＜白銀の姫・ＰＣクエストノベル＞ 世界は静かに動き続ける ●オープニング【０】 　アスガルド――クロウ・クルーハが目覚めたとはいえ、表面上は今までと変わらない……ように見えた。しかし、各陣営何かしら思う所もあるらしく――。 「え……ここに入るんですか？」 「ええ、もちろんですわ、勇者様。私はここでお待ちしておりますので」 　修行の迷宮などと呼ばれている遺跡の東側にある入口前に、三下忠雄と女神モリガンの姿があった。三下が修行不足と見たモリガンが、無理矢理ここに連れてきたのである。 　三下にとっては、いい迷惑であった……。 「ここさ、ここ。修行の迷宮なんて皆は言ってるとこだよ」 「ほう。で、マッハ殿はここで修行をされるのぢゃな」 　同じ頃、西側の入口前には女神マッハと嬉璃の姿があった。マッハは自らの修行のため、わざわざここへやってきたらしい。 「さ、行こうか！」 「む？」 　マッハは戸惑いの表情を浮かべた嬉璃の身体をひょいと抱え上げ、迷宮へと入っていった。……ひょっとして、入りたくなかったんですか、嬉璃さん？ 「……ネヴァンちゃん、大丈夫かなあ……」 　兵装都市ジャンゴ、女神ネヴァンの城では瀬名雫が心配そうに閉め切られた扉を見つめていた。クロウ・クルーハが自分の言葉に聞く耳持たなかったので、ネヴァンが酷く落ち込んで部屋に閉じこもってしまったのだ。 　何を言ってもダメ、時が解決するのを待つしかないのかもしれない……今は。 「んー……何か、出来ることでもした方がいいのかなあ？」 　思案する雫。ネヴァンが動けなくても、動ける自分に何か出来ることはあるはずで――。 「…………」 　同じく兵装都市ジャンゴ。女神アリアンロッドは城の自室で、何やら考えているようだった。傍らには、心配そうに見つめる草間零の姿もある。 （どうしたらいいのかな……） 　思案する零。そして、零はそっとアリアンロッドの部屋を出ていった。 「次はどこへ行くんだ？」 「さあ……今はそれを考えながら移動してるんだよ」 　草間武彦と黒崎潤は、兵装都市ジャンゴへ向かって街から街へと移動している最中であった。兵装都市ジャンゴまではあと街１つか２つ通過すれば到着出来るだろうか。 「何か、閃くかもしれないしね」 　そう言って、くすりと笑う黒崎。草間は、何も言わなかった。 　さて、世界は静かに動き続けている。 　何ら変わっていないようにも感じられる。 　でも――それは本当に？ ●僕たちに出来ること【１】 「ああ、ちょっと待ってください」 　部屋を出て廊下を歩いていた零を呼び止める声があった。 「はい？」 　振り返る零。そこにはガクランに金色のガントレットをつけた、がっしりとした体格の少年の姿があった。 「あ、強羅さん」 　先日の堕星の遺跡での攻防戦の時にもアリアンロッド陣営で参加していた、強羅豪である。零がアリアンロッドの部屋を出たことに気付き、自分も部屋を出て追いかけてきたのだ。 「どうかしましたか？」 　豪に尋ねる零。すると、豪はアリアンロッドの部屋の方を振り返りながらこう言った。 「だいぶ悩んでいるみたいですね」 　豪は小さな溜息を吐いた。自分も部屋に居たのだから分かっている、アリアンロッドがあれこれ悩みながら考えているというのは。 「はい……」 　こくっと頷く零。零もそれが伝わってくるからこそ、部屋をそっと出てきたのだ。何だかいたたまれなくなってきて――。 「俺も……アリアンロッドさんの悩みを、少しでも何とかしてやれればって思うんですが……」 　豪が難しい表情になる。何とかしてあげたい、しかし自分に何が出来るのか？　簡単には思い付かないことである。 「本当、どうしたらいいんでしょうね」 　零も思案顔。これといったことが思い付かないのはこちらも同様であった。 「……一緒に相談しますか？　１人より２人の方が、何か思い付きやすいと俺思うんです」 「分かりました。それがいいかもしれませんね」 　豪の提案に零は乗り、廊下から移動してしばし相談をすることとなった。 ●夢【２】 「はーい、薬草売りのルチルアちゃんですよ〜。怪我によく効く薬草、壁に穴を開けるのに便利な爆弾、迷宮探索に必要なろうそく、色々売ってますよ〜。あ、何か買われるんですかぁ？」 　兵装都市ジャンゴ――薬草売りのルチルアはいつものように、街でアイテムを売っていた。そこに、巨大な剣らしき物を背負った少女がやってきた。当然、ルチルアは声をかけたのだが……。 「いや、私は客じゃない」 　少女――ササキビ・クミノは淡々とルチルアの質問に答えた。 「あ、じゃあ道案内でしょうかぁ？　ルチルアちゃん、大きな所だったら分かりますよぉ」 「それでもない」 　さらりと答えるクミノ。 「少し聞きたいことがあってきた」 「へ？　ルチルアちゃんにですかぁ？」 　きょとんとなるルチルア。クミノはこくっと頷いた。 「ちょっと耳にしたんだけど……近頃、何か奇妙な夢を見ているとか」 「あっ、そのことですかぁ？　そうですね〜、変な夢ですよぉ。起きたら、何だかルチルアちゃんだるいんですぅ」 　夢の話をクミノに振られ、水を得た魚のごとく話し始めるルチルア。 「真っ暗な所でルチルアちゃん何も見えないんですけどぉ、誰か……何か話しかけてくるような気がするんですぅ」 「その、話しかけてくる内容は？」 　具体的な話を聞くべく、クミノが突っ込んで尋ねる。が、ルチルアの答えはクミノが期待するような物からは遠かった。 「ん〜、ルチルアちゃんよく分からないですぅ。声がくぐもってたり、ごちゃごちゃしてて……何か話しかけられてるってことしか分からないですよぉ」 「……そう……」 　クミノが思案顔になる。これはもうしばらく、根気よくルチルアから話を聞くべきかもしれない。 ●誓い【３Ａ】 　さて、零や豪が出ていったアリアンロッドの部屋だったが、２人が出ていったのと入れ替わりに１人やってきた者が居た。 　それは烏帽子を被り水干を着た、平安時代貴族の格好をした少年――腰には妙な形状の儀式刀を携え、手にはいっぱいの花束を持っていた。修善寺美童だ。 　考え事をしていたとはいえ、さすがに女神。入ってきた気配には敏感なようである。 「どなたですか」 　そう言って、アリアンロッドは振り返った。そして美童の顔を見て、少しだけ警戒心を解いた。 「……一声もかけず部屋に入ってくるのはどうでしょう」 「失礼とは思いましたが、何度声をおかけしても返事がなかったものですから……」 　美童を少し咎めたアリアンロッドだったが、何度も声をかけたと聞いて軽く眉をひそめた。自分の方に非があったと気付いたのだ。 「そうでしたか。それはどうも失礼をいたしました」 　頭を下げようとするアリアンロッド。美童はそれを制すると、今日訪れた目的を口にした。 「いえいえ、貴女が大変だということはボクにはよく分かっていますから。その中、非常に申し訳なく思うのですが……」 　と美童は言い、腰の儀式刀を外してアリアンロッドの方へ差し出した。 「これを……『ケーサルの儀式刀』と呼ばれるそうですが、鑑定をお願いしたいのです」 　名前は入手した後で、ひょんなことから知った。けれども、その能力についてはまだよく分からない。だが、自分では体力がなく扱えないものの、使役するデーモンに扱わせるためにも能力は知っていなければならないと美童は考えたのである。 「……これをどこで？」 　しばし儀式刀を見つめてから、アリアンロッドが尋ねた。 「堕星の遺跡です。先日の」 「なるほど、あってもおかしくはない場所ですね。しかし、また大変な物を……」 　眉をひそめるアリアンロッド。決して儀式刀に触れようとはしなかった。 「これはクロウ・クルーハと強い関係のある剣です。私たち女神に仇なす武器……」 「おや、そうだったのですか。ボクは全く知りませんでしたから」 　美童が肩を竦める。アリアンロッドがこの儀式刀によい印象を抱いていないと、直感的に悟ったからだ。 「いえ、知る者は少ないでしょう。数はそう多くはないはず……ですから、気になさることはありません」 「そうですか」 　アリアンロッドの言葉に笑みを浮かべると、美童はその場にうやうやしくひざまずき、儀式刀を前に置いた。 「え？」 　一瞬戸惑いを見せたアリアンロッドは、若干美童の方へ近寄った。と、すかさずそんなアリアンロッドの手を美童が両手で握った。 「ボクは……」 　アリアンロッドの手を握り締めたまま、美童はまっすぐに彼女の瞳を見つめた。 「ボクは貴女への愛のためなら死もいとわない。必ずやこの儀式刀で貴女の邪魔をする他の女神どもを倒してみせます」 　熱い視線とともに、熱っぽく語る美童。 「……それがボクの今の嘘偽りない想いです」 「そこまで想ってくださっているのですか……」 　そう言い、アリアンロッドは美童と儀式刀を交互に見つめた。そして、大きく息を吐き出す。 「分かりました。今後とも、どうかよろしくお願いいたします」 　アリアンロッドは深々と頭を下げた。ひとまず、美童の想いはアリアンロッドに伝わったようではある。 　美童はにこり微笑むと手を放し、すくっと立ち上がり花束をアリアンロッドに手渡した。 「貴女に似合うと思いまして」 　綺麗な美しい花束である。普通ならこの後『けれど、貴女の方がこの花束よりも美しい』などと続くのだろうが、美童の場合は違っていた。 「けれど、憂いを帯びた今の貴女には似合わない……」 　ほら、違った。 「くよくよ悩んでもしかたないですよ。こういう時は外へ出て楽しみ、憂さを晴らしましょう。憂いは貴女に似合いませんから」 　と言って、美童はアリアンロッドを上手く外に連れ出すことに成功したのであった。 　平たく言えば、デートって奴である。ちなみに、コースはとっくに調査済み。 　……というか、鑑定よりこっちが目的だったんじゃないですか、あなた？ ●思い出せない【６Ａ】 「ん〜、やっぱりルチルアちゃん、あれ以上よく思い出せないですよぉ」 　アイテム販売の代金を仕舞いながら、ルチルアはクミノに言った。 「そうか……無理を言って申し訳なかった」 　残念そうなクミノ。クミノはルチルアの手伝いをしながらあれこれ話を聞き続けていたのだが、結局最初に聞いた以上の情報は手に入れることが出来なかった。 （クロウ・クルーハの、ひいては世界の真実に至る手掛かりとなるかもしれないと思ったけれど……） 　それはクミノの直感だったろうか。ルチルアは単なるゲーム内のＮＰＣ、少なくともその情報に女神や黒崎などと違って『意志』の介在はないとクミノには思われた。ゆえに、世界の情報がダイレクトに得られると推測したのである。 （まあいい。こうして誰かと面と向かって話が出来たこと、それも収穫かもしれない……） 　現実世界であればこんなことなどまず出来やしない。ゲームという仮想世界であるからこそ、可能なことであった。 （だがいずれは、現実世界から迷い込んだ人間を奪還しなければ。そのためには……女神とアスガルドの……） 「あ、お手伝いどうもですよ〜。でも何だか慣れてますねぇ？」 　不意にルチルアに声をかけられ、思案していたクミノは我に返った。 「ああ、商売自体は経験がない訳じゃないから」 　対面販売こそ初だが、商売はクミノの本業である。それなりにツボは押さえているのである。 「へ〜、そうなんですかぁ。ルチルアちゃん助かりましたぁ☆」 　と、ルチルアが礼を言った時である。何やら女神の城の方に、人が集まりつつあることに気付いた。場所的に、アリアンロッドの居る所であるだろうか。 「あれ、何かやってますよぉ？　行ってみませんかぁ？」 　そう言って、ルチルアはクミノを誘って城の方へ向かった――。 ●きっかけ【７】 「これは……？」 　美童とのデート（と本人は思っていないかもしれないが）から戻ってきたアリアンロッドは、ホールに集まった人々の姿を見下ろして驚いた。 「あ、おかえりなさい、アリアンロッドさん」 　豪がそんなアリアンロッドを出迎える。 「これはいったいどうしたのですか」 　アリアンロッドは怪訝な表情で豪に尋ねた。 「パーティです、ジャンゴ市民との親睦会」 「…………？」 　事態を飲み込めないアリアンロッドに、零が説明を始めた。 「すみません、勝手な真似して。私たち、どうすればアリアンロッドさんが元気になってくれるか、考えていたんです。そうしたら強羅さんが、パーティの提案を出されて……」 「だからもしダメなら、責任は俺にあるんです！　一応、城の他の人には許可を取ったんですけど……すみません！」 　申し訳なさげに頭を下げる豪。その時、ホールから市民の声が聞こえてきた。 「女神様にお会い出来るとは、何ともよいことですね」 「きっと我々の不安を少しでも和らげようとしてくれているのでしょう」 「わ〜、人がいっぱいですよ〜。ルチルアちゃんびっくりですぅ」 「これは女神様に感謝しなければな……」 　口々に喋る市民たち。女神アリアンロッドの登場を、今や遅しと待っているようにも感じられた。 「……どうされたんですか？」 　無言になったアリアンロッドを気遣うように零が話しかけた。 「いえ。怒ってはいません。それどころか、感謝いたします」 　アリアンロッドはそう言うと、豪と零の方へ向き直った。 「……彼らも創造主様の作られた世界に住んでいるのです。そんな世界を守るためにも、私は女神として責務を全うしなければなりません……何があろうとも」 　市民たちの姿を見て、アリアンロッドには何か思う所があったようである。少なくとも、悩みを吹き飛ばすような何かが。 「参ります。……私を待つ人々が居るのですから、悩んでいる暇などありません」 　アリアンロッドは静かにつぶやくと、さっそくホールへと向かっていった。零と豪は安堵の表情を浮かべると、慌ててアリアンロッドの後を追いかけていった。 ●世界の動き【８】 　蛇足になってしまうが、同じ頃の他の場所での動きについて少しだけ触れておこう。 　修行の迷宮に入っていた三下は、結局途中で悲鳴を聞き付けたマッハと嬉璃に危機を救ってもらうこととなった。マッハにとってはいい修行になったようだが、三下には全く効果なかったようである。 　また、ふさぎ込んでいるネヴァンだが、雫はしばらくそっとしておこうと考えた。とにかく今は、時間を置こうと思ったのだ。時間が癒してくれる傷もあるのだから。 　さて、このように世界では色々なことが同時に起こっている。それらがどのように関わり合っているのか、それは未来にならなければ分からない。 　世界は静かに動き続けている。 　そこに住まう、人々の想いと行動を受け止めながら――。 【世界は静かに動き続ける　了】 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　■ □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 【　整理番号　／　ＰＣ名（読み）　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　／　性別　／　年齢　／　職業　】 【　００８６　／　シュライン・エマ（しゅらいん・えま） 　　　　　／　女　／　２６　／　翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員　】 【　０５５４　／　守崎・啓斗（もりさき・けいと） 　　　　　　　　　　　　　　　　／　男　／　１７　／　高校生（忍）　】 【　０５６８　／　守崎・北斗（もりさき・ほくと） 　　　　　　　　　　　　　　　　／　男　／　１７　／　高校生（忍）　】 【　０６３１　／　強羅・豪（ごうら・つよし） 　　　　　　　　／　男　／　１８　／　学生（高校生）のデーモン使い　】 【　０６３５　／　修善寺・美童（しゅぜんじ・びどう） 　　　　　　／　男　／　１６　／　魂収集家のデーモン使い（高校生）　】 【　１１６６　／　ササキビ・クミノ（ささきび・くみの） 　　　／　女　／　１３　／　殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。　】 【　１８８３　／　セレスティ・カーニンガム（せれすてぃ・かーにんがむ） 　　　　　　　　／　男　／　青年？　／　財閥総帥・占い師・水霊使い　】 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■ □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ・『東京怪談　白銀の姫・ＰＣクエストノベル』へのご参加ありがとうございます。本作の担当ライター、高原恵です。 ・高原は原則としてＰＣを名で表記するようにしています。 ・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、１から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。 ・なお、本作の文章は（オープニングを除き）全１０場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本作の全体像がより見えてくるかもしれません。 ・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。 ・ミッションノベルのオープニング公開と前後してしまいましたが、『白銀の姫』内での模様をここにお届けいたします。当然ながら、この結果は間に合うようでしたら高原のミッションノベルのプレイングを書く際の参考にしていただいて構いません。 ・今回のお話で何が大きく変わったということはないのですが……とりあえず、アリアンロッドの精神面での収穫は大きいのではないかと思います。色々と、後に影響（プラスもマイナスも含めて）があることでしょう。 ・修善寺美童さん、ご参加ありがとうございます。件の誓いはアリアンロッド受け入れたと思います。まあ色々と微妙な所はあるかもしれませんけれども……。あと、ＯＭＣイラストをイメージの参考とさせていただきました。 ・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。 ・それでは、またお会い出来ることを願って。