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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『始まり』



 本当にここで人が暮らしているのかと思うような、とても簡素な居住空間に携帯電話の軽快なメロディーが鳴り響いた。
「嵐だ」
 テーブルに置かれた携帯電話を、背の高いがっしりした男が手に取り口を開く。
 町の一角にある倉庫街、その地味で華やかさのかけらもない倉庫のひとつに、その男は暮らしていた。いや、その男だけではない。
「仕事だ」
 電話を置き、嵐・晃一郎は表情ひとつ変えないまま、すぐ隣の椅子に座って、面倒そうに顔をしかめている女性、シェラ・アルスターに声をかけた。赤い髪に緑の瞳、そして体から漂わせる妖しくも魅力的な雰囲気。晃一郎よりもやや年の若いシェラは、晃一郎の言葉を聞き、さらに表情を歪めた。
「またストーカー退治か?」
 うんざりしたそのシェラの言葉には、ため息のようなものさえ混じっていた。
「そんな顔するな。仕事は仕事だろう?個人的な感情は無しだ」
「成り行きとはいえ、何故に敵国の…しかも男と一緒に、仕事も生活も共にせねばならんのだ」
 まったくやる気の感じられないシェラの顔を見つめ、晃一郎は苦笑いを浮かべた。
「あんな事さえなければ、私はここにいる事もなかったし、まして、こんな男と一緒にいる事なんてなかっただろうに」
 と言いながらも、シェラは仕事へ行く準備を整え始めている。
「あんな事か。確かに俺だって、こうなるとは思ってなかった。あの事件を境に、俺やお前を取り巻く全てが、変わってしまったんだからな」
 晃一郎はそう言って、ぼんやりと倉庫の窓から外を見つめた。それと同時に、晃一郎の頭の中に、過去の記憶が蘇る。
 よくわからないままに「こちら側の地球」に投げられていた、あの日の記憶が浮かび上がっていた。



 その時、晃一郎が最後に覚えていたのは、大規模な魔導兵器実験に使われた兵器の数々と、それが作動した余波に自分が飲み込まれた事であった。あっ、と思った時には目の前が暗くなり、そして、体が宙に浮き、落ちていく感覚を覚えた。しばらくして、晃一郎の開けた瞳に映ったのは、どこかもわからない林の木々であった。
 どこだ、ここは。突然、まったく知らない場所に放りこまれたら、人は一体最初に何をするだろうか。おそらくは、違和感を取り除く為にも、自分に馴染みのある何かを探すに違いない。
 晃一郎は足元に機動兵器が落ちている事に気づいた。これには見覚えがあった。晃一郎が使っていたものだからだ。
 どうしてこうなったかは良くわからないが、晃一郎はその機動兵器を拾うと、ここがどこなのか、危険なところなのかそれとも安全なのかを確認する為、まわりに注意を払いながら林の中を歩き回った。しかし、歩けば歩く程、激しい違和感を感じずにはいられなかった。
「ん、街か?」
 林の中を漂わせる晃一郎の視界に、繁華街が飛び込んできた。晃一郎がいる林は高台になっているようで、繁華街はそこから見下ろせるような位置にあった。
「あれは何だ?まったく知らない」
 もっとじっくりと見る為、晃一郎は双眼鏡を取り出し、繁華街を見つめた。だが、そこに晃一郎を安心させてくれるようなものはひとつもなかった。建物やそこにいる人間達、どれもこれもが違和感を感じた。
 その街が何という名前なのかを知る由もないが、その名前を確認せずとも、今自分が立っているこの世界が「自分が住んでいるのとは違う世界」と晃一郎は判断した。
「さて、どうしたものか」
 元いた世界では要人警護職をやっていたから、予期せぬ出来事にパニックを起こし、慌てふためくような晃一郎ではない。
 ただ、このままこの場所にぼんやりと立っていても仕方がないと感じ、機動兵器をバイク型に戻すと、まずは街へ降りる事にした。
 特に何か目的があったわけでもないのだが、見ている限りでは言語体系はそんなに変わるような印象がなかったので、とにかく何か行動をしようと思ったのだ。
 繁華街に入り、晃一郎はまわりを見てその街の様子を伺いながら歩き続けていた。この世界に、他にどんな場所があるのかはわからないが、かなり賑やかな町であった。晃一郎は違和感を持ち続けていたが、まわりを歩く人間は、特に晃一郎の事を意識していない事からして、「こちらの世界」と「あちらの世界」の住人達の姿は、違う次元ではあるものの、そんなには変わらないのだろう。しばらく街を歩くと、視界の先、あまり人通りのないわき道に、数人の男達が固まっている事に気がついた。



「まさか、こんな事になるなんてね」
 シェラは繁華街の中を歩き回り、自分がまったく知らない世界に投げ込まれた事に気づき、ため息をついた。
 大規模な魔導兵器実験、そしてその余波に巻き込まれ、気づけばどこかの話のなかに倒れていた。知っている顔などは何もなく、何か手がかりはないかと行き着いたのはこの異世界の繁華街であった。
 面倒な事になってしまったと思いつつ、寂しい路地裏を通り向けようとした時、シェラは腕を誰かにつかまれた。
「姉ちゃん、随分刺激的な格好だな」
 振り向くと、とてもいい男とは言えない男が、にやにやしながらシェラを見つめていた。
「そんな格好をしてるって事は、誘ってるって事だよな」
「何の事だ?」
 シェラは表情を変えずに答えた。
「そんな格好してて、こんなところを通るって事は、文句言えねえよな」
 確かに男の言う通り、シェラは魅力的な容姿の上に、胸の部分が露出した服装をしている。女性でも思わず振り向いてしまうような外見のシェラは、いつまでもしつこく腕を引っ張っているその男に、だんだん苛立ちを感じてきた。
「話してくれないか?私はあなたに用はないのだから」
「あんたが無くても、俺達があるんだよ!」
 シェラは数人の男に囲まれていた。シェラの腕を掴んでいた男が、シェラの体を自分の方に引き寄せ、体重をかけて押し倒そうとする。さらに後ろにいた男がシェラのもう片方の腕を取り、身動きできないようにシェラの動きを固めた。
「あまり私に手間をかけさせるな」
 いとも簡単に男の手を振り払い、シェラは足を振り上げて男を蹴り上げ、鮮やかな動きで後ろにいた男達に蹴りを入れ、さらに殴りつけていった。
 元いた世界ではもっと厄介な敵と戦っていたのだ。こんな男達など、シェラの敵ではない。男達はあっという間に、地面に倒れこんでしまった。
「何だ、大した事ないな」
 シェラが肩をすくめた時、いつのまにか出来ていた野次馬の奥から、聞き覚えのある声がした。
「相変わらず勇ましいなぁ」
「なっ!何故、ここにいる!?」
 シェラは驚きの声を上げると同時に、反射的に武器を取り出していた。その声の主、嵐・晃一郎は、シェラにとっては敵、元いた世界でも何度も戦闘を繰り返してきたのだ。
「えー、やるのー?」
 緊迫した表情でにらみ付けるシェラに対し、晃一郎はどうも緊張感がない。いや、元々こんな男だったかもしれないが、どんな場所で会ったにしろ、晃一郎がシェラの敵である事には変わりない。
「面倒だなあ、こんな時に。だけど、ここでやるのはちょっとな。場所を変えないか?」
 まわりの野次馬は、次はどうなるんだろうと、シェラ達を期待のまなざしで見つめていた。ここで戦えば、彼らも巻き込んでしまう事は間違いない。そうなっては面倒だと感じたシェラは、場所を変えるという晃一郎の提案を飲み込み、繁華街のさらに先にある、ほとんど人が近寄らない廃倉庫へと戦いの場所を変えた。



「言っておくが、私は手加減などしない」
「やれやれ、そのあたりも相変わらずだな」
 苦笑を浮かべつつ、晃一郎は倉庫の扉に手をかけた。そして、その瞬間、中に数人の人間がいる気配を感じたのだ。
「どうした、入らないの?」
 晃一郎の止まった動きに眉を寄せたシェラも、晃一郎がなぜ扉を開かないかを理解したようであった。
「そこで何をしている!!」
 背後から男の声が響いた。目を後ろに向け、そっと振り返ると、晃一郎も視界に、黒服をを着て顔をサングラスで覆った男が数人、銃を向けて立っていた。
「いきなりそんなもん突きつけてくるなんて、普通じゃないね」
 こんな状況でも、シェラはまったく取り乱していない。自分の敵ながら、何とも肝のすわった女だと、心の中で晃一郎は呟いた。
「さっきから俺達をかぎ回っている連中がいたが、てめえらか!」
「え?」
 訳のわからない言葉を聞かされたまま、晃一郎達は倉庫の中へと入れられた。それは、決して招き入れるとう生易しいものではなかった。
 倉庫の中には同じ黒服を着た男達や、どう見ても気が狂ったとしかいえないような顔つきの男女が、大量の金と何かの小袋を取引している。晃一郎とシェラは男達に腕を取られ、銃を突きつけられたまま、倉庫の奥へと押されていく。
 それにしても、一体、自分とこの場所と何の関係があるのだろうと、晃一郎は考えていた。この場所に来るのは初めてだし、ましてやこんな連中の事など知らない。それどころか、ここがこの連中のアジトのような場所になっている事すら、晃一郎は知らないのだ。
「シェラ」
 視線を奥に向けたまま、晃一郎はシェラへ呟いた。
「ここは一旦、敵同士である事を忘れないか?」
 そう言うとシェラは、一瞬、嫌悪に満ちた表情を見せたが、やがてふうっと息をついて答えた。
「今はそうした方がいいかもな。さあ!」
 シェラがそう叫んだのが合図であった。晃一郎は男の腕を振りほどき、倉庫の照明器具の電気を操り、雷のような激しい閃光を作り出し男達にそえを次々に浴びせていった。倉庫内に悲鳴が溢れ、さらにシェラがその熱を使い男達のまわりの温度を急上昇させて、灼熱地獄のような状態を作り出す。
 急激な温度の上昇で照明器具ははじけ、倉庫内は真っ暗になり、悲鳴の中、銃声が聞こえていた。混乱したこの状況に、晃一郎やシェラがさらに電光や炎で追い討ちをかけた結果、倉庫内には気絶をした者だけが残り、後の者は逃げてしまったようであった。
「やれやれだ、口の割にはあっけない」
 倉庫を見回しながら、シェラが肩をすくめる。
「ちょっと待てシェラ。誰かが来る」
 晃一郎が暗がりの奥から、何者かが近づいてくるのを感じ取った。その気配はだんだん近づき、すぐ攻撃出来るようにと晃一郎が構えた時、暗がりから一人の男が現れた。しかし、その男から殺意のようなものは感じなかった。
「予定外だが、アンタらのおかげでこの麻薬密売事件は解決かな。謝礼はするから、後でここに来てくれ」
 にやりと笑い、男は晃一郎に名刺を渡すと、他に何をする事もなく、二人に期待しているような視線をちらりと向けて、倉庫から出て行った。
「何なの、あれは」
 シェラがその男が出て行った扉を、不審そうな顔をして見つめていた。
「草間・武彦。草間興信所という場所の所長らしい」
「草間?どうしてそいつが、名刺なんてくれるわけ?」
「どうやら探偵事務所みたいだな。しかも、通常では考えられないような、超現象も調査したりするらしい…探偵ねぇ。この世界の事でも聞きに行くか?」
 晃一郎はそう言ってシェラの顔を見つめた。
「まあ、それは好きにするがいいさ。戦いはとりあえずお預けだ。俺はこの男に会いに行く。この世界の事、そして元の世界に帰る方法も、わかるかもしれない」
 晃一郎はまだ何かを考えているシェラを置き、さっさと倉庫の外へと出た。倉庫を離れ、繁華街へ戻ろうとした時、後ろから自分に付いてくる足音が聞こえて来た。
 こうして、晃一郎とシェラは草間・武彦の元へ行き、興信所に集められる様々な事件の解決に、関わる事になるのであった。(終)



☆ライター通信★

 シチュノベ発注ありがとうございました!新人ライターの朝霧青海です。
 今回は晃一郎さんとシェラさんの「こっちの世界」でのエピソードを描かせて頂きました。二人の間は敵同士ということもあり、どのようにして会話を進めていくかを考えて、あまりなれなれせす、だからと言ってガチガチしてしまうと話が進みませんので、そのあたりを調節しながら執筆いたしました。
 異世界がどんな世界なのかを、文章のセリフなどで想像しながら書いておりましたが、違和感のある箇所があったら申し訳ないです(汗)このあたりは深くは触れずに話を進めました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 それでは、本当にありがとうございました!