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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


女装コンテスト 2005

■オープニング
 ある日の午後のことだった。
 買い物に出かけていた零が帰って来て見せたのは、一枚のチラシだった。
『第二回 女装コンテスト!
 前回好評につき、某月某日。午前十一時より、あやかし町商店街・買い物広場にて、女装コンテストを行います。テーマは「歴史上の人物」。優勝者にはなんと、家族で韓国旅行をプレゼント! 年齢不問。ただし、出場者は男性に限ります。
 出場者は当日午前九時までにあやかし町商店街振興組合会館に集合のこと。当日受付いたします。なお、衣装などはご自分でご用意下さい。ただし、メイクについては、必要な方は申し出て下さい。こちらでスタッフを用意させていただきます』
 チラシには、そう書かれている。主催は、あやかし町商店街振興組合となっていた。更に下の方に小さく、女性のメイクスタッフ募集の項目もあった。こちらは事前に申し込み、前日にミーティングを行うとある。
「零、まさかまた、俺に出場しろって言うんじゃないだろうな?」
 以前、一回目の女装コンテストに零の頼みで出場したことを思い出し、嫌な顔をして尋ねる草間に、零は邪気のない笑顔を向ける。
「はい。だって前はこれで、ハワイへ行けましたし、私今度は韓国へ行きたいです」
 力一杯うなずいて答える零は、最近、韓国の歴史ドラマにはまっていた。
 草間は思わずこめかみを押さえるが、期待に満ちた目でじっと零に見詰められ、とうとう根負けした。しかし。
(こんな恥ずかしいこと、一人でできるか! 他の奴らも巻き込んでやる!)
 草間は、胸の中で拳をふり上げ、以前と同じことを叫んで、かたっぱしから友人・知人に電話し始めるのだった。

■女装プランは慎重に
 草間からの電話を切って、マリオン・バーガンディは、さてなんの女装にしようかと考えた。
 彼は、一見すると十八歳ぐらいに見える。実際にはすでに二百年以上を生きる長生者だ。小柄で、短くした黒髪と金色の目の彼は、愛らしい顔立ちをしており、普通のかっこうをしていても、ボーイッシュな少女と見えなくもない。
 もちろん、そんな自分の外見をきっちり把握しているからこそ、草間からの誘いに応じたのだ。女装そのものには、まったく抵抗がない。それどころか、さまざまなコレクションの中から、普段は着られない服を身に着けられると、うれしくさえある。それに。
(韓国旅行ですか。悪くありませんね。……韓国の食べ物で美味しいものって、なんでしたっけ)
 などと胸の中ですでに優勝した気になって、呟いてみたりしている。いや、誰も食べ物ツアーとは言っていないのだが、彼は「韓国」と聞いてそう解釈してしまったようだ。
 それでも、脳裏に次々と浮かんで来る韓国料理の数々を、慌ててかぶりをふって追い払い、改めてどんな女装をしようか考え始めた。テーマは、「歴史上の人物」だという。
 頭の中で、いくつかコレクションの中にある女物の衣類を広げてみてから、やっと彼はうなずいた。
(たしかそう……レトロな感じの、胸がなくてもわからない淡い青のドレスがありましたっけ。それに、そろいの帽子とパラソルも。ええ、淑女にパラソルは必須なのです。それに、暑さ対策にもなるのです。化粧も少しだけして。……ということで、帝政ロシアのアナスタシア皇女というのはどうでしょう。……そう、なかなか悪くないのです)
 自分の部屋で、あたりをうろうろ歩き回りながら考えを進めていたが、やがて実物を見てみようと、足早に戸口へと向かう。ドレス以外にも必要なもののリストが、彼の頭の中では、次々と形を成し始めていた。

■受付にて
 やがて、女装コンテストの当日がやって来た。
 マリオンは、ポロシャツとズボンというかっこうで、手には衣装他を入れた大きめのスポーツバッグを提げ、あやかし町商店街にほど近い駅前のロータリーに降り立った。ここまでは、運転手付きの車で来た。当人は自分で運転したいのだが、スピード狂の彼の身を周囲の者が案じるため、最近はそれをさせてもらえないのだ。
 色素の薄い目は光に弱いため、降りると同時にポケットから取り出した色付きのメガネをかける。運転手には昼過ぎに迎えに来るよう言って、彼は商店街めざして歩き出した。
 途中で、同じく草間の誘いでコンテストに参加することになった、シオン・レ・ハイと叶遙の二人に出会った。二人とは、さほど親しくもないが、草間の事務所で顔を合わせたことぐらいはある。
 シオンは、四十前後と見える長い黒髪と青い目の、長身でがっしりした男だ。ずいぶんと派手な恰好で、手には衣装の入った紙袋を提げている。以前見た時には、たしか顎髭があったように思うが、今はない。
(女装するのに、髭は野暮ですよね)
 その理由を察して、マリオンは胸に呟いた。
 一方の遙は、十七歳。高校生だ。こちらは細身で背が低く、短くした茶色の髪に、緑色の目をしている。やはり彼も、衣装を入れているのだろうスポーツバッグを手にしていた。
 マリオンは二人と一緒に、受付のあるあやかし町商店街振興組合会館の前へと向かう。会館の前には、すでに長い列ができていた。三人はその列の最後尾に並ぶ。
 そこへ、草間武彦と零、シュライン・エマの三人が姿を現した。
 シュラインは本業は翻訳家だが、普段は草間興信所の事務員をしている。年齢は二十五、六歳ぐらいだろうか。長い黒髪を後ろで一つに束ね、すらりと長身の体には、パンツルックをまとっている。胸元には、鎖で吊るされたメガネが下がっていた。
 彼女と零は、今日はメイクスタッフとして参加することになっていると、マリオンは聞いていた。むろん、その前に草間の着替えやメイクをやってしまうつもりだろうが。
(う〜ん。面白そうですねぇ。私も草間さんの化粧、手伝いたいのです)
 マリオンは、そんなことを考えながら、三人に向かって手をふった。
「草間さん、零さん、シュラインさん、こっちです」
「おはよう。早いのね」
 マリオンたちに気づいて、歩み寄って来たシュラインが言う。
「そうでもないですよ」
 それへ返してマリオンは、同意を求めるように隣に立つシオンを見上げた。
「ええ。ついさっき、来たところですからね」
 うなずくシオンに、零が目ざとく気づいたのか尋ねる。
「お髭、剃ったんですか?」
「ええ。女装するのに、さすがに髭があっては、興ざめだと思いまして」
 なんとなく楽しそうに、シオンがうなずいた。
「気合入ってるよな。……でも、韓国旅行は俺のもんだからな」
 横から遙が口を出す。
「お手柔らかに頼みます」
 シオンは、幾分答えに困ったように、それでも柔和な笑顔を見せて返した。
 その時、受付が始まったのか、列がゆっくりと動き出した。それを見やって、草間たち三人も最後尾に並ぶ。
 やがてマリオンは、名前と住所、誰に扮するのかを書かされ、その場で写真を撮られて、変わりに更衣室の番号が書かれた札を渡されて、中に通された。すぐ後ろから、シオンと遙も受付を終えて、中に入って来た。
「草間さんたちを、待ちましょうか」
 シオンが受付の方をふり返って言う。
「そうだな」
 遙も賛成したので、三人はそこで草間たちが受付を済ませるのを待つことになった。マリオンは、その間に本気でメイクの手伝いを申し出てみようと考えていた。
 ややあって、草間たち三人が中に入って来た。いや、彼らだけでなく、もう一人、短い黒髪に青い目の二十七、八歳ぐらいの青年が一緒だ。青年といっても、ちょっと見は「背の高い女性」とも見える。溜息坂神社の宮司の、空木崎辰一だった。
(素のままでも、女性に見えるとは……油断ならないかもしれないのです)
 マリオンは、彼を見やってふと思う。が、すぐに小さくかぶりをふった。
(大丈夫です。私だって、あのドレスを着れば、素のままでも美少女に見えるのです。だから負けません。韓国食べ物ツアーは、私のものなのです!)
 胸の中で拳を握りしめ、彼は小さくほくそ笑む。
 草間たちが合流したので、彼らは更衣室の部屋割りを見せ合った。続いて入ったせいなのか、同じ部屋にあるブースに割り振られている。
「これなら、更衣室の行き来ができますね」
 それぞれの更衣室番号を見やって、シオンが何気なく言った。聞くなりマリオンは言う。
「それなら、私は草間さんの化粧をしてあげるのです」
「え? でもおまえ、自分の支度があるだろ。俺はシュラインと零が手伝ってくれるし」
「いいえ。私も手伝うのです。ぜひ、やらせて下さい」
 驚いて言いかける草間を遮り、マリオンは断固とした口調で言う。草間は、小さく溜息をついて、困ったようにシュラインをふり返った。それへシュラインが言う。
「手伝ってもらいましょ。私と零ちゃんはスタッフとしての仕事があるから、あんまり長くはいられないし、人手は多い方がいいわ」
「ありがとうございます。がんばって手伝いますから」
 マリオンは、途端に頬を紅潮させて返した。
 そんな彼らに、辰一が声をかけて来た。
「あの、ところで草間さん、僕の衣装はどうなってますか? そちらで用意してくれるって言ってましたよね?」
 それへ草間に促されて、シュラインが二つ提げていたカバンの一方を差し出す。
「ありがとうございます。……どんな衣装か、楽しみです。じゃあ、僕はお先に」
 辰一はそれを受け取り、楽しげな足取りで、更衣室の方へと消えて行った。マリオンは、なんとなくその後ろ姿を見送っていた。が、同じように見送っていたシュラインが、こちらをふり返る。
「私たちも、行きましょうか」
 言われて彼も、草間たちと共に、同じ方向へと歩き出した。

■決戦(?)準備
 更衣室は、一つの広い部屋を衝立とカーテンで仕切って、いくつかのブースに区分けしたもので、一室につき八つあった。中には等身大の姿見と、ハンガー、あとはメイクなどをする時のためのものなのだろう。折りたたみ式の丸テーブルと椅子が用意されている。
 一旦は荷物を置くために、自分に割り当てられたブースに入ったマリオンは、今日のためにわざわざ用意したメイク道具を手に、草間のブースへと戻った。
 中に入ると、すでにシュラインと零が、衣装やアクセサリー、かつらなどを広げている。衣装は零の手で、ハンガーにかけられ、壁に吊るされていた。それを見やって、彼は感心した声を上げる。
「へぇ。草間さんは、クレオパトラですか」
「ああ。シュラインの提案でな」
 草間がうなずいた。どうやら、事務所内と同じように、草間もシュラインに仕切られているらしい。
(今からしっかり、尻に引かれているというわけなのですね)
 彼は、当の二人が聞いたら怒り出しそうなことを、胸に呟いた。
 その時だ。すごい勢いで、ブースのカーテンが開けられた。
「草間さん! 僕をはめましたね!」
 怒鳴るなり、ずんずんと中に入って来て草間に詰め寄ったのは、辰一だ。彼は誰が止める暇もなく、草間の胸倉をつかみ、絞め上げた。
「女装なんて、聞いていませんよ! どういうことなんですか? 説明して下さい!」
「わ、悪かった。すまん。謝るから、手を離せ……」
 謝る草間に、彼はやっと手を離す。解放されて、草間は激しく咳き込んだ。
「大丈夫? 武彦さん。でも、こればっかりは自業自得よ」
「けど……女装コンテストだなんて言ったら、空木崎は参加しないだろうが」
 背中をさすりながら戒めるシュラインに、草間はやっと咳を収めて返す。
「当たり前です! 僕がしょっちゅう女性に間違われて、ひどい時には男だって言っても信じてもらえなくてナンパされたりしてるのは、草間さんだって、知ってるじゃないですか! それなのに……!」
 叫ぶ辰一の肩と拳が、ふるふると震えている。一瞬、マリオンたちその場の面々は、彼の背後に燃え立つ炎を見たような気がした。だが、それは本当に一瞬のことだった。すぐに彼はがっくりと肩を落とすと、力なく呟く。
「しかたがないです……。出場すると約束したからには、参加しますよ……」
 そうして、踵を返すと、ふらふらとそこを出て行った。
 その背を見送り、草間がポツリと呟く。
「ちょっと、可愛そうなこと、しちまったかな」
「そう思うんなら、後でもう一度ちゃんと謝ったら?」
 シュラインが、幾分冷たく返す。
「そうだな。そうするよ」
 草間も、本気で反省したようにうなずいた。
 その二人のやりとりに、ずっと静観を決め込んでいたマリオンは、声をかける。
「そろそろ、用意を始めませんか? でないと、シュラインさんも零さんも私も、自分の仕事に間に合いませんよ」
「そうね。始めましょうか」
 シュラインも、気を取り直したのか、うなずいた。ずっと固唾を飲んで見守っていた零も、やっと安堵したのか、すぐに支度を始める。
 ドレスに着替えた草間に、化粧を施し、アクセサリーをつけさせ、最後に長い黒髪のかつらをつけて、その上に翼ある蛇を飾った冠をつけて、出来上がりだ。
 ちなみにメイクは、マリオンとシュライン、零の三人で交代しながらやった。他人の顔――それも男の顔にメイクを施すのは、存外楽しい。
 今日の草間の肌は、どういうわけか、いつになくすべすべだ。足の爪には明らかに手入れされた痕があったし、事前に無駄毛の処理までされている。
(草間さんが、自分でやったこととは思えないのです。これはたぶん、シュラインさんの手腕ですよねぇ。……なかなか、こちらも侮れない相手のようですね)
 マリオンは、目ざとくそれらに気づいて、胸に呟いた。どうやら、韓国への道は思っていたよりも、険しいものになりそうだ。
 ともあれ草間は、用意が終わった時には、見違えるような姿になった。
 実際、かなり大柄ではあるが、それでも「美女」と呼んでさしつかえないように見える。
 身にまとうドレスは、抑えたレモン色で、胸にはパットも入れた。喉元から肩をおおい、胸元へとヨーク状に飾られた豪奢なネックレスは、赤と青のピースを交互に規則的に並べたもので、胸元には大きな緑色のスカラベが飾られている。なよやか……とはいえないものの、健康的に伸びた剥き出しの腕には、ネックレスと同じデザインのブレスレットが飾られ、耳にはスカラベをモチーフとしたイヤリングが揺れていた。
 メイクもエジプト風で、アイラインをくっきりと描き、まぶたの上にはラメ入りの青いアイシャドウが入れられている。むろん、まつげはマスカラのおかげで長さもボリュームもアップしていたし、唇はなんとも官能的に仕上がっていた。
「お兄さん、素敵です」
「私たち、いい仕事したわね」
「ええ。素晴らしいできです」
 零は、うっとりと草間を見詰めて呟き、額の汗を拭うシュラインと、マリオンは笑い合う。その後、姿見の前で出来栄えを確認した草間自身も、まんざらでもないようだ。
「なんか、すげぇな。自分じゃないみたいだぞ」
 そんなことを言いつつ、しげしげと鏡に映る自分の姿を見やっている。
 シュラインが、小さく苦笑した。が、腕時計を見やって、慌て始める。
「私、そろそろ行かないと。……零ちゃん、急ぎましょ。武彦さんも、がんばって」
 零と草間にそれぞれ声をかけると、彼女は慌ててそこを飛び出して行った。
 それを見送り、マリオンは草間をふり返る。
「じゃあ、私もそろそろ戻ります。今度は自分の用意をしないと」
「ああ。すまなかったな」
「いいえ、気にしないで下さい」
 答えて、小さく手をふると、彼もまた草間のブースを後にした。

■コンテストの乱
 午前十一時。
 あやかし町商店街の中程にある広場に、今日のために特設された会場で、女装コンテストが始まった。
 参加者たちは、そこに作られた舞台の上でそれぞれポーズを決めたり、歩き回ったりする。所要時間は一人につき五分から十分程度だろうか。
 舞台に一番近い所には、審査員席が設けられており、そこから少し開けて、一般客用の観覧席になっている。零とシュラインは、メイクスタッフの仕事を終えて、そちらにいるはずだった。
 パイプ椅子を並べただけの席は、ほとんどが埋まってしまっている。
 司会者がエントリーナンバーと名前、そして扮装している歴史上の人物名を呼び上げるたびに、舞台には参加者たちがしゃなりしゃなりと現れる。同時に舞台奥に設置されたスクリーンには、彼らの女装前の顔写真が映し出された。受付で写真を撮られたのは、このためだったのだ。審査員たちは、それを参考に参加者たちの女装度をチェックするというわけだ。
 一方、参加者たちの方は、舞台の後ろに作られた控室で自分の順番が来るまで、待機している。控室とはいっても名ばかりで、小学校の運動会にでも使うようなテントの下に椅子が人数分並べられているだけの簡単な作りのものだったが。
 マリオンは、自分のコレクションの中から選んだ、淡い青のドレスを身にまとっていた。そのドレスは、肩から胸元のあたりは、ケープのように見えるヨークでおおわれており、胸がないのがわからないデザインになっている。金色の長い巻毛は、かつらだった。その上に、ドレスとそろいの小さな帽子を乗せている。そして、手にはやはりそろいのパラソルを提げていた。メイクは自分でしたが、さすがに絵画の修復を仕事としているだけあって、色彩感覚は悪くないようだ。元が愛らしい顔立ちというのもあるだろうが、自然なメイクに仕上がっていて、まるで本物の美少女だった。
 そこに待機している面々の中には、それなりにさまになっている者も、二度と見たくないような不気味な姿になり果てている者もいたが、マリオンのその姿は、一人だけ間違って本物の貴婦人が迷い込んでしまったか、とも見える。
(とりあえず、ここにいる連中では、私の相手にはならないようですね。とすると、やはり要注意は、草間さんと空木崎さん……ということですか)
 マリオンは、そっとあたりを見回し、ひそかに考えた。
 草間もだが、辰一は思ったとおり、絶世の美女としか見えなかった。
 彼の女装は、楊貴妃だ。緋色のドレスに、同じ色に金糸のししゅうのある打ち掛けのようなものをまとい、高く結い上げた黒髪のかつらに、いくつものかんざしが豪奢に揺れている。メイクも赤を基調としたもので、その目で見詰められれば、相手が男とわかっていても、ぞくぞくしそうだ。赤く塗られた唇は、ただ話しているだけで、なまめかしい。しかしそれでいて、女王然とした気品が存在している。
 ちなみに、エントリーナンバーは、受付した順番ではないらしく、この会場に来て初めて番号札を渡された。
 草間に誘われて参加したメンバーの中で、一番最初に舞台に上がったのは、シオンだった。彼の扮装も、草間と同じクレオパトラだった。
 舞台に昇ったシオンは、なかなか堂々とした美女ぶりを発揮していた。同じクレオパトラでも、彼の衣装は白で、その上に蜘蛛の巣を思わせるような形にスパンコールがつけられている。喉元から胸元のあたりまでは、スパンコールをあしらったレースで、うまく太い首や喉仏、胸などをカバーしていた。肩には鎧を思わせるような銀色の飾りがつけられ、そこから背中に向かって、レースのマントが長く尾を引いている。髪は自前だろう。いつもは束ねているのをそのまま背に流し、頭頂に蛇の飾りのあるスパンコールつきの白いヘアバンドをはめていた。
 その姿で、静かに舞台中央まで歩み出ると彼は、やおら体をくねらせるようにして、奇妙な踊りを披露し始めた。それまでにも、歌や踊りを披露する参加者もいるにはいたので、そのこと自体には問題はなかった。ただ――。
(な、なんですか? あの踊りは……)
 シオンから三人目に舞台へ上がるため、他二人の出場者と共に舞台袖で待機していたマリオンは、思わず目を剥いた。
 と、客席のどこからか、笑い声が漏れる。それにつられるようにして、客席に笑いが広がって行った。が、マリオンはしばしの間、唖然としてシオンの踊りを見詰めていた。
(どうして、クレオパトラであんな珍妙な踊りを踊るんでしょう?)
 頭の中は、「?」マークで一杯になっている。隣で、ぐふっと言うような声が聞こえたので、我に返ってそちらを見やると、他二人の出場者が必死に笑うのをこらえていた。さすがに、舞台袖から笑い声が聞こえては、まずいと思っているのだろう。
 舞台上では、まだシオンが踊り続けていたが、司会者が止めたので、彼は踊るのをやめた。そして、爆笑の渦に包まれている場内を、怪訝な顔で見やっている。その表情がおかしかったのか、客席は更なる笑いに包まれた。
 その後、舞台袖に控えていた二人の内の一人が舞台に立ったが、場内のざわめきはまだやまず、その男はまったく精彩を欠いたままだった。
 それを見やって、マリオンは小さく眉をひそめる。
(女装の方は、たいしたことないと侮っていましたけれど、笑いで客の目を引きつけるとは……。なかなか、油断できない相手かもしれませんね)
 胸に呟き、彼はますます気合を入れてかからねば、と決意するのだった。
 やがて、彼が舞台に出る番がやって来た。そのころには、ようやく客席の笑いも収まり、おちつきを取り戻していた。そのことに、小さくほくそ笑みながら、彼はパラソルをさすと、ゆるやかな足取りで舞台の上に出て行った。
 上品な足取りと仕草を心がけながら、舞台の中央まで歩き、モデルよろしくそこでゆるやかに一回転して、審査員席に向かって微笑みかける。それを二回ほど繰り返して、彼は反対側の袖へと引っ込んだ。
 客席から見えない位置まで来て、彼は詰めていた息を吐き出す。その面には自信に満ちた笑いが浮かんでいた。
(完璧なのです。これで、私の優勝は、間違いなしですよ。ええ!)
 小さく拳を握りしめて、ガッツポーズを決めた後、彼は再び控室へ戻った。出場者は自分の出番が終わっても、コンテストが終わるまでは会場から出られない決まりだ。とはいえ、すでに出番の終わった者は気楽な様子で、主催者側が差し入れてくれたジュース類を飲んだり、控室を離れて喫煙したりしている者もいる。中には、家族と一緒に記念写真を撮っている者さえいた。
 マリオンは、さすがにそこまでくつろぐ気になれず、缶コーヒーをもらって控室を離れた。客席の隅の方に立って、舞台を見守る。
 ちょうど、叶遙の名前が読み上げられたところだ。女装は、静御前らしい。
 それを聞きながらマリオンは、ふと控室に遙の姿がなかったことを思い出した。
(着物は、慣れないと着付けが大変ですからね。……用意に手間取ってでも、いたんでしょうか)
 眉をひそめて、胸に呟く。ややあって、その眉間のしわは、更に深くなった。
 舞台の上に、遙が出て来ないのだ。客たちも、小さくざわめき始めている。
 と、やっと出て来た遙は、ひどい恰好だった。白拍子の扮装らしいが、白い水干の胸元は、なぜかはだけたままで、緋色の袴は裾がかなり長いため、踏んずけては、何度もころびかけている。かつらはなんとか頭に収まっているが、立烏帽子は微妙にゆがんでいた。化粧も、よく見れば変だ。まるで、途中で手を止めて出て来た、という感じである。
 彼は、舞台の袖で、慌ててそれらを直そうとし始めた。だが、うまく行かない上に、長いかつらの端が、前に垂れて来てやりにくいらしい。とうとう、苛立ったように片手でそれをふり払った。と、その拍子に彼の体は前につんのめり、ちょうど手助けしようと近寄って来ていた、司会者の体にぶつかった。
「うわっ!」
 司会者は、体をねじるような形で舞台袖の方に倒れかけ、なんとか踏みとどまろうとして、必死に頭上から袖を隠すように垂れている幕の一部をつかんだ。その途端。頭上をおおう天幕が軽く揺れて、半分ひしゃげるような形になった。続いて垂れ幕が落ちて来る。司会者は、舞台の上に転倒し、その上に遙も折り重なるように倒れた。その二人の上に、落ちて来た垂れ幕がかぶさる。
 この時点で、会場はちょっとした騒ぎになった。審査員たちが立ち上がり、二人を助けようと、何人かが舞台の上へと駆け上がる。だが、それがちょうど、幕の下から這い出して来た遙にぶつかった。すっかりパニック状態になっている遙は、相手かまわずすがりつく。が、すがりつかれた方も驚き、一緒になってまた舞台上に倒れてしまう。それを助けようとして近寄った者がまた……と、堂々巡りだ。
(これは……どうにかして収集しないと、更にパニックになりますね)
 マリオンは胸に呟くと、まだ開けないまま手にしていた缶コーヒーを握りしめ、どうするのが一番いいか、考える。
(騒ぎが起こる前の時間につなげて、この騒ぎが起こらないようにしますか)
 彼には、空間と空間をつなげて、その中に入り、操作する力があるのだ。そして、つなげられる空間は物理的なものに限らず、時間や夢の中などでも可能なのだった。
 だが、彼がそれを実行に移す前に。緋色のきらびやかな影が、彼の脇をすり抜けた。そして。
「静まりなさい!」
 ふいに、鋭い声が響き渡った。途端にあたりは、水を打ったように静まり返る。その中を、ゆっくりと客席の方から舞台に上がって行く者がいた。緋色のドレスと打ち掛け、高く結い上げた髪は、楊貴妃だろうか。
(まさか……!)
 マリオンは、小さく目を見張る。
 と、舞台へと向かう階段の途中で、客席をふり返ったその顔は。
「空木崎さん……!」
 マリオンは、思わず声を上げた。それは、彼が今回の出場者の中では、草間と共に侮り難しと見ていた空木崎辰一だった。
「いったい、何をするつもりなんでしょう?」
 マリオンは、眉をひそめて低く呟く。
 他の者たちも、とまどっているようだ。しかし、辰一はそれには頓着せず、まるで本物の楊貴妃のように昂然と頭をもたげて、舞台上をふり返った。
「そこな者ども、何を恐慌に陥っているのですか。しっかりしなさい。早く、幕の下敷きになった者たちを助け、崩れた天幕を直しなさい。見苦しい」
 呆然と突っ立っている審査員や、コンテスト運営の関係者とおぼしい男たちを、威厳に満ちた静かな声で叱りつける。すると彼らは、まるで本物の女王に命じられたかのように、慌てて走り回り始めた。
 ほどなく落ちた幕の下にいた者たちは助け出され、崩れた天幕も直される。遙と司会者の男は、控室へと連れて行かれた。
 その一部始終を、辰一は女王然として、舞台へ向かう階段の途上から、ただじっと見守り続けている。
 そんな彼の姿に、マリオンの眉間のしわは、更に深くなって行ったのだった。

■エンディング
 騒ぎの後、どうにか女装コンテストは再開された。そこで辰一はさらに女王然とふるまって、その美しさと共に、観客と審査員を魅了した。
 おかげで彼の後に登場した者たちは、全体的に影が薄くなってしまった。草間は、そんな中では健闘していた方だろう。
 終了後に発表された結果は、おおかたの予想どおり、辰一が審査員たちの絶賛と共に優勝した。ちなみに、草間は二位である。また、シオンはあの奇妙な踊りがウケて、特別賞をもらった。
 終了後、一同は遅い昼食を取るために、会場近くの喫茶店に入った。シュライン、草間、零、辰一と、マリオン、シオン、遙の二組に分かれて、通路を挟んで隣り合ったテーブルに腰を下ろす。
 マリオンは、あまり食欲もなく、コーヒーだけを頼んだ。
(この私が、シオンさんにさえ負けてしまうなんて……)
 ショックだった。自分は完璧な淑女を演じていたはずなのに。
(あんなアクシデントさえなければ……!)
 思わず、同じテーブルにいる遙を睨むが、こちらもまたしょんぼりとして元気がない。食欲もないのか、彼と同じくコーヒーを注文していた。機嫌よく日替わりランチを注文したのは、シオンだけだ。
 その二人を見やって、マリオンは小さく溜息をついた。
(しかたないですよね。遙さんだって、不可抗力だったんでしょうから……)
 そう胸に呟く。詳しい話を聞いたわけではないが、遙に悪意があったわけではないだろう。
 やがて彼と遙のコーヒーと、シオンの日替わりランチが運ばれて来た。
 さっそく食事を始めたのは、シオンだ。一方、遙は砂糖を入れて飲もうとしたコーヒーを、なぜかテーブルに戻して、クリームをたっぷり注ぎ砂糖を更に追加してから、一気飲みした。
 砂糖だけ入れて、コーヒーをかき回しながら、マリオンはそんな二人を思わず見比べる。
それからちらりと隣の、草間たちのいるテーブルへと視線を走らせた。こちらも、なんだか気まずい空気に包まれていて、まるでお通夜のようだ。いや、もしかしたら、そっちの方がもうちょっと賑やかかもしれない。ただ一人、零だけが明るく辰一に韓国土産をねだっている。
 それを聞くともなしに聞きながら、マリオンは思わず大きな溜息をついた。
(ああ……。せっかくの、韓国食べ物ツアーが……)
 脳内に描いていた、韓国料理の数々が、音立てて崩れて行く。
「どうしたんですか? 溜息なんかついて」
 うれしそうに料理を口に運んでいたシオンが、ふと手を止めて訊いて来た。
「いえ、なんでもありません。……シオンさんは、うれしそうですね」
「ええ。韓国旅行はだめでしたけれど、特別賞の商品として、商品券がもらえましたからね。しばらくは、この商店街で食事や買い物をすれば、お金がなくてもなんとかなりますから」
 大きくうなずいて、笑顔で答えるシオンが、マリオンはなんだかうらやましくなる。
「そうですか。それは、よかったですね」
 当り障りのない相槌を打ちながら、自分もここまで楽天的ならば、どれだけよかっただろうかと、胸の奥でひそかに呟くのだった――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4164 /マリオン・バーガンディ /男性 /275歳 /元キュレーター・研究者・研究所所長】
【3356 /シオン・レ・ハイ /男性 /42歳 /びんぼーにん(食住)+α】
【2029 /空木崎辰一 /男性 /28歳 /溜息坂神社宮司】
【5180 /叶遙 /男性 /17歳 /高校生】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
私の依頼に参加いただき、ありがとうございました。
優勝は、空木崎辰一さまとなりましたが、コンテストの順位に関しましては、
他意はございませんので、ご了承のほど、よろしくお願いします。
それでは、少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

●マリオン・バーガンディさま
はじめまして。参加いただき、ありがとうございます。
可愛い感じの方でしたので、書くのもとても楽しかったです。
またの機会があれば、よろしくお願いいたします。