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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜炎魅〜



 嘉神真輝は眉をひくり、と動かした。
 ちょっと冷たいものが食べたいなと思ってマンションを出ただけなのに。
(なんだ……俺をコンビニに行かせない気なのか?)
 人のいない街角。目の前に翼を広げている怪鳥に、真輝はうんざりする。
 隠れてそれを見ていた真輝はうーんと唸った。
(なーんであそこでバッサバッサと飛んでるかね……。その道を通らないと俺はコンビニに行けないんだっつーの)
 イライラしつつ心の中で文句を言う真輝。
 しゃん、と音がした。
(っ! 今の……! てことは、やっぱり……)
 あの変な鳥って……憑物?
 たらりと頬に汗を流す真輝だったが、くるりと方向転換した。
(和彦が来るだろうし、とりあえず避難だな)
 小走りに駆けて行く真輝の足音に、怪鳥がぴくりと反応する――――。

 空中の闇から現れた遠逆和彦は地面に着地する。
「……?」
 怪訝そうにする彼は周囲を見遣った。
「? おかしいな……ここらだと思ったんだが……」
 狙いが外れたか?
 それとも、逃げられた?



 真輝は一息ついて胸を撫で下ろす。
「ふっ。ここまで来れば安心……って、ぎゃーっ!」
 悲鳴をあげた真輝は、目の前に降りてきた怪鳥を見ておののく。
「なんでこっち来てんだよ! そ、そうか、そんなに俺って魅力的……」
 ちらりと怪鳥を見るが、鳥は翼を動かしてじっと真輝を見ているだけで反応はない。
 さあ、と真輝は青ざめる。
「じ、冗談は通じない様子だな……」
 ゆらりと怪鳥の瞳が揺らいだ。真輝の体が動かなくなる。
(なっ、金縛りかっ!?)
 足の指先まで自分の意志が伝わらない。
(動かねぇ……!)
 逃げなければ。
 怪鳥の瞳の中に炎が宿った。まずい、と真輝が本能的に危険を感じる。
 動け、動け動け動けぇ――――っ!
 そう思うものの、やはり体は自由にならない。
 くわっと鳥が嘴を大きく開く。その喉から熱い吐息が炎となって吐き出された。
(あっ、アチ……っ!)
 ん? と真輝は不思議そうにする。
 熱くない。
 あつく……?
「……か……?」
 真輝の目の前に、一人の少年が立っていた。
 眼鏡が熱で妙な方向に曲がり、地面に落ちる。
「和彦!?」
「……やあ、真輝先生」
 に、と微笑する和彦の右半身は、火傷で酷い有様だ。髪は縮れ、皮膚はめくれている。
 咄嗟に飛び出してきた和彦の右側が炎にさらされたのだろう。
 真輝は信じられない瞳を彼に向けていた。
「な、にやってんだ、バカっ!!」
「……馬鹿とは酷いな。庇ったのに」
 平然と言う彼の右腕は使い物にならないほど黒く焦げている。
「庇ってんじゃねえよ! 突き飛ばせよ、こういう時は!」
「突き飛ばす? 突き飛ばしたら、あんたはそこの電柱で頭を打ってたぞ」
 低く言う和彦は、あさっての方向を見ていた。
(なにをやってんだ、コイツ!)
 怒りに真輝は震える。
「大馬鹿野郎だよ、おまえは!」
「そうかな。少なくとも、あんたがケガをするよりいいと思うが」
「なに言ってんだ!」
 無言になる和彦の右半身は、恐るべき速さで再生されていく。
 血管がびゅるびゅると絡み合い、肉を生み出す。見ていて気持ちのいいものではない。
(なんだよ……ほんとに人間なのか……?)
 真輝がそう畏怖をしてしまうのも当然の光景であった。
 それを見て彼は嘆息する。
「……そういう反応は正しい」
「え?」
「気持ち悪いだろ?」
 さらりと言う和彦は、憑物に向き直る。突然の和彦の乱入に、怪鳥は上空へと逃げていたのだ。
 様子をうかがう怪鳥を、和彦は静かに見遣った。
「先生」
 真輝に声をかける。
「金縛りは憑物を倒さないと解けないようなのでな、しばらくそのままで居てくれ」
「はっ!? お、おい、ちょ……嘘をつくな、嘘を!」
「…………」
 彼は目を細めた。
「やれやれ。勘がいいのは早死にするぞ?」
 退魔士である和彦が、これしきの金縛りを解けないはずはないのだ。
 真輝が真剣なそれで言う。
「……足でまといって言いたいのか?」
「…………」
「……そうなんだな?」
 顔をしかめる真輝を横目で見ていた和彦が苦笑した。
「いいから。俺に任せてくれ、真輝さん」
「和ひ………………って、ハ!?」
 にっこりと和彦が微笑む。
「すぐに片付けてやるよ」
 ……顔と口調が一致していなかった。
 思わず青くなる真輝が、尋ねた。
「あ、あのさ……おまえ怒ってないか……?」
「怒る? ――――ああ、怒ってるとも」
 低く言う彼の言葉に真輝は怖くてのけぞってしまう。とはいえ、体に自由はないので心の中でだが。
「もう少しであんたが殺されるところだったんだからな……。怒って当然だ」
 和彦の言葉に真輝は「え」と呟く。
 彼の怒る理由がまさか自分にあるとは思わなかった。
 夜風に吹かれて揺らぐ和彦の髪。その下では、桃色の瞳が不気味に存在している。
「とにかくそこで見物してるんだな」
「あ! おいっ!」
 止める真輝の声など聞かず、和彦は影を収束させて棍にする。それを空に向けて振り上げた。棍があっという間に怪鳥まで伸びた。
 貫くと思われるほどの速さだったが、怪鳥はひらりと避けて一言大きく鳴く。
 炎が口から洩れ始めた。
 衣服はズタボロだったが、すでに和彦の肉体は完全復活をしている。
「……二度もやられるかよ」
 舌打ち混じりの悪態。
 棍を溶かして形を変える。それは大きく大きく伸び、鳥を縛り付けた。ゴムのような、紐だ。
 嘴さえも縛られ、怪鳥は暴れて空中で悶える。
 封じるのかと思う真輝だったが、怪鳥は和彦の攻撃を打ち破って翼を羽ばたかせた。生半可な相手ではないようだ。
「お、おいヤバイんじゃないのかよ!」
「そうかな」
 和彦は真輝を見もせずにぼんやりと呟く。
「マズイと……思うのは一瞬だ。すぐに忘れる」
「は?」
 空高く、鳥の奇声が響いた。耳が痛くなる。
 急降下してくる鳥に、真輝は目を見開いた。直撃されたらこの周辺一帯、ただではすまないだろう。
 どうするんだと和彦を見ると、彼は目を細めていた。
「本当にマズイのは、相手だ」
 左眼に力が収束していく。『なにか』が、彼の瞳に吸い込まれているのだ。
 真輝が悪寒を感じるほど禍々しく、不吉な能力だ。
(なにを……)
 なにを。
(なにを『喰って』んだ、あいつ……)
 怪鳥を瞳に捕らえたまま動かない和彦は、眼をぎらぎらと輝かせる。
 怪鳥が降下中に痩せ衰えていく。徐々に弱っていく鳥は、和彦の顔に爪が届くかというところで動きを止めた。
 もはやそこには凛々しい鳥の姿はなく、老いた一羽の鳥しかいない。
 和彦は無言で巻物を広げた。鳥が無念そうに弱々しく鳴く。
 真輝は……一連の光景を見て、悲痛に顔をしかめた。



「馬鹿っ!」
 大声で怒鳴ると、和彦は澄ました顔で「ああ」と頷く。
「そうかもな」
「そうかもなじゃねえんだよ! ったく、来るの遅いんだよ! おまえにケガまでさせちまった……」
「それなら大丈夫だ。ほら、ケガはもう……」
「アホ! そうじゃねえっ!」
 ダンダン! と足で地面を踏みつける真輝は、悔しそうに和彦を見つめた。
「治るからいいってもんじゃねえんだよ! ケガしたら痛いだろうがっ」
「…………否定はしない」
 ぼそりと言った和彦の声に、真輝はぐっと堪える。やはり、あの重度の火傷は痛かったのだ。痛くないわけはないと思っていたが……。
(バカ野郎……!)
 どれだけ痛かったろう。あの炎の前に躊躇なく飛び出て庇ったのだ。
「心も、身体も……! 痛いだろうが、ケガなんてしたら!」
「……なんでそんなにあんたが怒るんだ?」
 不思議そうに言う彼を、殴りたくなる。だが殴ってやらない。もう十分痛い思いをしたのだ。これ以上傷めつけたくなかった。
「怒るわいっ! 見てるこっちが痛いんだよ!」
「……真輝さん、なんで泣く?」
 じわりと涙が浮かんでいるのに気づいて真輝は慌てて瞼を擦った。興奮しすぎて涙が出てしまったようだ。
「ああもうっ! どうでもいいんだよ! もうやめろ! ああやって俺を庇ってケガするな!」
 教え子と同じくらいの年頃の少年にこれほどのケガを負わせた自分に、腹が立つ。
 そう、自分に一番ムカついているのだ。
 無言で真輝を眺めたあと、彼はふっと苦笑した。今までで一番柔らかい、彼の表情だ。
「どうも……。それほど心配されると、困るな」
「なに笑ってんだ、バカ!」
「ふふっ。いや、そんなに心配してもらったの、生まれて初めてだなって思って」
 照れたように笑う和彦に、真輝はムカッとしてしまう。
「かわいく笑ってもダメ! 許してやらんっ!」
「ははっ。かわいいと言われたのも初めてだ」
 くっくっ、と笑う和彦。
 と、彼は真面目な表情になる。
「友達を庇うのは当然のことだ。だから、今度もそういうことがあったら俺はあんたを助けるさ」
「……っの、まだ言うか!」
 て。
「と、友達ぃ!?」
「友人か?」
「言い方変えても一緒だろ!」
「いいじゃないか、どっちでも」
「……」
 むむむ、と眉間に皺を寄せる真輝は、煙草に火をつける。と、ライターの炎に動きを止めた。
 緋色だ。緋色は、火色。思ひの色と言うらしい。
(……どんな思いが憑物を生むんだろうな……。なんで……)
 和彦を見遣る。
(こいつが、その封印の役目を担ってるんだろ……)
 別のヤツがしたっていいじゃないか。こいつがこんなに苦労する必要なんてないはずだ。
 そうだ。
 和彦じゃなくたって……。
「なあ」
 じとっとした目を彼に向ける。
 ぼろぼろの制服をどうしようかと悩んでいる和彦は視線に気づいて顔をこちらに向けた。
「どうした?」
「憑物封じ……おまえがしなきゃいけないのか? 誰かほかのヤツがやったって……」
 ああ、と和彦が微笑する。
「なんだ。そんなに気に病むことはないのに」
「……気に病むって……おまえ……」
「呪われてるのは俺だ。俺がやるのが当然じゃないか」
 自分の呪いを解くためにやっているんだと、言わんばかりな……。
「誰かが四十四体封じたって……!」
「う、ん……まあ気持ちはわかるんだが。だが、他のヤツがやって、それで俺の呪いが解ける保証がないからな」
「だってよ……!」
「いいじゃないか。こうしてここに来たおかげで、真輝さんとも知り合いになれたんだし。な?」
 にっこりと笑顔で言う和彦を見て、真輝は悔しくてたまらなくなった。
 これで呪いが解けなかったら、タダじゃおかない。今の当主をぶっとばしてもいい。
「よくないっ!!」
 真輝の怒声が、夜空に響き渡った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2227/嘉神・真輝 (かがみ・まさき)/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、嘉神様。ライターのともやいずみです。
 完全に和彦の警戒がなくなりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!