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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜炎魅〜



 綾和泉汐耶はむぅ、と小さく唸った。
(あれは……なんなのかしらね)
 何かの封印から洩れたモノとか……?
(原因がわからないのよねぇ)
 はあ、と嘆息した。
 図書館の、ある棚の前に座り続ける少女がいる。美しく儚い娘だ。
 窓際に座り、ずっと窓の外を眺めている。それだけだ。
 だからこそ汐耶も対処に困っているのである。
(残念ながら、私には憶えがないのよね……)
 これは封印しておくべきかしら?
 今日は休館日だから人がいない。だからこそ放置をしているのだが。
「歌ってるのかしら……?」
 半透明な少女は囁くように口を小さく動かしている。
(まあいいわ。明日は通常通りに開けるんだもの。夜にもまだ居たら封印しておきましょう)



 一通り仕事を終えた汐耶は時計を見て目を開く。
「もうこんな時間……。早めに帰ろうと思っていたのに」
 やれやれと立ち上がり、机の上の書類をまとめにかかる。
 その中の書類に目がいき、手が止まった。
(……遠逆家の情報)
 書類を引っ張り出して眺める。何度見ても書いてある内容は変わることはないのだが。
 机の上に書類を戻し、汐耶は図書館の見回りに出かけた。

 こつんこつんと足音が響く。
「あ、そういえば……あの半透明の娘さんはまだいるのかしら?」
 汐耶は思い出してそちらに足を向ける。確かこの奥の窓際の棚だったはず。
 そっと覗くと、やはり居た。
(……まだいるわね。しょうがない、封印を……)
「待て」
 小さな声が耳元でして、汐耶が仰天して動きを止める。
 彼女の真後ろに少年が立っていた。桃と漆黒の瞳を持つ少年だ。
「と、遠逆くん?」
「迂闊に近づくな。喰われる」
「喰われるとは……穏やかじゃないわね」
 それよりも。
「気配を消して現れないでちょうだい。おねえさん、驚いちゃったでしょ?」
 眉間に皺を寄せて言う汐耶に、彼は苦笑する。
「気配には敏感だと思ったんだがな?」
「キミは特殊なの。まるで私の影みたいに気配がなくて……」
「ふぅん。そういう風に言われたのは初めてだな」
 感心したように言う和彦は、無邪気な顔だ。汐耶は不思議そうにする。
(あら? どうしちゃったのかしら……。表情が柔和だわ)
 まじまじと見られて和彦はやりにくそうに顔をしかめた。
「それで、アレは……なに? もしかして憑物かしら?」
「肯定だ。あれは憑物」
「そうなの……。そうは見えなかったわね」
 驚く汐耶と和彦は小声で喋り合う。
「見えなくて当然だ。あれは本当の姿じゃない。あれは尻尾の先みたいなものだ。本体はアレの先に繋がっている」
「でも……幽霊みたいなものが見える人って、そんなにいないと思うけれど……」
「アレは一般人の目に見えている。本当はどんな姿なのか、見せてやろう」
 ひゅっ、と和彦が汐耶の目の前で人差し指と中指を揃えて軽く振る。汐耶は不思議そうにした。何も変わったところなどない。
「? 今のは……?」
「いいから」
 顎で娘を示す和彦から視線を外し、汐耶は窓際を眺めた。そしてぎょっと目を見開く。
 アレはヒトの姿をしていない。内部に文字が散乱し、それが輝きを放っているのだ。あれは呪いというより…………。
「魅了?」
「正解。あれはまやかしで人を惹き寄せるタイプだな」
「倒せるの? 遠逆くん」
「倒せる」
 断言する彼を、汐耶は頼もしいと思う。彼は嘘をつかない。自信のないことを口にはしないだろう。
「でも、どうして私には効果がなかったのかしら……? 特に気になったわけでもなかったし」
「そういう免疫ができてるんじゃないのか? あんたは奇妙なことに首を突っ込むのが趣味だからな」
「失礼ね。そんなわけないじゃない」
「あんたの妹も大変だ。こんな姉がいたら、さぞかし心労を感じていることだろう」
 哀れむように言う和彦に、汐耶はムッとする。わざと言っているのがわかるため、相手にするのもどうかと思ったが……。
「私を遠ざけようとするのはやめなさいっ」
 小声で怒鳴ると、彼はぴたりと言葉を止めて冷酷に見てきた。先ほどまでの親しみなど、消え失せている。
「……やれやれ。あんた、本当に勘がいいとみえる」
 肩をすくめる和彦だった。
「アレは少し戦うのにコツがいる。あんたじゃ無理だ」
「だったらそう言えばいいじゃないの。どうしてああいう言い方をするのよ、キミは」
 叱る汐耶に、和彦はむっつりとする。
「うるさいな。手っ取り早いんだよ」
「お。今の口調はキミの素?」
 かっ、と頬を赤らめて和彦はぷいっと力強く顔をそむけた。図星のようだ。
 かわいい。
 汐耶はそう思って苦笑してしまう。
 普段、どこか堅苦しい口調で喋る和彦とはどこか違った発音を、汐耶が耳ざとく気づいたのだ。
「お喋りはここまで。綾和泉さん、もう少し離れたほうがいい。あと、理解しようとするなよ?」
「え?」
 最後の言葉の意味がわからなかったが、和彦はそう言うなり娘に向けてすたすたと無遠慮に近づいていった。

 近づいた和彦は娘を見遣る。その瞳に感情はない。
 娘は気づいて和彦を振り向いた。誰をも魅了する美貌の少女は、にこりと微笑む。だがそれに揺れる心など、和彦にはない。
 その心は……いま、汐耶のもとに置いてきた。
「憑物よ。餌を探すのをやめるがいい」
 微笑が凍りついたようになる。和彦は続けた。
「惑わしは俺には効かぬ。その『心』はここにあらず」
 淡々と言う和彦の声はまるで氷だ。冷たく、なんの温かみもなかった。
「どうして」
 少女はくしゃりと泣きそうな表情になって口を開く。まるで鈴のような声だ。
「わたしは……待ってる……だけよ……?」
「なにを?」
「あなた」
「違う」
「いいえ。あなたよ」
「違う。おまえは餌を待っている」
「え? え、って?」
「おまえの惑わしは効かぬと言ったぞ」
「じゃあこれはどう?」
 姿が変わる。別の女性になった。
「それがなんだ」
「……? どうして?」
「ソレがなんだと訊いている」
「これは……あなたの血縁者……」
「だから」
 和彦は冷たい目で言う。
「それが、なんなのかと言っている」
 美しい女性の姿から、元の少女に戻る。ぜえぜえと少女は肩で息をしていた。
「おまえぇ……なんだよ……」
 低い声が少女の唇から洩れる。苦渋のものだ。
「退魔士、だ」
 ずぎゃ、と和彦が手にした漆黒の刀が少女の額を貫いた――――。

 棚の影から覗いていた汐耶は疑問符を浮かべる。
 彼らの会話は耳に入り、様子も全部わかっていたが……。
 少女の内部の文字が激しく動き、異様な輝きを何度も何度も発した。だがそれに気づかぬように和彦は淡々と会話をしていたのだ。
(理解……ねぇ)
 耳を傾けるな、という意味だったのかもしれないと汐耶は思う。
 少女の言葉の意味を理解せず、ただ返答だけをする和彦の様子だと……そうなのだろう。
 唐突に、和彦が刀を影で作り上げて少女の頭を貫いた。あまりにも自然で、汐耶も攻撃に反応が遅れる。
 悲鳴が図書館に響いた。耳をつんざくほどの、音量で。
 汐耶が思わず両耳を手で塞ぐが、和彦はお構いなしに少女を脳天から叩き潰した。変形させた武器は、小船のオールに似ていた。
 潰れた少女は霧散するが、それは光の粒子となって空中をさ迷う。それを見逃す彼ではないだろう。
「逃がすか」
 和彦は素早く剣へと形を変えた武器を、図書館の床に突き刺した。少女が立っていた場所の、真下だ。
 汐耶が慌てて出てくる。
「と、遠逆く……」
「っ、汐耶さん、危ない!」
 武器から手を離して和彦が汐耶に手を伸ばし、突き飛ばした。その指先が一瞬で吹き飛ぶ。
 目の前で散った彼の指に、汐耶が青ざめた。
「大丈夫だから、どけてろ!」
 怒鳴った少年は床からの攻撃を鋭く睨みつけ、影を手に呼ぶ。棍をガン! と床に打ちつけた。
「出てこないつもりかっ! ならば、出たくさせてやるっ!」
 怒気を宿した瞳で和彦は大声で言うなり、槌へと武器を変える。
「出、て、こ、いっ!」
 ずどん――――!
 図書館が揺らいだような気がした。
 粉々に砕かれた床の下は……闇しかない。これには汐耶も驚く。なんでこんなに真っ黒なんだろうか?
「ど、どうなってるの……?」
「……まだ退がっててくれ」
 顔をしかめる和彦の目の前に、闇から誰かが現れる。それは汐耶と同じ姿をしている。
 腕組みし、彼女は妖艶に微笑した。
「姿を借りたか、憑物よ」
「退魔士よ。己の心は戻ったか」
 同じような口調で返してくる憑物は、ふふっと笑う。
「この姿ならどうだ? おまえはこの女に情を移しているな?」
「…………」
 無言になる和彦。汐耶は両者を交互に見遣った。
 だが。
 和彦は無感動に腕を出した。降参するのかと思われたが、滑らかに動いた手の指は再生され、漆黒の刀を握っている。
 憑物の額を、刀が貫いていた。
「なっ、え、ぎぃぃぃぃぃぃっっ」
 悲鳴をあげてのたうつ憑物を、彼は無表情で眺める。
「似ても似つかないだろうが、愚か者め」



「大丈夫か?」
 和彦が手を差し出してくる。尻餅をついていた汐耶は、その手を握って立ち上がった。
 憑物を、彼は無事に封印したのだ。
「おめでとう」
 微笑する汐耶に、彼はきょとんとする。
「なにが?」
「何がって、憑物を一体封じたじゃない。一歩前進よ」
「……お気楽だなあ、あんたは」
 呆れたように言う和彦であった。
 と。汐耶が彼の手をぐいっと持ち上げる。きょとんとする和彦。
「指……」
「ああ。さっきのか。これくらいならすぐに治……」
 る、と続けようとしたのだろうが、彼は言葉を止めた。
 汐耶が物凄い形相で怒っていたのだ。
「治るからいいってものじゃないでしょう! キミって子は!」
「えっ……と」
「どうしてそういうところに無頓着なの!」
 怒られてしまう和彦は、はあ、と気のない返事をする。
「床を掃除したらご飯を食べに行くわよ!」
「え? な、なんでそうなるんだ?」
「おねえさんの言うことがきけないっていうの!?」
「うえっ。あ、はい……」
 慌てて和彦は頷いた。

 床を復元させた和彦を連れて、汐耶は蕎麦屋へと急ぐ。
(「ありがとう」って言おうと思ったのに……)
 あまりの彼の無頓着ぶりについつい怒ってしまった。
 汐耶は大きく嘆息し、和彦を引っ張る手に力を込めたのだ――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女/23/都立図書館司書】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご依頼ありがとうございます、綾和泉様。ライターのともやいずみです。
 前回のこともあり、和彦の好感度がかなりあがっています。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!