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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『【母の日】お母さんに会いたくて』



「なるほどねえ。そのお母さんの気持ちはわからなくもないわね。だけど」
 草間興信所の片付けをしながら、シュライン・エマが、依頼書を見つめて眉間に皺を寄せている草間・武彦に答える。
「このままではいけないと思うの。そのまりなちゃんって子の今後の為にもね」
 散らかったクリップをケースの中にまとめて、エマは掃除の為につけていたエプロンを脱ぎ、そばの椅子にかけた。
「エマ、依頼人の家に行ってくれるのだな?」
 依頼書をファイルに挟み、武彦がエマへと視線を向けた。
「柳さんも、まりなちゃんも、そしてこのお母さんも。お互いに気持ちの整理が必要なんじゃないかと思うのよ。私がこの家族の、こんがらがった糸を気持ちよく解してあげる事が出来ればいいと思って」
「そうか。お前の事だから、今回もうまくやってくれる事を期待しているが、あまり無理はさせないようにな」
 武彦がそう言うと、エマは少しだけ笑って答えた。
「大丈夫よ、今まで色々な依頼を受けてきたんだもの。武彦さんに良い報告が出来る様、頑張るからね」
「そうか。それとだな、今回はお前以外にもこの調査に取り合ってくれる者達がいるのだ。すでに依頼人の家へ向かっていると思う。それぞれ、思うところあって、引き受けてくれたのだろうが」
 興信所の出口で靴を履き替えているエマのそばまで来て、武彦が言う。
「そうだったのね。それなら、その人達と協力して依頼を受ける事にするわ。それじゃあ、入って来るわね」
 武彦に見送られつつ、エマは依頼人である柳の家を目指した。



 電車を乗り継いで40分。エマは東京の下町にある駅へと降り立った。
 そばに大きな公園があり、正月ともなれば全国からお参りの為に人が集まってくる古刹があるその町は、駅の周辺は観光街になっており、土産屋や食事所が目立つが、少し奥へ歩けば住宅地となっていた。柳一家の家も、その住宅街の中にあるのであった。
「ここがそうね」
 柳の家は住宅街の角にあり、武彦から渡された地図を見ながらエマは、すぐにこの家にたどり着くことが出来た。
「こんにちは、草間興信所の者ですが」
 玄関の壁にあるインターホンを押し、エマは中から返事が来るまで待っていた。その間、すぐ横にあるこの家の庭に視線を漂わせていた。
 庭の真ん中に、白い子供の用のブランコが置かれている。ああ、あれがお母さんと娘さんが良く遊んでいたブランコなのねと、エマは思っていた。そして、夜になるとあのあたりにお母さんの幽霊が出るのだ、とも思った。
「草間興信所の方ですね、よく来てくれました」
 扉が開き、中から30代後半ぐらいの男性が顔を見せた。
「初めまして。草間興信所の、シュライン・エマです」
 エマはその男性に軽く頭を下げた。
「そうですか、エマさん。私が柳・英一です。よろしくお願いします」
 エマを家の中に招きながら、英一が話を続けた。
「先程、草間興信所の方から依頼を受けていらした方が、すでにいらっしゃってるんですよ」
「ええ、その人達の事は聞いているわ」
 英一に案内されるままに、エマは居間へと通される。居間のドアを開けると、まず小さな女の子がいるのに気づいた。おそらくは、この少女がまりな、なのだろう。その横に、どこか厳格な雰囲気の漂う女性と、エマよりも少し年下かなと思える女性がソファーに腰掛けていた。
「こんにちは。貴方がまりなちゃんね?」
 エマはその女の子に近づき、にこりと笑いかけた。
「うん。そうだよ。あのね、もうすぐお母さんに会えるんだ。楽しみにしてるの!」
 にこりとしてまりなは、桃色のカーネーションを手にし、その場にいる3人に言った。
「君も草間興信所から依頼を受けたんだね。私は古田・翠って言うんだ。古田グループの会長をやってるんだけどね、ここの話を小耳に挟んだんだよ。私にも夫がいるし、娘や息子がいるから、そのお母さんの気持ちが、わからなくもなくてね。こうして来たんだよ」
 眼鏡をかけ、かなり落ちついた雰囲気。古田グループの事は、エマも聞いた事がある。そのトップがこの場所にいる事自体、少し不思議にも思えるのだが、同じ母親であるのなら、まりなの母の気持ちも、うまく汲み取る事が出来るかもしれない。
「ほっといたって人はいつかは死ぬわ。そして、死んだらそこで終わり。その後には何も残らない。残っちゃいけないのよ。それが自然の法則だもの」
 その時、エマと翠のやりとりをずっと見つめていた女性が、淡々と言葉を続けた。
「私は我宝ヶ峰・沙霧。草間興信所の方でこの話を聞いたので、ここへ来てみたわ。皆さんが思うところは色々とあると思う。だけど、私には私なりの考え方があるの。夜、あの子のお母さんの香奈枝に会ったら、それを伝えるつもり」
 ごく普通の女性に見えるが、その言葉にはどこか冷たいものを感じる。決して、表情や話し方が冷たいわけではないのだが、少なくとも沙霧は、その母親の幽霊に同情や悲しみと言った感情は持っていないのかもしれない。
「私もこの依頼を受ける時に、詳しい事情を聞いたんだけどね。何とも惨い話だけど、まあ、しょうがないね」
 出された菓子をつまみながら、翠が言う。
「皆様、今日は本当に起こし頂いて有難うございます。今日の詳しい事は、まだ娘には話していませんが、私も妻の事はずっと悩んでおりました。ですが、娘の今後の事を考えた時、このままではいけない、と思ったのです」
 エマにコーヒーを出しながら、英一が呟いた。
「そうね、私も出来る限りの事はするつもりだけど」
 悲しげな表情を浮かべている英一に、エマが口を開く。
「色々考えたんだけど、やはり本当の事を娘さんへ言うのはお父様が。でないと恐らく、柳さん自身気持ちの一生整理付かないわ。生死考えられる子にと願うなら、親が確り見つめる姿みせないと、とも思うから」
「私も同じだね。娘には、君たちから言った方がいいと思うんだけどね。母親は決別のために、父親はこれから娘を守っていく誓いのためにさ」
 エマに続いて、翠が言う。
「娘も、それを待ってると思う。子供はね、親が思っているより物事に気付いているもんだよ。その芽を開くのは、他人より親の方がいいに決まってるからね」
「そうですか…いえ、お二人の言う事は最もです。それが出来ないのは、私の気持ちの整理が、まだついていないからでしょう」
 二人の言葉を聞き、少し何かを考えた後、英一は答えた。
「妻を失って私の心から光すらも無くなってしまった時、幽霊という姿で妻が現れた。最初は、このままでもいいと思ってました」
 大人しくジュースを飲んでいるまりなの方へ、英一が視線を向けた。
「娘がとても喜びましたからね。だけど、それではいけないと思ったのは、成長していくにつれてまりなが、母親に似てきて、とてもしっかりしてきて。妻は娘の中にちゃんと生きている。だから、妻にはもう、心配かける必要はないと、気づいたからなんです」
「とにかく、今それをここで言ってもしょうがないじゃない?夜になって、幽霊が出てくるのを待とうよ。その幽霊をどうにかしなきゃ、どうしようもないし」
 沙霧が英一に向けて言う。
「まあ、そうだろうね。後はそのお母さんの幽霊に直接会った方がいいだろうからね。その子の言う通り、夜を待とうか」
 翠も頷いて見せた。
 エマ達は、まりなや英一とたわいのない会話を交わしつつ、ひとまず夜になるのを待つ事にした。



 やがて、あたりはすっかり暗くなった。今夜は半月が出ているが時々雲に覆われ、星空もあまり良く見る事が出来なかった。
「そろそろ、お母さんが来るよ!」
 とても嬉しそうな表情で、まりながカーネーションを手にして、一番に庭のブランコへと近づいていく。
 少し色あせたそのブランコは、まるで何かを物語るようにひっそりと庭に佇んでいる。数年前までは、このブランコでまりなや母親の香奈枝が、沢山の思い出を作っていたのだろう。楽しい思い出が、ある日を境に故人を偲ぶ悲しい思い出に変わった時、その思い出の中に残された人や物は、人によっては見るだけで辛い物となってしまう。
 まりなや英一、そして香奈枝にとって、このブランコには一体どんな思いが残されているのだろうか。
「お母さん!」
 エマがブランコを見つめていた時、まりなが顔を輝かして叫んだ。まりなの視線の先に、ぼんやりとした影が現れ、次第に人間の形に変わっていく。
 日本人としては多少小柄で、髪の短い若い女性が、ブランコの横に音も立てずに現れた。その体は透き通っており、輪郭ははっきりしておらず、足の先の方は完全に景色に溶け込んでしまっており、空中に浮いているような姿だ。しかし、顔つきは何となくまりなに似ているところがある。
 それを見ただけでエマは、この幽霊がまりなの母親なんだと、すぐに認識した。
「まりなちゃん、それに英一さん。今年も、会いに来たわ」
 静かな、蚊が囁く様な細い声で幽霊が言う。
「お母さん、今年はね、ピンクのカーネーションだよ。お花屋さんで買ったの!」
 香奈枝のほとんどない足元に、まりながそっとカーネーションを置いた。
「香奈枝、また会いに来てくれて、嬉しいよ。ほら、まりなもこんなに大きくなった。どんどん、お前によく似てくるよ」
 何かを言いたい、けれど言えない、というような迷いのある表情で、英一が香奈枝に呟く。
「ええ、愛する貴方達の為なら、いくらだって会いに来るわ」
 幽霊だけれどにこりと微笑んで、香奈枝が答えた。
「実はね。伝えないと、いけない事が、あるん、だ」
 英一の額に、それ程寒くないにも関わらず、汗の玉が浮かんでいる。緊張しているのかしらと、エマは思っていた。
「旦那さんが直接は言いにくいみたいだから、私達が代わりに伝えるけど」
 口ごもり、言葉が途切れ途切れになってしまっている英一を助けるようにして、翠が話をつなげていく。
「この際だから、ハッキリ伝えるよ。君の気持ちはわかるよ。私も君と同じ1人の母親だしね。でもねぇ、このまま君がいて、何が出来るって言うんだい?」
「貴方はどなた?」
 淡々と落ち着いた口調で話す翠に、香奈枝が問い掛ける。
「何、ちょっと旦那さんに頼まれてここへ来た者さ。私の言葉は、旦那さんの代わりだと思って聞いて欲しいね。話を戻すけど、君は既に死んだ身で、幽霊で、夫や娘とは違う世界に住む者なんだ。判っているんだろう?」
「ええ、それは判っているわ。でも、私はそれでも家族に会いに来たいの。愛する家族に、死んだ身で会いに来ては、いけないと言うの?」
 香奈枝の顔から笑顔が消える。
「私も翠さんと同じ考えだわ。ずっとこのままで居られると思っているの?」
 翠に続いて、エマも香奈枝に話し掛ける。
「まりなちゃんは心身とも否応なしに育っていくけれど、お母様自体の変化はないし、それがご家族が成長する為の妨げになっているとしたら?私は、香奈枝さんにそれを考えて欲しい」
「そうさ。そんな身体で娘と居たって、悪影響になりはすれ、良い影響にはならないんだよ。娘にとっても、君にとってもね」
「どうして、そんな。英一さん、この方達が言っている言葉、全部貴方の言葉なの?」
 下を俯いたままの英一に、香奈枝が驚いたような表情で問い掛ける。
「香奈枝、やっぱり、そうだと思う。お前が会いに来てくれるのは嬉しいけど、だけど」
「故人を偲び想うのは当然の事だけれど、それを昇華出来ず縛り付けているのが、今の状態だろうし」
 言葉に詰まっている英一を助けるように、エマが再び口を開く。
「まだ幼い子に死という現実、突きつけるのが辛いとの気持ちはあるでしょうけど、目を逸らさせ、自分が居たい気持ちを優先させ、本来教えるべき自然現象を歪んだ認識にさせるのはやめませんか?」
「そうなんだよ、香奈枝。お前の事を、いらないと言っているわけじゃあないんだ。だけど、今後、まりなが大きくなるにつれ、この子はお前をどんな思いで受け止めていくだろうか。本来あるべき自然の法則から外れて、生と死の区別もつかないような大人に、ならないとも限らない。極端な話かもしれないが」
 そう言って英一が黙り込む。
「いい加減にしなよ」
 今まで黙ってエマ達のやりとりを聞いていた沙霧が、突然言葉を発した。
「死んだ者がいつまで、この世に留まっているつもりなの?そんな事をして何になるって言うんだ、そんな姿は醜いだけ」
 沙霧の言葉は、かなり感情的であった。
「自然の摂理に逆らってどうする?生と死、これはもう、まったく別物なのよ、さっさと大人しく消えなよ、私はあんたみたいに、自然の摂理に逆らってウジウジとこの世に留まっているヤツが、大嫌いなんだ!どうせ何にもならないし、何も生み出せやしないんだからね」
 少しきついのではないかと、エマは感じた。だが、言葉は違えど、エマや翠、沙霧がこの母親に伝えたい事はほぼ同じなのかもしれない。
「同情の余地もないね。死んでも現世に戻ってこられる。今のままでも幸せだなんて、そんな我侭なんか通用するものか」
 沙霧の言葉を受けて、香奈枝は黙り込んでしまった。エマ達の言葉に、何かしら感じるものがあるのだろう。
「お母さん」
 ずっときょとんとした表情で、大人達の話を聞いていたまりなが、やっとの事言葉を口にした。
「お母さん、会いに来てくれるのは嬉しいけど、まりな大丈夫だよ。お父さんもいるし、お母さんは、まりなの心の中にずっといるから」
 まりなが香奈枝に、笑って見せる。
「まりなちゃん、でも…」
「まりなちゃんは、どんどん成長しているのよ。香奈枝さんは、もう死んでしまった身かもしれない。でも、二人の絆は強いし、守護霊として見守るとか、まりなちゃんが育って、彼女の子として新たな命で戻って来るとか」
 エマが静かな口調で香奈枝に言う。
「あたしは、もうここで終わりとは思わないわ。香奈枝さん、生まれ変わって新しい関係や希望、繋いでいけないかしら?」
「これからどうするかを決めるのは、君自身が決める事だけどね。君達親子がどうなろうが、私には関係ないよ。まあ、娘が立派に育ったら、幸せを自慢しに来ればいいさ」
 エマに続けて、翠が言う。
「人は生きているから綺麗なんだ」
 沙霧がまりなに、そう言い聞かせているのを見て、英一は何かを考えたような表情で答えた。
「生きている私に、お前の役割を託してくれないか?それは悲しい事なのかもしれないが、私やまりなの事を本当に思ってくれるのなら、そうして欲しいんだ」
「お母さんの姿が見えなくても、皆一緒だよ。ずっとずっと、一緒だから。だからまりな、毎年母の日に、カーネーション、お母さんに贈るよ」
 香奈枝が娘の言葉を聞き、驚いたような、けれどどこか嬉しそうな表情を見せた。
 風が優しく吹き、まりなのカーネーションがふわりと浮き上がった。それと同時に、香奈枝の姿もゆっくりと見えなくなっていく。
「そう、まりなちゃん、英一さん。私、安心したわ。安心したら、まるで心が軽くなったみたい。カーネーション有難うね、それに皆さんも」
 風が止まり、カーネーションが地面に落ちると同時に、香奈枝の姿はすっかり見えなくなっていた。



「あの母親の幽霊は現れなくなったらしいな。あの親子はまだ悲しがっているところもあるみたいだが、元気に暮らしていると、電話があった」
 電話の受話器を置きながら、武彦がコーヒーカップを濯いでいるエマに言う。
「あら、そう。良かったわ、何とかわかってもらえて」
 英一とまりな、そして香奈枝の姿を思い浮かべながら、エマはにこりとしてみせる。
「ご苦労だったな。また依頼を頼むだろうが、その時はよろしく頼むぞ、エマ」
「任せて?武彦さんの為なら、どんな事件にだって協力するつもりだもの、私」
 大好きな武彦に、エマは笑顔で答えるのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3994/我宝ヶ峰・沙霧/女性/22歳/摂理の一部】
【4084/古田・翠/女性/49歳/古田グループ会長】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 シュライン・エマ様

 『【母の日】お母さんに会いたくて』に参加して頂き、有難うございます。新人ライターの朝霧青海でございます。
 今回のお話は、母の日をまじかにして、母の日にちなんだシナリオをやろう、と思い立って出したシナリオなので、最初はほのぼのした物をと考えていたのですが、シナリオを立てていくうちに、何故かシリアスな物になってりました(笑)
 エマさんは、やはり武彦さんとのやりとりからスタートし、少し柔らかい言葉を交えながらもきちんと幽霊を説得する、そんな路線でお話を書かせて頂きました。先日のノベル同様、他のOMC作品を参考にしながら、エマさんのキャラクターに少しでも近づけるように、あれこれと言葉を選びながら、執筆しました。
 今回のお話は、同時に参加された方ごとの視点別の物語となっております。他のPCさんからの違った視点の物語も、是非ご覧下さい。
 それでは、今回は本当に有難うございました!