を操り『お母さん』と笑った事もあったのではないだろうか。
 皮肉にも、自分で子供代わりにしていた人形が、子供への思いを膨らませてしまったのかもしれない。
「舞を見せていただけますか、みやびさん」
 衣装を手に入れて、小物も手に入れよう。そしたら彼女の舞を見てみたい、間は純粋にそう感じていた。
 けれどみやびは動こうとしない。先ほどから涙を流したまま制止している。
 一拍置いて間はあたかも人間に話すように言葉を紡いだ。
「あなたは私に見せてくれた夢で、よくわかったのではないでしょうか。いえ、あなたはわかっていたんですよね。それをわかろうとしていなかっただけで」
 返って来る言葉はないけれど、張り詰めた空気が辺りを包んだ気がした。
「あなたは人形でした。けれど、確かに意思を持った。それは人間と何ら変わりはなく、自分の居場所を欲するのでしょう」
 正直な所、自分自身に言い聞かせているようにも思えた。両親を失くし、引き取ってくれた老人をも失くし、今は妹の光流を守る事、それを生きる糧として存在している自分がどこかにはいるのかもしれない。
 黙り込んでいる人形をまっすぐに見据え、こう付け加えた。
「今度からはここがあなたの家になります。是非、私の家族になってはくれませんか?」
 穏やかに笑みを作れば、小さな白い右腕がゆっくり小さく動いたのがはっきりと見えた。
「ありがとうございます」




* * *




 それから暫らくして、破損したパーツを人形師に取り替えてもらい、彼女が昔着ていた衣装に近い着物を何とか探し出した。
 手に扇を持たせると、綺麗に生まれ変わったみやびが満足げに優しい笑みを浮かべて間の横にちょこんと座った。
「綺麗になりましたね」
 言葉はもう失われていた。
 けれど、小さな頭を精一杯縦に振り、ゆっくりとした動作で立ち上がると、扇を開き翻した。
「誰かが通るといいですね。そうだ、光流にも見せてあげましょうね」
 穏やかな日の光が当たる縁側に、小さな花が優雅に舞い踊る姿があった。





**END**



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5261/間・空亜/男/20/リアルな異世界系小説家】



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■         ライター通信          ■
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初めまして間空亜様。
新人ライターの遥海夕希と申します。
このたびはご依頼本当にありがとうございます!


口調や性格など、関連商品に文章がなかったため、
私個人の受け取らせていただいた感覚にて製作させていただきました。
このような感じでよかったかどうか不安でいっぱいですが、
私なりに精一杯書かせていただきましたので、気に入っていただけたなら幸いです。

今後もご期待にそえる文章が書けるように精一杯努力していくつもりなので、またご縁がありましたらば是非よろしくお願いいたします。

それでは、読んでくださりありがとうございました。

遥海 夕希