コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


とおりゃんせ

【0.オープニング】

「亡霊の通り魔だぁ?」
「うん。正確には亡霊の方は動かないんで、ちょっと違うんだけど」
 胡散臭そうにオウム返した草間に対して、駆音はにこにこと笑いながら答えた。その隣では俊哉が本日何度目か知れない溜息を漏らしている。
「馬鹿馬鹿しい。ただのかまいたち現象か何かじゃないのか?」
「……あれはつむじ風が吹く時に、空気中に真空が生じて起こる現象でしょう? それに毎回同じ場所で同じ時刻に起こるなんて偶然、考えられますか?」
 静かに反論してきた俊哉の横で、駆音がそうだ、そうだ、と相槌を打つ。草間はどさりと上体をソファの背凭れに投げ出し、鬱陶しげに片手をひらひらと顔の前で振った。
「どの道俺には関係ないね」
 指の間に挟んだ煙草を吸い、少し顎を上げてぷかりと煙を吐き出す横柄な態度の草間に、俊哉は突如怒りの形相をして詰め寄った。
「草間さんは自分に関係がないからと、市民の安全は顧みずに見過ごすというんですか!」
 普段無表情で冷静沈着な男にいきなり怒鳴られて、草間は尻を背凭れぎりぎりのところまで擦り上げて後退りした。何だって今日はこんなに真剣なのか。いつもは相方の駄々こねにうんざりして溜息を吐いているだけだというのに。
「お、お前等だって記事にしようとしてんだろ! そっちの方が質悪い!」
「我々は市民に注意を促すために記事にするんです」
 怒りの表情を下げてしれっとした顔で答えた俊哉に、解決した後に注意を促しても意味ないんじゃないか、とも思ったが、今は何を言っても上手く丸め込まれそうな気がした。今日は厄日だったのか、と草間は深く息を吐いて、取り敢えず目の前の男を押し返す。
「……仕方ない。ただしちゃんと報酬は貰うからな!」
 とっとと案内しろ、とやけくそ気味に煙草を灰皿へ押しつけた草間に、俊哉は礼を言って頭を下げ、続いていつもの無表情で告げた。
「それでは俺は死ぬほど忙しいので失礼します。記事の方はそこの馬鹿に任せてありますから」
 言うが早いか鞄と上着を掴んで脱兎の如く去って行った俊哉を呆然と見送り、草間は嵌められたということを悟った。単に忙しい時期に厄介者払いをしたかっただけなのか。珍しく彼が真剣だった理由に思い至り、草間は脱力して再びソファをずるずると滑り下がる。一人やる気に満ちた男を見上げて、草間は腕を額の上に持ち上げながら言った。
「……なぁ、俺より役に立ちそうな奴呼ぶからさ、そいつらと行って来いよ。きっと良い記事が書けるだろうから、頑張れ」
 投げ遣りな口調で言ったにも関らず、額面通り受け取り拳を振り上げる男を尻目に、草間は携帯の番号を押すのだった。


【1.集合】

「……まったく、武彦さんは押しに弱過ぎるのよ」
 タイピングしていた手を止めて、シュラインは溜息混じりにそうぼやいた。ドライバにディスクを差し込んで保存ボタンをクリックする。絶妙なタイミングで手元にお茶が出され、シュラインは振り返って零に感謝を述べると、丁度いい具合に温かいお茶を一口啜った。
「あれは脅迫って言うんだ。俺は悪くない」
 草間はむすっとした調子で答えると、先ほどからちっとも落ち着かない駆音を睨み上げた。玄関の方をちらちらと気にしている彼には、まったくもって効果はないようだったが。
「何人呼んだ? シュラインさんも勿論行くだろ?」
 ドアからこちらを向いた笑顔の問い掛けに、シュラインは曖昧に笑み返した。色々と不安もあるので着いては行くが、勿論というほど強く所望しているわけではない。
 と、折り良く来客を告げるブザーが鳴り響いた。お盆を片手にテーブルを台布巾で拭いていた零が、慌てて玄関へと向かう。扉を開けると背の高い精悍な顔つきの男が背筋を伸ばして立っていた。
「あ、こんにちわ。――お兄さん、直江さんがいらっしゃっいました」
 零の上げた声にぞんざいに答えて、草間は玄関から正面に位置するデスクから直江を手招いた。銜え煙草のやる気を感じさせない姿に、直江は溜息を漏らすと、草間の隣りでうろうろしている男に向かって会釈した。
「初めまして! 俺は駆音。直江さんだっけ? 今日はよろしくな!」
「ああ、よろしく……」
 ぶんぶんと握られた手を振り回されて、直江は今回も草間が依頼を放棄した理由がわかったような気がした。視線を巡らせるといつの間にか仕事を終えたシュラインが、奥の応接ソファで手招きをしている。直江は緊張の為に少々顔を強張らせ、ギクシャクとした足取りで応接スペースへと向かった。
「亡霊の通り魔退治だと聞いたんだが……」
「正確にはそれを取材したいっていうのが今回の依頼ね。でもまぁ、直江さんは普通に退治の方に協力してくれればいいと思うわ」
 真正面を向いたままこくりと頷いた直江に、シュラインは苦笑した。特に交わす会話もなく、テーブルの上に鎮座した茶菓子を勧めてお茶を注いでいると、派手な音がして興信所の玄関扉が再び開いた。
「くっさま〜! 遊びにきたよぉ〜。草間がお腹を減らしていると思って、ちゃんとお菓子も持ってきたんだ〜」
 元気良く告げられた言葉に草間は眉を顰めた。そりゃあ確かに月末はいつも貧乏生活も佳境に入っていて、カップラーメンすら危ういような食卓事情になってはいるが、菓子で腹を膨らませようだなんて考えたことはない。ハードボイルドを目指す探偵は、極力甘い物は避けて通るべきなのだ。……日本人の性質として、温泉饅頭の類は断れないのだが。
「え〜。何、先輩。こんなか弱いお嬢ちゃんにまで声かけたわけ?」
 丁重に辞退した草間の代わりにお菓子を貰いながら、駆音は草間に白い目を向けた。草間は最早相手にするのも面倒臭そうに、「んなわけないだろう」と手を払ってあっちへ行けの仕草をする。みあおは一生懸命飛び跳ねて、2人の間に割って入ろうとした。
「何なに、何の話〜?」
「亡霊の通り魔のお話じゃないかしら」
 よく響く色っぽい声に、全員の視線が玄関へと向かった。艶やかな黒髪の美しい女性が小さく手を振っている。
「初めまして。私は九音 奈津姫。アトラスさんの紹介で来たのだけれど……」
 微笑した奈津姫に駆音が小さく「テレビで見たことある人だ」と呟いた。シュラインが「もしかして……」と腰を上げる。
「アカデミー賞を受賞してませんでした? 私もテレビで見たのだけれど……」
「まぁ、私のことをご存知なのかしら? とても光栄だわ」
 奈津姫が笑みを深くしたところで、草間は「俺は知らないぞ」とぼやくように告げた。それを聞き逃さなかったみあおが、「草間は野球か競馬の中継しか見てないもんねっ!」とずばり切り捨てる。
「……ともかく、草間、あんたが頼んだのはこれで全員なのか? 無駄に時間を過ごしていれば、また被害者が出るかも知れんだろう」
 渋面を濃くした直江が痺れを切らしたかのように言った。それに対して草間が口を挟もうとしたが、駆音が先を奪ってしまった。
「じゃあ先に現場に向かって亡霊をおびき出しておく班と、調査班とに別れよう! 俺は勿論調査班で」
「みあおも調査班かな〜? 調べてみたいこともあるしね」
「私も調査班に回った方が良さそうね。亡霊相手に戦えるわけでもないし……」
「なら私が現場に向かおう。結界を張る準備もして来たから、役に立てるだろう」
「あら、それなら私も亡霊の方に行こうかしら。囮になって差し上げるわ」
 さらににっこりと妖艶な笑みを浮かべた奈津姫に、直江は体を固くした。表情もますます険しくなっていく。女には慣れないな、と彼は赤面してしまいそうになるのを堪えつつ、眉間に寄ってしまった皺を解すように額に手を当てた。


 それから結局草間が止める暇もなく、一行は興信所を出、2手に別れてそれぞれ仕事を開始したのだが、数分後にまた興信所のブザーを鳴らす者があった。鍵の開いたままだったドアを大きく開いて入ってくる見知った顔に、草間は片眉を上げて目を見開く。
「――遅いぞ、神納。もうみんな行っちまった」
「え、マジ? おっかしいなぁ、今日は朝からヤンキーに絡まれて、結構ツイテる日だと思ったんだけど」
「……お前のその感覚は、俺には一生わからんよ」
「んー。何つーか、血が騒ぐんだよねー。……で、どこ行ったの?」
「実戦班は○×神社近くの路地らしいぞ。舗装されてない坂になってる細い小道だそーだ」
「サンキュ。じゃ、俺も行ってくるし」
「おー。適当に頑張れー」
 じゃー適当に応援しててねーと言って笑って去っていく後姿を、草間は手元のノートに視線を遣ったまま、手を振ることだけで送った。ノートにはぎっしりと黒と赤の数字が羅列しており、1番下の段は赤い数字で終わっていた。
「……しばらく煙草ともお別れか」
 既に随分短くなった煙草のフィルターを噛みながら、草間は苦々しげにそう独り言ちた。


【2.調査】

「戦国時代の武将?」
 鸚鵡返しに首を傾げたシュラインに、駆音はそうそう、と数度頷いて見せた。
「確かなの? それ。……にしたってどうしてそれが今更……」
「俺だって事前調査ぐらいするさー。一応被害者も全員あたって、図書館にも行ったんだ」
 得意げに顎を上げた駆音に、だが前回は散々だったことを思い出して、シュラインは苦笑する。計画性なんて皆無のように思えた彼も、日々成長しているみたいね、なんて自分より年上らしい男に対して思った。
「被害者状況も調べてあるのかな?」
 道の脇の影の部分だけを踏むようにして歩いていたみあおが、影から影へと大きく跳んだ後に振り返って尋ねた。駆音は手元のメモ帳に視線を落として答える。
「詳しい数はわかんないんだけど……何せ何十年かごとに起こってるみたいでさー。今年入ってからならまだ3件。元々人通りの少ないとこだしね。それから被害者が全員亡霊の仕業だって言ってるんで、警察は動いてないっぽい。3人ともたまたま現場の近くを通ったってだけで、ここらの住人じゃあない。ついでに1人目が30近い女性、2人目が中学生、3人目は40過ぎたサラリーマン」
 メモ帳を捲る駆音の説明を聞きながら、一方でシュラインは今回の事件について自分なりに整理し始めていた。
 戦国、といえば今からやく500年も前のこと。それだけ昔のことならば、細かい記録は図書館に寄贈されている書物では追い切れないかもしれない。いっそ、何代も続いているような旧い家なら……。
「神社へはもう行った?」
「神社? ……って、あのボロいとこ? 悪霊払いならもっとでかい所に頼んだ方がいいと思うよ?」
「そうじゃなくて、聞き込みに行くのよ」
 ほら、急いで、と駆音の背を叩き、みあおにも促して、シュラインは神社へと駆け足で向かった。


【3.過去】

 焼けて何度か修復したらしい神社は、ほとんど元の形は残っていないが室町からのものらしい。神主だという老人は、既に80を越えていそうな容貌だった。神主は事件について話を聞きたいと言えば、快く座敷の方へ通してくれた。
「ここら辺でつむじ風が吹いたりとかするのかな?」
「つむじ風かい? ああ、もしかして“かまいたち”のせいだと思っているんかな? でもお嬢ちゃん、かまいたちはつむじ風が原因で起こるとはかぎらないんじゃよ」
 風はなくともかまいたちは現れるからの、と神主は目尻の皺を深くしながら言った。それから多分、この事件がかまいたちのせいではないということも。
「私も父親から聞いただけじゃから、詳しいことはわからないけれども――戦国時代、この辺りに大名に仕える武将の屋敷があってなあ。そこの家は庶民出で、それでも大名様からの信頼厚く、武家衆からの妬みもあったんじゃろうて。夜半の内に襲撃されて、屋敷に火まで放たれて、それでも武将は刀を取って戦った。家の中は煙がすごうて、手当たり次第に会ったもんはみんな斬りつけたらしい。……中には自分の子や妻もおったとかで」
 結局武将は煙のせいで倒れて、それからはここいらで血が流れて人が死んだ時には、思い出したように出て来るようになったんじゃ。と神主は困ったような顔をして言った。
「……除霊を試みたりはしなかったんですか?」
 黙って話を聞いていたシュラインが口を開いた。神主はゆるゆると首を振って苦笑する。
「うまくいかなんだでのぅ……あれはもう、誰かが斬ってやるかせんと」
「……だよね。斬ってあげることが亡霊のためにもなるよね!」
 沈黙の空気が流れかけたところで、みあおがそれを振り払うように声を上げた。きっと、亡霊は過去に捕われていて苦しい思いをしているに違いない、と、己の心に言い聞かせて。
「なら善は急げだよ!」
 おじいちゃんありがとね〜! と大きく手を振って神主に別れを告げると、みあおは先陣を切って現場へと走り出した。


【4.亡霊】

「直江さん、九音さん!」
 息を切らしてシュラインとみあお、それに駆音が駆けて来た。先の2人の無事を確かめて安堵の息を漏らすと、今度は亡霊と戦っている神納の方を見てシュラインは驚きの声を上げる。
「神納さんも来てたの?」
 神納は片手だけ上げてそれに答えると、すぐさま亡霊を相手に構え直した。強い――というよりは、こちらからの攻撃に手応えを感じられないような気がする。反対に、太刀筋は見えているはずなのに、何故だか刃先が皮膚を掠めていくのだ。
「調べたんだけどね、亡霊は“影”で、見えてるのは幻影らしいよ! 影が動きやすいから、夕方日が落ちるのに合わせて出て来るんだって!」
 みあおの言葉に神納は素早く地面を見渡した。だが、木々の影や自分の影が邪魔をして、どれが亡霊の影なのかは判別がつき難い。
「結界で影を他のものから切り離す! その後を頼む!」
 叫んで直江はもう一枚呪符を取り出し、念を込めた。亡霊の強力な抵抗で苦痛が生じ、歯を食いしばる。それは結構な荒業で、そう長い時間もつような物でもなかった。
 だが、神納が現れた亡霊の影を斬りつけても、それに決定的なダメージを与えることは適わない。直江の張っている結界が、神刀である神納の刀の力まで制御しているからだ。小さく舌打ちをした神納に気付いて、九音が声を上げた。
「私が呪符を燃やすから、その一瞬に彼を斬ってしまってちょうだい。体力を消耗するから、1度しか使えないのだけれど……」
 奈津姫がこめかみに指を添えて、静かに目を閉じた瞬間に、4つのクナイが囲む結界ごと呪符が燃え散った。眠りのために崩れ落ちた奈津姫の体を支えて、シュラインは一騎討ちの行く末を見定めんとする。亡霊が刀で神納を斬り下げようとしたが、それより速く神納の刀が横一閃した。
 ――紅い影は、ゆらりと揺らぎ、塵のように霧散して、消えた。


「いやー、凄かった。マジで凄過ぎて、俺うっかり写真取るの忘れてたw」
 緊迫した空気の中、駆音が場にそぐわない明るさで告げた。その場にいた者の視線が一斉に彼に集中する。
「写真のない怪奇ネタ新聞記事なんて、ゴシップ同然じゃないの?」
 無邪気に問うたみあおに、駆音は「そうだね〜。記事には出来ないね〜」などと悠長に笑っている。
「……何となく、こうなる予感はしてたのよ……」
 頭痛に見まわれたシュラインが、額を押さえてそう言った。静かに眠っている奈津姫に、心の中で駆音の代わりにそっと詫びる。今回の依頼は、依頼人のせいで半分失敗してしまったのだと。
 にもかかわらず、刀を納めて振り返った神納は肩を竦めてみせたぐらいで、直江は一つ溜息を吐いただけだった。
「ま、いいんじゃね? 俺は結構楽しかったし」
「私は元々記事だかの件は聞いていなかったし、特に問題はないと思うが……」


 かくして、5人+αの亡霊退治は、誰にその壮絶さを知られる事もなく終わったのだった。


 >>END



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5228/直江・恭一郎(なおえ・きょういちろう)/男/27才/元御庭番頭領】
【4994/九音・奈津姫(くおん・なつき)/女/24才/女優・歌手】
【1415/海原・みあお(うなばら・みあお)/女/13才/小学生】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26才/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3620/神納・水晶(かのう・みなあき)/男/24才/フリーター】
(※受付順に記載)


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、ライターの燈です。
「とおりゃんせ」へのご参加、ありがとうございました。

 発作のように突発的に戦闘物を書きたくなり、何の捻りもなく亡霊によるかまいたち。なので今回はまったくオチとか流れとか無い状態から、皆様のプレイングを頼りに書かせていただきました。
 ……にしても、知り合い設定とか能力とかいろいろ捏造してしまいましたが(汗)そこはスルーの方お願いします。5人で自己紹介とかしたら、長くなりそうだったので…。それでなくても今回は導入部分が終わらない、終わらない……。代わりに2と3は短いですが、一応PC様それぞれの視点に近付けたものになってます。

 それでは今回はこの辺で。ここまでお付き合い下さり、どうもありがとうございました!