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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


女装コンテスト 2005

■オープニング
 ある日の午後のことだった。
 買い物に出かけていた零が帰って来て見せたのは、一枚のチラシだった。
『第二回 女装コンテスト!
 前回好評につき、某月某日。午前十一時より、あやかし町商店街・買い物広場にて、女装コンテストを行います。テーマは「歴史上の人物」。優勝者にはなんと、家族で韓国旅行をプレゼント! 年齢不問。ただし、出場者は男性に限ります。
 出場者は当日午前九時までにあやかし町商店街振興組合会館に集合のこと。当日受付いたします。なお、衣装などはご自分でご用意下さい。ただし、メイクについては、必要な方は申し出て下さい。こちらでスタッフを用意させていただきます』
 チラシには、そう書かれている。主催は、あやかし町商店街振興組合となっていた。更に下の方に小さく、女性のメイクスタッフ募集の項目もあった。こちらは事前に申し込み、前日にミーティングを行うとある。
「零、まさかまた、俺に出場しろって言うんじゃないだろうな?」
 以前、一回目の女装コンテストに零の頼みで出場したことを思い出し、嫌な顔をして尋ねる草間に、零は邪気のない笑顔を向ける。
「はい。だって前はこれで、ハワイへ行けましたし、私今度は韓国へ行きたいです」
 力一杯うなずいて答える零は、最近、韓国の歴史ドラマにはまっていた。
 草間は思わずこめかみを押さえるが、期待に満ちた目でじっと零に見詰められ、とうとう根負けした。しかし。
(こんな恥ずかしいこと、一人でできるか! 他の奴らも巻き込んでやる!)
 草間は、胸の中で拳をふり上げ、以前と同じことを叫んで、かたっぱしから友人・知人に電話し始めるのだった。

■女装プランは慎重に
 携帯電話を折りたたみ、ポケットに戻しながら、シオン・レ・ハイは、さてどんな女装にしようかと考え込んだ。
(歴史上の人物ですか……。クレオパトラなんて、どうでしょう)
 胸に呟く彼は、四十二歳。長く伸ばした黒髪を後ろで一つに束ね、顎には髭をたくわえている。背が高く、がっしりとして、女装など冗談としか思えないような体格だ。ただし、顔立ちは悪くない。
 住所は公園か廃屋で、普段はせっせとアルバイト生活という、びんぼーにんの彼は、当然ながら金になりそうな話や面白そうな話は、嫌いではなかった。草間からのコンテストへの誘いを受けて、韓国旅行にも行ってみたいし、面白そうだと参加することを承知した。
(クレオパトラ、いいですね。やはり、それにしましょう)
 彼は胸の中でうなずいて、立ち上がる。今彼がいるのは、仕事のない時にいつも時間を過ごしている公園のベンチだった。編物でもしようと、袋の中から毛糸玉を取り出しかけたところで、携帯が鳴ったのだ。
 編みかけの毛糸の入った紙袋を提げて、彼は公園を出ると、図書館へと向かった。クレオパトラの衣装について、調べるためだ。図書館ならば、インターネットがタダで利用できるし、資料になる本もあるだろう。
(衣装は、調べたものそのままよりも、少しアレンジした方が、いいかもしれませんね)
 歩きながら彼は、そんなことを考える。
(クレオパトラは、ポピュラーな人物ですし、同じものを選ぶ人もいるかもしれませんから……その際にはやはり、インパクトのある方が印象に残りそうな気がします。それから、衣装に使う生地は、どこで買いましょうか……)
 必要なものをそろえる手立てなどを、更に考えながら、彼の足は次第に早くなって行くのだった。

■受付にて
 やがて、女装コンテストの当日がやって来た。
 シオンは、いつもどおりの派手ないでたちで、あやかし町商店街へと向かった。女装するにはない方がいいだろうと、髭も剃っている。手には、自分で作った衣装を入れた紙袋を提げていた。
 受付が行われる振興組合会館は、商店街のはずれにある。そこへ向かって歩いていると、後ろから、誰かに声をかけられた。ふり返ると、同じく草間に誘われてコンテストに参加することになった、叶遙が立っていた。彼は十七歳で、現役の高校生だ。細身で背が低く、短くした茶色の髪に、緑色の目をしている。こちらも衣装を入れているのだろう、スポーツバッグを手にしていた。さほど親しくはないが、草間の事務所で顔を合わせたことぐらいはある。
「なあ、あんたも韓国旅行、狙ってるクチか?」
 横に並んで、ふいに訊いて来た。
「ええ、まあ……」
 シオンが曖昧にうなずくと、遙は大きくうなずく。
「だよなあ。でなきゃ、女装なんてかっこ悪いこと、人前でできねぇよな」
 断定的な彼の口調に、シオンは曖昧に笑った。そして、内心に呟く。
(そういう人ばかりでも、ないように私は思いますけれどねぇ……)
 コンテストと銘打たれたものは、だいたいが祭の一種だ。さほど深刻に捕えることはなく、普段と違う姿になることを楽しむ方が、気持ちにゆとりが持てるだろう。もちろん、韓国旅行は魅力だけれども、お祭気分で参加する者もきっと、いるには違いない。
(ところで、私の髭がないことに、気づかないんでしょうか。……かなり印象が変わったように、自分では思うんですが。それとも、あんまりつきあいのない相手だと、気にならないものなんでしょうか)
 自分の顔を見ても、遙が無反応なのが気になって、思わず胸に呟いた。
 その時、二人を呼び止める声がした。足を止めてふり返ると、マリオン・バーガンディが立っていた。彼も、草間に誘われた内の一人だ。
 一見すると、十八歳前後に見える。小柄な体に、短くした黒い髪、金色の目に白い肌の、実際は二百年以上を生きているという長生者だ。絵画の修復などの仕事をしているらしいが、こうして見ると、遙と同じく高校生に見えなくもない。ポロシャツとズボンというかっこうで、手には大きめのスポーツバッグを提げ、色付きのメガネをかけていた。
 シオンたち三人は、やがて振興組合会館の前へとたどり着いた。そこにはすでに、長い列ができている。彼らは、その最後尾に並んだ。
 そこへ、草間武彦と零、シュライン・エマの三人が姿を現した。
 シュラインは本業は翻訳家だが、普段は草間興信所の事務員をしている。年齢は二十五、六歳ぐらいだろうか。長い黒髪を後ろで一つに束ね、すらりと長身の体には、パンツルックをまとっている。胸元には、鎖で吊るされたメガネが下がっていた。
 彼女と零は、今日はメイクスタッフとして参加することになっていると、シオンは聞いていた。むろん、その前に草間の着替えやメイクをやってしまうつもりだろうが。
「草間さん、零さん、シュラインさん、こっちです」
 マリオンが、草間たちに向かって手をふった。
「おはよう。早いのね」
 彼らに気づいて、歩み寄って来たシュラインが言う。
「そうでもないですよ」
 それへ返したマリオンが、同意を求めるように隣に立つシオンを見上げた。
「ええ。ついさっき、来たところですからね」
 うなずくシオンに、零が目ざとく尋ねる。
「お髭、剃ったんですか?」
「ええ。女装するのに、さすがに髭があっては、興ざめだと思いまして」
 シオンは気づいてもらえたのがうれしくて、笑ってうなずいた。遙だけでなく、マリオンも無反応だったので、ちょっと寂しく思っていたのだ。
 と、横から遙が口を出す。
「気合入ってるよな。……でも、韓国旅行は俺のもんだからな」
「お手柔らかに頼みます」
 シオンは、幾分答えに困って、それでも柔和な笑顔を見せて返した。
 その時、受付が始まったのか、列がゆっくりと動き出した。それを見やって、草間たち三人も最後尾に並ぶ。
 やがてシオンは、名前と住所、誰に扮するのかを書かされ、その場で写真を撮られて、変わりに更衣室の番号が書かれた札を渡されて、中に通された。彼の前にいたマリオンは、すでに中に通っている。すぐ後ろから、遙も受付を終えて入って来た。
「草間さんたちを、待ちましょうか」
 シオンは受付の方をふり返って言う。
「そうだな」
 遙も賛成したので、三人はそこで草間たちが受付を済ませるのを待つことになった。
 ややあって、草間たち三人が中に入って来た。いや、彼らだけでなく、もう一人、短い黒髪に青い目の二十七、八歳ぐらいの青年が一緒だ。青年といっても、ちょっと見は「背の高い女性」とも見える。溜息坂神社の宮司の、空木崎辰一だった。
(世の中には、こういう人もいるんですねぇ……)
 シオンは、彼を見やって、胸の中で感心して溜息をつく。素で女性に見えるのだから、女装したらさぞや完璧な美女になるだろう、などと思ってみたりもした。
 草間たちが合流したので、彼らは更衣室の部屋割りを見せ合った。続いて入ったせいなのか、全員が同じ部屋にあるブースに割り振られている。
「これなら、更衣室の行き来ができますね」
 それぞれの更衣室番号を見やって、シオンは何気なく言った。聞くなりマリオンが言う。
「それなら、私は草間さんの化粧をしてあげるのです」
「え? でもおまえ、自分の支度があるだろ。俺はシュラインと零が手伝ってくれるし」
「いいえ。私も手伝うのです。ぜひ、やらせて下さい」
 驚いて言いかける草間を遮り、マリオンは断固とした口調で言う。草間は、小さく溜息をついて、困ったようにシュラインをふり返った。それへシュラインが言う。
「手伝ってもらいましょ。私と零ちゃんはスタッフとしての仕事があるから、あんまり長くはいられないし、人手は多い方がいいわ」
「ありがとうございます。がんばって手伝いますから」
 途端にマリオンが、頬を紅潮させて返した。
 そんな彼らに、辰一が声をかけて来た。
「あの、ところで草間さん、僕の衣装はどうなってますか? そちらで用意してくれるって言ってましたよね?」
 それへ草間に促されて、シュラインが二つ提げていたカバンの一方を差し出す。
「ありがとうございます。……どんな衣装か、楽しみです。じゃあ、僕はお先に」
 辰一はそれを受け取り、楽しげな足取りで、更衣室の方へと消えて行った。その後ろ姿を見送っていたシュラインが、草間たちをふり返る。
「私たちも、行きましょうか」
 言われて、草間と零、それにマリオンが辰一が消えたのと同じ方角へ歩き出した。
「俺たちも行こうぜ」
 遙に促され、シオンも歩き出す。いよいよこれから、準備開始だった。

■決戦(?)準備
 更衣室は、一つの広い部屋を衝立とカーテンで仕切って、いくつかのブースに区分けしたもので、一室につき八つあった。中には等身大の姿見と、ハンガー、あとはメイクなどをする時のためのものなのだろう。折りたたみ式の丸テーブルと椅子が用意されている。
 シオンは中に入ると、紙袋の中から手作りの衣装を取り出した。とりあえず、ハンガーにかけて壁に吊るすと、アクセサリー類をテーブルの上に並べる。メイクは、スタッフに頼むつもりで、受付を通る時にその旨を依頼して来たので、ともかく先に衣装を着てしまおうと考える。
 彼の衣装は、蜘蛛の巣を思わせるような形にスパンコールを縫い付けた白いドレスだった。喉元から胸元のあたりまでは、スパンコールをあしらったレースで、太い首や喉仏、胸などをカバーできるよう、工夫してある。それから、鎧のようにも見える肩につける銀色の飾りのあるレースの長いマント。髪は長いので、ほどいてそのまま、蛇の飾りのあるスパンコール付きヘアバンドをはめるつもりだった。このヘアバンドも白だ。
 彼は、今まで着ていたものを脱ぐと、それらを身に着けて行く。髪は、化粧を終えてからの方がいいだろうと考え、今は後ろに束ねたままにしておいた。
 やがて彼の着替えが終わるころ、ちょうどメイクスタッフの女性がブースにやって来た。シュラインか零に当たるかもしれない、と考えていたが、来たのはまったく知らない女性だった。
「えーっと、クレオパトラですよね?」
 彼の扮装を見るなり、小首をかしげて確認する。
「ええそうですけど、見えませんか?」
 うなずいて問い返すシオンに、女性は笑った。
「見えなくはないですけど、白って言うのがちょっと意外だったので。クレオパトラって、アクセサリーとか赤とか青とか、黄金ってイメージでしょう?」
「そうですね。……でも、きっとそういうのは、他の人もイメージ持つだろうと思いましたので。ちょっと、清楚な感じにアレンジしてみたんです」
 シオンは苦笑して言う。
「ああ、それで白と銀なわけですか。じゃ、メイクもそういうイメージでいいですか?」
「ええ、お願いします」
 問われて、シオンはうなずいた。
 女性は、彼を椅子に座らせると、テーブルの上に手にしていたメイクボックスの中身を広げた。女性特有のやわらかい手で、普段はほとんど何もつけない顔に、べとべとした液体が塗られ、粉がはたかれるのは、なんとも奇妙な感覚だ。しかも、慣れない化粧品の匂いは、けっこうきつい。
(女の人って、すごいですよね。こんな匂いのする、気持ち悪いものを毎日平気で顔に塗って、仕事したり買い物したりしているんですから)
 シオンは、思わず胸にそんなことを呟いた。
 最後に口紅が引かれて、メイクが終了する。
「いかがですか?」
 差し出された鏡の中には、まるで別人のような自分がいた。肌は普段よりも明るい色になり、まぶたを彩るアイシャドウは、瞳の色に合わせたのかほんのりと青い。しかし、ベースになっているのは、パールの入った白だ。目元はブルー系のアイラインがくっきりと入れられ、まつげも同じ色のマスカラで長く美しく整えられている。眉は整えられて、美しく優しい弧を描き、目に近い側の鼻の両脇と目の下には、白っぽいハイライトが入れられていた。口紅は、パールの入った深い赤で、わずかに輪郭を大きく描き、口角をぼかしてある。それもあって、彼の薄い唇が、わずかに厚みを持って優しげに見えた。
「すごいですね……」
 しばし呆然と鏡を見詰めた後、シオンは呟く。
「なんだか、自分じゃないみたいです。こんなに変わるなんて……」
「そう言っていただけて、うれしいわ」
 メイクスタッフの女性は、笑顔で答えながら、道具をかたずけ始めた。それにも気づかず彼は、まじまじと鏡の中の自分をまだ見詰め続けている。それから、ふと気づいて女性をふり返った。
「あ、あの……! もし私が優勝できたら、韓国旅行は女性スタッフさんに差し上げます」
「え?」
 言われて、女性は驚いた顔になる。だが、すぐに笑い出した。冗談だと思ったのだろう。
「そんなの、気にしないで下さい。夫が出場しているから、韓国旅行は無理でも高級料理店のペアお食事券とか、商品券ぐらいなら当たるかもしれませんから」
 笑いながら言って、女性は頭を下げた。
「じゃ、失礼します。がんばって下さいね」
 そのまま、シオンに何か言う暇も与えず、ブースを出て行ってしまう。
「あ……」
 引き止めようと手を伸ばしかけて、その手を下ろし、シオンは小さく呟いた。
「私は、本気で言ったんですけれど……。韓国には行ってみたいですが、もし優勝しても、お土産なんて買えないですし、お世話になった方にプレゼントするのは、いい考えだと思ったんですが」
 そして、低く吐息をつく。
 だが、いつまでも座り込んで感心ばかりしてはいられない。彼は束ねていた髪をほどくと、最後の仕上げにかかったのだった。

■コンテストの乱
 午前十一時。
 あやかし町商店街の中程にある広場に、今日のために特設された会場で、女装コンテストが始まった。
 参加者たちは、そこに作られた舞台の上でそれぞれポーズを決めたり、歩き回ったりする。所要時間は一人につき五分から十分程度だろうか。
 舞台に一番近い所には、審査員席が設けられており、そこから少し開けて、一般客用の観覧席になっている。零とシュラインは、メイクスタッフの仕事を終えて、そちらにいるはずだった。
 パイプ椅子を並べただけの席は、ほとんどが埋まってしまっている。
 司会者がエントリーナンバーと名前、そして扮装している歴史上の人物名を呼び上げるたびに、舞台には参加者たちがしゃなりしゃなりと現れる。同時に舞台奥に設置されたスクリーンには、彼らの女装前の顔写真が映し出された。受付で写真を撮られたのは、このためだったのだ。審査員たちは、それを参考に参加者たちの女装度をチェックするというわけだ。
 一方、参加者たちの方は、舞台の後ろに作られた控室で自分の順番が来るまで、待機している。控室とはいっても名ばかりで、小学校の運動会にでも使うようなテントの下に椅子が人数分並べられているだけの簡単な作りのものだったが。
 ちなみに、エントリーナンバーは、受付した順番ではないらしく、この会場に来て初めて番号札を渡された。
 シオンは、なんとなくおちつかない気持ちになりながら、その控室の椅子に座っていた。出番は初めの方なので、少しあがっているのかもしれない。周りを見回すと、同じように待機している男たちの中には、それなりにさまになっている者も、二度と見たくないような不気味な姿になり果てている者もいた。
 むろん、草間や彼に誘われて参加した仲間たちもいる。
 それぞれさまになっているが、シオンが一番驚いたのは、草間だった。同じクレオパトラなのだ。ただし、彼のドレスは抑えたレモン色で、胸にはパットが入っているらしい。喉元から肩をおおい、胸元へとヨーク状に飾られた豪奢なネックレスは、赤と青のピースを交互に規則的に並べたもので、胸元には大きな緑色のスカラベが飾られている。剥き出しの腕には、ネックレスと同じデザインのブレスレットが飾られ、耳にはスカラベをモチーフとしたイヤリングが揺れていた。黒く直ぐな髪は、かつらだろう。そこに、翼ある蛇を飾った冠を頂いている。メイクもエジプト風だ。
(ああ、でも……正統派の扮装も、悪くないですね)
 シオンは、それを見やって、ちょっとだけ見とれながら思う。それから彼は、再び視線を巡らせた。
 マリオンは、肩から胸元のあたりが、ケープのように見えるヨークでおおわれた、レトロな感じの淡い青のドレスをまとっていた。金色の巻毛はかつらだろうが、その上にそろいの青い帽子が載っている。手には、やはりそろいのパラソルを提げていた。メイクも自然で、周囲が女装した男ばかりだというのに、椅子に座しているさまは、まるで一人だけ本物の美少女が紛れ込んでしまったかのような錯覚を起こさせる。
(素敵ですね。でも、なんの扮装なんでしょうか)
 彼が扮装している歴史上の人物がわからなくて、シオンは小さく首をかしげた。
 一方、少し離れた場所に座っている空木崎辰一の扮装は、楊貴妃だろうとシオンにも察せられた。緋色のドレスに、同じ色に金糸のししゅうのある打ち掛けのようなものをまとい、高く結い上げた黒髪のかつらに、いくつものかんざしが豪華に揺れている。メイクも赤を基調としたもので、その目で見詰められれば、相手が男とわかっていても、ぞくぞくしそうだ。赤く塗られた唇は、ただ話しているだけで、なまめかしい。しかしそれでいて、女王然とした気品が存在している。
(なんだか、みなさんどれもすばらしくて、私には勝ち目がなさそうに思えて来ました。……でも、ここまで来たら、全力を尽くさなくては)
 シオンは、弱気になる自分を励ますように、小さく拳を握りしめた。
 やがて、とうとう彼の順番が回って来た。名前と女装した人物名を読み上げられると、彼は一つ深呼吸をして、舞台へと足を踏み出す。とにかく自分はクレオパトラなのだと言いきかせ、なり切って歩くことを意識した。しかし、舞台中央まで来ると、ふと何かした方がいいのではないかと気づく。考えてみれば、先程から舞台に上った者たちの中には、歌ったり踊ったりした者もいた。
(それなら、私はこうしましょう)
 胸にうなずき、彼はアドリブで踊り始めた。テレビか何かで見覚えた、踊りとも言えない奇妙なものだ。しかし、当人は真剣に体をくねらせている。
 客席は、一瞬しんとなったが、どこかから笑い声が漏れたのを皮切りに、客席には笑いが広がって行った。もっとも、シオン自身は、なぜ笑われているのかが、さっぱりわからない。ただ、ぶっつけ本番で音楽もなくいきなり始めたために、やめるきっかけがつかめず、頭を「?」マークで一杯にしながら、ひたすら体をくねらせるだけだ。
 ようやく司会者が止めてくれた時には、シオンは汗びっしょりだった。客席はまだ笑いに包まれており、止めてもらえたことを内心ホッとしながらも、彼はそちらへ、怪訝な顔を向ける。と、客席は更なる笑いに包まれた。
 シオンには、やはりなぜ彼らがそんなに笑っているのか、よくわかっていない。まさか、自分の踊りがそれほど奇妙なものだったとは、思ってもいないのだ。それで、怪訝な顔のまま、促されて舞台を下りた。その後は、控室へ戻る。コンテストが終了するまでは、参加者は控室にいなければならない決まりなのだ。とはいえ、出番の終わった者たちは、主催者側が差し入れてくれたジュース類を飲んだり、控室を離れて喫煙したりしている。中には、家族と一緒に記念写真を撮っている者さえいた。
 シオンは、早く着替えたいと思ったものの、しかたがないのでオレンジジュースをもらって、椅子に腰を下ろした。控室からは、舞台の上は見えないが、司会者はマイクを使っているのでその声や、客席の笑い声などは聞こえて来る。客席の笑いは、まだ収まっていないようだった。
 二人ほど、知らない男の名前が呼ばれた後、マリオンの名前と、彼が扮している人物の名前が読み上げられた。それによると、あの扮装は帝政ロシアのアナスタシア皇女だったらしい。
(ああ、なるほど。そうだったんですか)
 シオンは、やっと納得して一人うなずいた。
 しばらくすると、コンテストの進行係が何人かの名前を呼んでいるのが聞こえた。コンテストの流れをよくするために、一人が舞台に上がっている間に、その後に続く順番の者が三人づつ、舞台の袖で待機する手順になっているのだ。シオンも先程舞台に上がる前には、そこに呼ばれて行った。
「叶遙さん。叶遙さんはいませんか?」
 進行係の呼び声に、シオンは軽く目をしばたたかせた。
(そういえば、遙さんはどこにいるんでしょう?)
 彼は小さく首をかしげ、あたりを見回す。
(たしか……ここに案内された時には、いましたよね)
 彼は記憶をたぐった。たしか、簡単な言葉を交わしたのだ。静御前だという遙は、裾の長い緋色の袴に、白い単と水干、長い黒髪のかつらと立烏帽子という白拍子の扮装をしていた。ただし、顔は化粧の途中のような、おかしな状態だった。
「ったく、参るぜ。メイクスタッフを頼んでたんだけどよ、途中でほっぽって帰りやがって……。どうすんだよ、これ。あんた、化粧できねぇ?」
 それについてたしか、ぼやきと共にそんなふうに尋ねられたのだ。当然シオンは化粧などできなかったから、答えた。
「私には無理です。でも、シュラインさんか零さんに、お願いしてみたらどうでしょう。たぶん、客席の方にいるんじゃないでしょうか」
「あ、そうか。そうだよな。……じゃ、ちょっと行って来る」
 遙はうなずいて、控室を出て行った。そして、その後姿を見ていないような気が、シオンはする。
(まさか、あのまま戻って来ていないのでしょうか?)
 軽く眉をひそめて、思わず彼は胸に呟いた。
 と、ようやく遙が現れたのか、進行係にせかされて、舞台の方へと走って行く姿が、ちらりとシオンの視界に映る。途端、彼は更に眉をひそめた。
(なんだか、すごい恰好してませんでしたか? 遙さん)
 本当に一瞬だったが、水干の前がはだけて、立烏帽子も微妙にゆがんでいたように見えたのだ。
 彼は立ち上がり、遙の後を追った。しかし、舞台の袖へと上がる階段の傍で、進行係に止められてしまう。しばらく押し問答したものの、通してもらえそうもないので、あきらめてシオンは、客席の方へと回った。さすがに、女装のまま客が座っている中に入る気にはなれず、客席の最後列からかなり離れた位置に立つ。ふと見ると、客席の隅の方に、マリオンが立っているのに気づいた。
(マリオンさんも、ここにいたんですね。……控室にいても、退屈ですものね)
 胸に呟き、シオンはあちらへ行って、マリオンに声をかけようか少しだけ悩む。
 その時、舞台の上で遙の名前と、彼が静御前に扮していることが、読み上げられた。ハッとして、シオンはそちらをふり返る。
 だが、遙はなかなか出て来なかった。客たちが、小さくざわめき始める。
 と、やっと出て来た遙は、やはりひどい恰好だった。白い水干の胸元は、なぜかはだけたままで、長すぎる袴の裾を、何度も踏んずけてころびかける。かつらはなんとか頭に収まっているが、立烏帽子はさっきシオンが見たとおり、わずかにゆがんでいた。そして化粧は、控室で話した時にシオンが見た時のままだった。
(シュラインさんと零さんに、会えなかったんでしょうか。でも、あれからずいぶん経っていますし、客席もそこまで混雑していないと思いますけれど)
 シオンは、そんなことを思いながら、客席を見回す。青空の下、客席の上にはテントも何もないので明るく、人の顔を見分けるのにも不自由しなかった。たしかに、用意された椅子は全て埋まって、中にはビニールシートを敷いて地面に腰を下ろしている人もいるにはいる。しかしとにかく、人を探せないほどの混雑ではないのだ。
 シオンは、ざっと目だけでシュラインと零らしい人を探す。存外簡単に二人は見つかった。
 一方、舞台の袖では、遙が乱れた水干を直そうとし始めていた。だが、うまく行かない上に、長いかつらの端が前に垂れて来て、やりにくいらしい。とうとう、苛立ったように片手でそれをふり払った。と、その拍子に彼の体は前につんのめり、ちょうど手助けしようと近寄って来ていた、司会者の体にぶつかった。
「うわっ!」
 司会者は、体をねじるような形で舞台袖の方に倒れかけ、なんとか踏みとどまろうとして、必死に頭上から袖を隠すように垂れている幕の一部をつかんだ。その途端。頭上をおおう天幕が軽く揺れて、半分ひしゃげるような形になった。続いて垂れ幕が落ちて来る。司会者は、舞台の上に転倒し、その上に遙も折り重なるように倒れた。その二人の上に、落ちて来た垂れ幕がかぶさる。
 この時点で、会場はちょっとした騒ぎになった。審査員たちが立ち上がり、二人を助けようと、何人かが舞台の上へと駆け上がる。だが、それがちょうど、幕の下から這い出して来た遙にぶつかった。すっかりパニック状態になっている遙は、相手かまわずすがりつく。が、すがりつかれた方も驚き、一緒になってまた舞台上に倒れてしまう。それを助けようとして近寄った者がまた……と、堂々巡りだ。
(どうしましょう。なんとかしないと……!)
 司会者の叫び声で、再び目を舞台にやったシオンは、思わず拳を握りしめた。
(青い炎を呼び出して、人目を引きつけるとか……。いえ、それではかえってパニックがひどくなりそうな気もしますし……。どうしたら……)
 こんな騒ぎが起こるとは思っていなかったせいか、彼もすっかりうろたえてしまっていた。意味もなく、うろうろとその場を歩き回る。
 その時だった。
「あ……!」
 彼は、思わず目を見張り、足を止めた。客席の端を抜けて、緋色のきらびやかな影が、舞台へと向かうのに気づいたのだ。そして。
「静まりなさい!」
 ふいに、鋭い声が響き渡った。途端にあたりは、水を打ったように静まり返る。その中を、ゆっくりと客席の方から舞台に上がって行く者がいた。緋色のドレスと打ち掛け、高く結い上げた髪は、楊貴妃だろうか。舞台へと向かう階段の途中で、客席をふり返ったその顔は。
「空木崎さん……!」
 シオンは、思わず声を上げた。それは、控室にいたはずの、空木崎辰一だった。
「どうするつもりなんでしょうか」
 シオンは、目を見張ったまま呟く。
 他の者たちも、とまどっているようだ。しかし、辰一はそれには頓着せず、まるで本物の楊貴妃のように昂然と頭をもたげて、舞台上をふり返った。
「そこな者ども、何を恐慌に陥っているのですか。しっかりしなさい。早く、幕の下敷きになった者たちを助け、崩れた天幕を直しなさい。見苦しい」
 呆然と突っ立っている審査員や、コンテスト運営の関係者とおぼしい男たちを、威厳に満ちた静かな声で叱りつける。すると彼らは、まるで本物の女王に命じられたかのように、慌てて走り回り始めた。
 ほどなく落ちた幕の下にいた者たちは助け出され、崩れた天幕も直される。遙と司会者の男は、控室へと連れて行かれた。
 その一部始終を、辰一は女王然として、舞台へ向かう階段の途上から、ただじっと見守り続けている。
 そんな彼の姿をシオンは、ただ瞠目して見詰めていた。

■エンディング
 騒ぎの後、どうにか女装コンテストは再開された。そこで辰一はさらに女王然とふるまって、その美しさと共に、観客と審査員を魅了した。
 おかげで彼の後に登場した者たちは、全体的に影が薄くなってしまった。草間は、そんな中では健闘していた方だろう。
 終了後に発表された結果は、おおかたの予想どおり、辰一が審査員たちの絶賛と共に優勝した。ちなみに、草間は二位である。また、シオンはあの奇妙な踊りがウケて、特別賞をもらった。
 終了後、一同は遅い昼食を取るために、会場近くの喫茶店に入った。シュライン、草間、零、辰一と、マリオン、シオン、遙の二組に分かれて、通路を挟んで隣り合ったテーブルに腰を下ろす。
 シオンは、ほくほく顔で、日替わりランチを頼んだ。特別賞の商品は、あやかし町商店街で使える商品券だったのだ。おかげで、久しぶりにちゃんとした食事ができる。
 だが、同じテーブルに陣取ったマリオンと遙は二人とも元気がなかった。食欲もないのか、どちらもコーヒーを注文する。
(遙さんが落ち込んでいるのは、わかりますけれど……マリオンさんは、どうして元気がないんでしょう?)
 喉が乾いていたのでちょうどいいと、水を飲みながら、シオンは考えた。
(やはり、優勝できなかったせいでしょうか。……きっと、韓国旅行を楽しみにしていたんでしょうね。私が優勝したのだったら、お譲りしてもよかったんですけれど)
 その行為が相手の神経を逆撫でする場合もある、などとは考えない。
 やがて彼の日替わりランチと、マリオンと遙のコーヒーが運ばれて来た。
 遙は砂糖を入れて飲もうとしたコーヒーを、なぜかテーブルに戻して、クリームをたっぷり注ぎ砂糖を更に追加してから、一気飲みした。一方、遙は砂糖を入れただけで、口をつけようとせず、ただコーヒーをかき回している。
 お腹が空いていたのでさっそく食事を始めながら、シオンはそんな二人を思わず見比べた。それから、なんとなく隣の、草間たちのいるテーブルに目をやる。どうしてだか、空気が重く感じられた。気のせいか、草間とシュライン、辰一の間に、張り詰めた糸が見えるようだ。ただ一人、零だけが明るく辰一に韓国土産をねだっている。
 それを聞くともなしに聞きながら、シオンは思わず口元をほころばせた。
(韓国旅行はだめだったですが、零さんは落ち込んでいないようです。安心しました)
 胸に呟いた時、大きな溜息が聞こえて、彼は驚いて食事の手を止める。溜息の主は、マリオンだ。
「どうしたんですか? 溜息なんかついて」
「いえ、なんでもありません。……シオンさんは、うれしそうですね」
 マリオンに言われて、シオンは大きくうなずき、笑顔で答える。
「ええ。韓国旅行はだめでしたけれど、特別賞の商品として、商品券がもらえましたからね。しばらくは、この商店街で食事や買い物をすれば、お金がなくてもなんとかなりますから」
「そうですか。それは、よかったですね」
 マリオンが笑顔で返して来た。いかにも気のない、相槌然としたものだったが、シオンは気にしていない。今も言ったとおり、彼は商品券で充分に満足しているのだから。
(帰りに、お友達の垂れ耳兎へのお土産に、にんじんでも買いましょう)
 ふと思いついて、彼は胸の中で両手を打ち合わせる。
(一度に使ってしまわないように、気をつけないといけませんけど……今日ぐらいはいいでしょう。だって、特別賞だったんですし)
 小さく微笑み、彼は再び食事に専念し始めた――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3356 /シオン・レ・ハイ /男性 /42歳 /びんぼーにん(食住)+α】
【2029 /空木崎辰一 /男性 /28歳 /溜息坂神社宮司】
【5180 /叶遙 /男性 /17歳 /高校生】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4164 /マリオン・バーガンディ /男性 /275歳 /元キュレーター・研究者・研究所所長】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
私の依頼に参加いただき、ありがとうございました。
優勝は、空木崎辰一さまとなりましたが、コンテストの順位に関しましては、
他意はございませんので、ご了承のほど、よろしくお願いします。
それでは、少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

●シオン・レ・ハイさま
2回目の参加、ありがとうございます。
なかなか面白いプレイングで、私も楽しませていただきました。
それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。