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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


二つの涙 前編

0.オープニング

 煙草を燻らせ、新聞を眺めながらコーヒーを啜る。草間 武彦、何時もの日課を破ったのは控えめに叩くノックの音だった。
「はい、開いてますよ。どうぞ〜」
 何時に無く気乗りしない声で草間が応えれば、ガチャリとドアが開く音がする。新聞から目を離しチラリと其方を見た草間の目が、唖然と見開かれた。
 立っていたのは、男と女と女の子……見るからに家族と言った雰囲気が感じられる。この興信所に、家族総出でやって来る等、今まで有りはしなかった。草間の直感が、やっとまともな依頼を受けられる!そう感じ、颯爽と立ち上がった。
「これは失礼しました。さっ、此方にどうぞ」
 にこやかな笑みを浮かべ、ソファーに着席を勧めると、「はい」と遠慮がちに彼等は腰を下ろした。
「で、どうされたんですか?」
 自然と笑みが毀れ出る草間の言葉に、答えたのは父親ではなく娘だった。
「お願い!シロを探して!」
「シロ?御宅で飼っていたペットですか?」
「いいえ、娘が隠れて世話をしていた生き物らしいのです」
 母親が、受け応える。
「生き物?と、言う事は御両親はどの様な生き物か御存知ない?」
「はい……娘が言うには大きな犬なのですが……言葉を喋るのだそうです」
「は?」
 父親の言葉に、思わず唖然とする草間。言葉を喋る犬、そんな物が有るとすれば、一躍有名だ。
「シロは怪我してるの!とってもとっても酷い怪我……動けなかったみたいでずっとご飯とか持って行って上げてたんだけど、一昨日から居なく成っちゃったの」
 少女は涙を眼に浮かべ語る。
「お願い!シロを見付けて!私のお小遣い全部出すから!」
 少女はそう言うと、財布を取り出し机の上にぶち撒ける。ざっと見た所、二千円ちょっと……
「いや……気持ちは分かるんだけど……これだけじゃ」
 草間だって食って行かなければ成らない。この金額では、本当にお小遣いだ。
「沙織、お金はお父さんがちゃんと出すから、心配しなくて良いよ。ちゃんと頼んであげるから、ちょっと外で待っていてくれないかい?」
 柔らかなだが、有無を言わせない気配に、沙織と呼ばれた少女は、「うん……」と頷き席を立った。父親は、母親に目配せしと少女と共に部屋を出させた。
「で?本当の所はどうなんですか?」
 それまで成り行きを見守っていた草間が切り出す。その目は、真剣な物に変わっていた。
「娘を守って下さい……」
 切り出された言葉に、草間は怪訝な表情を浮かべる。
「どう言う意味ですか?」
「言葉通りの意味です。娘は狙われている……娘は本当の娘では有りません。とある施設で培養された、半妖と呼ばれる存在です」
 草間は、依頼人である男を見詰め黙って話を聞く。
「私と妻は、そこの研究員でした。多数の過ちを犯して来ました……罪滅ぼしがしたかったのかも知れません……私と妻は、娘を連れ施設を抜け出しました。当然追っ手が掛かりましたが、今までは協力者の力もあり何とか成って来ました。しかし、協力者……私達が居た組織とは別の組織なのですが、その組織が壊滅しました。つい、三ヶ月前の事です……」
「つまり、後ろ盾が無くなってしまった?」
「はい……」
「しかし、一時は守れたとしてもその組織を潰さぬ限り意味が無いのでは?」
「それに関しては問題は無いのです。組織同士の潰し合いで、両組織とも潰れてしまっています」
「それは確かな情報ですか?」
「ええ……ただ問題なのは、未だ狙い続ける者達が数名存在して居るらしく……私達の動きも監視されている様なのです」
「なるほど……しかし、後ろ盾が無くなって三ヶ月間、娘さんは無事ですよね?見た所、小学生と御見受けしますが、登下校中等幾らでもチャンスは有った筈なのに、それをしていない」
 草間の言葉に、父親は首を振る。
「それに関しては、私も分かりません。ただ、娘が無事だったと言う事実があってほっとしている位です。ですが、何時までもこのままでは何時かその可能性も出て来ます……引き受けては頂けませんか?」
 草間は腕を組み、目を閉じ考える。一瞬沈黙が支配した中で、父親は緊張の面持ちで草間を見詰めていた。
「分かりました。お引き受けしましょう。ただ……」
「ただ?」
「娘さんの、お願いはどうすれば?」
 父親は、少し困惑した表情を見せたがはっきりと言う。
「其方も、お願い出来ればと……あの子の願いは、叶えて上げたいので」
「分かりました。其方も対処しましょう。少々人員を必要としますので、値段は割高に成ってしまいますが、構いませんね?」
「ええ、お願いします」
 父親は、静かに頭を下げたのだった……


1.二つの選択肢

「と、言う訳だ。事情は大体飲み込めたか?」
 草間興信所に、集められた一同に草間は問い掛ける。集められたのは六人……シュライン・エマ、悠桐 竜磨(ゆうどう かずま)、セレスティ・カーニンガム、直江 恭一郎(なおえ きょういちろう)、モーリス・ラジアル、陸 震(リゥ ツェン)の六名だ。流石にこれだけの人数が揃うと、草間興信所内も少し手狭な感じが否めないが、そんな事は今更なので誰も気にしては居ない。
「その説明では、解せぬな。一体そのシロと言う生き物は何なのだ?」
「私もそれが気になりますね。喋る犬とはまた珍しいですしね」
 陸とモーリスが草間を見詰めて言う。
「何って言われてもなぁ……俺が聞いたのはそれ位しかないんだよ」
 ガリガリと頭を掻きながら、草間は苦笑いを浮かべて答える。
「それじゃぁ何にも分かんねぇじゃんか」
「……武彦さん」
 呆れ気味に言う竜磨と、溜息交じりのシュラインに、草間がたじろぐ。
「いっいや、だってな!どう話聞いたって、犬みたいな大きな生き物って事位しか想像出来ないんだよ」
「まあ、それは沙織嬢から直接お聞きすれば良いのではないですか?」
「……その通りだ」
 柔らかに草間を援護するセレスティと、その意見に賛同するのは恭一郎。
「そうだな。そうするより有るまい」
 陸は短く言うと立ち上がり、ドアへと向けて歩き出す。
「おい、何所行くんだ?」
「決まっている。依頼人の所へだ」
「お前、場所知ってるのか?」
 シーン……草間の一言に、陸の動きが止まる。
「つまり、これから皆で依頼人の所に行こうって事よね?」
「そう言う事だ」
 流石、分かっていらっしゃるとばかりに、草間がシュラインを見詰め笑みを見せる。
「……ならば、早い方が良い」
「そだな。あんまゆっくりもしてらん無いんだろうし」
「では、行きますか」
「私は、一足先に泊っているホテルの方へ戻って先行的に調査を始めさせて貰います。詳しい所が分かった様でしたら、連絡をお願いします」
 それぞれ腰を上げた中、セレスティは柔らかくそう告げる。
「分かった。それじゃあ頼むぞ」
 草間の言葉に、静かに頷きドアに消える皆をセレスティは見送った……

「そう言えば、お前等はどうするんだ?」
 歩きながら問い掛ける。草間のどうするとは、沙織を守るかシロを捜すか、どっちにするかを聞いていた。
「ん〜俺は基本シロ探しかなぁ」
 何処か漠然とした様に竜磨は答える。
「私も、シロ探しがメインね」
 シュラインははっきりと言う。
「……沙織を守る……」
 恭一郎は短く告げる。その内心には、少女なら大丈夫だろうと言うちょっとした期待もあった。実は、恭一郎、女性慣れしていない。今この時も、シュラインからは2メートルは離れて歩いている。
「私もシロを捜す役をしようかと。怪我もしてるとの事ですし、治療も出来ますから」
 医師としての心からか、モーリスはやや心配気に告げる。
「シロが居なくなったと考えると、沙織の方が危ない気がするからな。俺は沙織の方に回ろう」
 陸はぶっきらぼうに言う。
「分かった。じゃあ、細かい所は任せるからな」
 笑顔の草間に、全員が頷く。
「さっ、行こう」
 草間が止まったのは、市営地下鉄の昇降口だった……
「……電車かよ」
 竜磨の突込みが、何故か痛い六人だった……


2.二つの話

 ピンポーン……
 インターフォンが室内に来客が有る事を告げると、パタパタと足音が近付いて来る。ガチャリと開いたドアから顔を見せたのは、依頼人の奥さんだ。
「いらっしゃいませ。お待ちしてました。さっ、どうぞ」
 笑顔で、草間達を中へと招く。
「では、失礼します」
 草間を先頭に、それぞれお邪魔しますと声を掛け、依頼人宅へと上がる面々を見詰める視線に気付いたのは竜磨だ。部屋の影から、ちょこんと顔を出しジーっと見詰める少女、それが沙織なのだろうと竜磨は思い笑顔を向けた。
「こんにちは、沙織ちゃん♪」
「こっこんにちは……お兄ちゃん達がシロを探してくれる人?」
 何処か気恥ずかしそうに聞いてくる沙織に、シュラインが笑顔で答える。
「ええ、そうよ?お話、聞いても良いかな?」
 その答えに、沙織はパッと笑顔を見せると「うん!」と元気良く答えると、シュラインの袖を引っ張る。
「私の部屋でお話しするから、来て!」
 ちょっと戸惑いながらもシュラインは、沙織に引っ張られる形で後を追う。草間が、シロを捜す事を宣言していた、竜磨とモーリスにも視線を流し一緒に行く様促した。二人は頷くと、沙織の部屋の方へと向かう。
「すいません、後でお飲み物はお持ちしますから」
「お構いなく」
 モーリスは柔らかな笑みで答える。
「コップだけ貰って良いっすか?実は持って来てあるんで」
 ガサリと、手に持った袋を奥さんに見せる竜磨に、「はい」と笑顔で奥さんは答えた。

 案内されたリビングのソファーに、草間と陸と恭一郎が座っている。その対面には、依頼人と依頼人の奥さんが座っていた。淹れられた紅茶の香りが部屋を満たし、落ち着いた雰囲気が有るように見えるが、何所となく空気は張り詰めていた。
「何をお話すれば宜しいでしょう?」
 切り出したのは依頼人だった。
「お嬢さんは、半妖と言う事ですが……どんな能力を有する半妖なのですか?」
 いつものぶっきら棒さとは違い陸が穏やかに尋ねる。その問いに、依頼人と奥さんは顔を見合わせると、頷き合い視線を陸に向けた。
「あの子自身は知りえない事ですが、あの子は融合能力を有した半妖です」
「……融合能力?」
 恭一郎が怪訝そうな顔で問う。
「ええ、自己の細胞を変異・同調させる事によって他の物……無機物であろうと有機物であろうと関係なく融合する事が出来る能力です。ただ……はっきりとは分かりませんが、一度融合してしまうと分離が出来ないと思われます」
「それはどうしてですか?」
「いえ、培養途中でしたから……実験も行ってませんし……確証は有りません。しかし、沙織の前にも同じ被検体が居たのですが、分離出来なかった物ですから……」
 陸の質問に、奥さんが憂鬱そうな顔で答える。二人が犯した過ちが、何所と無く垣間見えた気がして恭一郎は僅かに表情を歪める。
「……だが、それだけで果たして狙われる物ですか?」
 恭一郎の問いに、依頼人は溜息を一つ吐くと答える。
「いえ、それだけでは有りませんよ……融合を果たしてしまった場合、その物の特異点を変貌・強化させます。一種の自己防衛本能見たいな物ですが、それと同時に理性を無くします……言わば、本能のみの獣となってしまう……」
 頭を抱え項垂れる依頼人を、三人は黙って見詰める。幾度と無く、そんな光景を目にして来たのだろう、奥さんもまた俯いたまま黙していた。
「発動条件は、あるのですか?」
 陸が静かに問う。
「……分かりません。あの子は、本当に培養の途中で私達が奪ってきた子ですから……何が原因で発動するのかも皆目見当が付かないんです……」
 搾り出すような依頼人の声に、三人は黙って顔を見合わせた……

「これがね、シロの絵なの」
 そう言って沙織が差し出した絵を、モーリスは受け取り見る。外見で見るなら、沙織の年齢は10歳かそこらと言う所なのだが、その絵はしっかりと特徴を捉えていた。
「上手ですね。なるほど、こんな感じなのですね?」
 笑顔でモーリスが沙織に言うと、恥ずかしそうに「うん」と頷く。
「ホントだ。こりゃうめぇなぁ。沙織、絵上手なんだなぁ」
 竜磨が覗き込みながら、ジュースの入ったコップを沙織に渡す。赤面しながらジュースを受け取る沙織を見て、竜磨はその頭を撫でてやる。
「それに、優しいしな♪自分のお小遣い使ってシロを捜そう何て、偉いよなぁ♪」
 撫でられ更に赤面する沙織を見ながら、シュラインがモーリスに手を差し出す。
「私にも良いかしら?」
「ええ、どうぞ」
 笑顔でシュラインに絵を差し出すモーリスから、シュラインは絵を受け取るとまじまじと見る。描かれていたのは、白い体毛を持つ、犬だった。種別で言うとシベリアンハスキーに酷似している様にも思えるが、それとはまた違った雰囲気を感じなくは無い。
「ちょっと沙織ちゃんこれ見てくれるかな?」
 そう言ってシュラインが鞄から取り出したのは、動物図鑑。犬の項目を捲り、沙織に見せる。
「この中で、一番どれがシロに近いかな?」
 沙織は動物図鑑を手に取り、じっと見詰める。程無くして、「これ」と言うと、図鑑を床に置き指差していた。
「日本狼……確か絶滅した種ですけど……」
 指し示された先を見詰め、モーリスが呟く。近年、目撃された事例もあるが、現在ではほぼ確実に絶滅種として認定されてしまっている、食肉目イヌ科の日本狼……そう言われれば、沙織が描いた絵もそれに似て無くは無い。
「大きさはどの位かな?何をお話したの?」
 シュラインが続けて質問する。
「えとね……竜磨お兄ちゃん、ちょっと四つん這いになって」
「えっ?俺?こうか?」
 沙織に言われるまま四つん這いになる竜磨を見て、沙織は「ん〜」と唸っている。
「竜磨お兄ちゃんよりもうちょっと大きいかな?お話は……あんまり……近付くなとか、あっちに行けとか……」
 俯き加減に言う沙織の言葉に、シュラインとモーリスは竜磨を見る。
「あの格好の悠桐さんより大きいと成ると、かなりの体長ですね」
「ええ、竜磨君は身長170と言う所でしょうから、ひょっとすると2mは超えてるかも……」
 ぼそぼそと竜磨を見ながら話す二人に、竜磨はちょっと恥ずかしそうに沙織に言う。
「あのさ……もうこの格好止めて良いかな?」
「あっごめんなさい。良いよ」
 苦笑いを浮かべながらの沙織のお許しが出たので、竜磨は体勢を元に戻し普通に座る。
「しっかし、そんな事言われて怖くなかったのか?」
 竜磨の問いに、沙織は笑顔を向ける。
「うん、怖く無かったよ。ご飯持って行って上げたら、ちゃんと食べてくれたし。多分、怪我してるから痛くてあんな事言ってたんだと思うんだぁ」
「確かに、手負いの獣は酷くナーバスになりますからね。言っている事も間違いではないでしょう」
 沙織の言葉を受けて、モーリスは言いながら立ち上がる。
「沙織さん?良ければ、シロが居た場所へ案内して欲しいのですが……構いませんか?」
 笑顔を向けたモーリスに、沙織は「うん!」と頷くと、立ち上がった……


3.捜す事・護る事

「まだ、シロは見付かって居ないのですか?」
「ああ、まだだな」
 草間興信所にセレスティが訪れたのは、依頼人に会ってから三日目の事だった。
 あの後は、沙織の案内の元全員でシロが居た川原の廃屋に行き、確かに其処に血痕を見て終わった。護衛に付く陸と恭一郎を残し、他の面子はシロ捜索に当たったのだった。一人情報を先行的に集めていたセレスティにはその時に、草間が知り得た事を伝え今日に到っている。
「なかなか、難航しそうですね」
「結構大型なのに、見付からないと成るとな……で?そっちは何か分かったのか?」
 その問いに、セレスティは持って来た鞄から幾つかの資料を取り出した。
「まあ、色々と分かりましたよ。やはり、蛇の道は蛇と言う奴でしょうか?」
 ニッコリ笑みを見せながら、その資料を草間に手渡す。暫し、見入っていた草間だが、不意に目線を上げるとセレスティを見詰める。
「其処に書いてある事は、恐らく事実でしょう。疑いたくなるのも分かりますが……」
 その視線の意味を先に汲み取ったか、セレスティは語る。
「沙織さんのご両親が居られた組織と、辞めてから協力してくれていた組織は、元は同じ組織の別部署でしかなかったようですね。沙織さんのご両親が居られた組織は、主に人……つまり人間を媒体にした研究を行っていた様ですが、協力してくれた組織の方は、主に獣……しかも、絶滅種と言われる物を復元・進化を目的に動いていた様です」
「研究内容の違いと、理念の違いによって一方が独立した……と、そう言う事か?」
「ええ、その様です。独立したのは協力してくれた組織の様ですが……あくまで表向きはですけどね」
 そう言うと、セレスティは鞄の中から数枚の写真を取り出す。
「苦労しましたが、何とか手に入れました……恐らく、シロと同一、もしくは変異種と考えていますけど」
 差し出された写真を見る草間の目が、驚愕に見開かれる。写真に写されたのは、培養液の中で眠る大型の犬の様な生き物や確かに絶滅したと言われた生物達……だが、その一枚には有り得ない物が写っていた。
「驚いたでしょう?私もそれを見るまでは、沙織さんのご両親の仰っていた事を、何を絵空事をと思って居たんですけどね……二つの組織は、表向きこそ対立を見せていましたが、その実繋がって居たのでしょうね。実際、二つの組織が壊滅したのは同時期……傍目から見れば対立で壊滅した様に思うかもしれませんが……」
「他勢力の介入による、壊滅と言う事か……」
「はい、確かな筋の情報です。そして、壊滅した二つの組織は今狙っています……沙織さんを……」
 ふぅと大きな溜息を吐き、草間がソファーの背凭れに背を預け、見ていた写真と資料を机に投げた。バラリと広がるその写真の一枚に、少女の体を半分乗せた犬の様な生き物の姿が写っていた……

「そんなに大きかったら嫌でも覚えてると思うからねぇ……悪いんだけど見た事無いわ」
「そうですか。有難う御座いました」
 深々と礼をし、シュラインは話を聞いてくれた人に感謝を述べ、歩き出す。
「ふぅ……そうよね。大きいんだもの……見たら嫌でも目に付くわよね」
 シロ捜索から四日が過ぎ様としていた。セレスティからの情報も、草間を通して聞いていた面々は、沙織の身柄の安全の為依頼人と交渉し、今はホテル暮らしを頼み込んでいた。ホテルの費用は、セレスティ持ちと言う事と、沙織の安全を確実な物にする為だと言う事に、依頼人は首を縦に振った。今は、陸と恭一郎が常に目を光らせ、沙織を護っているに違いなかった。
「一度戻ってみましょうか」
 そう呟くと、シュラインは来た道を戻り始める。最初の日に、モーリスや竜磨と話し合い、基点を決めて捜索する事にしていたのだ。今、シュラインはその基点に戻る為歩を進めた。
 程無くして、基点であるシロが居た場所に着いたシュラインを迎えたのは、モーリスと竜磨だった。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
「全然駄目ね。大型なんだから見たら直ぐ分かるってそればっかり」
「シュラインさんもかぁ……俺もなんだよなぁ」
 此処四日程、毎日の様に繰り返される同じ会話……三人は同時に溜息を吐いた。
「捜索範囲を広げますか?しかし、三人ではこれ以上カバーする事も難しいでしょうが」
「無駄に広げてもしょうがねぇからなぁ。なんか手掛かりがありゃやれるんだけどさぁ」
 モーリスの言葉に、竜磨が溜息混じりに答える。確かに、現状での手掛かりの無さは、三人にとって痛い物だった。
「一つ試してみたい事があるんだけど……良いかしら?」
 徐に切り出したシュラインの言葉に、竜磨とモーリスは顔を見合わせると、シュラインに向かい頷いた。

 ワゥゥゥ〜ン……
 シュラインの口から、犬の遠吠えとも言える音が発せられる。シュライン曰く、「日本狼の鳴き声」なのだそうだ。捜索の初日、日本狼の事を研究している人物と接触し、この音声を聞かせて貰えたのはある種幸運だったのかも知れない。殆ど犬と変わらないそれではあったが、研究者によると仲間を呼ぶ為の鳴き声なのだそうだ。シロが日本狼とは限らないが、やってみる価値は有るだろうと思い試したのだ。
「凄い声帯ですね。まるで、本当に狼が居るかのようですよ」
「ホントにな……」
 モーリスの呟きに、竜磨も頷きながら答える。どれ位そうして居ただろう?不意に、奇妙な声が耳に響く。
『面白い事が出来る人間が居たものだ。一体何の用だ?』
 低くしゃがれるような声……何処か疲労を含んだ声に全員が辺りを見回すが姿は無い。だが、シュラインだけはただ一点を見詰め、言う。
「沙織ちゃんが、あなたの事をとても心配しているの。捜してと言われてあなたを探して居たわ」
 伸び放題になった川原の雑草、その一点を見詰めて言うシュラインの視線の先にゆっくりと雑草を掻き分けながら、一匹の大きな白い毛並みを持つ獣が現れた。
『あの子も、放って置いてくれれば良い物を……』
 何処か自嘲気味に言いながら、夕暮れに赤く染まる川原に、シロが姿を見せた……

「変わりは?」
「……ない」
 陸の問いに、端的に答える恭一郎。今、二人は沙織の護衛の為、沙織の通う学校から少しだけ離れた公園に待機していた。流石に学校の中に居る沙織の傍に居る訳には行かないので、二時間に一回二人で交代し校内に侵入、沙織の様子を伺っているのだ。
「あれから、四日か……どう思う?」
「……どうとは?」
「本当に襲って来るかと言う事だ」
「……不可思議な気配はしている。……ただ、気になるのは、気配を感じると大体別の気配がそれを始末してる」
 恭一郎の言葉に、「確かに」とだけ答えて陸は沈黙する。
 二人が護衛について四日間、別段何も起こっていなかった訳ではない。幾度か、奇妙な気配を感じる事が二人にはあった。だが、その気配を感じると大体別の気配が現れて、一緒に消える。そんな事がこの四日間には起こっていた。一応草間にも報告はしているが、直接沙織に危害が無い分何とも言い難いのが二人の本当の所だろう。
「……下校時間だ」
 徐に立ち上がった恭一郎が、陸に告げる。校門から続々と生徒達が帰宅の途につく中、陸の目が沙織を捉える。
「行くか」
「……ああ」
 二人は沙織に気付かれぬ様、それぞれ気配を消し護衛につく。迎えに来た母親に、駆け寄る沙織を二人は黙って見詰めていた……


4.紅と朱

「怪我を見せて頂けますか?シロさん?」
 笑みを湛えたモーリスの言葉に、シロは怪訝そうに牙を見せる。
『何だ、そのシロと言うのは?』
「お前の名前だよ。沙織がそう呼んでるから、俺達もそう呼んでんだ」
 シロの問いに、竜磨が笑顔で答えた。三人を見詰めながら、シロは警戒を解かず答える。
『断る。人間の世話には断じてならん』
 それだけ言うと、踵を返し再び茂みの中に入ろうとするシロの前に、何時の間にかモーリスが居た。
「人間……の形をしているだけですよ?少なくとも、私はね」
『貴様、一体何をした?』
 シロの体が動かない。いや、動けないと言った方が良いだろうか?牙を剥き息も荒くシロはモーリスを見詰める。
「少しばかり、大人しくして頂きたいと思いましてね。神経麻酔の一種です。何、治療が終わったら直ぐ解いて差し上げますよ」
 にこやかに言うモーリスの言葉を聞きながら、シロは横倒しに倒れ込む。必死に抵抗しているのか、時々体が痙攣を起す。
「何もあなたを取って食おうって訳じゃないのよ?大人しく治療くらいさせて。ね?」
 シュラインも歩み寄り、そっとその体を撫でる。腹部と左後ろ足、右後ろ足の付け根が大きく裂けている。良くこれだけの傷で、今まで歩きまわれたものだと少しばかり感心していまう。
『よっ余計な……事だ。関係……無いだろう……』
「うっせぇなぁ!お前に無くても俺たちにはあんの!四の五の言わずに、治して貰えって!」
 荒い息の下吐き出された言葉に、竜磨が詰め寄り言い放つ。その言葉を苦笑いを浮かべながら聞きながら、モーリスはシロの体にそっと手を乗せる。
「行きます……」
 柔らかな力がモーリスの手に集まり、それはシロの体を包み込む……調律と調和の力、ハルモニアマイスターの力は、シロの体を少しずつ癒し始めていた……

 夕暮れ時、ホテルに向かい歩く沙織と依頼人の奥さんを見ながら、恭一郎と陸は異変に気付き始めていた。
「おい」
「……ああ、人通りが無い……」
 時間的に、学校帰りの学生や主婦等と言った人々が往来する筈のこの場所で、人の姿がまるで無くなり始めている。今迄に無かった事だけに、二人の緊張は高まる。依頼人の奥さんも異変に気付いたのか、若干歩速が早まり始めていた。妙な静寂が辺りを包み、空気が重く感じられる中、それは現れた。
 沙織と依頼人の奥さんの目の前に、一匹の黒い犬が躍り出たのだ。
「えっ!?」
「あっわんちゃんだ♪」
 警戒する依頼人の奥さんとは対照的に、明るい声を出す沙織……その目の前で、犬の体が行き成り爆ぜた!
 ドグァ!!!!
 辺りに血と肉片を撒き散らし、爆ぜた犬の周囲3mは吹き飛んでいた。
「あっ有難う御座います」
「……仕事ですから」
 沙織と依頼人の奥さんを小脇に抱えた恭一郎がぶっきら棒に返す。犬が出て来た直後、恭一郎は動き二人を小脇に抱え、その場からすぐさま飛び退き、陸もまた結界を張り爆風を防いでいた。
「これが、敵と言う訳か」
 苛立たしげに吐き捨てた陸の言葉が引き金か、周囲から何匹も犬が躍り出る!
「直江!こっちに来い!」
 その言葉に応え、恭一郎が陸の傍に二人を抱えて降り立つと同時、犬達は一斉に襲い掛かって来る!そして……爆ぜる!
 ドグァドガァ!!!
 血と肉片が辺りを汚して行くが、陸の結界に護られた四人に影響は全く無い。だが、犬達はそんな事も分からずただ向かい、そして爆ぜて行く!
「これでは迂闊に手が出せん!」
「……」
 結界を解けば、爆発に巻き込まれる。一瞬の判断が全員の命に関わる、結界を張り続ける陸と状況を見守る恭一郎……そんな中、沙織はただ涙を流していた。
「酷い……酷いよ……何……これ……」
 次々と弾け飛ぶ犬達……目の前の光景が信じられなかった。
『困った事があったら、兄ちゃんの名前を呼ぶんだぜ?良いな?』
 ふと一つの言葉が沙織の脳裏を過ぎると、沙織は声を張り上げた。
「助けてぇ!!竜磨兄ちゃん!!」

『くっ!?拙い!!!』
 何所にそんな力が有るのか、未だ麻酔の掛かった体でシロは徐に立ち上がると、歩き始める。
「まだ治療は終わっていませんよ!?」
 その恐るべき精神性に戸惑いながら、モーリスはシロに告げるがシロはモーリスを睨み付け言う。
『早くこの麻酔を解け!取り返しの付かない事になるぞ!』
「ちょっそれはどう言う……」
 シュラインが言うより早く、その肩を竜磨が叩いた。
「沙織があぶねぇ!モーリスさん、麻酔解いてやってくれ!俺は先に行くぞ!」
 言うと、竜磨が何事か呟いた刹那、その姿はその場から掻き消える。
「一体何が……」
 呆然とするモーリスに、シロが言い放つ。
『早くしろ!!』
 牙を剥き、焦りを漂わせたシロに圧倒され、モーリスは麻酔を解く。同時に駆け出すシロの速度は常識の範疇を越え、一瞬にしてその姿を消した。
「沙織ちゃんに何かあったみたいね!私達も早く行きましょう!」
「えっええ……」
 駆けながら、シュラインは携帯を取り出すと、草間への番号をコールした。

「何!?それは本当か?」
『ええ、間違い無さそうよ!私達も今向かってるから、武彦さん達も早く!』
「分かった!」
 通話を終え、急ぎ準備をする草間に、セレスティが問い掛ける。
「どうしたんですか?」
「沙織ちゃんが襲われいるらしい。場所は分からないが、兎に角行くしかない!」
 その言葉に、セレスティは立ち上がり、意識を集中し始める。
「どうした!?」
 構わず集中を続ける、セレスティの脳裏に様々なビジョンが映し出されては消えて行く。そして数十秒後……
「見付けました。行きましょう」
 そう言うと、慌しく杖を突きながらセレスティは歩き出した。その後を、草間が追いかけた。

 もう何十匹爆発したのだろうか?辺りは、血と肉片と臓物が撒き散らされ、抉れた地面には血溜まりが幾つも出来ていた。だが、それでも一向に止む事の無い犬達の襲撃と爆発に、更に惨状は増して行く!「もう止めて!止めてよぉ!!」
 泣き叫び結界の外に出たがる沙織を、母親である依頼人の奥さんが必死に押し止める。そんな中、柔らかな声と暖かな手が沙織の頭に触れた。
「よぉ、どうした?兄ちゃんが来たから、もう安心だぜ?」
 竜磨の姿が、其処にあった。その竜磨の足にしがみ付いて、沙織は泣いていた。
「悠桐!?一体どうやって……」
「……地面から出て来なかったか?」
「へへ……まっ裏技って奴?それより、これは?」
 周囲は血塗れ、その中を駆けて来ては爆発四散するその姿に、竜磨は吐き気と怒りを覚え凄まじい咆哮を上げた。
 グガァァァァォォォ!!!!
 とても人間の言葉とは思えぬ咆哮に、一同目を見張り竜磨を見る。その咆哮が収まった時、犬達は一様に脅えただ、遠巻きに震えるのみ。
「一応本能は残ってるらしいな」
 怒りの色を目に湛え、辺りを一瞥する竜磨の視界に、一人の男が目に映る。それはゆっくりとゆっくりとその場に近付いて来ていた。全員が視線を集める中、そいつは溜息を吐き口を開いた。
「はぁ……やはり屑は所詮屑ですか?まっしょうがないですかねぇ」
 ガリガリと頭を掻きながら言う男は、手近に居た犬を一匹蹴飛ばし爆発させる。くたびれた白衣に血と肉片が飛び散るが、それすらもお構いなしに、次から次に蹴飛ばし歩き行く。
「初めまして、沙織ちゃん?」
 ニヤリと笑ったその男の笑みは、狂喜の色を孕んでいた……


5.覚醒と融合

 夕暮れの紅の中、血溜まりの赤の中に白衣の男が佇んでいた。然も嬉しそうに、然も楽しそうに……
「貴様が、組織の人間か!」
 睨み付け、未だ結界を解かずに陸が言う。
「ええ、そうです。最も、最早私一人ですがねぇ?実際動いているのはですが」
 人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、男は答える。そして、再び手近に居た犬を蹴飛ばし爆発させる。
「止めろ!てめぇ、命をなんだと思ってやがんだ!!」
 竜磨が激しい怒りに身を震わせながら見詰める中、男は竜磨を一瞥すると再び手近に居た犬を蹴飛ばす。
「はぁ?実験材料ですけど?こいつ等は駄作でねぇ……だから、廃棄してる最中ですけど?」
 口の端に狂気染みた笑みを浮かべ、言う男を恭一郎は黙って睨み付ける。その拳は強く握られていた。その時、白い影が男の前に現れた。
「ほぅ……まだ生きてましたか?これはこれは……」
 嬉しそうにスッと目を細めた男の目の前に、白い体毛の大型の獣――シロが牙を剥き立ちはだかる。
『生憎だったな。そう易々とやられない。最も、お前等がそう作ったんだから、皮肉なもんだな』
「ええ、全く持ってその通り。皮肉なもんです。お陰で、苦労させられました」
 何処か虚ろな瞳で、シロを見詰める男は変わらず口の端を笑みの形に歪めている。まるで、それしか表情を知らぬかの様に……
「此処まで堕ちましたか?澤滝さん」
 不意に、沙織達の背後から声が聞こえた。振り向いた先には、セレスティと草間の姿……
「これはこれは!リンスター財閥の総帥様ではないですか!私達の組織を潰してくれてどうも有り難う!お陰で大変な目に合いましたよぉ?」
 澤滝と呼ばれた男の目に、更なる狂気が宿りその瞳は真っ直ぐセレスティを見詰める。
「危機感を覚えた、末端の系列組織が起したのですが、どうやら正解だったようですね。貴方は危険すぎます。昔はそうではなかったと聞きましたがね」
 軽い溜息を吐きながら、セレスティは澤滝を真っ直ぐ見詰める。その瞳は、何処か哀れみを含んだ物だった。
「何をそんな目で見る!そんな目で見るな!!私は、哀れんで欲しくなど無い!!」
 セレスティの態度が気に触ったのか、突然澤滝は激昂し始める。
「完璧だった!!完璧だったのだ!!こんな駄作どもとは違う、完全な生体兵器を作れる筈だったのだ!!貴様の組織さえ居なければなぁ!!」
 喚きながら、またも手近な犬を蹴飛ばす。その行為に、竜磨が遂に声を上げそうになったその時――
「もう止めてよ!!!」
 沙織の叫びが木霊する。静まり返るその場に居た一同の視線が沙織に集まる中、沙織は澤滝の元に歩を進めた。
「沙織!」
 母親の制止も聞かず、シロの横に並び立つ沙織。
『危険だ!離れろ!!』
 シロの制止の声すら沙織は聞かず、涙流れるその目で澤滝を見詰める。
「……どうして?どうして、こんな酷い事が出来るの?」
 静かに、ぽつりと呟く様な言葉が辺りに響く。澤滝は黙って、沙織を見詰めていた。
「どうしてよ!答えてよ!」
 睨み付け言う沙織に、澤滝は再び顔を笑みに染める。
「それはねぇ……君の力が必要だからだよ?沙織ちゃん」
「何それ?どう言う意味よ!」
「おやぁ?知らないのかい?そうかぁ、そうだよなぁ〜知らせたくないよなぁ」
 くっくっくっと、低く笑いながら、さも面白そうに澤滝は沙織の母親に視線を移す。
「愚かな事だ。折角の被検体に、その力の意味すら教えないとはねぇ。まあぁ、君達らしくはあるか?」
「止めて!もうこれ以上その子を巻き込まないで!!」
 母親の悲痛な呼び掛けさえも、澤滝には届いていない。寧ろ、嬉々として居るかのように見える。
「沙織ちゃん?君は人間じゃない。まして、あの人とは血の繋がりすらない。君は培養室の中で育てられた、ただの実験体だよ」
「てめぇ!!!」
 澤滝の言葉に、竜磨が、陸が、恭一郎が、一斉に動くと澤滝との間合いを一気に詰める!だが、それを待っていたかの様に、澤滝の手がポケットから有る物を取り出す。
「はい、そこまでです。これは、その犬達の爆破スイッチです。これだけの数が同時に爆発すれば、ちょっと凄いですよ?」
「くっ!?」
「……姑息な!!」
 陸も恭一郎も竜磨さえも、その動きを止めざるを得ない。犬達はまだ十匹以上居ると言うのも有るが、沙織にこれ以上そんな光景を見せたくも無いと言う思いがあった。
「そうそう、大人しくしてくださいねぇ?さて、沙織ちゃん?力を解放して貰いましょうか?」
「何を言ってるのよ!知らないわよそんな物!」
 戸惑いと、不安を抱えた瞳を向けながら、沙織は精一杯言い放つ。だが、それは澤滝には届いていない。
「仕方ありませんねぇ……では」
 ガウゥン!!
 一発の銃声が聞こえた……
 ギャイン!
 沙織の横で、何かが爆ぜ血を飛沫かせる。
「シロ!!」
 竜磨のその言葉に、ゆっくり沙織が横を向けば、頭を打ち抜かれたシロの姿……打ち抜かれた傷口から血が溢れ出していた。
「うそ……シロ!?シロ!!」
「ん〜油断しましたねぇ。まっ所詮は獣、失敗作ですか?」
 ケタケタと楽しげに笑う澤滝に、全員の怒りの視線が集中する中、その叫びは木霊した。
「シローーーーーーーーーーーー!!!!!!」
 刹那、まばゆい光が沙織の中から溢れ出すとゆっくりと、シロの体を包み始める。
「駄目!沙織!!」
「まさか、融合が!?」
「は〜はっはっは!!!やった、遂に此処まで!!さぁ、その姿を見せなさい!!」
 駆け寄ろうとする依頼人の奥さんを、何とか押し止めるセレスティ。その中で、狂喜に叫ぶ澤滝……辺りを照らしたその光の眩しさが一層強まり誰も眼を開けていられなくなる。
「うわっ!?」
「くぅっ!?」
「……っ!?」
 その光が収まった時……其処には、新たな物が誕生していた。二つの頭を持つ犬の様な獣を下半身に持ち、腰から上は沙織の姿をした……そう、新たなる生き物が居た。沙織の体はまるで力を無くしたかの様に俯居ているが犬は爛々とその瞳を輝かせていた。
「やりました!やりましたよぉ!!は〜っはっはっ!!!」
 依頼人の奥さんは無き崩れ、一同が呆然とその姿を見詰める中、狂った様に笑い続ける澤滝……だが、それは絶叫に変わる。
「ギャーーーーーーーーーー!!!!!!」
 犬の牙が、深く深くその体に喰らい付く。一方は肩に、一方は腰に噛み付きそして、引き裂く!
 ブチブチ……!!!
 耳障りな肉を裂く音が響き渡り、澤滝の体は引き裂かれた。最早、声にならない叫びを上げながら……
「さっ沙織?」
 竜磨がおずおずと掛けた言葉に、ゆっくりと沙織の体が持ち上がり、ゆっくりとその双眸を開く。その瞳はまるで虚空を見る様に一同を見詰め、そして口を開く。
「全てを……殺す……」
 ワオォォォゥゥゥゥン……
 二つの犬の頭が同時に遠吠えを発する……まるで、沙織の意思に応えるかの様に……そして、踵を返すと猛然と走り始める。
「……っ!まて!!」
「追わねば!!」
 恭一郎と陸が同時に駆け出すが、見る間に距離は広がって行き、遂には姿を見失う。僅かに、数十秒の出来事だった……
 シュラインとモーリスが到着したのは、これから更に数分の後の事であった。日が沈み切った、暗闇の中、血臭と血溜まりの中で、依頼人の奥さんの嗚咽が、ただ……聞こえていた……



−二つの涙 前編 − 了


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

2133 / 悠桐 竜磨 / 男 / 20歳 / 大学生/ホスト

1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い

5228 / 直江 恭一郎 / 男 / 27歳 / 元御庭番頭領

2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者

5085 / 陸 震 / 男 / 899歳 / 天仙

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■         ライター通信          ■
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 どうも、凪 蒼真です!

 直江様・モーリス様・陸様、初めまして♪

 シュライン様・悠桐様・セレスティ様、お久しぶりです♪

 皆様のお手元に、逸早くと思いつつ、やはりこんなギリギリですいません(滝汗)
 次はもっと早く、書ける様に頑張りますので、どうか宜しくお願いします(平伏)

 さて、前編としての終了形はこういう形に成りました。
 次回後編では、どの様な事件に発展してしまうのでしょうか?今暫くお待ち下さいませ。
 え〜次回はちゃんと、告知しますんで……はい、忘れないようにしますんで(滝汗)

 それでは、また後編も御気が向きましたら、お願い致します(深礼)