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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


見えない絆

―――プルルルルル…。

「…もしもし?」
二月の、眩しいほどに綺麗に輝き、雲ひとつ見て取れない真っ青な青空が上空を埋め尽くしていたある日のことだった。
いつものように自宅の自室に構えられた大きな仕事用のデスクの、たっぷりとしたソファーに腰をかけて数々の書類に目を通していた古田翠の元に一本の電話が入ってきた。
受話器を持ち上げ、その電話に応答するが受話器から何も聞こえてこない。
不思議に思った翠はもう一度「もしもし」と問いかけてみた。
すると、小さな声で荒く、短い呼吸を繰り返す声が聞こえてくる。
一瞬いたずら電話かと、翠は思った。
いつまで経っても呼吸だけしか聞こえてこない電話に、半ば苛立ちを覚えながら受話器を置こうとした瞬間、苦し紛れな女性の声がハッキリと聞こえてきた。その声は紛れも無い彼女の親友の声。
翠は慌てて受話器を耳に戻す。
「……お、お願い…。東京湾の…防波堤へ…来て…」

ブッ…。

電話はそこまで言うと切れてしまった。
「東京湾…。人目につかない場所を選ぶと言うことは、何かあったようね…」
ゆっくりと受話器を置いた翠は急いで身支度を済ませると自宅を飛び出し、女性の指定した場所へ向かった。


ウミネコがニャーニャーと鳴きながら上空を行き交い、この青空と寄せては返す小波の音を楽しみながら散歩をしているようにも見える。
翠はそんな情景を眺めながら、女性の指定してきた東京湾にやってきていた。
まだ、彼女の姿はない。
一体、何があったのだろうか…。
海風にたなびく黒い髪を撫で付けながら何気なく後ろへ視線を巡らせると、このゆったりとした気持ちのいい青空には全くそぐわないほどの、ハッと息を飲む状況が目に飛び込んできた。
「!」
頭の先から足の先まで、人の肌が何色だったかさえ分からなくなるほどの大量の血にまみれた、腹の大きな女性がふらり、ふらり…と翠の前におぼつかない足取りで現れたのだ。
翠は慌ててその女性の元に駆け寄り、その体を抱きしめる。
女性は翠に全体重をのしかけるようにもたれ掛かり、その場にズズッ…と座り込む。
「大丈夫?! 一体何があったの?!」
翠が問いかけるが、返答を返すことはせず、震える手に握り締めていたナイフをゆっくりと持ち上げた。
次の瞬間、目を疑うような光景を翠は目の当たりにする。
女性は手にしたナイフを使い、ゆっくりと自分の腹を割き始めたのだ。
「な、何をしているの?! やめなさいっ!」
翠がその手を止めようとナイフを取り上げようとするが、どこにそんな力が残っているのだろうか。最後の、渾身の力を込めてナイフを握り締めていた彼女の手からそれを取り上げることが出来ない。
女性は翠に止められるのもお構いなく、その手を止めることはせず脂汗を流しながら、下腹部から胸の下あたりまで深く切り裂いた。
そして震える両手を切り裂いた自ら体内へ差し入れ、その腹から一人の赤ん坊を取り上げて翠に手渡す。
へその緒が繋がったままの赤ん坊は、急に外気に触れた為か声を張り上げて泣き出した。
脂汗と大量の血を流した女性は、涙に潤む瞳で翠を見つめ、消え入りそうな声で自分の子供を翠に託そうとしていた。
「お…、お願…い…」
そこまで言うと、彼女はぐったりと力尽きそのまま帰らぬ人となった…。
翠は託された赤ん坊を胸に抱き、彼女の亡骸を横たわらせて呆然としていた。
一体、何があったのだろうか…。
ふと翠は子供の顔を覗きこむ。
激しく泣きじゃくるその子供は母親に良く似た顔つきで、赤い瞳をしている。その色を見て、翠は子供の名前を思いついた。
「この子の事は任せてちょうだい。……この子の名前は、緋赤にするわ…。」
防波堤に当たる波の音と、頬を掠める風が3人の間を駆け抜けた…。


―――10年後…。
スクスクと明るく元気に育つ緋赤の傍で、翠は最近神妙な顔をするようになっていた。
自分の子供達と同じように育ててきた緋赤。しかし、緋赤は時折何かを悟ったように真顔で翠の顔を見つめるようになってきていることが、この頃多くなってきている。
何かを感じ取ったような、そんな顔。
翠はそんな緋赤の顔つきが、あの時死んだ緋赤の実の母親に良くていると感じた。
この子は、もう分かっているのかもしれない。
「どうしたの?」
ふいに声をかけられ、ハッとなった翠はこちらを見上げてくる緋赤を見つめた。
翠はにっこり笑うと取り繕ったように言う。
「何でもないわ」
「うそ。だって最近いつも顔がこんな風なんだもん。何か考えてる」
そう言うと、緋赤は自分の手で自分の顔の眉間をグッと押し下げ、眉を潜めてみせる。
翠はその様子を見て思わず吹き出すと、緋赤の頭を撫でた。
純粋でまっすぐな赤い瞳。その奥に眠る弱さも、その胸に秘めた強さも、翠には分かっていた。
翠はふっと一瞬視線を逸らし考えると、意を決したように改めて緋赤を見つめる。
何度か躊躇った後
「緋赤。心して聞きなさい。私はね…、あなたの…本当の親ではないの」
すると、緋赤の表情は、一瞬キョトンとしたような表情を浮かべるがすぐに満面の笑顔を浮かべて大きく頷き、明るく答える。
「うん、知ってるよ」
そう言うと、緋赤はニコニコと笑って見せた。
翠は、緋赤が思いのほかあっさりそう返答するとは思っていなかっただけに、少し驚いた表情を浮かべる。
やはり、この子は気づいていた…。
「そう。知っていたのね」
「うん、何となく」
そう言うと、緋赤はパタパタと翠の傍を立ち去り、ベランダから庭に出ると迷い込んできた猫を捕まえて遊び始めた。


それからしばらくして緋赤は中学生になり、より元気に活発になっていった。
小学校の頃から学校では成績優秀、スポーツ万能で人当たりも大変良く、知らず知らずに周りには人が集まってくるようになっていた。
しかし、当の緋赤はなぜか友達を作ろうとはせずに毎日を過ごしている。
部活に入って友達と一緒に活動すると言うこともなく、学校が終わると真っ直ぐ帰路に着き、すぐにどこかへ出かけていく。
翠が、緋赤がどこへ出かけるのかを知ったのはそう時間がかからなかった。
ある日、翠の知り合いの人間から電話が入り、緋赤がそこへ通っていると言う話しを聞いたからだった。
「緋赤がそちらに通っているのね」
「えぇ。毎日戦闘訓練に励んでいますよ。なかなか筋のいい娘さんですね」
「ありがとう。…よろしく頼むわ」
翠は緋赤が戦闘訓練を受けるために知り合いを訪ねていたことを咎めることもせず黙って許していた。
緋赤がそこへ通うということは、何か必ず意味があるということ。
それはおそらく、実の母親を死へ追いやった者達に対し十中八九仇を取るためなのだろう。
どちらにしても古田グループにとっても有力な人間になることに間違いはなさそうだ。
翠は緋赤の訓練の事を知った後、彼女に戸籍と共に住処を与えた。
この時緋赤は15歳になり、中学卒業も間近に迫っている頃だった。
そんなある日、緋赤は翠に伝えたいことがあると言ってきた。
「話ってなんなのかしら?」
「あたし、高校へは行かない。だけど、その代わりに会長専属の何でも屋になる。あたしはお母さんの仇を取りたいんだ」
「……そう」
翠はそのことに対して何も言わなかった。
全ては緋赤の思うままに…。
「あなたの好きなようにしなさい」
中学を卒業し、緋赤はすぐに何でも屋になった。
月々の生活をしていくに当たっては、特に不自由にならない程度の稼ぎも稼げるようになり、生活がきちんと安定するまでそう時間はかからなかった。
その頃からだっただろうか。
自分の力で何でも屋になり生計を立てていた緋赤が、二月の、あの時と同じように真っ青に晴れた日になると、自分の瞳の色と同じ色をした真っ赤なポインセチアを買ってくるようになったのは。
亡き母への弔いなのか、同じ頃になるといつも買ってくるのだ。
実の母のこと、あの日の空の色…。
どうして緋赤がそれらを知っていたのか、翠にはわからずにいたが緋赤の持つ本能によるものかもしれないと思っていた。
真っ青な青空の下で母自らの手で取り上げられた生まれたばかりの緋赤の目には、その青空が映っていたのかもしれない。
いつしかそのポインセチアは翠の自宅の部屋の窓際に置かれ、与えられた水のしずくを窓から差し込む太陽の光に輝かせながら、まっすぐに天に向かって赤い葉を生い茂らせていた。まるで、これまでとこれからの緋赤の生きていく人生のように…。
翠はそれらに静かに水を与えていた。
「おっはよ〜!」
その時、背後から緋赤の元気な声が掛けられる。
翠が振り返ると、緋赤の手には新たなポインセチアが一つ抱えられていた。
翠はにっこりと微笑むと、その新たなポインセチアを窓辺にそっと飾るのだった。

                                  END