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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


女装コンテスト 2005

■オープニング
 ある日の午後のことだった。
 買い物に出かけていた零が帰って来て見せたのは、一枚のチラシだった。
『第二回 女装コンテスト!
 前回好評につき、某月某日。午前十一時より、あやかし町商店街・買い物広場にて、女装コンテストを行います。テーマは「歴史上の人物」。優勝者にはなんと、家族で韓国旅行をプレゼント! 年齢不問。ただし、出場者は男性に限ります。
 出場者は当日午前九時までにあやかし町商店街振興組合会館に集合のこと。当日受付いたします。なお、衣装などはご自分でご用意下さい。ただし、メイクについては、必要な方は申し出て下さい。こちらでスタッフを用意させていただきます』
 チラシには、そう書かれている。主催は、あやかし町商店街振興組合となっていた。更に下の方に小さく、女性のメイクスタッフ募集の項目もあった。こちらは事前に申し込み、前日にミーティングを行うとある。
「零、まさかまた、俺に出場しろって言うんじゃないだろうな?」
 以前、一回目の女装コンテストに零の頼みで出場したことを思い出し、嫌な顔をして尋ねる草間に、零は邪気のない笑顔を向ける。
「はい。だって前はこれで、ハワイへ行けましたし、私今度は韓国へ行きたいです」
 力一杯うなずいて答える零は、最近、韓国の歴史ドラマにはまっていた。
 草間は思わずこめかみを押さえるが、期待に満ちた目でじっと零に見詰められ、とうとう根負けした。しかし。
(こんな恥ずかしいこと、一人でできるか! 他の奴らも巻き込んでやる!)
 草間は、胸の中で拳をふり上げ、以前と同じことを叫んで、かたっぱしから友人・知人に電話し始めるのだった。

■草間からの誘い
 電話を切って空木崎辰一は、足元にじゃれついて来る二匹の猫のうち、白黒ブチ猫の甚五郎の方を抱き上げて、小さく笑いかけた。
「今の電話、誰からだと思います? 草間さんから、仮装大会へのお誘いでした。優勝したら、韓国へ旅行に行けるそうですし……久しぶりに羽根を伸ばせそうですよ」
 そんなふうに、話しかける。
 彼は、ここ溜息坂神社の宮司だった。年齢は二十八歳。短くした黒髪と、青い目をして、ほっそりした体には、白い着物と水色の袴をまとっている。れっきとした男性なのだが、一見すると「背の高い女性」に見えなくもない。実際、街を歩けば女性と間違われてナンパされることも、数知れず。神職とはいえ、それは父の死後に後を継いだだけの話で、もともとの職は、式神等を使役して術を行う符術師だ。それもあって、ナンパされるたびに相手を呪い殺したくなる衝動を抑えるのは、ずいぶんとストレスがたまる。おまけに、ここしばらくは、その符術師の仕事も神社の仕事もどちらも忙しく、少し息抜きがしたいと考えていたところだった。
 ちなみに、甚五郎ともう一匹の茶虎の子猫、定吉は、外見は猫だが実際は彼の式神で、常に一緒にいる存在だ。
 もっとも、そんな彼とその式神たちも、実は草間が嘘をついていることなど、知るよしもなかったのだが。
 そう。草間は、こともあろうに辰一に対して、女装コンテストを「仮装大会」と教えたのだ。というのも、彼は女装が嫌いなのだ。より正確に言えば、嫌いなのはメイド服なのだが、どちらにしろ、常日ごろから素の状態で女性と間違われ、あげく氏子からまで「巫女姿の方が似合いそうですね」などと冗談半分で言われてしまう身としては、当然の反応だったろうが。
 しかし、そんなこととは露知らない辰一の方は、衣装まで用意してやると言う草間の言葉に、すっかり騙されてしまった。
「でも、本当にいいんですか? 衣装まで用意してもらうなんて……」
 一応、そう訊いた辰一に、電話の向こうで草間は笑って言ったものだ。
『人数が多い方が面白いだろうって、零が言うもんでな。無理に頼むんだから、そのくらいは俺がするよ』
「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて」
 言って辰一は、当日の受付時間や場所などを再度確認して、たった今電話を切ったところなのだった。
「ふ〜ん。韓国かあ……。もし優勝できたら、わいらも一緒に連れてってや」
 甚五郎が、話を聞いて彼の腕の中で言う。
「もちろんですよ。仮装のテーマは、歴史上の人物だと言ってましたから、どんな姿を選んでくれるのか、楽しみです。それに、手ぶらで行けるというのも楽でいいですしね」
 うなずいて、辰一は返した。
「でも、これで僕が優勝してしまったら、草間さんには少し、申し訳ないですね」
「気にすることあらへん。そん時は、ど〜んと韓国土産買うて来たったらええねん」
 からからと笑って、甚五郎は言う。
「それもそうですね」
 辰一も笑ってうなずいた。
 まさかそれが、あんなことになろうとは……彼は思ってもいなかったのだ。

■受付にて
 やがて、女装コンテストの当日がやって来た。
 むろん、辰一はまだそれを「仮装大会」だと思い込まされたままだ。
 あやかし町商店街までは、彼の家からは電車よりバスの方が便利なので、そちらを使うことにする。が、今日に限って道が混んでいて、彼が駅前のバス停に降りた時には、すでに受付時間ぎりぎりだった。
 受付場所である振興組合会館は、商店街のはずれ――つまり、駅からは商店街を真っ直ぐ抜けた反対側にある。必死に走ってたどり着いた時には、すでに受付は始まっていた。
 草間と零、それにシュライン・エマの三人は、参加者の列の最後尾に並んでいた。
 シュラインは、本業は翻訳家だが、普段は草間の事務所で事務員をしている。二十五、六歳ぐらいだろうか。すらりと長身の体には、パンツルックをまとい、長い黒髪は後ろで一つに束ねている。胸元には、鎖で吊るされたメガネが下がっていた。今日は、草間の仮装の手伝いでもするのか、それとも彼女たちも参加するのだろうかと思いつつ、辰一はそちらへ駆け寄る。
「遅いぞ」
「すみません。道が混んでいたものですから……!」
 草間に声をかけられ、返しながらその後ろに並んだ。
 すぐに受付の順番が回って来て、名前と住所、それに誰に扮するのかを書かされ、写真を撮られた後、更衣室の番号を記した紙をもらって、中に入る。もっとも、自分がどんな仮装をするのか知らない辰一は、「これ、申告は後でもかまいませんか?」と受付にいる人に訊いてみた。
「かまいませんよ。会場へ移動する時にでも、教えて下さい。それと、メイクスタッフは必要ですか?」
 受付の人はうなずいた後、そう訊く。メイクという言葉に、ちょっと引っかかったものの、歴史上の人物の仮装なのだから、場合によっては顔に隈取を入れたりする人もいるのかもしれないと考えた。ただ、自分の場合はなんの仮装をするのかが謎なので、必要かどうかもわからない。が、もしも必要だった場合は困るので、一応「必要です」と答えて、受付を通った。
 草間たちの後を追うようにして中に入ると、ロビーには草間に誘われたと思しい、マリオン・バーガンディとシオン・レ・ハイ、そして叶遙の三人が待っていた。
 更衣室の部屋割りは、続いて入ったせいなのか、全員が同じ部屋にあるブースに割り振られているようだ。
「これなら、更衣室の行き来ができますね」
 それぞれの更衣室番号を見やって、シオンが何気なく言った。彼は四十前後だろうか。長い黒髪を後ろで一つに束ね、長身のがっしりした体には、ずいぶんと派手な衣類をまとっている。以前、草間の事務所で会った時には、顎に髭があったような気がするが、今はそれがない。手には衣装が入っているらしい紙袋を提げていた。
「それなら、私は草間さんの化粧をしてあげるのです」
 突然言い出したのは、マリオンだ。こちらは、一見すると十八歳ぐらいだろうか。実際は、二百年以上を生きている長生者だという。短い黒髪と金色の目の、小柄な男だ。主に絵画の修復の仕事をしているらしい。ポロシャツとズボンというなりで、色つきのメガネをかけていた。手には大きめのスポーツバッグを提げている。
 もう一人の、叶遙も外見からいえば、マリオンと同年齢に見える。もっともこちらは、本物の高校生だった。短い茶色の髪に、緑の目の彼は、ほっそりして背が低い。
 マリオンの申し出に、草間は驚いたようだった。
「え? でもおまえ、自分の支度があるだろ。俺はシュラインと零が手伝ってくれるし」
「いいえ。私も手伝うのです。ぜひ、やらせて下さい」
 草間の言葉を遮り、マリオンは断固とした口調で言う。草間は小さく溜息をついて、困ったようにシュラインをふり返った。それへ彼女が言う。
「手伝ってもらいましょ。私と零ちゃんはスタッフとしての仕事があるから、あんまり長くはいられないし、人手は多い方がいいわ」
「ありがとうございます。がんばって手伝いますから」
 マリオンは、うれしそうに頬を紅潮させた。
 辰一は、そんな彼らのやりとりを、今一つ訳がわからないままに、聞いていた。どうやら、シュラインと零は仮装の参加者ではなく、スタッフ側らしい。
(そういえば……受付に並んでいたのも、ここにいるのも、ほとんど男性ばかりですね……)
 ふいに気づいて、彼は胸に呟いた。ロビーはすでに、彼らだけになっていたが、辰一が草間たちと一緒に入って来た時には、他にも人がいた。そして、それもほとんどが男だったのだ。なんとなく、不思議な気はしたものの、これが仮装大会だと頭から信じ込んでいる彼は、それ以上そのことについて深く考えもせず、草間に声をかけた。
「あの、ところで草間さん、僕の衣装はどうなってますか? そちらで用意してくれるって言ってましたよね?」
 草間は、すぐにうなずいて、シュラインを促す。彼女が、二つ提げていたカバンの内の一つを、辰一の方へ差し出す。
「ありがとうございます。……どんな衣装か、楽しみです。じゃあ、僕はお先に」
 彼はそれを受け取り、軽い足取りで更衣室へと向かった。

■決戦(?)準備
 更衣室は、一つの広い部屋を衝立とカーテンで仕切って、いくつかのブースに区分けしたもので、一室につき八つあった。中には等身大の姿見と、ハンガー、あとはメイクなどをする時のためのものなのだろう。折りたたみ式の丸テーブルと椅子が用意されている。
 自分の更衣室へとおちついた辰一は、いそいそと渡されたカバンを開けた。中身を取り出す。しかし、一つ取り出すごとに、彼の笑顔はこわばり、次第に愕然としたものへと変わって行った。
 カバンの中から出て来たものは、どこからどう見ても女物としか思えない、緋色のドレスに、同じ色に金糸のししゅうの入った打ち掛けのようなもの、そしてやはり女物としか見えない緋色の靴だ。いや、それだけではない。複雑な形に高々と結い上げた黒髪のかつらに、いくつかの豪奢なかんざしまで出て来た。
「これって……まさか……」
 何かの罠にはめられたような、嫌な予感がしたものの、辰一はそれでも一度は、目の前にあるものたちが示す事実を否定しようとした。しかし。カバンの底から緋色のストラップなしのブラジャーとそこに詰め込むための、パットが出て来たのを目にして、ようやく全てが現実のものなのだと悟った。脳裏に、ロビーでの草間と他の者たちとのやりとりや、そこにいたのがほとんど男ばかりだったことがよみがえる。
「草間さん……よくもやってくれましたね……!」
 低く押し殺した声で呟くなり、彼は自分のブースを飛び出した。むろん、目指す先は草間のところだ。
 彼はたどり着くなり、すごい勢いでブースのカーテンを開けた。
「草間さん! 僕をはめましたね!」
 怒鳴るなり、ずんずんと中に入って行き、草間に詰め寄る。そのまま、彼の胸倉をつかみ、絞め上げた。
「女装なんて、聞いていませんよ! どういうことなんですか? 説明して下さい!」
「わ、悪かった。すまん。謝るから、手を離せ……」
 謝る草間に、辰一はやっと手を離す。解放されて、草間は激しく咳き込んだ。
「大丈夫? 武彦さん。でも、こればっかりは自業自得よ」
「けど……女装コンテストだなんて言ったら、空木崎は参加しないだろうが」
 背中をさすりながら戒めるシュラインに、草間はやっと咳を収めて返す。それを聞いて辰一は、思わず叫んだ。
「当たり前です! 僕がしょっちゅう女性に間違われて、ひどい時には男だって言っても信じてもらえなくてナンパされたりしてるのは、草間さんだって、知ってるじゃないですか! それなのに……!」
 彼の肩と拳が、ふるふると震えている。街中でナンパされた時と同じ、相手を呪い殺したい衝動が込み上げて来るのを、必死で抑えているのだ。だが、激しい怒りは一瞬のことだった。彼はすぐにがっくりと肩を落とすと、力なく呟いた。
「しかたがないです……。出場すると約束したからには、参加しますよ……」
 そうして、踵を返すと、ふらふらとそこを後にした。
 自分のブースに戻って、彼は改めて草間が用意した衣装を見やる。いったい、何が悲しくて、男の自分がこんな恰好をしなければならないのだろうか。
(他の人たちは、平気なんでしょうか……)
 ふと、先程ロビーにいた面々を思い出して、彼は胸に呟いた。第一、考えてみれば、当の草間も女装するのだろう。ロビーでもシュラインと零が着替えとメイクを手伝う、などという話をしていたのだから。
(……やっと話が見えましたよ。つまり、草間さんは自分一人が女装するのがいやだから、僕や他の人たちを、巻き込んだというわけですね)
 コンテストに出た理由はどうせ、零に頼まれたとかなんとか、そんなものだろう。あの草間の唯一の弱味が零だということは、辰一にも想像がつく。
(いいですよ。やるからには、徹底的になり切って、韓国旅行をゲットしてやろうじゃないですか。僕を仲間に引き入れたこと、草間さんにも後悔させてやりますよ)
 座った目をして、ニヤリと笑い、そんなことを胸に呟いて、彼はカバンから出した衣装をハンガーにかけ始めた。
 どうやらそれは、楊貴妃の扮装らしい。かつらの複雑な結い方や、打ち掛けのようなものが、以前見た映画の中の楊貴妃のものと重なる。
 着ていたものを脱いで、用意された衣装に着替え始めた。さすがに、ない胸にブラジャーをつけてそこにパットを入れる作業を始めた時には、とんでもなく惨めな気持ちに襲われたものだ。が、全ての衣装を着け終わり、あとはメイクしてかつらをかぶり、かんざしを飾ればOKという状態にまでなってしまうと、かえって腹が据わった。
 そこへ、メイクスタッフの女性がやって来た。シュラインか零が来たら、愚痴の一つも言ってやろうと思っていたが、入って来たのはまったく知らない女性だった。
「うわー、素敵ね。あなた、ほんとに男性? メイクいらないぐらいにきれいよ」
 悪気はないのだろうが、女性は入って来るなりそんな感想を漏らす。
「あ、ありがとうございます……。この衣装に合わせたメイクにしてもらえますか?」
 笑顔が引きつるのを感じながら、辰一は言った。
「ええ、いいですよ」
 女性はうなずき、さっそくテーブルの上にメイク道具を広げると、作業を始めた。
 ややあって、「できましたよ。どうぞ」と言われて差し出された鏡には、自分とは思えない「女性」が映し出されていた。
 スタッフの女性がしてくれたメイクは、衣装と同じく赤を基調としたもので、しかも雰囲気はなんとなく中国風だ。ちょうど京劇の役者のように、まぶたの上を目の際から薄くぼかして広げられた朱色が彩り、くっきりと描かれたアイラインとマスカラが、目元をきりっと引き締めている。唇は、やや大きめに輪郭が取られ、ぽってりとした感じに仕上げられて、どこか官能的でさえあった。
 今まで、よく女性に間違われてはいたものの、本格的に化粧をしたのは初めてだった。しかも、モチーフは美女として名高い楊貴妃だ。
「別人……みたいですね」
「そう? 君、肌もきめが細かいから、化粧の乗りがよくて、私もがんばっちゃった。でも、元がいいから、こうなったのよ」
 思わず呟いた辰一に、女性は小さく笑って言う。
「そ、そういうものでしょうか……?」
「そういうものよ。私、これでも小さな劇団のメイクなんだけど、男性でここまできれいに仕上がる人って、少ないと思うわ。役者でも、なかなかいないわね」
 女性は、またもや辰一の胸にグサリと突き刺さるようなことを言って、メイク道具をかたずけ始めた。
「じゃ、がんばってね。君ならきっと、優勝できるわよ」
 手早くかたずけを終え、最後にそうエールを贈って、女性はブースから出て行った。
 それを見送り、辰一は改めて自分の姿を見やって、小さく溜息をついた。草間を後悔させるために優勝してやる、と一時は意気込んだ彼だが、やはり女装が似合うと言われるのは、あまりうれしくはない。
(へこんでいても、しかたありません。最後の仕上げにかかりましょう)
 それでも彼は、自分で自分を叱咤して、かつらを手に姿見の前に立つのだった。

■コンテストの乱
 午前十一時。
 あやかし町商店街の中程にある広場に、今日のために特設された会場で、女装コンテストが始まった。
 参加者たちは、そこに作られた舞台の上でそれぞれポーズを決めたり、歩き回ったりする。所要時間は一人につき五分から十分程度だろうか。
 舞台に一番近い所には、審査員席が設けられており、そこから少し開けて、一般客用の観覧席になっている。零とシュラインは、メイクスタッフの仕事を終えて、そちらにいるはずだった。
 パイプ椅子を並べただけの席は、ほとんどが埋まってしまっている。
 司会者がエントリーナンバーと名前、そして扮装している歴史上の人物名を呼び上げるたびに、舞台には参加者たちがしゃなりしゃなりと現れる。同時に舞台奥に設置されたスクリーンには、彼らの女装前の顔写真が映し出された。受付で写真を撮られたのは、このためだったのだ。審査員たちは、それを参考に参加者たちの女装度をチェックするというわけだ。
 一方、参加者たちの方は、舞台の後ろに作られた控室で自分の順番が来るまで、待機している。控室とはいっても名ばかりで、小学校の運動会にでも使うようなテントの下に椅子が人数分並べられているだけの簡単な作りのものだったが。
 辰一は、真っ直ぐに背筋を伸ばして、その控室の椅子の一つに座している。エントリーナンバーは、受付した順番ではないらしく、この会場に来て初めて番号札を渡された。彼の出番は、中程ぐらいだろうか。会場に案内された時に、改めて扮装が楊貴妃であることを、コンテストのスタッフには伝えてあった。
 控室にはむろん草間も、彼に誘われて参加した者たちもいる。
 先程謝りに来た草間は、クレオパトラの扮装らしかった。抑えたレモン色のドレスに、喉元から肩をおおい、胸元へとヨーク状に飾られた豪華なネックレスをして、剥き出しの腕にはブレスレットが、耳にはスカラベをモチーフとしたイヤリングが飾られていた。ちなみに、ネックレスとブレスレットは同じデザインで、赤と青のピースを交互に規則的に並べ、ネックレスの胸元には大きな緑色のスカラベがついていた。黒く直ぐな髪はかつらだろう。そこに、翼ある蛇を飾った冠を頂いている。メイクもエジプト風だ。胸にはパットが入っているのか、形良く膨らんでいる。
(少しは、僕が味わった屈辱を、草間さんも味わったようですね)
 その胸を見て、辰一は少しだけ溜飲の下がる思いがしたものだ。
 一方、あたりに視線を巡らせば、マリオンはなんの扮装かはわからないが、肩から胸元のあたりが、ケープのように見えるヨークでおおわれた、レトロな感じの淡い青のドレスをまとって座っていた。金色の巻毛はかつらだろうが、その上にそろいの青い帽子が載っている。手には、やはりそろいのパラソルを提げていた。メイクも自然で、周囲が女装した男ばかりだというのに、椅子に座しているさまは、まるで一人だけ本物の美少女が紛れ込んでしまったかのような錯覚を起こさせる。
 また、シオンは草間と同じ、クレオパトラの扮装らしかった。人物は同じだが、彼の衣装は白で、その上に蜘蛛の巣を思わせるような形にスパンコールがつけられている。喉元から胸元のあたりまでは、スパンコールをあしらったレースで、うまく太い首や喉仏、胸などをカバーしていた。肩には鎧を思わせるような銀色の飾りがつけられ、そこから背中に向かって、レースのマントが長く尾を引いている。髪は自前だろう。いつもは束ねているのをそのまま背に流し、頭頂に蛇の飾りのあるスパンコールつきの白いヘアバンドをはめていた。
 彼はおちつかないのか、しきりとあたりを見回している。が、やがて進行係に呼ばれて、他の参加者と共に、舞台の方へと消えて行った。
 参加者は、コンテストの進行を円滑に進めるためもあって、一人が舞台に出ている間に、三人づつ袖に呼ばれて待機することになっているのだ。もっとも、控室からは舞台は見えないので、そこで他の参加者たちが、どんなパフォーマンスを行っているのかは、はっきりとはわからない。司会者はマイクを使っているので、今舞台に立っている参加者の名前と、その人が誰の扮装をしているのかは聞こえたし、観客の反応も、多少は声となって伝わっては来たけれども。
 だから、シオンの名前が呼ばれた後、巻き起こった客席からの笑いは、控室にいる者たちにしてみれば、謎だった。
 参加者は、コンテストが終わるまで控室にいるよう言われているが、すでに出番の終わった者たちは、主催者側が差し入れたジュース類を飲んだり、外に出て喫煙したり、家族と記念写真を撮ったりと、けっこう好き勝手している。中には、客席の方まで行って、舞台を見ている者もいるようだが、出番がまだの人間は、そこを離れるわけにもいかない。それもあって、客席からの大きな笑い声に、彼らの多くは顔を見合わせた。
 辰一もそれが気にならないわけではなかったが、見られない以上は気にしてもしかたがない、と考えて無視を決め込む。
 しかし、客席からの笑いは、司会者が新たな名前を読み上げても一向に止むことがなく、ようやく静かになったのは、シオンから二人置いてマリオンの名前が読み上げられた時だった。彼の扮装は、帝政ロシアのアナスタシア皇女だったようだ。
(なるほど、そうでしたか……。しかし、先程のシオンさんの時の笑いも気になりますが、こうして改めて見回してみても、僕の敵になりそうなのは、マリオンさんと草間さんぐらいだという気がしますね)
 辰一は、ふとそんなことを思う。実際、まだかなり残っている参加者たちは、そこそこさまになっている者もいるが、なんとも不気味なものになり果てている者もいて、彼自身やマリオン、草間ほどの域に達している者はいないようだ。
(それにしても……この衣装……重いです……。特に頭が。コンテストが終わったら、一気に肩凝りになっていそうですね……)
 なんとか少しでも楽なように首の位置を変えようと苦心しながら、辰一は心の中でぼやく。しかも、どうにも人の目が自分に集中している気がして、高貴な美女らしい笑顔や物腰を崩せず、身動きもままならなくて窮屈だった。
 そうするうちにも、次々と進行係によって参加者たちは舞台の袖に呼ばれ、舞台の方からは司会者の声が続く。やがて。
「叶遙さん。叶遙さんはいませんか?」
 進行係が呼ばわっているのが聞こえ、辰一は軽く眉をひそめた。
(そういえば、さっきから遙さんを見ていませんね)
 彼は、そのままあたりを見回す。
(たしかここに案内された時には、見かけた覚えがありますが……)
 そう。シオンと何か話していたのを見たのだ。その時の遙の恰好は、裾の長い緋色の袴に、白い単と水干、長い黒髪のかつらに立烏帽子というもので、白拍子――おそらくは、静御前あたりの扮装だろうと思えた。ただ、ちらりと見ただけだが、その顔は化粧の途中のような、おかしな状態だった。
 シオンと何事か話した後、控室を出て行くのを見たような気もする。
(まさか、あれから帰って来ていないとか……?)
 思わず胸に呟いたものの、辰一にはあの恰好でこの会場以外の所に足を運ぶというのが、信じられなかった。まともな神経の男が、したがることではないと思う。
(途中から帰った……とも思えませんよね。それなら、最初から参加していないような気がしますし。まさか、事件とか事故に巻き込まれたなんてことは……)
 考えているうちに、不安になり始めた辰一だったが、その時ようやく現れたらしい遙が、進行係にせかされて舞台の方へと走って行く姿が見えた。ホッとしたのも束の間、辰一はまた、眉をひそめる。
(今の彼、何かすごい恰好だったような……?)
 頭が重くて、あまり首が動かせないため、よくは見えなかったが、水干の前がはだけて、立烏帽子も微妙にゆがんでいたような気がしたのだ。
 と、シオンが立ち上がり、遙の後を追うのが見える。しかし彼は、舞台の袖へと上がる階段の傍で、進行係に止められてしまった。しばらく押し問答していたが、通してもらえそうもないとあきらめたのか、客席の方へ行ったようだ。
 辰一も気にはなったものの、出番がまだなので、控室を離れるつもりになれなかった。他人の世話を焼いていて、せっかくこんな恰好までしたのに、舞台に立てなければ意味がない。それでも、少し考えて彼は、甚五郎を呼んだ。
「甚五郎、遙さんの様子を見て来てくれませんか?」
「よっしゃ、まかしとき」
 一瞬、彼の肩の上に姿を現した猫型の式神は、うなずくなりすぐに姿を消した。
 それからほどなく、舞台の方で司会者が、遙の名前と扮した人物を読み上げるのが聞こえた。やはりあの扮装は、静御前だったようだ。しかし。
 ややあって、舞台の方から人の叫び声のようなものが、聞こえて来た。と、舞台の上方をおおっていた天幕が半分崩れ、その後は非鳴やら怒号やらが続く。控室にいた者たちも、何が起こったのかと、顔を見合わせ、ざわめき始めた。様子を見に行こうと、立ち上がる者たちもいる。
 その時だ。ふいに、辰一の膝の上に、甚五郎が現れた。
「えらいこっちゃ! 遙はんが倒れそうになったんを、司会者のお人が助けようとしてぶつかって、舞台袖の幕が落ちて来るやら、天幕が半分崩れるやらで、舞台も客席もてんやわんやの大騒ぎや。それこそ、水でもぶっかけたらんと、だあれも正気に戻らへんで、あれは!」
 早口の関西弁でまくし立てる。事情は今一つつかめないが、とにかくこのままにはして置けない。辰一は立ち上がると、ドレスの裾をからげて、重い頭を必死にふり立て、客席の方へと走り出した。
 客席は、天幕も何もない状態で、ただコンクリートの上にパイプ椅子が並べられているだけだ。辰一が駆けつけた時には、舞台上には袖から落ちて来た幕らしいものと、それにくるまれてもがいているらしい人、他にも何人か、舞台の上で倒れてもがいている人々がいて、観客はほとんどが立ち上がっていた。このまま放置しておけば、ますますパニックがひどくなるだけだろう。
 辰一は、ふいにきっと頭をもたげた。後で思い返してみても、彼自身、自分がこの時どういう心境だったのかが、今一つ理解できない。ただ彼は、傾国の美女と謳われた人物のなりをして、それになり切ることで羞恥心を捨て、優勝を獲得しようとずっと考えて控室にいた。だからその時も、楊貴妃になり切っていただけなのかもしれない。
 ともかく彼は、まるで女王のような足取りで、客席の端を抜けて、真っ直ぐに舞台へと向かった。
「静まりなさい!」
 凛と鋭い声を張る。途端にあたりは、水を打ったように静まり返った。その中を彼は、ゆっくりと舞台へと上がって行く。階段の途中でつと足を止め、客席をふり返った。
「空木崎さん……!」
 客席のいくつかから、驚いたような低い叫びが上がるのを、聞いたようにも思う。また、他の者たちも、とまどっているようだ。しかし彼は、それらの一切に頓着せず、まるで本物の楊貴妃のように昂然と頭をもたげて、舞台をふり返った。
「そこな者ども、何を恐慌に陥っているのですか。しっかりしなさい。早く、幕の下敷きになった者たちを助け、崩れた天幕を直しなさい。見苦しい」
 呆然と突っ立っている審査員や、コンテスト運営の関係者とおぼしい男たちを、威厳に満ちた静かな声で叱りつける。口調まで、普段の彼のものとはまったく違っていた。
 すると彼らは、まるで本物の女王に命じられたかのように、慌てて走り回り始めた。
 ほどなく落ちた幕の下にいた者たちは助け出され、崩れた天幕も直される。遙と司会者の男は、控室へと連れて行かれた。
 その一部始終を、辰一は女王然として、舞台へ向かう階段の途上から、ただじっと見守り続けていた。

■エンディング
 騒ぎの後、どうにか女装コンテストは再開された。そこで辰一はさらに女王然とふるまって、その美しさと共に、観客と審査員を魅了した。
 おかげで彼の後に登場した者たちは、全体的に影が薄くなってしまった。草間は、そんな中では健闘していた方だろう。
 終了後に発表された結果は、おおかたの予想どおり、辰一が審査員たちの絶賛と共に優勝した。ちなみに、草間は二位である。また、シオンは特別賞をもらった。客席から聞こえていた笑いは、彼が奇妙な踊りを披露したためだとかで、賞もどちらかというとそれに対するもののようだ。
 終了後、一同は遅い昼食を取るために、会場近くの喫茶店に入った。シュライン、草間、零、辰一と、マリオン、シオン、遙の二組に分かれて、通路を挟んで隣り合ったテーブルに腰を下ろす。
 一応、日替わりランチを注文したものの、辰一はそれが運ばれて来ても、手をつける気にもならなかった。優勝したとはいえ、なんだか改めて考えると、とんでもなく恥ずかしいことをしてしまったようで、立ち直れそうもない。まるで、悪い夢でも見ていたかのようだ。思えば、コンテストの間中、胸の奥底ではそう呟き続けていたような気さえする。
(そりゃあたしかに、草間さんに目にもの見せてやろうと……そう思いはしましたよ。それにあの時は、誰かが止めなければ、もっとひどいことになっていたかもしれません。でも……何もあんな方法を取る必要は、なかったんですよね)
 ひどい後悔と共に、そう思う。実際、自分は符術師なのだから、式神を使って大きな音を立てさせるとか、突風を起こすとか、そんな方法でもよかったのだ。とにかく、パニックに陥りかけている人々を、正気付かせることができれば、それでいいのだから。
 そんな彼に、零が無邪気に声をかけて来た。
「空木崎さん、韓国へ行ったら、写真をたくさん撮って来て下さいね。それに、お土産もお願いします」
「零……!」
 気を遣っているのか、草間が慌てたような声を上げるが、零はきょとんとしたように、そちらを見やるばかりだ。もっとも、辰一の目には、それも入ってはいない。ただ彼は、顔を上げて、力なく微笑む。
「そうでしたね……。韓国旅行があるんでした……」
 もはや、そんなことなどすっかり失念してしまっていた彼だ。しかし、考えてみればまさに捨て身で奪い取ったも同然の、旅行である。それだけでも楽しんで来なければ、がんばった甲斐がないとも思えた。そこで彼は、半ばヤケで明るい笑顔を作る。
「いいですよ、零さん。僕が韓国旅行ができるようになったのも、全部草間さんのおかげですからね。なんでも言って下さい。零さんには、お望みのものを買って来て差し上げますよ」
 少しだけ、草間への皮肉を込めて言った。
「空木崎……」
 途端に草間が、手にしていた箸を落として、情けない声を上げる。おそらく彼の耳に辰一の言葉は、呪いと響いただろう。
 しかし、何も気づかないらしい零は、無邪気に喜びの声を上げている。一方、草間は青ざめたまま、凍りついてしまっていた。
 そんな彼らを見比べて、シュラインが溜息をつくのが聞こえた。
 さすがの辰一も、草間を呪ったりするつもりはない。だが、今の言葉がそう聞こえたのならば、しばらくはそう思っていてもらっても、さしつかえはないだろうと彼は思った。
(韓国旅行とこれとは、別です。草間さんには、僕を騙した罰ぐらい受けてもらっても、かまわないと思いますからね)
 胸に呟き、その奥で小さく苦笑を漏らす。その脳裏を、とりあえず韓国へ行ったら、土産ぐらいは買って来てやってもいい、という思いがちらりとかすめて行った――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2029 /空木崎辰一 /男性 /28歳 /溜息坂神社宮司】
【5180 /叶遙 /男性 /17歳 /高校生】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4164 /マリオン・バーガンディ /男性 /275歳 /元キュレーター・研究者・研究所所長】
【3356 /シオン・レ・ハイ /男性 /42歳 /びんぼーにん(食住)+α】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
私の依頼に参加いただき、ありがとうございました。
優勝は、空木崎辰一さまとなりましたが、コンテストの順位に関しましては、
他意はございませんので、ご了承のほど、よろしくお願いします。
それでは、少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

●空木崎辰一さま
はじめまして。参加いただき、ありがとうございます。
なんとも楽しいプレイングで、私の方も楽しんで書かせていただきました。
なお、楊貴妃の衣装については、検索などで調べましたところ、
ドレスに打ち掛けのような上着、がポピュラーなようです。
本文中では、それに準じた衣装とさせていただきました。ご了承下さいませ。
それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。