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<東京怪談・PCゲームノベル>


□■□■ DRUG TREATMENT<<noise 1>> ■□■□


「ッひゃ、はぁああ――ッ!!」

 響いてきた奇声に視線を上げれば、そこには超訳する男の影があった。褐色と言うよりはもっと不健康な土気色の肌、そして異様なシルエットの右手。銀色の短髪には、見覚えがある。国際的な犯罪者、神出鬼没、些細なことから極刑までが心情の快楽性犯罪者――ギルフォード。

 ひと気のない道で突然襲われる筋合いは、今のところ思い当たらない。何かの組織に雇われたのか、だが今現在抱えているトラブルはそういったものとは無関係で些細な、むしろローカルなものばかりだった、はず、だ――考えている間にその姿が降って来る。体勢を整える、が、それよりも相手の動作は速かった。向かって来る彼が身体を突き飛ばし、顔を、限界まで近づけてくる。

 殺される?
 オープニングから?
 どこからの突っ込みですか。

「おい、助けろ」
「……あぇ?」
「いや、言い方が悪いなら改める。助けて下さい、世界の中心的に」
「……えーと?」

 がくり。
 彼は、突然、肩を落とした。

「いやもう参ってんだよ、参ってるなんてもんじゃねーんだよー!! おもしれードラッグがあるっつーからやってみたら掴まされたんだって、マジやべぇんだって!」
「は、はあ、ドラッグ?」
「なんかもーよくわかんねーんだけど、マジわかんねーんだけど、変なもん見えるんだって!」
「…………変なものって?」
「俺幽霊とか苦手なんだよ!!」

 …………。
 ちょっと可愛いかも、とか思ってしまった。

「あんたアレだろ? 妙な興信所とかショップとかに出入りしてるクチだろ? だったらこーゆーの専門じゃんよ、ちょっと助けてっつーかもう助けろ。まじ、参ってるから!」

 えーッと……。
 取り敢えず、泣きついてきた犯罪者、どう処理しておこうかな。

■□■□■

「自業自得だな」
「ですね」
「うん」
「うわ何イキナリ俺イジメ開始!?」

 がびん! と大袈裟に飛び上がるギルフォードの頭をぺたぺたと撫で、シュライン・エマは苦笑してみせる。なんとも妙な具合で妙な男に巻き込まれることになってしまったようだが、まあ、一応悪人でも困っている人間だ。助けないでいるのも少々後味は悪い、かもしれない。どうだろう。意地悪な考えを笑顔の裏に押し込め、くすんくすんと泣く大の男を見上げる。

「イジメ開始ってゆーか、事実自業自得じゃん? つーか、それはそれで結構面白い体質だと思うしー。見えるだけなら何にも害ないじゃん」
「ある、激しくある! 俺マジでこんなの嫌いなんだっての、四六時中わけわかんねーのばっか見てられるかってんだ、大体ウゼェんだよ! 死んでるんじゃブッ殺せねぇじゃねーか!」
「う、うー……と、とにかくお困りなのは判りましたから、もうちょっと落ち着いてくださいってば、ね? 誰も助けないー、なんて言ってないんですから。私、できるだけ頑張りますよ。だから気をしっかり盛って下さい、ねっ!!」
「そうです、信じる者は救われるのです! 頑張ればどうにか出来るのです!」

 にぃやりと人の悪い笑みで言葉攻めをする桐生暁の言葉をフォローするように、久良木アゲハがギルフォードの手を握る。精一杯を体現するように真っ直ぐな眼差しに、彼の眼が潤む――その二人の手に、シオン・レ・ハイもまた自らの手を重ねた。

「薬とは言っても、作用は大概何かで消せるはずです! 私もお手伝いしますから、色々な方法を試してみましょう、ね!」
「そうですね、とにかくそれを消すことが優先です! 一緒に頑張りましょう、ね? ねっ、ギルフォードさん!!」
「あ、ああ、うん、はい……」
「テンション高いですね。それにしても、随分薬らしくない作用ではありますね……ドラッグにオプションが付いているのは仕方ないとしても」
「私も、それは気になるところだわ。一度服用しただけで体質を改めてしまうと言うのも妙だし、そもそも人を霊感体質になんかしてどうするのかしら。副作用がそれなのだとしたら、本来の作用の具合も気になるし」

 呆れたように肩を竦めてから、モーリス・ラジアルは軽く腕を組む。彼の言葉に、シュラインも頷いた。一人様子を静観するように黙っている高峯燎は、欠伸交じりに頭をがしがしと掻いている。

「ったく、ろくでもねぇことしてるからしっぺ返しが来るんだろうが。なぁに泣きついてやがんだよ、情けねぇったらねぇ」
「んだとテメェ、わけわかんねぇ連中に四六時中監視されてる心地がッ」
「あーあー、わかんねぇわかんねぇー。兎も角そんなギャースカうるせぇ奴なんか連れてられっか。適当に調べてやるから、お前は待機してろ。俺の部屋貸してやっからよ。俺の部屋はすこぶる付きに安全だぜぇ?」
「まあ、ともかく動かなきゃ、ってところかしら。はい、これ興信所の口座番号」

 燎の言葉に牙を剥くギルフォードに、シュラインは小さなメモ用紙を渡す。片方だけの目をきょとりと丸くする彼に、彼女はにっこりと笑みを向けた。

「前払いしてもらえるのなら、いっくらでも動いてあげるわよ? 助かったわー、今月の光熱費、正直危なかったの。必要経費はあとでちゃんと請求させてもらうのだけれど、とにかく前金。これを貰ってから動くのが世の鉄則」
「あ、足元見やがってぇええぇぇええ!!」

 きゃいーん。
 負け犬の遠吠えが、夜の興信所に響き渡る。
 ソファーで眠っていた草間は、巨大な溜息と共に丸くなった。

■アゲハ/モーリス/シオン■

 うへぁ。
 アゲハは思わず息を漏らす。ぱっくりと開けた口から漏れた吐息は、どこか間の抜けた音になって零れていった。目の前にあるのは、アパートである。どこにでもありそうな、少し古い、鉄筋のアパートメント。見る者が見なければそれはそれとしてしか認識されない。見る者が見れば、例えば、現在のギルフォードのような者が見れば。
 ちらりと彼女は、傍らのギルフォードを見上げる。
 土気色の肌が、更に血の気を失っていた。
 むしろ、吐血してるし。

「これは……中々良い物件に住んでいるようですね、燎君。東京と言うのは戦中やら江戸やらで結構な血が流れていると聞いていますが、ここまで悪い場所も珍しい……」
「って、そんな事言ってる場合じゃないですよ、モーリスさんっ! ギルフォードさん、ギルフォードさん気をしっかり持って下さい〜!! こんな所で倒れられても運んでいけませんよぉおっ!」
「万が一ここで気を失ったりしたら、私がお姫様抱っこで燎君の部屋に連れて行ってあげますから、遠慮なく意識不明になって下さいな。結構引き締まった身体してますし、なんと言うか野良犬のようにつんつんがさがさなその頭、是非触ってみたく……」
「あ、歩ける、俺は歩けるぞ!?」

 ちっ、惜しい。
 クラリと傾いだ身体を慌てて立て直し、ギルフォードは外階段に向かう。その後ろには水子と思しき子供の霊達が、てこてことカルガモのように続いていた。特別危害を加える気はないようだが、やはり居るだけで、怖いものは怖いのだろう――くっく、と小さく喉で笑い、モーリスは彼の後姿を追う。燎から預かった鍵をドアに差し込み、ノブを廻せば、少し散らかった部屋の様子が見て取れた。
 まあ、部屋で遊んでいる様々の霊は、見ないことにしておいて。

「うわぁ……凄いですね、部屋の中に靄が掛かってるみたいです。悪気はないみたいですから安心ですけれど、燎さんよくこんなところに住んでられるなぁ――って、ギルフォードさん、また口から血が垂れてますってば!?」
「お、俺はもう死んでる、ぜってーもう死んでる……」
「生きてます、生きてますよぉお!!」
「まあまあ、死んでいるのなら死んでいるで放っておいて。早く上がって下さいなアゲハさん、ドアを開けっ放しで騒いでいるとご近所に迷惑ですよ」
「って早くも寛ぎ体勢でごろ寝している、そして水子に懐かれている!? も、モーリスさん、モーリスさぁーん!!」

 なんやかんやあって。

 はぁあっと巨大な溜息を吐きもアゲハは湯呑を覗き込んでいた。何がどうなってこうなってしまったのか、自分はただ、近所に出ている通り魔を探しているだけだったはずなのに。フナを探してサメを釣った心地、これは得なのか損なのか、中々に気になるところかもしれない。ちらりと隣を見れば、通り掛る霊達を必至で避けている――傍目には挙動不審以外の何者でもないお兄さんが、一人。
 出来る限り悪い霊からは守るつもりだが、いかんせんこの部屋、霊の数は多くてもそれだけなのだ。どれも無害な浮遊霊の類で、こちらに危害を加える気配がまるでない。水子がアゲハの髪をくいくいと引っ張る、遊んで欲しそうな頭を、彼女は苦笑と共に撫でる。ごめんね、今は、だめ。
 落ち着いて見れば、ただべらぼうに霊が多いだけの部屋だ。部屋でしかないのだ、が……。

「く、来んな来んな来んな、懐くな!!」
「騒がしい人ですね……ほら、良いから薬に関することを知っている限り教えて下さいな、サンプル1君」
「サンプル言うな!」
「あ、肩に手が」
「しぎゃあああ!!」
「モーリスさん……あんまり虐めたら可哀想ですよー」
「いえ、何だか可愛いので。こう、雷を怖がる犬のよーな」
「誰が犬ッ」
「頭に水子が」
「もぎゃ――――ッ!!」

 怯えたギルフォードに抱き付かれながら、アゲハは苦笑する。完全にからかい体勢に入っているモーリスは、どこか人の悪そうな笑みを浮かべていた。確かに、大の男、しかも犯罪に手を染めるような人間がここまで怯えているのは楽しいが、イジメは良くない。弱い者いぢめ反対。
 くっくっくと一通り笑い終えたモーリスは、やっとその表情に真剣な色を織り交ぜる。

「まあ、そう言う訳で。薬の形状、投薬方法、使用日時その他……憶えている限り教えてもらいますよ。それと、その体質の具体的な状態も。個人差があるといけませんから、以降のためにもデータはきちんと控えておきたいですし」
「あ、もしその薬がまだ手に入るなら、私にも頂けますか? 家柄そういうものには興味がありますし、持ち込めば解析も出来ると思いますよ」
「残してねーよ、がぁっと一気に使っちまったし……えーと、形状は」
「お待たせしましたッ!!」

 どばたーん! ッとドアが開けられる音に、三人は玄関を見る。そこには大量の買い物袋を抱えたシオンが、満面の笑みを浮かべて佇んでいた。何かを成し遂げた男の表情。我が人生に一遍の悔いなしと叫んでしまいそうな様子。むしろ、ビンボな生活しているはずなのに、どうやってそんなに買い込んで。
 瞬時に浮かぶいくつかの疑問を投げ飛ばす勢いで部屋に上がり、彼はテーブルの上に買い物袋を置いた。見れば、中に入っているのは雑多な食料品、医薬品の類――そして、見るからに怪しげな壷やら札やら。
 訝しげと言うよりは蒼褪めるアゲハの様子にも気付かず、シオンはぎゅっとギルフォードの手を握る。

「ドラッグさんというのがどう言うものかは判りませんが、とにかく身体に悪いものならば、ご飯やお薬で治せるのだと思います!」
「いや、そもそもドラッグってのは薬だから、基本的には身体に良いもんで」
「スーパーの健康食品や旬のお野菜を沢山買ってきましたから、もう安心です! アゲハさんはこれでお料理を作って、どんどん彼に食べさせてあげて下さい!」
「え? あ、は、はいッ!」
「それと、幽霊さんを寄せ付けない為の物も沢山買ってきました。町を歩いていたら親切な人がありがたい壷を売ってくれたのです、他にもお札や矢も……これは玄関に置きましょう、モーリスさんお願いします!」
「ふ、くくくっ……はいはい」
「しゃっくりを止めるにはびっくり、風邪を治すにはネギを×××に突っ込む!(一部音声の乱れがありました。ご想像で補完下さい) いざとなったら目隠ししてしまうのも手です、さあ、一緒に頑張りましょう、ね!?」
「ね、ネギ? に、日本人おかしい――――ッ!!」

 聞き込み、適度に楽しく難航中。

■シュライン■

 喫茶店の隅、シュラインは広げた資料に目を落としながら、反芻するように情報を何度も頭に通して行く。
 どうにか聞きだした情報を纏めたは良いものの、殆ど役に立たない情報ばかりだったように思う――入手先は国内、ちょっとした雇われ仕事をした後に立ち寄った秘密クラブ。詳細は黙秘。流行っているからと勧められたもので、相手は客の一人、見知らぬ東洋人。形状は暗褐色の液体。軽くニオイを嗅ぐことでトリップする。アッパー系、高揚感。持続は約一晩、副作用と思しき症状が出始めたのは翌日から。
 秘密クラブの関しては潜入も難しいだろうから不問としておいたが、察するにほぼ無差別、無分別の状態で配られているらしいと言うのが気になるところだった。ギルフォードも料金の請求はされなかったと言うし、相手も貰ったのだ、としか言わなかったらしい。効果の持続も、少し長すぎる。大概のドラッグは試しているだろうから彼にも耐性はあるのだろうし。

「……体質を改善するための副作用としての高揚感、って考えた方が良いのかもしれないわね……なんと言うか、それはそれで本末転倒だけれど」

 だが。
 考えれば、それなりにしっくりと来るのかもしれない。あくまで仮定の話、ギルフォード以外にも同じ症状の人間が出て来るようならば、確信に変わる。しかし、それだけでも何も分かっていないと同然。
 人を霊感体質にすることに何のメリットがあるか、を、考える必要性にぶち当たる。
 下手な論理立てよりも、面倒で厄介で気違い染みている、けれど。

「あっ、シュラインさん! みっけたー、隅っこいるから一瞬帰っちゃったのかと思ったっ」
「あ。ごめんなさい、見付けにくかったかしら……それで、どんな感じかしら」

 ぱたぱたと小走りに駆け寄ってくるヒミコと雫に、シュラインは苦笑を向けた。ギルフォードから一通りの事情を聞いた時点で二人に連絡し、ネット上の情報や、十代の少年達の様子を集めるよう依頼していたのだが――切羽詰った様子のメールに呼び出されて。
 表面的にはそれほどの話題にも上っていないし、事件として認知もされていない。だが、ネットや少年達のコミュニティと言うのは、一般的なそれとは違った仕組みと特異性を内包している。ある種閉鎖的ですらあるそこになら、何らかの痕跡があると踏んだのだが――僅かに上気した頬と真剣な面持ちでいる二人の様子に、シュラインは気を引き締める。

「一言で言うとー」
「ビンゴって感じ、ですっ」

■燎■

「人を霊感体質にする薬? ……また何か妙な事件に首を突っ込んでいるのなら、取り敢えず止めるぞ燎。お前はもう少し自重することを憶えるべきだ。金を使い込んだりなんだりと、何時まで経っても成長の兆しが――」
「だー、うっせぇうっせぇ。黙ってこっちの質問に答えろってーのッ」
「まったく、こちらの話を聞かないのはお互いさまだろうが」

 双子の弟の言葉にひらひらと手を振りながら、燎は肩を竦めた。実家の関係で探った方が妙な薬には近付きやすいかと思ったが、弟が在宅している時に来たのは失敗だった。口喧しく説教をされるのは正直性に合わないし、過保護な事を弟に言われるのも、こそばゆい。溜息を吐き、本棚から和綴じの本を取って眼を通す弟を眺めながら、燎はぼんやりと外を眺めていた。よく整えられた庭の長閑な様子が眩しい。

 よしんばここで薬の特定が出来、中和の方法が判ったとしても、ギルフォードに教えるつもりはさらさらとなかった。普段の行いが悪い罰だと思わせたほうが世の中の為だろうし、大人しくさせておけばこれから犯罪や犠牲者が増えることもない。もっとも、他に善良な被害者が居るのならば話は別だ。その際には手を尽くして看護するが、それでも彼だけは爪弾きにしておく。
 ルートの関係も詳しい客に辿らせているから割れるのは時間の問題だろう。あとは待つだけで良い――今頃部屋で待っているギルフォードがどうなっているのか、なんて考えながら。想像するだけでも楽しい、悪さをするような霊は居ないが、あれだけの数だ。きっとパニックを起こして泡を食っているに違いない、名前を呼ばれ、燎は浮かべていた笑いを消す。

「見付かったか?」
「ない」
「……あん?」
「少なくとも、文献には記されていないな。最近の合成モノも一応探してみたが、そんな妙な効能を持つものなんか無い……大体、薬理作用でどうこうなるものじゃないだろう? 幻覚の類じゃないのか?」
「いんや、実際あいつの周りには霊がいたし、怯える方向もそぐってたぜ? なんだぁ、新手の薬なら現物調達しときたい所だな」
「そうだな。しかし本当に、どういう作用で『そう』なるのか判らないな……感覚に作用すると言うのなら、原料自体も何か、妙な精製をされている可能性が強い。くれぐれも用心はしておけよ、燎」
「へっ、お前に心配されるようじゃ俺も――と、ぉ?」

 懐で振動する携帯に、燎は言葉を切った。

■暁■

「ッだぁあもー、メンドクサイ……なんだってんだよー、ギルギルもーちょっとぐらい情報くれた方がやりやすかったってぇのにさッ。大体俺ってあんま関係ないじゃんよー。あーあーあー、マジやってらんねぇー」

 じたじたじたと軽く足踏みをするが気分は晴れない、空腹感によく似た吸血欲求がじんわりと沸いてくる。少し魅了を使いすぎたかもしれない、それでも収獲はほぼゼロだと言うのだから、どうにもこうにも。
 ぶーぶーと小さく愚痴を吐きながら暁は裏路地を進むが、それらしく怪しそうな売人は見付からない。これならば一緒に留守番でもしながら遊んでいた方が――どんっ、と頭に軽い衝撃が走る。角から出て来た人影とぶつかったらしい。

「いだッ、ちょっとどこ見てンのさ……ッて、ギルギルはっけぇーんッ!!」
「ぐべほッ!?」

 相手が土気色の義手&眼帯男、もといギルフォードだと見止めた瞬間、暁は彼に飛び付いていた。ぶつかった衝撃からまだ体勢を立て直していなかった彼は勿論盛大にバランスを崩し、背後へとこける――そしてその向こう側には巨大なポリバケツ、レストランの生ゴミ。ずがしゃんっと言う音に暁はニィッと意地の悪い笑みを浮かべる――勿論、方向は計算済み。

「ッだー、何しやがるこの餓鬼ッ! テメェいきなり飛び付いてくんじゃねぇえッ!」
「最初に俺の胸に飛び込もうとして失敗したのはギルじゃん、つーか生臭ッ。何アタマからリンゴの皮被ってんの、マジウケルんだけどー。つーかなんでこんなとこ居んのさ、確か燎ん家に行ってたんじゃないのォ?」
「あんなおっそろしい場所に居られるかー!! シオンの奴は民間療法オンパレードで攻め立ててくるしアゲハもひたすら漢方料理、モーリスに至っちゃ煽ってばっかでフォローしねぇええ!!」
「逃げて来たんだ、そんな負け犬なアナタもステキ?」
「喧嘩売ってんのかテメェは」

 ぴきぴきぴき。
 確実にアタマの血管をいくつか切らせている状態のギルフォードに、暁はくっくと笑みを向ける。ぱたぱたと服を叩いて立ち上がれば、ポケットに入れていた紙がひらりとギルフォードの上に落ちた。薄っぺらく小さなそれを何気なく拾う――と同時に、彼の口元が引き攣る。

「ッなんだこのパフェ三つ領収証ギルフォード様江ッてなぁ!」
「えー、捜査協力のお・だ・い☆ だーって歩き回ったり色々能力使ったりで、正直疲れたんだよねー? 甘いもので充電しなきゃッて感じになったから、ゴチになっちゃった? てーかもー、半日歩き続けで頑張った俺を激しく褒めて欲しいしー? だからもうそろそろ諦めて」
「アホ抜かせ、こんな生活やってられ、ッ――」
「……ギルフォード?」

 不自然に途切れた言葉を訝り、暁はその表情から笑みを消す。未だ生ゴミの中に座り込んでいるギルフォードは、身体を前に傾がせていた。両手が首に掛けられている。
 がしがしと、引っ掻くように。

「え、ちょ、……誰か! 誰か来い、早く!!」

■□■□■

「中々面白い症状が出ていますねぇ」

 くすくすと笑いながら、モーリスはベッドに横たわるギルフォードの頭を叩く。思った通りに野良っぽいがさがさした手触りだ、いつか絶対撫で繰り回す。じゃなくて、と小さく咳払いをし、彼は部屋に集まった一同を見遣る。

「霊障の症状ですよ。首を絞められたんですね、傍目には痕も何も残っていないようですが、内部器官は傷められている。皮を通り過ぎて喉を直接絞めた、と言う感じですかね。昼間は確か見えるだけの状態で、触れることは無いと言っていたんですが」
「症状が悪化している、ということですか? そんな……あんなに頑張ってネギ詰めたのに、私達」
「アゲハさん、気を落としてはいけません! まだネギを詰めていない所があります、眠っている今の内に!」
「ネギは置いておくとして。それにしても、症状が進むのだとしたら一刻の猶予も無い状態としても過言ではない、かしらね……ネットでも調べてもらったのだけれど、最近高校生ぐらいの子供達の間で妙なドラッグが流行っているらしいわ。どうやら彼が使ったのと、同じものみたい」

 シュラインは腕を組み、ギルフォードを見下ろす。意識のない状態でも襲われないよう、彼の周りには清めの塩や聖水を置いてあった。だが、いつまでもこうしておくわけには行かない――半端な霊感体質は、霊障にすこぶる弱い。ましてや怯えているのでは精神力は低下する一方だ、このままでは消耗して、いずれはのっぴきならない状況になる。
 べしべしとギルフォードの頭を叩き、燎は盛大な溜息を吐く。

「薬に詳しい客にちっと辿らせたんだがな。殆ど無償でばら撒く状態、この辺にも流れ込んでるらしい。氾濫してる所為で流出元の特定が出来ないってんだから、ともかく今は症状を抑える方に回るべき、か……ここで弱られると、どうにも都合が悪いからな」
「抑えるって言ったって、どうするってのさ。ごてごてお守り付けとくわけにもいかないじゃんよ」
「まあ、何かを封じるってんなら専門家の家系もあるからな……そこを当たっとく」

 シュラインは顔を上げ、燎を見た。

「もしかして――繭神家に?」



■□■□■ 参加PL一覧 ■□■□■

0086 / シュライン・エマ  / 二十六歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
4782 / 桐生暁       /  十七歳 / 男性 / 高校生アルバイター、トランスのギター担当
2318 / モーリス・ラジアル / 五二七歳 / 男性 / ガードナー・医師・調和者
4584 / 高峯燎       / 二十三歳 / 男性 / 銀職人・ショップオーナー
3356 / シオン・レ・ハイ  / 四十二歳 / 男性 / びんぼーにん(食住)+α
3806 / 久良木アゲハ    /  十六歳 / 男性 / 高校生

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 少々長引きましたが;
 初めまして、またはこんにちは。この度はDRUG TREATMENT<<noise 1>>に御参加頂きありがとうございました、ライターの哉色ですっ。連作としては二回目ながら、前作よりもライトな感じに進めて行く予定のシリーズ、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。それでは失礼致しますっ。