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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


pleasure park

 白い柵がすっぽりと敷地を覆っている様は、その先端が内側に向けて湾曲しているせいもあって鳥籠を思わせる。
 柵の前には更に低木の生け垣があり、常緑と思しき濃い緑の茂みがこんもりと丸く整えられていた……続く柵と、生け垣とが途切れた場所には大きな門が据えられ、左右の白い鉄柱に植物を思わせて流麗な金属製の装飾が絡みつき、上部で重なってその施設の名を示したプレートを支えている。
 門の正面、生け垣の緑より瑞々しい若葉を思わせる髪を持った少年が、緊張の面持ちで立っていた。
「遊園地?」
細い声での問い掛けに少年の右に立つ女性が、初夏の装いと合わせて、白い地に青いリボンを結んだ縁の広い帽子が落とす影から、覗く肌の白さに赤い口元を綻ばせて肯定した。
「そう、遊園地」
門の向こうに見えるのは、チケット売り場と入場ゲート。そこに集約して行く人の流れに置かれた岩の如く……というには小柄な身体が埋もれそうがしっかと動かぬまま、少年は先よりは大きな声で今度は左に向かって問う。
「遊園地?」
そちらに立つ男性は健康的な小麦の肌を顔と手ばかりを覗かせるスーツ姿、行楽の場に存在感が違和感でしかない黒を纏って人目に動じぬ確固たる自信に力強く頷く。
「遊園地だ」
両側を固める両者の解答に少年は拳を握り脇を締め、込み上げる感情を押さえようとしたが、それを凌駕した喜びを堪えきれずにその場で飛び跳ねた。
「遊園地なのーっ!」
 主催・藍原和馬によって『めくるめく藤井家の休日』と題されての行楽、大学院生である主賓・藤井葛の休日を狙った平日、居候である所の主客・藤井蘭を伴って終日をひたすら遊園地で過ごす予定だ。
 はしゃぐ少年を見守る男女……構成として、親子という関係が最も様になる実に微笑ましい光景であるが残念ながら血の繋がりはない、三名の一日はそんな穏やかさから幕を開けた。


 園内。然るべき料金を払って、相応しく入場した三者は、エントランスの正面に掲げられた園内の案内表示をを見上げた。
 敷地は円形、それを十字に過ぎるメインストリートが、エリアを分割している。最下部に出入り口である現在地を示して右下の四分の一は動植物園とイベントエリア、並んだ左下はお子様向けの穏やかな遊具類……中央、飲食店と土産物屋を中心としたショッピングストリートを突っ切れば、絶叫系の刺激の強いアトラクションへ行き着く。
「持ち主さん、和馬おにーさんッ! 何処から行くなの?」
わくわくと身体全体で楽しみを告げる蘭に、和馬と葛は案内板を注視したまま頷き合う。
「……観覧車は大取りだな」
「その通りだ」
眼差しを交わしさえせずに通じる意、流石、相棒という関係は伊達ではない。
 そして蘭を見やる、タイミングまで全く同時である。
「けど、今日は初心者も居るしな……いきなり絶叫系はどうかな」
「やはりいきなり高度なクエストはマズイか」
現実であるというのにネットゲームモードで初心者……基、蘭を見た二人は再び案内版を見上げた。
「……ティーカップはどうだ? 肩慣しに丁度いいだろう」
「そうだな、遊園地たるモノの真髄を教え込むには最適か」
「てぃーかっぷ……お茶するなの? 持ち主さん、和馬おにーさん」
純真無垢な蘭の問いに、「やはり」と頷き合う二人。
「行くぞ、蘭」
「心配いらないぞー。おにーさんが大人への階段を上らせてあげよう」
わしゃわしゃと蘭の緑の髪を撫でながら、胸を叩く和馬に葛が溜息を吐く。
「和馬……オヤジ臭い」
相棒だけに忌憚ない葛の意見に、ぐっさりと胸を貫かれる和馬だった。


 行き着いた時にティーカップは折良く運転を終えたばかりで、三人は利用を待っていた家族連れや恋人同士と思しき列の最後尾に続いた。
「わぁ、大きなカップなの〜」
円形の設備に並ぶ色・模様の様々なカップを前に、大きな銀色の目をまん丸くした蘭は、先行する人々がカップの一画、取っ手の脇に昇降用に設けられた切れ目から乗り込む様をじっと見詰める。
「蘭、好きなカップを選べ」
葛に促され、蘭は恐る恐る、設備の中に足を踏み入れる。
 平日なだけあって、利用客もそう多くはなく、十五客のカップの半数に人の姿はない。
「え〜と、え〜と……これがいい、なの!」
ファンシーな熊がばちこんとウィンクを決めたピンクのカップを指した蘭を、和馬がひょいと抱え上げてカップの中に入れてやる。
「わ〜いなの〜♪」
続いて葛が和馬が乗り込んでくるのに、蘭は押さえ切れぬ期待と喜びに足をバタつかせた。
「テーブルが付いてるなの。僕はミネラルウォーターがいいなの!」
腰掛けられるようになっているカップの中央には、丸い円盤が下から伸びる一本の柱に支えられている。
 その小さな円を食卓と取ったのか、蘭はティーカップ形の席でお茶をするもの、と思いこんだらしい。
「ふっふっふ、甘いな蘭」
長身に比例した足の長さを持て余し気味に、和馬がニヒルな笑みを刻む。
「僕、甘いなの?」
きょとんとした蘭が、自分の腕を舐めてみようとした矢先、ガクンと僅かな衝撃と共にカップが回りだして少年は目の前の円盤にしがみつく。
「持ち主さんッ、ぐ、ぐるぐるするなの〜ッ!」
ひゃぁ、と悲鳴ともつかない声を上げる蘭に、葛は飛ばないように膝に乗せた帽子を手荷物の鞄で押さえて自分も円盤に手を伸ばした。
「そう、ティーカップとはそういう物だ……蘭、この円盤を回転と同じ方向に回してみるといい」
「おいおい、葛。蘭にいきなり大技を仕込まなくても」
カップに縁に両腕を預けてふんぞり返った和馬が、笑みを余裕のそれに変えた、途端。
「うぉ?!」
急激な加速にGがかかり、頭が横に倒れる。
「わ〜、とっても早い、なの〜!」
周囲の景色、鮮やかなカップの色彩が横に流れて残像となり、何時か見たシュールな夢のよう。
「か、葛、蘭……?!」
制止の願いを込めて呼びかけた、名には満面の笑みが返った。
「和馬おにーさんッ、スゴイなの、一番早いなの〜!」
「これぞ遊園地の真髄だ、蘭」
混乱しながらも楽しそうな蘭と、実に得意そうな葛。
 ……止められない。
 二人の笑みは、水を注してしまうにはあまりに輝きすぎていて。
 和馬は早くも諦めの境地に、ティーカップの回転に翻弄される……否、多少文学的に運命の渦に捲かれる木の葉の心持ちで、せめて遠心力でカップの外に放り出されないよう、縁を握る手に力を込めた。


「ゆ、遊園地って……とってもすごいなの〜……」
心持ち蛇行気味の蘭の、目を回しながらの感想に、こちらは昼間っから千鳥足にしか見えない和馬が答える。
「そうか……良かったにゃ〜」
微妙に呂律も回っていない。
 それでも、ティーカップ終了後は三半規管がきっぱり麻痺して柵に懐く以上、動けなかった二人である……これでもかなり回復した方だ。
「和馬、蘭」
けれど主犯である葛は、言い出しっぺである為か妙に涼しげにすっきりと立っていた。
「そろそろ順番だぞ」
そう、彼等は順番待ちの列に並んでいたのだ……平日でも人数を集めるのはメインである絶叫マシン。人に場合によってはティーカップなどというほのぼのとした遊具も恐怖の設備と化すが。
 その後にこの遊園地の中で最長、最速を誇るモンスターマシン、という呼び名が売りのジェットコースターは、上半身をバーで固定して足を宙に投げ出すタイプの代物だ。
 レールの行く先を目で追うと、傾斜、起伏、三回転、捻り、と実に心躍る行き先が見える。
 これはかなり怖いだろう。
 それを証拠に、直ぐ前に並んで多分、最前列に配されるだろうカップルはいちゃいちゃべたべたと恐怖を語っている。
「え〜、ヤだ怖いぃ」
「平気だって、俺がついてるだろ」
尻込みする女性を宥める男性の図、遊園地で必ず見られるお約束の光景だ。
 その様子に和馬はちらと傍ら……蘭の緑の頭を通り越して、葛を見た。恐怖も動揺も全く感じられない、微笑みすら浮かべたある意味男前とも言える横顔に、淡い期待は弾かれる。
 そうしてる内に、前のカップルには何か別の展開があったらしく、女性の方が列を抜けて駆け出して行くのを男性が追い、必然的に和馬達が最前列になる。
 席は丁度、図ったかのように横三列。
「持ち主さん、和馬おにーさん、怖いなの? コワイなの?」
寸前で逃げ出したカップルに気を引かれてか、おろおろとする蘭の手を、和馬は葛は両側から握った。
「ほらほら、和馬おにーさんがついてるから!」
言ってから、先刻の男性が吐いた言質と同じ事に気付いて、こういう時の励ましにもう少しオリジナリティの必要を覚える和馬。
「行くぞ」
葛は簡素な言葉で蘭を促す。
 それでも不安が拭えないのか踏みだそうとする足が動かず、引く手に抵抗を感じる蘭に、葛と……和馬の手とが、その鮮やかな髪を同時に撫でた。
「大丈夫」
「大丈夫」
そして異口同音に、請け合う言葉をかけられて、不安に潤んだ蘭の目が安堵の笑みを宿した。
「うん、大丈夫なの」
小さく笑った蘭は、和馬と葛の手を引く形に、軽く駆け出して係員に向かって「よろしくおねがいします! なの」と、それはお行儀の良い挨拶をした。


 地球の重力とさようなら、してまった気分になれる絶叫マシンを堪能して後、フリーフォールで無重力を堪能し、フライングカーペットで空を飛ぶと三連続……否、ティーカップの遠心力も合わせてかなり来る。
 それを連続で体験しても変わらずケロっとしている葛に、和馬は少々気落ち気味である……喩え、お化け屋敷に入っても、抱き付かれる可能性は皆無に等しかろう。
 それに比べてダメージが大きそうなのが蘭である。
「遊園地って……すごいなの〜……」
初心者でありながら、その真髄を味わい尽くす心意気に一つたりとて辞退しようとしない、天晴れな蘭だ。
 しかし流石に足下が覚束なくなってきている彼を気遣って、そろそろ頃合いかとメリーゴーランドに乗ったのは先程だが、いつ高速回転に変わるかという疑念から、木馬を支えるポールにしかとしがみつく姿は些か涙を誘った。
 けれども珍しい代物を見るにつけ、駆けていく所を見ると元気ではあるようだ。
 小休止する場所を求めてショッピングエリアに戻った三人の前方には、ポップコーンの屋台……何故だか風船売り兼ねてふわふわと赤や緑の風船を脇につけた、更に何故だかピエロの扮装をした売り子に興味を示す蘭。
「うわ〜、あれ何なの?」
「人様にぶつかるんじゃないぞ」
葛の注意に「はーい、なの」といいお返事をしながら真っ直ぐに駆けていく小さな背に、和馬は苦笑する。
「よく見てないとはぐれそうだな」
遊具を利用するエリアと違い、人の流れが渾然とした中に緑の髪は目立つものの、その位置の低さからすぐ人の壁の向こうになってしまう。
 蘭の行き先と経路を目線で追う和馬の手に、ちょんと軽く何かが触れた。
 気を払えばそれは、葛の指先だ。
「……どうした?」
度肝を抜かれた、と言えば大袈裟だろうがそれ位に驚愕して、けれど顔には出さずに振り返った和馬は、帽子を目深く被り、更に片手でしっかりと押さえ込んで表情を隠す葛を見る。
「俺も見てないと、はぐれるかもしれないぞ」
無愛想な言に、黙考する事しばし。
「じゃぁ、手でも繋ぐか」
破顔した和馬が差し出した手に、葛の細い手が滑り込む。
「蘭にポップコーンを買ったら、観覧車に行こうか」
和馬の提案に、葛は小さく頷いて……溜息をつき、それを訝しく問われる前に重々しく告げる。
「実は俺、観覧車苦手なんだ」
ちなみにこの遊園地に設置された観覧車は一周に15分をかける。
 ここでどう同意しても、拙い言葉しか出て来ない気がして和馬は沈黙で以て先を促す……あれだけ絶叫系を乗り倒しておいて何故、と問いたい気持ちを抑える意味もあって。
「こう、さ。恐がれ! って作られたマシンとかは平気なんだけど、恐くない筈なのに怖いって嫌じゃないか。風が吹いたらギシギシ揺れるし、ゆっくり動くし」
握った掌が汗ばんでいるのに、葛が本気でネガティブになっているのを感じ取る。
「いっそアレも高速回転すればいいのに……ッ!」
敷地内の何処からでも見える、威風堂々とした観覧車を見上げ、睨む葛に和馬は思わず笑いを零した。
「それは違う意味ですげぇ怖ぇって」
ゴンドラが遠心力でグルグル回る様のリアルな想像がツボに嵌り、笑い出した和馬を葛が目尻を険しくした。
「和馬!」
叱責にどうにか笑いを収めた和馬は、目尻に浮いた涙を指で拭いながらあっけらかんと選択肢を提示する。
「じゃぁ、やめとくか」
観覧車を取りにしたのは、葛は怖い物を後回しにしたい心理だが、和馬の真意は明治に開催された東京勧業博覧会で目玉として設置された観覧車に乗った感動が忘れられない為である。
 空の近さと、一望する都市の景色とに魅せられて通える限り乗りに行ったものだ。
 和馬の提案に、葛は口を噤む……それを諾と取って、蘭を呼び戻そうとした和馬の手が軽く引かれた。
「いや、いい……乗ろう、三人で」
一大決心、と言った風情の葛の決断に、無理は禁物と気遣おうとした和馬は、握る手に込められた力に声を止められる。
「だから乗っている間、手を握っていてもいいか?」
勿論、和馬に否やない。
 激しく頷く和馬と、安堵の息を吐く葛とに人だかりが出来る前に、屋台の前で待ち焦がれた蘭が二人を呼び寄せた。


 後、観覧車内で手の骨が砕けそうな程激しく握られた和馬の手が、三日ほど使い物にならなかったのは余談である。