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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜炎魅〜



 彼は振り向く。希は一瞬動きを止めるが元気よく手を挙げた。
「オハロー!」
 呆れたように目を細める遠逆和彦は、足を止める。希が駆け寄った。
「偶然ね、こんなところで会うなんて!」
「…………」
 と、気づいた。
 希から彼は少しだけ視線をズラしている。その顔の、その頬は……微かに赤い。
「ち、ちょっと! どーして視線を……。あっ! もしかしてこの間のキスのこと!? あ、あれは劇だった……って! あれくらいいいじゃない!」
 真っ赤になって言う希も、照れてしまう。
 和彦はちらりと希を見て、苦笑する。
「わかった。気にしない」
「…………」
 希は思わず微妙な気持ちになった。
(そんなにはっきり『気にしない』って言われると……ふ、フクザツ……)
 うーんと心の中で唸る。
「あれ?」
 気づいた希が和彦に手を伸ばす。その髪についた、葉を、取る。
「ついてたよ?」
「あ……うん」
 ぼんやりと頷く和彦は、希が持っている枯葉を見た。
 その様子に希は不審そうにする。
「どうしたの?」
「え? いや、べつに」
「…………もしかして、どこかで戦ったの?」
「朝方な」
 そういえばそうだ。こんな朝早くに彼が希の大学の近くにいることはおかしい。
 希は大学に提出するものがあったからここに来たのだが……。
「ケガ!」
「は?」
「ケガ、してない!?」
 和彦の両手を握って問う希に、彼はひどく驚く。
「し、してない……が」
「ほんとに!?」
「ほ、ほんと……だ」
 ぱちぱちと瞬きを繰り返す和彦に、希はしばらくしてからホーっと大きく息を吐いた。
「なら、ヨシ」
「よ、よし……?」
「だってだって! 和彦くんってすぐ無理しそうじゃない!」
 ぐいーっと和彦が希の顔を押して自分から離す。
「顔が近い!」
「いたたっ! でもでも! 和彦くんはやっぱり、そのね、だからーっ!」
「……考えをまとめてから喋ったほうがいいと思うぞ?」
 拳を作って希は「うし!」と勢いをつけた。
「元気で笑ってて欲しいの!」
「!」
 驚いた彼は、完全に目を見開き、そのまま硬直する。
 それから頬を染めて「バカ」と小さく呟く。
「どう見たって、俺は息災だろうが」
「え、えへへ。そ、そーだね」
 気のせいならいい、と希は思ったのだ。
 深く暗い……底なしの井戸を覗くような気分になった。
 彼の瞳がやけに……やけに暗かったから。



 歩く和彦の横を、希が並んで歩く。
「今日はなになに? 憑物封じ?」
「ああ。……ついて来てるってことは、手伝う気なのか?」
「もっちろん!」
 にっこり微笑む希に、和彦は苦笑する。
「そうか」
「あれ? 怒らないのね?」
「怒る? どうして?」
「だ、だってぇー。最初は危ないとか言ってたじゃない?」
「危ないことはない」
 はっきりと言い切った和彦を、希は見上げた。彼の黒髪が風に揺れる。
 どきりとしてしまう希に、彼は微笑みかけた。
「危ないなら、俺が護る」
「…………」
 ぽかーんとしてしまった希は、真っ赤になって和彦の前で手を大振りする。
「な、ななななーに言ってるのよ! からかわないでってばあ!」
 あっはっは。
 笑って言う彼女に、彼はきょとんとしてみせた。
「冗談は言ってないんだが……」
 そしてひどく視線を伏せる。
「……あんたはどうやったって危険に飛び込むじゃないか。だったら」
 だったら。
 和彦がまっすぐに希を見つめた。
 とても、綺麗な――視線。
「だったら、俺が護ればいいんだ。それだけの話だ」
「……ねえ和彦くん」
 希は心配そうに見つめる。
「なにか……困ってるの? ねえ?」
「どうしてそう思う?」
「だって……優しい」
 やさしい。彼がこんなに優しいなんて。
 和彦はぷっと吹き出してくすくす笑った。
「俺だって、優しい時はあるさ」
 ずき、と希の胸が痛んだ。
 彼はこれからも憑物を封じていく。
 封じていくのだ。それはゴールの見えている道。終わりのくる道。
(……こうして)
 彼と一緒に憑物を封じている間はいい。
(呪いが解けちゃったら……和彦くんにはもう会う理由がないんだ……)
 無言で歩く希は、後ろにぐいっと引っ張られてバランスを崩しそうになる。
「っ、えっ!?」
「見つけた! 退がれっ!」
 和彦に衣服を後ろに引っ張られたのだろう。希は数歩後退するものの、よろよろとしてしまった。
 彼は足もとの影を浮き上がらせ、その手に武器として形をつくる。刀だ。
 希は周辺を見遣った。いつの間にこんなところへ来たのか。そこは小学校だ。
(え? でも)
 人の気配を感じない。校門の向こうの校舎には、ここに通う子供達がいるはずなのに。
 校門を越えて駆けていく和彦を、希も追う。校門がまるでどこかへ通じる別の入口のように……ぐにゃり、と空間が歪んだ。
「えっ? な、なに今の!?」
「結界だ! 相手の領域だ。油断するなよ」
「もっちろん!」
 希は頷き返す。和彦は肩越しにそれを見て微笑した。
 それを見て希はまた不安になる。
 どうしてそんなに優しく笑うんだろう?
(……おかしいわよ、絶対に)
「おかしい……」
「は? 何か言ったか?」
「いいえ」
 むすっとして言う希だった。そして問う。
「敵が姿を見せないわね」
「……見えていないだけだ。その眼に映っていない。あんたは退魔の血をもっていないからな」
「そんなものなくたって」
「ああ。本来はいらない」
 はっきりと彼は言い切った。驚いたのは希だ。彼は退魔士。妖魔を倒すために居る存在のはず。
「必要のないものを眼に映すと、ろくなことにならない。それが世の中だ」
「ど、どーしちゃったの? なんか本当に今日、様子が変というか」
「見せてやろう」
 和彦がすうっと希の前で手を振った。上から下へ流れるように手が降り、彼の手が眼の前を通り過ぎると同時に光景が変わる。
 同じではない。色が妙だ。やけに薄暗く、黒い。そして……グラウンドに立つ小柄な影。
 さっきまであんなものはなかった。
「な、なにこれ!」
「視えるようにしただけだ。あれはまだ実体のない幽霊だからな」
「ゆうれい!?」
 素っ頓狂な声をあげる希は、慌てて自分の口を塞ぐ。だが今さらという気もした。相手の幽霊はずっとこちらを見ていたのだから。
「地縛霊だ」
「じっ……? それって、土地に縛り付けられてるとかいう……?」
「そういうことだな。だがここで死んだわけではないだろう」
 冷静に言う和彦に、影……子供は牙をむける。怒りだ。彼は怒っている。
「恨みが蓄積されて、ここに縛り付けられているんだ。赤羽根さんは、このグラウンドのどこかにあるモノを探してくれ」
「えっ? あたしは戦わないの?」
「見つけたら燃やせ。炎は浄化にはうってつけの能力だからな」
 それを聞いて希は強く頷く。そして駆け出した。
 希に注意が向かないように、和彦が武器を変形させる。大鎌だ。まるで死神である。
 それを肩越しに見ていた希は、前を向いて走り続けた。

「って、勇んで出てきたのはいいとして」
 希は校庭の隅をうろうろしていた。
「具体的になんなのか、和彦くんてばなーんにも言わないんだもの」
 校舎の上のほうでは派手な戦闘が繰り広げられている。この学校を根城にしている敵にしてみれば、和彦が不利なのは明らかだろう。
「ああ〜、早くしないと和彦くんが……」
 と、そこで腰に両手を当てて嘆息した。
「あの和彦くんが負けるところなんて、想像できないっていうか……」
 しかしまあ。
 このグラウンドからどうやって目当てのものを探せばいいのか見当もつかない。
 でも。
 希はきゅ、と唇を引き結んだ。
(せっかく和彦くんが信頼して任せてくれたんだもの。頑張らなくっちゃ!)
 とにかく見つけることが先決だ。だが何を?
(あの幽霊の子供がここにいる理由……か)
 そんなもの、わかるわけもなかった。
 和彦ならわかるかも……。
 はたとして、希は周囲を見遣った。
「そうだ……! あたし、さっき和彦くんに眼を……!」
 これで見れば!
 希はきょろきょろと見回す。どこか不審なところがあれば、わかるはずだ。退魔士の和彦なら気配でわかるだろうが、自分はそうはいかない。
(どこ……? どこも同じに見える……)
 よく見ろ。きっと見つかるはずだ!
(そうよ……。あたしから自信を取ったらなにもなくなるじゃない!)
 ニッと笑顔を浮かべる希は、は、として顔を振り向かせる。そして駆け出した。
 校庭の隅の、鉄棒だ。違和感を感じてここまで来たものの、希は首を傾げてしまう。
 だが彼女は気合いを入れると鉄棒の端まで行き、その下に屈んだ。手ごろな石を見つけてそれで地面を掘りだす。
(な〜んかこの下、怪しいかも)
 がりがりと地面を削る希は、急いだ。
 どうも体力の消耗が激しい。この中に長く居ることはまずい気がする。

 校舎の屋上で、和彦は対峙していた。片腕が落ちかけている。
(こんな姿見せたら……どんな大騒ぎになることか……)
 ぎゃーぎゃーとわめく希が想像できてしまい、彼は嘆息した。
 目の前にいる幼い少年は、憎悪の瞳を和彦に向けている。羨望が歪んだものだ。
(そんなに憎いか……生きている者が)
 どうして『自分だけ』がと、思うだろう。――――思うだろう。
 そうだ。
(俺だって、思わなかったと言えば嘘になる……!)
 認めるしかなかったんだ。そうすることでしか、楽になれなかった。
 でも。
 彼は薄く目を開く。その色違いの瞳は明らかに殺気を帯びた。
「くよくよしてたら、希さんに怒鳴られてしまうな……」

「あった!」
 見つけたのは一個の野球ボールだ。それは土でかなり汚れているが、間違いないと確信できた。
 彼の能力で霊視ができる今の希には、わかる。
 コレのせいで、あの幽霊はここに居るのだ。
 希はボールを軽く上に投げ、それを自身の能力で燃やす。
 もうこれで、あの幽霊がここに居る理由は…………ない。



 希はぎょっとして目を見開く。
「ちょ、ちょっと! 制服が……っ!」
「大丈夫だ。かすっただけだから」
 平然と言う和彦に、希は尋ねる。
「で? どう? 封印できた?」
「もちろんだ」
「やった!」
 歓喜する希であったが、一抹の不安は拭えない。これは終わりのある旅と同じなのだ。
 彼が全てを封印したその時、自分はどういう気持ちなのか……希はまだ考えるまいと思った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2734/赤羽根・希(あかばね・のぞみ)/女/21/大学生・仕置き人】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、赤羽根様。ライターのともやいずみです。
 和彦の態度がかなり柔和になりました。そして呼び方まで変わりました!
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!