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<東京怪談・PCゲームノベル>


迷いし君へ 〜笑ム先ニ…〜


 胸元で揺れるのは金のロケットペンダント。一見、無造作に首から下げられているように見えるそれは、持ち主の体が弾むたびに気紛れに辺りの光を弾いた。
 そして同じ輝きを放つのは、過剰に飾ることなく、けれど野暮ったいわけでもない、イマドキの若者らしく適度に遊ぶ髪。色を抜いたのではなく、元の色を覆い隠して作り上げられたその色は、彼の瞳の色にとてもよく似合っていた。
「ん〜…たまにはって思ったけど。これなら断然コンビニの方が面白い」
 瞳をくるりと周囲に巡らせ、ポケットに手を突っ込んだまま肩を竦める。ほとんど解けかかったネクタイが、申し訳なさそうに絡む寛げられた胸元。
 またペンダントが揺れた。
 今は亡き、彼――桐生・暁(きりゅう・あき)の両親の写真が収められた小さな箱舟は、未だ僅かな幼さを残した少年の心に何かを齎していた。それが何なのかは、彼本人しか知らない事かもしれないが。
「これなら映画見に行った方がよかったかも。ちょっと判断ミス」
 人目を引く端整な顔立ちを、すこしだけ不機嫌に歪めて唇を尖らせる。普段はカラーコンタクトだと誤魔化している真紅の瞳が、抜かりのない光を帯びて馳せられた。
 休日の午後。
 午前中は最近通い始めた劇団付属の養成所でのレッスン。それを終えて、同年代の少年達とぶらりと街に出た。
 何をするとでもなく、人波に流されて行く宛を探す。そのうち、今話題になっている映画の巨大看板に出くわし、連れのほとんどは映画館の中へと吸収されていった。
 別に映画に興味がなかったわけではない。チケットを買おうと並ぶ人の列から中の様子を思い浮かべ、それなら新しいギターでも見に行こうと思っただけ。暗く狭い空間で、人に酔うくらいなら、体を動かしていた方が気も楽だし。
 普通に、当たり前に。周囲がそうであるのと同じように、暁も現代の中をたゆたいながら生きている。
 しかし、些細な変化にも鋭く反応する者ならば、何かに気付けるかもしれない。
 そのありきたりの日常に混ざりこんでいる、微かな違和に。
「なーんか変わったこと、ねぇかなぁ」
 軽めの溜息を一つ。
 大き目の楽器店が入っている百貨店の下りエスカレーター。危くぶつかりかけた少しふくよかな中年女性に、蕩けるような笑みを見せてひらりと身を翻す。
 残念ながら目ぼしい収穫もなく、かといって今さらもと来た道を辿るのもつまらない。どうしようか、と迷いを心の中にだけ描き、顔にはこの季節に似合いの笑顔を浮かべる。
 これは既に癖。笑っていれば、自分を保つことが出来るから。この世界に取り残される事なく流されていられるから。
「……え?」
 しかし、そんな思惑も不意に崩される事がある。
「「あ!」」
 見事にはもった声は、暁がいる階を目指して登りエスカレーターで移動しつつあった男女が発したもの。
 年の頃は二人とも二十代半ば過ぎと云ったくらいか。男性の方は、ジーンズにシャツというラフな恰好、それに対し女性の方は暁の瞳の色と同じ真紅のビジネススーツをぴしゃりと着こなしている。
 その二人が、目を丸くしている暁の顔を指差し顔を見合わせた。
「ちょっと、そこの君!! 今、そっちに行くから動いたら駄目よ!!」
「逃げるなよ! 逃げたら追いかけるからな、館内放送で呼び出すからな! 高校生くらいの金髪赤目のお坊ちゃまって!!」
 突然上がった声に、周囲の視線が暁と問題の男女に集中する。
 多種多様な年代の人間が入り乱れ溢れる場所、誰も彼もが他人に無関心であるようで、自分と異質なものを鋭敏に嗅ぎ分け、射るような視線を流す。
 常人であれば、係わり合いになるまいと即座に逃げ出す状況の下、暁の目は一点に釘付けにされたまま動かせずにいた。
 やかましく騒ぎ立てる二人に挟まれるように立つ、小学校低学年らしき子供の姿。
 見覚えがある――そんな可愛らしいものではない。
 間違いない、その子供は。


「で、なんでこんな所に入らないといけないのかしら? ら? らら?」
 眼前に唐突に垂れ下がってきた柳の枝に模した紙紐をぐいっと掴み、火月がむっつりと唇をへの字に曲げる。
「え? 火月ってこういうの嫌い?」
「好きとか嫌いとか、そういう問題じゃないでしょ」
「大丈夫、アンタが転んだりしないようにちゃんと気をつけてやるから。な?」
「うん! ちゃんと見てるから大丈夫だよ!」
 ほんわり頭を暁に撫でられ、『アキ』と名乗った子供は満面の笑みを返した。同じ赤い視線が、薄暗い室内でぴたりと絡む。
「だけど、アキちゃんは迷子なのよ? それなのにこんな所に入ったら見つけられるものも見つけられなくなっちゃうじゃない」
 今度は右前方から飛び出してきた濡れたタオルのようなものを、驚きべき反射神経でアキが左手で弾き落す。
 ありきたりの子供では決して出来ないその行動に、暁は複雑な笑みを頬に刻んだ。
 現在に至る発端は、いっそ迷惑なまでの大声で赤いスーツの女性――火月(かつき)と名乗った――と、ラフな恰好の男性――此方は天城・鉄太(あまぎ・てった)と手を差し出しながら名乗られた――に声をかけられた事である。
 有無を言わせない強引さで腕を捉えた二人は、傍らに連れた子供と共に暁をあっという間に近くのベンチコーナーまで引き摺った。
 そうして、子供と暁の顔を見比べる事暫し。
『ほら、やっぱりそっくり。君がこの子のお父さんかしら?』
『……火月、年齢的に「お兄さん」って言ってあげた方が無難だと思うんだけど』
 って言うか、アンタ達が何者だよ?
 口元まで出かかった言葉は、喉の奥でぎりぎり踏み止まった。理由はただ一つ、暁の隣にちょこんと座って笑顔を振りまく子供のせい。
 男女の区別がつかないほど幼い顔立ちは、ビスクドールを思わせるほど整い、たまに首を傾げるたびに癖のない漆黒の髪がサラリと揺れては愛くるしい表情を浮き立たせる。
『この子、アキちゃんって言うらしいんだけど。どうにも迷子みたいなのよね。で、連れを探してたってワケなんだけど』
『急に呼び止めて悪い。でもあんまりよく似てたもんだからさ』
 ごめんな、迷惑かけて――そう苦笑いを浮かべながら自分の頭を撫でる鉄太の掌の感覚に、暁はようやく現実へと引き戻された。
『いや……確かに俺はこの子に見覚えはあるけど――だけど、今の俺の連れじゃない』
 ならば誰の連れになるのだろう?
 自らに問いかける言葉は再び胸の内にだけ留め、暁は自分と『アキ』を交互に見比べる大人二人に言い切った。
 微かに震えかけた語尾、どうやら火月も鉄太も気付かなかったようだった。

「ほら、お姉さん今度はそっち!」
 皆の先頭に立ち、アキが火月の手をぐいぐいと引っ張りながら小走りに駆ける。行く手に何かを見つけては、わぁっと甲高い歓声を上げては握った手の主を守るように立ちふさがる姿は、小さいながらに騎士を気取っている風。
 何がどう巡ってか。結局、アキの面倒を暫く見ることにした彼らは、デパートの屋上に作り上げられた期間限定のお化け屋敷の中にいた。
 シーズン先取りのイベントを告知するポスターの正面に大きく描かれたのは、所謂ヴァンパイア。颯爽と翻るマントに、口の端から覗く尖った犬歯――そして闇夜に浮かび上がる赤い瞳。
 彼らが最初に陣取ったベンチコーナーの壁に貼られたそれを、アキは魅入られるように眺めていた。
 その様子を思い出し、暁は鼻から自嘲めいた短い息を吐き出す。
「血は争えない――ってことかな」
「んぁ? なんか言ったか」
 辛うじて表情が伺える程度に仄暗い中、薄く笑う暁の顔を隣を歩く鉄太が覗き込む。前を歩く二人の姿は、既に角を曲ったのか見える範囲にはなかった。
「いや、なんでもねぇよ」
 視線を感じ、暁は軽やかに笑う。
 その表情のまま、突進してきたフランケン役の男性を音もなく躱す。伊達にカポエラを身につけているわけではない動きには一切の無駄がなく、軽やかにステップを踏むようにひらりと細い身体が空を舞う。華麗な妙技に勢いを全く殺す事の出来なかった男は、暁の隣を歩いていた鉄太に向ってバランスを崩す。
 慌てた鉄太は一歩身を引く、必然的に解かれる視線の交差。
「ほらほら、もうすぐ出口だぜ。あいつら、もう外で待ってるみたいだ」
 細い道が急に開け、一段高い位置に作られた棺を取り囲むような広い部屋に出る。そこにも既に先を行ったアキと火月の姿はなかった。どうやら相当な勢いで迷宮を駆け抜けたらしい。
 このまま進めば、あの棺とすれ違う瞬間に、ポスターで見たのとそっくりのヴァンパイアが登場するんだろうな。
 想像すると、今度は自然な笑いが込み上げてくる。
「全く、イマドキのはそんなコテコテじゃないんだってば」
 くくっと喉の奥を鳴らして、場に不似合いな声を殺した暁は、鉄太の腕を掴むとアキと火月の姿を探して走り出した。


「じゃ、ジュース買ってくるから待っててな。鉄太は付き合ってくれるだろ?」
「あーはいはい、一人じゃ持ち切れないもんな。あぁ、どうして俺って荷物持ちな運命なんだろう」
 暗い世界から解放された四人の視界に広がるのは、都会の低い青空。それでも薄闇に慣らされた瞳には、チカチカと陽光の煌きが眩しくて仕方ない。
 しきりに瞼をこするアキの頭を軽く撫でると、暁は鉄太を伴い自販機が並ぶスペースを目指した。
 振り返ると、少し疲れた様子を隠して、火月に笑いかけるアキの様子が伺える。
「全く、あのガキさっきからずーーっと笑顔のまんまなんだよな――って、何だその手は?」
「おごるのはやっぱ年長者だろ?」
 両手を揃えて差し出した暁の表情は、アキに負けない満面の笑顔。しかし、含まれる意図が全く違う。否、アキの方には意図そのものがないのだろうが。
「……で?」
「ここは自販機の前、生憎並ぶジュースはカップ物。でもお手軽一杯百円均一♪」
「……だから?」
「一人百円、四人で四百円。五百円玉でお釣りが来るぞ」
「それって『集り』とか言わないか? っは、ひょっとしてオヤジ狩り!?」
「アンタまだオヤジじゃないだろ」
 軽快に繰り出される言葉のジャブに、観念した鉄太がポケットの中の小銭入れから一番大きい硬貨を取り出し、天に向って放り投げる。
 わざと大きく描き出された放物線を、暁は弾みをつけてジャンプして軽々と掌中へと収めた。
 熱されたアスファルトの大地から巻き上げられたビル風が、暁の金色の髪を宙へと攫う。
「まぁ、軽い身のこなしだこと」
「アンタは重そうだよな、なんとなく」
「失礼な、身長が高いとおっしゃい。そんなに重くはないぞ」
 受け取った硬貨をさっそく自販機に投入し、まずはオレンジジュースのボタンを押す。ガタガタっとカップがセットされる音が響いた後、液体が注ぎ込まれる様子が小さな扉越しに垣間見る事が出来る。
 ひとしきりその様子を眺めた暁は、年齢も身長も一回り違う鉄太を見上げた。
「ところで、唐突だけど。アレ、お前だろ」
「……しかもアンタ達、ソレ分かっててわざと俺のトコ連れてきただろ」
 目が合った瞬間の切り込みは突然。
 けれど、どちらも動じた様子は微塵もない。
「まー、昨今不思議の多い世の中ですから? つか、気付かない方がおかしいくらい似てんだろ、お前とアレ」
「アレって言うな、子供時代の俺に失礼だぞ」
 一杯目の紙コップを取り出し、暁は鉄太に手渡す。二杯目もやはり先ほどと同じオレンジジュース。
 頬に刻んだ笑顔とは裏腹に、メニューボタンを押す指先は熱を失いかけている。
 最初、アキの顔を見た瞬間に分かってしまった。彼は幼い頃の――両親がまだ健在だった頃の自分の姿だと。
 有り得ない、という想いはどうしてだか浮かんではこなかった。
 鉄太の言葉の通り、この世界には不思議が満ちている事を知っているから、暁自身のその存在を持って。
「それは失礼。んじゃ何でアレが発生した理由とか分かるか? あぁいうのは歪でな、俺はそういうのをどうにかするのを仕事にしてるもんでな」
「だから、『アレ』とは『発生』とか言うな。全く、最初っから分かってるんだったら迷子とかややこしい事を言うなよな」
 取り出し可能ランプが点灯したことを確認し、暁は身をかがめて二杯目のカップに手を伸ばす。
 胸元から零れた金のロケットが、首に絡みつくチェーンを大きく揺らした。
 暁が火月と鉄太が「アキ」の正体に気付いていると知ったのは、行動を共にしてすぐ。普通なら係員なりに届け出て館内アナウンスをかけてもらえば済むはずなのに、それをしようとしなかったから。
 そう考えれば、二人が強引な手段で暁を巻き込んだ理由も納得いく。
「なぁ、なんか悩み事でもあんのか? あぁいうのは本人が――」
「二人でナイショ話?」
 続く筈だった鉄太の言葉を遮って乱入したのは小さなアキ。
 声音には密かな不安を滲ませつつ、顔には先ほどまでと変わらぬ笑顔を張り付けて、手の止まっていた暁と鉄太を見上げる。
「お姉さんが遅いから見ておいでって」
 自分の顔をマジマジと眺めてくる二種類の視線に怯んだのか、くるっと振り返って先ほどまでいた場所を指差す。そこにはヒラヒラと自販機の方向に向って手を振る火月の姿が残されていた。
「……面倒、こっちに完全に押し付けやがったな」
 苦く眉根を寄せた鉄太に、アキが何かを思い出したように歩み寄る。そして静かに小さな手を、届かぬ鉄太の頭に向けて一生懸命に伸ばした。
「おにーちゃんどーしたの? 何か困ってるの? そんな時は笑うといいよって母さんが言ってたんだぁ〜。それに父さんが笑い返して頭撫でてくれるの」
 困ったり、哀しい事があったら笑えばいい。
 そうすればきっと幸せが舞い込むから。
 変声期には程遠い声で語られる言葉の内容に、暁はたまらず固く唇を引き結んだ。
 彼は自分。過ぎ去った日々の自分。アキの言葉は自分が発していたもの。
『笑ってたら、父さんが笑い返してくれるんだ。そしてね、頭を撫でてくれるんだよ』
 蘇る声。
 それはアキの声ではなく、記憶の中で再生された古い響き。
 思えば、きっと父はそんな自分を見て複雑な心境だったに違いない。今の自分がアキの言葉に抱く気持ちと同じように。
「あー……アキ?」
 名前を呼ぶのは少し照れた。膝を折り、アキと視線の高さを合わせて柔らかい髪を梳くように、穏やかに頭を撫でる。
 そうされるのが好きだった自分を、遥か遠いもののように感じながら。
「笑う時は本当に笑いたい時だけにしときなよ。これからまだまだ笑わなくちゃいけない時が沢山あるんだ。使い切っちゃったら困るっしょ?」
 最後に、ぽふぽふと幾度か手の平を弾ませる。
 暁の言葉に、アキは鉄太に向けていた視線を移し、きょとんと目を丸くした。
 まじまじと眺められ、なんとも言えない気持ちになる。
 笑いたくない時にまで、誰かに何かをして欲しいからとか、誰かの為にとか無理に笑う必要はない。今の自分にはそれが分かっている。
 けれど、分かってはいるけれど。もう「笑う」事を手放せなくなっているから、だからせめて幼いアキ――暁にだけは、そうなって欲しくないと思って。
「……うーんっと……あ! はい!!」
「は?」
 今度は暁の目が丸くなる。
 突然、アキが暁の眼前に突き出した拳の中に握りこまれていたのは、見覚えのあるような気がする飴玉。
「えっとね、よくわかんないんだけど。だからね、そういう時は笑顔のおまじないなんだよ!」
 小さな手から、青年の物へと成長しかけている手へと丸い玉がころんと移る。
 暁がそれを早く頬張ることに、期待に満ちた瞳が鮮やかに輝く。
 薄い包装紙に包まれた飴。口の中に放り込むと途端に広がる優しい甘さ――かつて父が自分にくれた飴。笑顔になれる魔法の道具。
「甘、甘い……な。……くっはは! あはは!」
 込み上げてきたのは自嘲的な笑い。
 こうやって今の自分は作り上げられたのだ、そう思ったからか、それとも違う気持ちからか――自分自身でさえ定かには捕らえられない複雑な心。
 けれど、アキにはそんな判別などつかなかったのだろう。哀しい瞳をしているように見えたお兄ちゃんが笑ってくれた、と頬を薄く紅潮させて顔を綻ばせた。
 チクリと何かが暁の胸を刺す。
 笑っていよう、笑ってさえいれば、いつだって優しさが返される――信じていた。けれど、それは本当に幸せなことだったのだろうか?
 素直であれたのだろうか? 心から。
「あのさ……今の笑いが嘘だとしたらどう? きっと父さんもそうだよ。だから――せめて今の内は思い切り甘えときなって。無理することなんて何もないんだから」
 心臓を鷲掴みにされるような感覚を、明るく作った笑顔で押さえ込み、暁はもう一度アキの頭を撫でた。
 ただただ、優しく温かな気持ちを乗せて。
 どうか、一番大切な人の前では。
「甘い――甘いよ。本当に甘い……、甘過ぎて眩暈がしそうだ」
 暁の口の中で、ほろりと飴玉が形を崩して溶け落ちた。


「で、結局アンタ達は何者だったわけ?」
「ナイショv」
「いや、だからさっき言った通りそのまんま。人の集まるところには、星の数だけ奇奇怪怪な事が転がってるからな」
「何だソレ」
 『アキ』は、まるで甘い飴のように、暁に頭を撫でられている間にその輪郭を霞ませ、やがて溶ける様にこの世界から消えていった。
 自分のあるべき世界に帰っていったんだな。
 そう笑いながら語る鉄太に、ボタンを押すことさえ忘れていた3杯目のオレンジジュースを差し出され、ただ無言でその光景を見守っていた暁はようやく顔を上げた。
 天に輝く都会の太陽は、日常と変わらぬくすんだ光を地上へと降り注がせている。それを帯びた金の髪を、雑踏の中を駆け抜ける風が躍らせた。
 あれから少し時間が経ち、彼らは駅へと向う人の流れに乗っていた。
「まぁ、深くは追求するつもりはないけどさ」
 駅の構内に入る。
 壁の一角には先ほどまでいたデパートの宣伝ポスター。端にはお化け屋敷をアピールするヴァンパイアの絵。
 視界の端にその姿を映しながら暁は、飄々と笑う火月とあくまで普通に振舞う鉄太に向けて軽く肩をすくめて見せた。
 何が起こったのか正確に把握できているわけではないが、こういう日があるのも悪くはない。きっとそう云う事だ。
 自分の中に流れている血も、同じようなものなのだから。
「じゃ、俺らはこっちだから。気をつけて帰れよ」
「んな気ぃつけねぇといけないような年じゃねぇよ」
 向う改札は異なるらしく、券売機近くで行く手が別れる。火月はにっこり微笑を浮か軽く手を振り、鉄太は一度歩みを止めた。
 何事かと立ち止まると、暁の頭に大きな手が伸ばされる。
「お前の中の迷いは消えないままかもしれないけど。でも、その笑顔が心の底からの本物になればいいな、いつか。じゃないと、可愛い笑顔が勿体無い」
 二度、三度と柔らかい髪をかきまぜるように暁の頭を撫でた手が、すっと離れてバイバイの挨拶を形作った。
「じゃぁな。壊れるなよ」
 火月の後を追うように、長身が人間の森の中へと消えて行く。
「なんだよ、それ」
 呟きは誰の耳にも届かぬまま。
 なんとなく子供扱いされた事に唇を尖らせながら、暁もまた人の流れに乗って歩き出す。
 最後に撫でられた感触は、甘い飴と同じくらい懐かしい何かを髣髴させた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名】
  ≫≫性別 / 年齢 / 職業
   ≫≫≫【関係者相関度 / 構成レベル】

【4782 / 桐生・暁 (きりゅう・あき)】
  ≫≫男 / 17 / 高校生アルバイター、トランスのギター担当
   ≫≫≫【 鉄太+2 / F】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ライターの観空ハツキです。
 この度は『迷いし君へ。』にご参加下さいましてありがとうございました。
 納品、ギリギリになってしまい申し訳ございませんでした(既に恒例化しているのですが、私の場合;)

 桐生・暁さま、初めまして。改めまして、この度はご発注頂きありがとうございました。
 なんと申しましょうか、凄く心に響く「迷い」で、どう表現したものかと色々悩んだのですが……いかがでしたでしょうか?
 少しでも暁君の心を言い表し、そして『想い』を文字に出来ていれば良いのですが。
 余談ではありますが、執筆期間中に完成したイラスト商品に目の保養をさせて頂いておりました。美形さん……此方も上手く言葉に出来ていなかたらすいません。

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたらクリエーターズルームやテラコンからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回は本当にありがとうございました。