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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


引越し幽霊

 どんな日本晴れでもここの空だけは薄暗い、と言われているあやかし荘。だが、今日最も暗いのは管理人である因幡恵美だった。
「ねえ、聞いてよ」
今週いっぱいでここから引っ越したい、という人が二人も来たのだと恵美は座敷わらしの嬉璃に向かって嘆く。
「なんぢゃ、いつものことではないか」
確かに嬉璃のいうとおり、だが恵美にとっては悔しくてたまらない。
「二人とも、すぐ近くに引っ越すって言うの。しかも理由が『幽霊が見られるから』ですって!」
角のマンションに幽霊が出る、という噂は最近聞くようになった。心霊が苦手な恵美は無視していたのだが、あやかし荘の経営に関わってくるとなると話は違った。
「あのマンション、物好きが大勢入居してるらしいのよ。幽霊ならうちにだっていくらでもいるのに、許せない!」
「ならばよい考えがあるぞ、恵美」
「?」
「そのマンションとやらに出た幽霊を、このあやかし荘に引っ越してこさせるのぢゃ。さすれば芋づる式に物好きたちもくっついて引っ越してくるぢゃろう」
幽霊の説得役ならいくらだっている。なにしろあやかし荘にやってくる連中こそ真の物好きばかりなのだから、話を持ちかければ面白がり引き受けてくれるだろう。

 集まった物好きたちは、騒がしくあやかし荘の茶の間を占領した。
「ああ、もう。今度は誰の仕業?」
シュライン・エマはキーボードを叩く手を止めて、真っ黒になったノートパソコンの画面を睨みつけた。さっきから何度も、前触れなしに突然パソコンの電源が落ちる。パソコンを珍しがる古い幽霊たちが近寄ってくるたびに嫌な磁気が発生して、クラッシュしてしまうのだ。
「これじゃ、ネットに繋がらないじゃない」
幽霊、怪奇の類といえばゴーストネットと思ったのだが、今までの地道な努力で掴んだ情報はないに等しかった。これ以上やっても無駄だと悟ったシュラインは、ノートパソコンをぱたんと閉じる。
「で、今までにわかってる情報は?」
シュラインは全員の顔を見回した。とりあえず各自、勧誘の前に情報を整えようというので茶の間に集まったのだけれど、実際役に立ちそうなものを抱えていそうな顔はなかった。
「部屋に関しては方角、広さ、なんでも好き放題。だけどデメリットも多い」
あやかし荘の物件情報を調べていたのは鈴森鎮である。普段は人間の小学生、生意気そうな少年の姿をしているのだが今は小さな鼬の姿でペットのイヅナ、くーちゃんと一緒にちゃぶ台の上に座っていた。
「人づてに聞いたところによると、幽霊は一人だけらしいよ」
鏡野貴哉は気のなさそうな口振りだった。人数は多いほうが面白い、とでも言いたいのだろう。自縛霊でなければいいのだけど、とシュラインは応じる。
 ここまではまあ、有益な情報である。しかし残りの二人
「恵美ちゃんは幽霊苦手なんだって。だから、拾ったらどこかで捨てられないかな」
可愛いお嬢さんの幽霊だったら別だけどね、と女性至上主義の狩野宴。
「三下は留守みたいだぜ」
さらに五代真がつけくわえたのは、これはもう本当にいらない情報。三下を連れて行く気など毛頭ない。
「恵美さんと、嬉璃さんはどうするの?」
「わしは主らが首尾よく戻ってくるのを待っておるぞ」
「私も、ちょっと・・・・・・」
嬉璃はちゃぶ台の上のあられをかじっているし、幽霊の苦手な恵美も辞退する。
「それじゃ、出かけましょ」
シュラインは立ち上がった。

 噂では、幽霊はマンションの五階に出るらしい。エレベータを待つ間、宴と貴哉は一つの賭けをした。対象は単純、噂の幽霊が男か女かだ。
「男だったら、君にとっておきのワインをあげよう」
「じゃあ女だったら万年筆を出しますよ」
そんな会話の間にエレベータが下りてきた。両肩に鎮とくーちゃんを乗せたシュラインが乗り込み、続いて宴と貴哉。五階のボタンを押すとほぼ同時に扉は閉まり、エレベータはゆっくり登っていく。心なしか、普通にあるエレベータよりも速度が遅い。
「待っててくださいね、お嬢さん」
この悠長なスピードが、宴には待ち遠しい。
 エレベータの上部にあるランプが五階を指し、扉が開いた。乗ったのとは逆の順で貴哉から降りようとしたのだが、貴哉は
「あ」
と、驚いているようでしかし冷静な声を上げた。
「どうしたの?」
「開」ボタンを押しながらシュラインが訊ねた。
「男ですよ」
エレベータホールの前に、確かに男が一人立っていた。後ろを向いてはいるけれど、背丈や肩幅は女に間違えようもない。自分でも確認した宴は肩を落としかける、だがシュラインが即座に貴哉の言葉を打ち消した。
「なに言ってるの、あれ真さんじゃない・・・・・・って、え?」
「よ、遅かったな」
名前を呼ばれ、振り返ったのは確かに真である。同時にシュラインは、エレベータに乗っている人数をあらためて確認した。自分、肩に乗っている鎮、宴、貴哉。よく見てみれば真がいなかった。
「乗ってなかったの?」
「ああ。エレベータ待ってるのが面倒で、非常階段で上ってきた」
早く来たおかげで幽霊にも会ったぞ、とまるで中学時代の同級生にでも遭遇したような口振りである。
 二十歳の真に三十代の同級生がいれば、の話だったが。

 幽霊は、眼鏡をかけ灰色のスーツを着た典型的な男性サラリーマンだった。三下を、そのまま十歳ほど老けさせたと思えばいい。
「・・・・・・あら?」
シュラインは、片目を細めた。男の顔に、なんとなく見覚えがあったからだ。三下に似ているから、というわけではない。この男とは以前、どこかで顔を合わせている。
「どこだったかしら」
記憶を呼び起こすために、シュラインはここ二ヶ月をさかのぼってみた。なぜ二ヶ月かというと、マンションに幽霊が出ると噂が立ったのが約一ヶ月前、生きている男に会うためにはそれ以前を思い出さなければならなかったからだ。
 二ヶ月前、草間興信所に一人の客がやってきた。記憶喪失のくせに金だけは持っている、妙な客だった。どこか住むところが欲しいと言うので、シュラインはその手配をしてやったのである。
「ああ」
思い出した。
「あなた、駅前の不動産屋さんでしょう」
「そうですが」
幽霊は低い声で返事をした。それがあまりにも「文句でもあるのか」と言わんばかりの顔つきだったので、真がついむきになって声を荒げる。
「不動産屋の幽霊が、なんの未練でこんなマンションに住み着いてるんだ」
「す、住むならもっといい物件があるんだぞ」
真の怒鳴り声にやや気圧されたものの、鎮があとに続く。鎮は、幽霊を相手にあやかし荘の物件紹介をするつもりでいくつかの間取り図を手書きで用意してきていた。だが、幽霊はその図をちらりと見ただけで
「・・・・・・書きかたが、違ってますね」
さすがはプロらしく、即座に間取り図をチェックしはじめた。口の中でブツブツ呟きながら、方角だの構造だのを矢継ぎ早に訊ねてくる。しどろもどろになりながら鎮はなんとか答えるのだが、質問が多すぎて追いつかなかった。
「ったく、死んでからも仕事なんて気が知れないね」
幽霊が男とわかったからには傍観を決め込んでいた宴が、ため息をつく。
「このマンションに現れたのも、間取り図を調べるためなのかもしれないわね」
シュラインは冗談のつもりだったのだが、後々幽霊から話を聞いてみると事実だったことが判明する。幽霊は不動産屋でこのマンション近辺の物件を担当していたのだが、仕事の途中で交通事故に遭ってしまったのだった。

「それなら、あやかし荘も担当なのか?」
黙って話を聞いていた貴哉が、純粋な好奇心をぽつりと口にした。
「あやかし荘?」
聞いたことのない物件名だと、幽霊は首を傾げる。だが、住所を聞くとその辺りも私の担当に入りますと即座に答えた。
「しかし、私の記憶が正しいのならそこは物件の募集をかけていないはずです」
「・・・・・・恵美ちゃん、募集かけてなかったらそりゃ入居者ないよねえ」
肝心のところが抜けている、そんなところが可愛いんだけどと宴は苦笑いを浮かべる。
「今まで口コミで入居してたわけだ」
そっちのほうがすごいのではないかと、鎮は思った。
「ねえ、それならあなたがあやかし荘の物件情報作ってくれないかしら。こんなマンションなんかよりよっぽど作りでがあると思うわよ」
もっとも、作りきれるものならば、という話である。シュラインはその一言を故意に伏せた。まともな不動産業者が、あやかし荘の査定を引き受けてくれるわけがない。とにかく、最優先させるべきは物件情報ではなくこの幽霊をあやかし荘へ引っ張り込むことだけなのだ。
 シュラインの含みは勘のいい貴哉にも通じる。
「俺たちからもお願いするよ。あやかし荘の管理人はまだ高校生の女の子なんだ。この間も入居者が少ないって落ち込んでてさ。なんとか力になってあげたいと思ってるんだ」
「このマンションよりはあやかし荘のほうがよっぽど住み心地いいと思うぜ?なんたって、友達もたくさんいるしな」
竹を割ったような性格の真は、嘘をつくとすぐ顔に出る。それは少し話をすれば初対面の人間にもわかる。だからこそ、真が満面の笑顔で断言するとより真実味が増した。
「・・・・・・それは、まあ、構いませんが・・・・・・」
仕事熱心な幽霊は、こうしてあやかし荘に勧誘された。

 その後の話なのだが。
「恵美、あの幽霊はどうしたのぢゃ?」
「ああ、あの人?」
三時のおやつにみつ豆を食べながらの、嬉璃と恵美の会話。
「引っ越してきて一週間くらいは、その辺をうろうろしてたんだけどね。うっかり開かずの間を開いちゃったみたいで、どこか行っちゃった」
仕事熱心と聞いておったのに無責任な奴ぢゃのう、と嬉璃。頷く恵美。おかげであやかし荘は今日も、閑古鳥が鳴いていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1335/ 五代真/男性/20歳/バックパッカー
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
2610/ 鏡野貴哉/男性/21歳/私大学生
4648/ 狩野宴/女性/80歳/博士・講師


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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
マンションの幽霊は、場所に縛られている自縛霊ではなく仕事に
縛られている自縛霊という設定でした。
ちなみにシュラインさまが使用されていたパソコンは、
「白銀の姫」オープニングで草間武彦氏が拾ってきた
中古ノート、という設定です。
あやかし荘の電気機器はすぐ壊れそうです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。