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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ミスコン狂想曲
●想い出のきっかけはテレビから
「さあっ、今回スタジオに集まってもらったのは彼女たちっ! キャンパスのミスコンクイーンですっ!!」
 何気につけっぱなしになっていたテレビからふとそんな声が聞こえてきた時、ワイングラスを傾けていた妙齢の女性2人の動きがぴたっと止まった。
 場所は来城法律事務所、時刻は夕方を過ぎ夜に入った頃合である。この時間からもう飲んでいるのかという気がしないでもないが、仕事が終わっているのであれば何ら問題はない。それに、美味しいワインが手に入ったと言われたら、少しでも早く味わいたいのは当然のことであろう。
 そのワインを持ってきたのは、この事務所所長である来城圭織の同級生だった数藤恵那。30より前にして事務所を構えている圭織同様に、恵那も同い年にして数藤クリニックという自ら病院を立ち上げていた。2人とも優秀であるのだ。
「ミスコンかぁ」
 圭織がワイングラスを置き、テレビの画面に目を向けながら懐かしそうなつぶやきを漏らす。夕方のニュースを見るためにつけていたテレビであったが、恵那がやってきて何やかんやと準備なりしているうちにバラエティ番組の時間となっていた。
「思い出すわね」
 圭織のつぶやきにまるで呼応するかのように、恵那がくすりと笑みを浮かべる。こちらはそう言った後、ワイングラスを口元へと運んでいた。
「やっぱり思い出した?」
「そりゃ……ね」
 顔を見合わせる2人。そして、どちらからともなくふふっと笑った。
「あれも、もう10年ほど前になるのね……」
 しみじみと言う圭織。10年ほど前となると高校生であった頃か。2人は共通の想い出を、記憶の泉から取り出そうとしていた――。

●振り向けば彼女が居る
 それは10年ほど前、学園祭間近だった時のことだ。生徒会からの連絡事項が張り出される掲示板に、でかでかとそのポスターが張られていたのは。
「へえ。今年の学園祭、ミスコンなんてやるんだ」
 圭織は物珍し気に、ミスコン開催のポスターを眺めていた。ポスターの記述によると、学園祭前日に投票を行い初日に結果発表するのだという。そしてミスに選ばれた女生徒は、学園祭の間ミスとしてあれこれとイベントに顔を出すことになるらしい。
(何だかミスになると拘束されそう)
 学園祭を楽しみたい圭織としては、ついそんなことを考えてしまう。拘束されてしまっては、あちこちの出し物を気軽に見に行けなくなってしまうではないか、と。
 そんなことを考えていた時である。背後から、よーく聞き覚えのある声がしたのは。出来れば、なるべく聞きたくない声であったけれども。まあ、それは向こうにしても同じだったかもしれないが。
「ふぅん、ミスコンね」
 いつの間にやら圭織の背後にやってきていた恵那が、さらりとつぶやいた。圭織がはっとして振り返る。
「……ここで何してるのよ」
「そっちこそ」
 軽く睨む圭織に対し、恵那も負けじと睨み返す。この2人、顔を合わせるとどうもぶつかってしまうのだ。互いに何か気に喰わない所でもあるのかしれないが。
「…………」
 やがて恵那は、ポスターと圭織の顔を交互に見て、くすっと少し馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「なるほどね」
「何が『なるほどね』なのよ」
 恵那のつぶやきに、すぐさま圭織が喰ってかかった。
「これ、出るつもりなの?」
 ポスターを指差し恵那が言う。圭織は顔を背け、こう答えた。
「そんなの、答える筋合いないでしょ」
 ちなみに言っておくが、この時点で圭織はミスコンに出るとは考えていなかった。けれども、恵那は圭織の答えを誤解したようだった。もちろん、『出る』のだと。
「そ。でも、無駄よ」
「……何が」
「私が出たら、勝てる訳ないでしょう?」
 自信ありげな恵那の言葉。これが、圭織の対抗心に火をつけてしまった。
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ。そっちこそ、無駄なことは止めたら?」
「なっ……」
 売り言葉に買い言葉、至近距離で睨み合う2人。そして、
「ふんっ!!」
 と、互いにそっぽを向いた。こうしてミスコンにおける女の戦いの幕が開いたのだった……。

●エスカレーション
 その日のうちに、ミスコン参加の手続きを終えた2人。その噂は、瞬く間にクラスや学年、そして全校へと広まった。
「おい、知ってるか。あのな……」
「……どっちがミスになるか見物だな」
「よし、1口乗らないか?」
 一説には裏でトトカルチョが行われていたなんて噂もあったが――ともかく、2人の対立はこのミスコンの話題の中心となっていた。
 そもそも2人とも見目のいい女生徒である。評判はよく、両者ともに本命視されていた。つまり、どちらがミスになってもおかしくないということだ。
 けれども、評判よくとも面白くないのは当事者である2人だ。
(恵那とそんなに差がないなんて……)
(圭織と優劣つけ難いだなんて……)
 互いに何かと相手に勝ちたいと思っている2人である。お肌に磨きをかけたりと地道に努力を行っているが、この現状は決して好ましくはなかった。
(圭織に勝つには何かで引き離さないと)
 思案しつつ、廊下を歩く恵那。ふと、擦れ違った男子生徒たちの言葉が耳に入った。
「お、やっぱミス候補は違うな。俺、彼女がミスになると思うぜ」
「そーかー? 俺はもっと胸がある方がいいけどな。こう、ドカーンと!」
 ……セクハラもいいとこな発言である。けれども、それが恵那のアンテナにビビッと引っかかったようだった。
 その翌日、驚くべき状態で恵那が登校してきた。胸の辺りが……ドンッと膨らんで。明らかに昨日までとは膨らみ具合が違っていた。
「何て手を……」
 恵那の姿に、ぎりと奥歯を噛み締める圭織。急激な胸の膨らみ具合は詰め物によるのだとは察しがついているが、弱点を補うという点では正しい戦略。おまけに、色気が増したようにも感じられないことはない。
(このままじゃ負けちゃうわ。恵那には絶対勝たなきゃいけないのに……)
 思案する圭織。そして翌日、今度は圭織が驚くべき状態で登校してきたのである。制服を、色気出るように着用してきたのだ。
 具体的にはスカートの裾を上げてみたり、胸元のボタンを余計に開けてみたりとか……。
(色気には色気で対抗よ!)
 いや、何か間違ってるよーな、それ。
 だが困ったことに、圭織の行動に恵那がまた刺激されてしまったのだ。
(……まさか真正面から対抗してくるなんて。なかなかやるじゃない。でも……圭織には負ける訳にはいかない!)
 さらなる手を考え始める恵那。こうなると、両者ともに手がつけられない事態となってしまう。簡単に言うと――エスカレートする一方。
 歯止めがないというのは実に恐ろしいことである。2人の名誉のためにあえて触れないが、自分たちがよかれと思ってやっていることが、実は周囲を徐々に引かせてゆくことだったりして……本人たちが真剣だから、余計に。
 後に共通の友人の1人が語った所によると、『あの時のことはもう忘れさせてくれ。思い出させるな』と言ったとか言わないとか。ともあれ、写真が1枚たりとも残っていないのが2人にとっては幸いである。
 そんな状態だったのだから、ミスコンの結果の方もおおよそ想像がつくことだろう。学園祭初日、ミスとして発表されたのは噂にも上っていなかった1年生の小柄な女生徒。大穴であった。
「…………」
「…………」
 思いもがけない結果に、言葉を失ってしまう圭織と恵那。ただ虚ろな目で、舞台上でミスとして表彰される女生徒の姿を見るしかなかったのだった。
 で、その日の夕方、校舎の屋上――圭織と恵那の罵り合う声が響き渡っていた。
「恵那が悪いんでしょ!! 最初にあんな真似するから……!!」
「何言ってるのよっ! 圭織が真似したのが悪いんじゃないの!! そっちが真似しなかったら、終わってたことなのよ!!」
「真似したのはそっちでしょ!! 私は違う方向で攻めたのっ!!」
「あれのどこが違う方向なのっ!!」
 ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー、言い合う2人。次第に距離を詰め、いつでもつかみ掛かれるような状態となっていった。けれども、2人ともつかみ合うようなことはしなかった。
 やがて罵り合う声も枯れてきて、どちらからともなく相手の肩に手を置いた。
「何で負けたのよぉ……」
「勝てると思ったのにぃ……」
 おいおいと泣き出してしまう圭織と恵那。そんな2人を、夕日が真っ赤に染め上げていた――。

●知らない方が幸せかもしれない
 そして、時間は現代に戻る。
「……気付いたら、とっぷりと夜になっていたものね」
 苦笑する圭織の言葉に、こくっと恵那が頷いた。あの日、一緒に泣いているうちに、すっかり日が暮れてしまったのだった。それ以来だっただろうか、2人が衝突することも段々と減ってゆき、友情へと変わっていったのは。ともあれ、この出来事がターニングポイントであったことは間違いなかった。
「でもまあ、私たちの魅力は同い年の男子には分からなかったのよ。結局、ミスコンはそれきりだったし」
「そうね、見なれているからよさに気付かなかったんだわ。離れてみて、初めてよさに気付くことってあるものね」
 互いのグラスにワインを注ぐ恵那。圭織は置いていたワイングラスを手に取ってから、恵那の言葉に頷いた。
 ま、そのままイイ女に育った2人にしてみれば、色々と言い分があることだろう。だが、2人は知らなかった。何故、ミスコンが1回こっきりで終わってしまったのか。
 答えは簡単、2人のエスカレートする様を見て、これはいかんと思った者が少なからず居たのだ。生徒側にも、教職員側にも。
 おまけに、棄権票も結構あったのだ。棄権票が多くては、ミスコンの存在意義が低下してしまう。これも理由の1つだった。
 でも、2人はそんなことなど全く知らない。きっと、これからも知ることはないだろう。
「「かんぱーい♪」」
 チン、と2人のワイングラスが触れ合って音を鳴らす。この日何度目かの乾杯を、圭織と恵那は交わしていた。それはもう、とても楽しそうに――。

【了】