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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『【母の日】お母さんに会いたくて』



 家族の事を思い続けて、いつまでも現世に残っている若い母親の幽霊がいる。草間興信所の所長である草間・武彦からその話を聞いた時、我宝ヶ峰・沙霧の心は平静さを失った。
 一体、何のつもりでずっといるべきでない世界に留まっているつもりなのか?
 沙霧はずっと、摂理の一部として死にたくない、消えたくない、という感情に晒され続けてきた。それ故に、生や死という摂理については誰よりも敏感であった。そして、「生命」を蔑ろにするような行動を取られるのが何よりも嫌いであった。
 それは、沙霧が死と滅、そのものであり、沙霧にとって「生命」というものは、望んでも手に入れる事が出来ないから。どんなに欲しいと思っても、我宝ヶ峰・沙霧という存在に、「生命」というものを宛がう事は出来ないから。だから、沙霧は武彦の言う、その幽霊の母親にまったく同情などは感じなかったし、むしろ我侭でどうしようもない奴、と思っていた。
 依頼を受ける事にはしたが、沙霧の心の奥底で、生と死が入り混じり、いつまでも心が落ち着く事はなかったのだ。



 沙霧は電車を乗り継いで、東京の下町にある駅へと到着した。
 そばに大きな公園があり、正月ともなれば全国からお参りの為に人が集まってくる古刹があるその町は、駅の周辺は観光街になっており、土産屋や食事所が目立つが、奥の方は住宅地となっていた。依頼主である、柳一家の家も、その住宅街の中にあるのであった。
「柳…ここがその家」
 武彦から渡された地図を見ながら住宅街を歩き、やがて角っこに柳、の表札のついた家を発見した。
「草間興信所から依頼を受けた、我宝ヶ峰・沙霧です」
 玄関の壁にあるインターホンを押し、沙霧は中から返事が来るまで待っていた。
 玄関のすぐ横に庭があり、その庭の真ん中に、白い子供の用のブランコが置かれている。あのブランコのそばに、問題の幽霊が出没すると、武彦から言われた事を思い出していた。
「草間興信所の方ですね、よく来てくれました」
 扉が開き、中から30代後半ぐらいの男性が顔を見せた。
「依頼を受けた事は受けたけど。とりあえず、よろしく頼むわね」
 沙霧はいつもの、明るい表情で挨拶をし、心の奥底にある本当の感情は隠していた。
「我宝ヶ峰さんですね。私が柳・英一です。わざわざありがとうございます」
 沙霧を家の中に招きながら、英一が話を続けた。
「草間興信所の方からは、今日何名かの方がいらっしゃると聞きました。すでに見えている方がおりますが」
「そう。その人達も、私と同じような思いでいるのかしら」
 英一に案内されるままに、沙霧は居間へと通される。居間のドアを開けると、小さな女の子が本を読んでいるのに気づいた。おそらくは、この少女がまりな、なのだろう。
 少女はその隣りに居る、中年の女性と話をしているようであった。
「こんにちは!柳・まりなです。よろしくです!」
 元が元気な性格なのだろう。沙霧はまりなに自己紹介をした後、英一に勧められてソファーへと腰を降ろした。
「お母さんが会いに来るんだってね?」
「うん。そうだよ。あのね、もうすぐお母さんに会えるんだ。楽しみにしてるの!」
 沙霧が落ち着いた雰囲気の婦人と、まりなの話のやりとりを聞いていた時、玄関からチャイムの音がし、英一が部屋から出て行き、背の高い、沙霧より少し年上と見える女性と共に戻ってきた。その女性は、日本人ではないようだった。
「君も草間興信所から依頼を受けたんだね。私は古田・翠って言うんだ。古田グループの会長をやってるんだけどね、ここの話を小耳に挟んだんだよ。私にも夫がいるし、娘や息子がいるから、そのお母さんの気持ちが、わからなくもなくてね。こうして来たんだよ」
 皆がソファーについたところで、その婦人が言う。
「ええ、お二人の事は武彦さんから聞いているわ。私はシュライン・エマと言うの。草間興信所で事務員をやっているわ」
 エマと名乗った女性が、沙霧に会釈をする。
「ほっといたって人はいつかは死ぬわ。そして、死んだらそこで終わり。その後には何も残らない。残っちゃいけないのよ。それが自然の法則だもの」
 二人の自己紹介を聞いた後、沙霧は淡々と言葉を続けた。
「私は我宝ヶ峰・沙霧。草間興信所の方でこの話を聞いたので、ここへ来てみたわ。皆さんが思うところは色々とあると思う。だけど、私には私なりの考え方があるの。夜、あの子の母親の香奈枝に会ったら、それを伝えるつもり」
 その言葉が冷たく感じた者もいるかもしれない。決して、沙霧の表情や話し方が冷たいわけではないのだが、少なくとも、その母親の幽霊に同情や悲しみと言った感情はまったくなかった。
「興信所から話を聞いたんだけどね。何とも惨い話だけど、まあ、しょうがないね」
 出された菓子をつまみながら、翠が言う。
「皆様、今日は本当に起こし頂いて有難うございます。今日の詳しい事は、まだ娘には話していませんが、私も妻の事はずっと悩んでおりました。ですが、娘の今後の事を考えた時、このままではいけない、と思ったのです」
 エマにコーヒーを出しながら、英一が呟いた。
「そうね、私も出来る限りの事はするつもりだけど」
 悲しげな表情を浮かべている英一に、エマが口を開く。
「色々考えたんだけど、やはり本当の事を娘さんへ言うのはお父様が。でないと恐らく、柳さん自身気持ちの一生整理付かないわ。生死考えられる子にと願うなら、親が確り見つめる姿みせないと、とも思うから」
「私も同じだね。娘には、君たちから言った方がいいと思うんだけどね。母親は決別のために、父親はこれから娘を守っていく誓いのためにさ」
 エマに続いて、翠が言う。
「娘も、それを待ってると思う。子供はね、親が思っているより物事に気付いているもんだよ。その芽を開くのは、他人より親の方がいいに決まってるからね」
「そうですか…いえ、お二人の言う事は最もです。それが出来ないのは、私の気持ちの整理が、まだついていないからでしょう」
 二人の言葉を聞き、少し何かを考えた後、英一は答えた。
「妻を失って私の心から光すらも無くなってしまった時、幽霊という姿で妻が現れた。最初は、このままでもいいと思ってました」
 大人しくジュースを飲んでいるまりなの方へ、英一が視線を向けた。
「娘がとても喜びましたからね。だけど、それではいけないと思ったのは、成長していくにつれてまりなが、母親に似てきて、とてもしっかりしてきて。妻は娘の中にちゃんと生きている。だから、妻にはもう、心配かける必要はないと、気づいたからなんです」
「とにかく、今それをここで言ってもしょうがないじゃない?夜になって、幽霊が出てくるのを待とうよ。その幽霊をどうにかしなきゃ、どうしようもないし」
 沙霧が英一に向けて言う。
「まあ、そうだろうね。後はそのお母さんの幽霊に直接会った方がいいだろうからね。その子の言う通り、夜を待とうか」
 翠も頷いて見せた。
 沙霧達は、まりなや英一とたわいのない会話を交わしつつ、ひとまず夜になるのを待つ事にした。



 やがて、あたりはすっかり暗くなった。今夜は半月が出ているが時々雲に覆われ、星空もあまり良く見る事が出来なかった。
「そろそろ、お母さんが来るよ!」
 とても嬉しそうな表情で、まりながカーネーションを手にして、一番に庭のブランコへと近づいていく。少し色あせたそのブランコは、まるで何かを物語るようにひっそりと庭に佇んでいる。
 数年前までは、このブランコでまりなや母親の香奈枝が、沢山の思い出を作っていたのだろう。楽しい思い出が、ある日を境に故人を偲ぶ悲しい思い出に変わった時、その思い出の中に残された人や物は、人によっては見るだけで辛い物となってしまう。まりなや英一、そして香奈枝にとって、このブランコには一体どんな思いが残されているのだろうか。
「お母さん!」
 沙霧がブランコを見つめていた時、まりなが顔を輝かして叫んだ。まりなの視線の先に、ぼんやりとした影が現れ、次第に人間の形に変わっていく。
 日本人としては多少小柄で、髪の短い若い女性が、ブランコの横に音も立てずに現れた。その体は透き通っており、輪郭ははっきりしておらず、足の先の方は完全に景色に溶け込んでしまっており、空中に浮いているような姿だ。
 しかし、顔つきは何となくまりなに似ているところがある。それを見ただけで沙霧は、この幽霊がまりなの母親なんだと、すぐに認識した。
「まりなちゃん、それに英一さん。今年も、会いに来たわ」
 静かな、蚊が囁く様な細い声で幽霊が言う。
「お母さん、今年はね、ピンクのカーネーションだよ。お花屋さんで買ったの!」
 香奈枝のほとんどない足元に、まりながそっとカーネーションを置いた。
「香奈枝、また会いに来てくれて、嬉しいよ。ほら、まりなもこんなに大きくなった。どんどん、お前によく似てくるよ」
 何かを言いたい、けれど言えない、というような迷いのある表情で、英一が香奈枝に呟く。
「ええ、愛する貴方達の為なら、いくらだって会いに来るわ」
 幽霊だけれどにこりと微笑んで、香奈枝が答えた。
「実はね。伝えないと、いけない事が、あるんだ」
 英一の額に、それ程寒くないにも関わらず、汗の玉が浮かんでいる。一体どうして、そんなに言葉が続かなくなるのだろうかと、沙霧はもどかしく思った。
「旦那さんが直接は言いにくいみたいだから、私達が代わりに伝えるけど」
 口ごもり、言葉が途切れ途切れになってしまっている英一を助けるようにして、翠が話をつなげていく。
「この際だから、ハッキリ伝えるよ。君の気持ちはわかるよ。私も君と同じ1人の母親だしね。でもねぇ、このまま君がいて、何が出来るって言うんだい?」
「貴方はどなた?」
 淡々と落ち着いた口調で話す翠に、香奈枝が問い掛ける。
「何、ちょっと旦那さんに頼まれてここへ来たのさ。私の言葉は、旦那さんの代わりだと思って聞いて欲しいね。話を戻すけど、君は既に死んだ身で、幽霊で、夫や娘とは違う世界に住む者なんだ。判っているんだろう?」
「ええ、それは判っているわ。でも、私はそれでも家族に会いに来たいの。愛する家族に、死んだ身で会いに来ては、いけないと言うの?」
 香奈枝の顔から笑顔が消える。
「私も翠さんと同じ考えだわ。ずっとこのままで居られると思っているの?」
 翠に続いて、エマも香奈枝に話し掛ける。
「まりなちゃんは心身とも否応なしに育っていくけれど、お母様自体の変化はないし、それがご家族が成長する為の妨げになっているとしたら?私は、香奈枝さんにそれを考えて欲しい」
「そうさ。そんな身体で娘と居たって、悪影響になりはすれ、良い影響にはならないんだよ。娘にとっても、君にとってもね」
「どうして、そんな。英一さん、この方達が言っている言葉、全部貴方の言葉なの?」
 下を俯いたままの英一に、香奈枝が驚いたような表情で問い掛ける。
「香奈枝、やっぱり、そうだと思う。お前が会いに来てくれるのは嬉しいけど、だけど」
「故人を偲び想うのは当然の事だけれど、それを昇華出来ず縛り付けているのが、今の状態だろうし」
 言葉に詰まっている英一を助けるように、エマが再び口を開いた。
「まだ幼い子に死という現実、突きつけるのが辛いとの気持ちはあるでしょうけど、目を逸らさせ、自分が居たい気持ちを優先させ、本来教えるべき自然現象を歪んだ認識にさせるのはやめませんか?」
「そうなんだよ、香奈枝。お前の事を、いらないと言っているわけじゃあないんだ。だけど、今後、まりなが大きくなるにつれ、この子はお前をどんな思いで受け止めていくだろうか。本来あるべき自然の法則から外れて、生と死の区別もつかないような大人に、ならないとも限らない。極端な話かもしれないが」
 そう言って英一が黙り込む。
「いい加減にしなよ」
 今まで黙って翠達のやりとりを聞いていた沙霧は、ここで突然言葉を発した。
「死んだ者がいつまで、この世に留まっているつもりなの?そんな事をして何になるって言うんだ、そんな姿は醜いだけ」
 沙霧は、すでに感情的になっていた。
「自然の摂理に逆らってどうする?生と死、これはもう、まったく別物なのよ、さっさと大人しく消えなよ、私はあんたみたいに、自然の摂理に逆らってウジウジとこの世に留まっているヤツが、大嫌いなんだ!どうせ何にもならないし、何も生み出せやしないんだからね」
 自分の心にある、「生命」に対する憧れの念が、ますます沙霧を感情的にさせるのであった。
「同情の余地もないね。死んでも現世に戻ってこられる。今のままでも幸せだなんて、そんな我侭なんか通用するものか」
 沙霧の言葉を受けて、香奈枝は黙り込んでしまった。沙霧達の言葉に、何かしら感じるものがあるのだろう。
「お母さん」
 ずっときょとんとした表情で、大人達の話を聞いていたまりなが、やっとの事言葉を口にした。
「お母さん、会いに来てくれるのは嬉しいけど、まりな大丈夫だよ。お父さんもいるし、お母さんは、まりなの心の中にずっといるから」
 まりなが香奈枝に、笑って見せる。
「まりな、でも…」
「まりなちゃんは、どんどん成長しているのよ。香奈枝さんは、もう死んでしまった身かもしれない。でも、二人の絆は強いし、守護霊として見守るとか、まりなちゃんが育って、彼女の子として新たな命で戻って来るとか」
 エマが静かな口調で香奈枝に言う。
「あたしは、もうここで終わりとは思わないわ。香奈枝さん、生まれ変わって新しい関係や希望、繋いでいけないかしら?」
「これからどうするかを決めるのは、君自身が決める事だけどね。君達親子がどうなろうが、私には関係ないよ。まあ、娘が立派に育ったら、幸せを自慢しに来ればいいさ」
 エマに続けて、翠が言う。
「人は生きているから綺麗なんだ」
 沙霧はまりなに、そう言い聞かせていた。その言葉をまりなだけでなく、その場にいる全ての人間に伝えたかった。
 それを聞き、英一は何かを考えたような表情で答えた。
「生きている私に、お前の役割を託してくれないか?それは悲しい事なのかもしれないが、私やまりなの事を本当に思ってくれるのなら、そうして欲しいんだ」
「お母さんの姿が見えなくても、皆一緒だよ。ずっとずっと、一緒だから。だからまりな、毎年母の日に、カーネーション、お母さんに贈るよ」
 香奈枝が娘の言葉を聞き、驚いたような、けれどどこか嬉しそうな表情を見せた。
 風が優しく吹き、まりなのカーネーションがふわりと浮き上がった。それと同時に、香奈枝の姿もゆっくりと見えなくなっていく。
「そう、まりな、英一さん。私、安心したわ。安心したら、まるで心が軽くなったみたい。カーネーション有難うね、それに皆さんも」
 風が止まり、カーネーションが地面に落ちると同時に、香奈枝の姿はすっかり見えなくなっていた。



「あの幽霊、もう出てこなくなったの?そう」
 沙霧達が柳一家を訪れて数日後、沙霧の元に草間武彦から電話が入った。
 それによれば、沙霧達があの母親の幽霊に話をした後、本来あるべき姿を理解したのか、あの時を境に、もう姿を見せる事はなくなったという。まりなも英一も、まだ悲しみは残しているものの、現実に目を向けて前向きに歩き出した、とのことであった。
「生と死、変える事の出来ない、自然の摂理」
 あの親子の事を思い出し、沙霧はぽつりと呟いた。(終)




◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3994/我宝ヶ峰・沙霧/女性/22歳/摂理の一部】
【4084/古田・翠/女性/49歳/古田グループ会長】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 我宝ヶ峰・沙霧様

 『【母の日】お母さんに会いたくて』に参加して頂き、有難うございます。新人ライターの朝霧青海でございます。
 今回のお話は、母の日をまじかにして、母の日にちなんだシナリオをやろう、と思い立って出したシナリオなので、最初はほのぼのした物をと考えていたのですが、シナリオを立てていくうちに、何故かシリアスな物になってりました(笑)
 沙霧さんは死や生に関する事の感情が激しく、幽霊には冷たく、というような描写を中心に書かせて頂きました。普段は明るいけど、そのあたりに触れると感情的に、というのはなかなか難しいですね。
 今回のお話は、同時に参加された方ごとの視点別の物語となっております。他のPCさんからの違った視点の物語も、是非ご覧下さい。それでは、今回は本当に有難うございました!