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<東京怪談・PCゲームノベル>


碇麗香のゴールデンウィーク
○不運な始まり
 眼鏡を割ってしまった碇麗香は数日だけ眼鏡をやめ、コンタクトレンズで暮らすこととなった。
 眼鏡店で受け取ったコンタクトレンズを付け、店を出た麗香には現実の世界が一般人とは少し違って見えていた。しかし本人はそれに全く気が付いていない。
 そのコンタクトは、実は普通の人間ではない眼鏡店店主が細工を施したものだった。
 それは――そのコンタクトをした人には「男は女に、女は男に見える」という仕掛け。もし麗香の目の前に女性が現れれば、その子が可愛ければ可愛いほど魅力的な男性に見える。彼女と魅惑的な日々を過ごす女性はどんな人物か。

○両手に花?
 一旦アトラス編集部に戻った碇麗香。戸締まりを確認してから編集部を後にしようとしたとき、背後から声を掛けられた。ただの声ではない、麗香が一瞬にしてときめいてしまうような声。
「アンティークショップ・レンから来たんですけど、この参考の品はどこに置けばいいんでしょう?」
 麗香はニヤケてしまいそうな顔を無理矢理引き締めて言った。
「今日からしばらく編集部休みなのよ。ゴールデンウィークだから。品物はドアの前に置いといて……私は碇麗香。あなた名前は? 今日ヒマ?」
「わたくしは鹿沼(かぬま)・デルフェスと申します。ゴールデンウィークのスケジュールはあいてますよ」
 デルフェスは目を細めておっとりとした笑顔で答えた。ちなみにここまで、麗香にはデルフェスがたくましい声の長髪美青年に見えている。特殊なコンタクトレンズのせいで。
 いきなりホテルへ、というのも乱暴な話だし――と思った麗香はひとつ提案した。
「デルフェスちゃん、どっか行きたいところある?」
 まずデートから、という考えだった。
「そうですね……」
 デルフェスは少し考え、
「美術品とかクラシック音楽に触れたいです」
 そう答えた。
「うーん……美術品とかクラシック音楽……」
「考え込まないで下さい。なんならわたくしがエスコートしますから!」
 デルフェスは麗香の手を引いて歩き出した。麗香は戸惑ったが、こんな“美青年”に手を引かれるなら――と頬を赤らめてついていった。
 そして編集部のビルを出てすぐ、2人は足を止めた。
 小鳥が鳴いていたから。――小鳥のさえずりのような見事なソプラノボイスで歌っている少女がいたから。例によって麗香には少女ではなく少年に見えている。
 魅力的な女性ほど魅力的な男性に見えるというこのコンタクトレンズ。デルフェスもさることながらこの歌っている少女も麗香には抜群の“美少年”に見えた
「……デルフェスちゃん。この子の歌、もうちょっと聴いていかない?」
「わたくしもそう思っていたところです」
 2人はしばし歌声に酔いしれた。
 目を閉じて歌っていた少女が歌い終わり、周囲の人だかりの中から麗香の姿を発見し近寄って行った。
「こんにちわ!」
 麗香は「こんにちわ、とても澄んだ声でビックリしちゃった」と答え、尋ねた。
「私は碇麗香。あなたは?」
「私は神崎美桜(かんざき・みお)17才です。……って、麗香さん?」
「え? どこかで会ったことあったかしら? 初めまして、よね?」
「え、と……あ、そちらのかたは?」
 麗香の左手を握っているデルフェスを向いて尋ねると、
「わたくしは鹿沼デルフェスです。見事な歌声にほれぼれしました」
 そう言ってニッコリ笑った。
「美桜ちゃん、これから美術品見に行くかクラシック音楽聴きに行くんだけど、一緒にどう?」
「ちょっと待って下さい」
 デルフェスが麗香を遮った。
「わたくし、音楽は今充分堪能できました。ですから美桜さんの希望を訊きたいです」
「ふーん……どう? 美桜ちゃん」
 美桜は初対面のデルフェスを警戒しつつ言った。
「私は……これから修理の終わったヴァイオリンを取りに行かなきゃならないので……」
「ヴァイオリン? ひょっとしてストラディバリとか?」
「そんな高価なのじゃないですけど、祖父の形見です。だから――」
「分かった!」
「へ?」
「私達も一緒に行くわ。ヴァイオリン取りに行くってことは、あなたヴァイオリン弾けるんでしょう? その演奏も聴きたいし」
 デルフェスも「名案ですね!」と頷いた。
「ま、まぁいいですけど……」
「それじゃあ出発! 美桜ちゃんは私の右手握ってね。道を案内してちょうだい」
「は、はぁ」
 美桜は麗香の右手を握って歩き出し、さりげなく手を握らせた麗香はその手の平の柔らかさにドキドキしていた。
(右手に美桜ちゃん、左手にデルフェスちゃん。まさに両手に花!? あ、男性の場合は花とは言わないのかな? でもさい先良いゴールデンウィークの始まりだわ!)
 ――実際は女性3人が手を繋いで歩いているのだが、そうと知らないのは麗香ただひとりだった。

○イン・ザ・ホテル
 修理の終わったヴァイオリンを受け取った美桜と、一緒に来た麗香とデルフェス。3人はホテルのスイートルームにいた。
 ホテル、と言ってもごく普通のホテル。そこのスイートルームでくつろごうと提案したのは無論麗香だった。
 スイートルームにはキングサイズのベッド2つに大きなソファがある。麗香とデルフェスはベッドに腰かけて水割りを飲み、美桜はソファでオレンジジュースを飲んでいた。
「じゃあ、そろそろ美桜ちゃん。演奏してくれる?」
 人が大勢居る所では弾けない、と言った美桜に配慮してのことだった。
 美桜はケースからヴァイオリンを取り出して言った。
「私の演奏、あんまり期待しないで下さいね?」
「うんうん、気軽に弾いて」
「そうですよ。上手いとか下手とかは関係ありません。わたくし達に弾いて下さるだけでも感謝しています」
 デルフェスも正直なところを述べた。
「では、始めます」
 ――
 ―
「何? 何なのこの上手さは?」
「技術はプロ級です。更に演奏に込められた“想い”が、わたくし達の心に響いているのだと思います」
「これ、何て言う曲だっけ?」
「確か、バッハの『G線上のアリア』、だと思います」
「そう……」
 美桜の演奏は数分で終わり、グラスを置いた麗香とデルフェスの盛大な拍手が響いた。
「ブラボー!!」
「素晴らしい演奏でしたわ。美桜様」
 美桜は照れながら、
「ありがとうございます」
 と小さく答え、続けた。
「私、そろそろ帰らないと家で心配してる人がいるので……」
「えー、もう帰っちゃうのー」
 麗香が子供のようにだだをこねた。連日の激務で疲れ切った体に、アルコールは速い速度でまわっていた。
「麗香様、もう夕方です。未成年の美桜様が帰りたいと仰るならそうさせてあげるべきだと思います」
「すみません」
 と、美桜。
「でも私は麗香さんが望むならいつでも演奏しますので、今日の曲、忘れないで下さい」
「忘れられる訳ないわよ! あんな素敵な演奏!」
「そこまで言われると照れちゃいますけど……またいつか会える日を楽しみにしています。さようなら!」
「うん、ばいばい」
「さようなら、美桜様」
 こうして――麗香の獲物はひとりになった。が、ハイペースで飲んでいた麗香はアルコールがまわって猛烈な眠気に襲われていた。
「デルフェスちゃん……私ここでちょっと寝るけど……あなたになら何をされても……」
 そこまで言って後ろのベッドににパタリと倒れた。
 デルフェスは麗香の寝顔をじっと見つめ、ほくそ笑んだ。
「ふふ、可愛らしい寝顔……」
 そう呟いて、麗香の唇をそっと指で撫でた。
「あっ、ん……」
「麗香様、何か勘違いしているご様子。女のわたくしに『あなたになら何をされても』って言われても、ね」
 穏やかな寝息を聞きながら、
「わたくしはこの辺で消えた方が、思い出には傷がつかないでしょう……」
 鹿沼デルフェスは麗香をそっとベッドに寝かせ、
「さようなら、麗香様」
 小さく言って部屋を後にした。

○そして、それから。
 ゴールデンウィークが終わり、麗香はコンタクトレンズをやめて眼鏡の生活に戻った。
 今回こそは“決められる!”と思った2人の男性。2人と会うことは2度となかった。
「はぁ……」
 アトラス編集部にて麗香は深いため息をついた。
「三下くん、アンティークショップ・レンに行って鹿沼デルフェスっていう方を連れて来てくれない? 仕事終わってからでいいから」
「そ、その方なら先ほどから入り口にいますけど?」
「へ?」
 入り口に立っているのはおっとりとした感じの髪の長い美しい――女性だった。
 その女性は言った。
「資料も返してもらったので、失礼させて頂きます」
「ま、待って!」
 麗香は慌てて後を追った。
「なんでしょう?」
「あ、あなたの名前……鹿沼デルフェスさん?」
「……窓の下を見て下さい。あの女性に見覚えはありますか?」
 窓の下、路上ではひとりの少女がヴァイオリンを弾いていた。
「人混みは嫌いなのに、あなたのために弾いているのです」
「じ、G線上のアリア……」
「それでは」
 デルフェスは背を向けて歩き出した。
「待って!」
 麗香の声に立ち止まるデルフェス。
「少しだけ……少しだけ胸かして……」
 麗香は眼鏡を外し、デルフェスの胸に顔を押し付けて泣いた。
「思い出は、思い出のままにしておく方が良いでしょう……」
 デルフェスの声に、麗香は泣きながら頷くのだった。


おわり。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女性/17才/高校生
2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女性/463才/アンティークショップ・レンの店員

NPC 碇・麗香(いかり・れいか)
    三下・忠雄 (みのした・ただお)