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<東京怪談・PCゲームノベル>


ひとやすみ。


 いつもは慌しくしている司令室も、今日は穏やかだった。
 早畝はナガレとともに備え付けのテレビを見ているし、斎月は自分に与えられたデスクで煙草を咥えながら新聞に目を通している。
 槻哉はいつもどおりに中心のデスクに座りながら、パソコンを弄っていた。
 今日の特捜部には、仕事が無いらしい。
 事件が無いのはいい事なのだが…彼らは暇を持て余しているようにも、見える。
「早畝、お前学校は?」
「創立記念日で休みって、昨日言ったじゃん」
 斎月が新聞から顔をのぞかせながらそんなことを言うと、早畝は彼に背を向けたままで、返事を返してくる。
 見ているテレビの内容が面白いのか、会話はそのまま途切れた。
「……………」
 そこでまた、沈黙が訪れた。
 聞こえるのはテレビの音と、槻哉が黙々とキーボードを叩く音のみ。
 穏やかだと言えば、穏やかなのだが。
 何か、欠落しているような。
 それは、その場にいる者たちが全員感じていること。
 それだけ、普段が忙しいということだ。今まで、こんな風に時間を過ごしてきたことなど、あまり無かったから。
「たまにはこういう日もあって、いいだろう」
 そう言う槻哉も、その手が止まらないのは、落ち着かないから。
 秘書が運んできてくれたお茶も、これで三杯目だ。

 今日はこのまま、何も起こらずに終わるのだろうか。
 そんな事をそれぞれに思いながら、四人はその場を動かずに、いた。



 コンコン、と控えめなノックの音がした。
 秘書の女性がいち早くそれに反応し、扉をゆっくりと開ける。
「……こんにちは…」
「あっ美桜ちゃん」
 扉の向こうから姿を現したのは、先日の事件で協力をしてくれた神崎・美桜だった。秘書に通され、小さく頭を下げる。
「…神崎さん、今日はどうされました?」
 対応に当たったのは司令塔である槻哉。にっこりと微笑みながら、彼女をソファーへと案内する。
「先日…皆さんにお世話になったので、お礼にクッキーを焼いてきたんです…」
「えっクッキー!」
 美桜の言葉に一番最初に食らいついたのは、言うまでも無く早畝だった。彼女の座ったソファーの後ろで、差し出されたクッキーの箱を覗き込むかのようにしている。
「こら、早畝。子供じゃないんだから控えなさい」
 槻哉に注意され、早畝は仔犬が叱られたかのようにしゅん、となる。それを小さく笑ったのは美桜だった。
「……今日は…皆さん、お仕事は…?」
 秘書に出された茶を手にしながら、美桜がぽつりと言葉を漏らす。
 その言葉に、メンバー全員が一瞬だけ固まった。皆それぞれに美桜が作ったクッキーを頬張りながら。そして槻哉が困ったように美桜に笑いかけ
「見てのとおり、でね。今日は仕事が入っていないんです」
 と、答えて見せた。優しい笑顔で。
 美桜はその答えに、小首をかしげた。そして僅かな間の後、再び口を開く。
「…では…あの、私と一緒に、少しだけおでかけしませんか?」
 まっすぐ、槻哉の瞳を見ながら。
 美桜は微笑んで、そう言った。
「……………」
 これが、他の者が発した言葉であるならば、茶化しようもあっただろうに。早畝も斎月も気を遣い、静かにその場から足を遠ざける。
「僕で、いいのかな?」
「…はい」
 内心驚いていた槻哉も、それを表に見せることなく、にっこりと笑いながら美桜に問い返すと、彼女は綺麗な笑顔でまた応えてくる。
「女性の誘いを断るなどと、そんな失礼な事は出来ない。…喜んでお受けしますよ」
 槻哉がゆっくりと立ち上がると、美桜もそれに続く。
「それじゃあ、少しの間席を開ける。後は頼んだよ」
「いってらっしゃーい。お土産よろしくな〜」
「…いってきます」
 槻哉の言葉によく応えたのは早畝。そして小さくそれに応えたのは美桜だった。
 そして二人は残りのメンバーに見送られながら、特捜部を後にした。



「この先をもう少しだけ行くと、水族館があるんです」
 ラフな格好に着替えてからの外出になった槻哉は、美桜の案内に黙って付いて歩いていた。夏の匂いに混じりながら鼻をくすぐるのは、少しだけ湿った空気。
 それは、梅雨の訪れを知らせる自然の使者だ。
 一歩前を進む美桜は、楽しそうにしていた。時折槻哉を振り向いては、ふわりと微笑んでくれる。気を遣ってくれているのだ。
 これが、この少女の優しさ。
 早畝が以前、『凄く優しい女の子だ』と言っていたのを思い出し、槻哉は小さく笑う。
「………………」
 美桜の綺麗な黒髪が、風に乗ってさらさらと揺れていた。
 それに見とれながら歩みを進めていると、彼女が言っていた水族館へとたどり着く。
 以前から存在だけは確認していたが、足を運んだことはなかった場所。最近はゆっくり休む時間すらも無かった槻哉には、新鮮すぎる場。
「…はい、槻哉さん」
「……え」
 ぼんやりし過ぎたのだろうか。
 水族館の建物を眺めていた隙に、美桜が二人分の入館チケットを買ってきたのか、目の前に差し出される。
「…お金を使わせてしまったんだね」
「お誘いしたのは私ですから。気にしないでください」
 美桜はそう言いながら、槻哉の手の中にチケットを持たせ、そのまま彼の手を引いた。
 そして彼女は楽しそうに、水族館のゲートを潜って行く。槻哉はそれ以上何も言えずに、ただ彼女の後を追いかけるように足を運んだ。
 中に入った途端、目の前が一面の青の世界に包まれ、槻哉は内心驚く。
 アーチ型になった水槽には、様々な魚たちが悠々と泳いでいる。そこはトンネルのような通路になっており、美桜と槻哉はゆっくりと魚たちを眺めながら、前へと進んだ。
「…言葉も出ない、とはこう言う状態なんだろうか…」
 独り言のような、言葉。
 美桜は肩越しにちらり、と振り返ったがその槻哉の言葉には応えることはしなかった。
 水の色は人を落ち着かせる。日々忙しいだろう槻哉に、少しだけでも癒される時間を作ってやりたい、と思っていた美桜はなるべく邪魔をしないように、と心がけているようだ。
「……水色は、赤ちゃんが母親の胎内にいる時と同じで、人を癒す力があるそうですよ」
「なるほど…それは勉強になるね」
 間を置き、言葉を発した美桜に、槻哉はしっかりと応えてみせる。彼は何処にいても、美桜と言う存在を一時でも忘れずにいる。彼女が自分に気を遣ってくれているということも、薄々気がつきながら。
 二人はそのまま、それぞれに魚を目で追いながら歩みを進める。
 長いトンネルを抜けると、大きなホールにたどり着いた。その先には大きな水槽があり、中ではイルカが気持ちよさそうに泳いでいた。
「綺麗なイルカだね」
「…これから、イルカのショーがあるらしいですよ」
 美桜の傍により、声をかけてきた槻哉に彼女は微笑みながら手にしていたパンフレットを見せた。すると彼はそれを覗き込み、『楽しみだね』と言葉を返してくれた。
 美桜は何故か嬉しくなり、うっすらと頬を染める。
 それから二人はまた、道なりに館内を見て回った。筒状になった水槽ではアザラシが上下に泳いでおり、近づけば愛嬌を振りまいてくる。美桜の目の前で動きを止めたアザラシに、彼女は微笑みながら『こんにちは』と声をかけた。
 槻哉は美桜のそんな姿を見つめ、自分も彼女の微笑みに釣られて表情が緩む。
 週末でもあるためか、館内は親子連れや若いカップル達ばかりだ。中にはマナーを守らず通路を進む者もおり、その度に槻哉は美桜を庇うかのように彼女を守っていた。…美桜には気づかれないように。
 通路の途中、イルカショーの会場へと進む路を見つけ二人は迷わずそちらへと足を運んだ。
 館内の建物に囲まれるかのように作られた会場。天井は無く、見上げれば青空が広がっている。
 槻哉と美桜が座った場はイルカのプールと近いためなのか、水よけのシートが手渡され二人はそれを広げながらショーの開演を待った。
「イルカのショーなんて…久しぶりです」
「僕もだよ。学生の頃以来…かな。カメラを持ってくるべきだったかな…」
 他愛の無い会話を続ける二人。
 美桜はその状態を、どう受け止めているのだろうか。
 傍から見る分には、彼らも充分『恋人同士』の部類に入れられてしまうのだが…。
 そうこうしていると明るい音楽とともに、イルカのショーは始まり、二人は目の前で繰り広げられる芸の数々を、まるで子供に還ったかのように喜びながら満喫するのだった。



 ショーを終えた後は、残りの魚たちをゆっくりと見て回り、二人は館内を出たところにあるオープンカフェで休憩することにした。
「……………」
 表へと出たところで、美桜が隠すようにして視線を気にしていたのを、槻哉は黙認する。視線を巡らせる分には気になる気配は感じられない。それでも美桜の身のうちに何かあるのかもしれない、と彼は表情を崩さぬままで留意していた。
「飲み物…槻哉さんは、何がいいですか?私が注文してきます」
 パラソルが立てられたテーブルへと身を落ち着かせると、美桜がメニューを見ながら槻哉にそう言ってくる。
「いや、僕が行ってくるよ…」
「いいえ、槻哉さんは此処でゆっくりなさっててください」
 立ち上がろうとした槻哉を、美桜はやんわりと止めた。
「……じゃあ、コーヒーをお願いしようかな」
「はい」
 美桜のペースを崩すことが出来なかった槻哉は、小さなため息を吐きながら軽く笑った。
 視線を追えば、彼女は楽しそうに人の列に並ぼうとしている。
「………………」
 その美桜を遠くで見つめながら、槻哉は周りの空気に気を巡らせた。
 先ほどの、彼女が視線を気にしていたことがどうにも引っ掛かるからだ。
 静かに瞳をめぐらせ、最後に美桜へと視線を戻すと、彼女に若い青年が二人ほど声をかけている場を目撃した。
「……、まったく…」
 槻哉は小さく、言葉を漏らす。
 危険な感じは全く見受けられないが、それを放って置くつもりも無い。すっと立ち上がった槻哉は、真っ直ぐに美桜の元へと足を向けた。
「一人? 誰かと一緒?」
「……あの…」
「すっげー髪キレイ。名前なんての?」
 並んでいる、と言う美桜の現状を考えていない、青年たち。
 言ってしまえばナンパだ。
 美桜は彼らを避けるように視線をそらしたが、彼らはからかうように彼女へと声をかける。
「―――美桜」
 その、青年たちの背後から、聞こえた声。
 美桜は瞳を見開いて、声のした方向へと視線を巡らせた。青年たちも驚き、慌てて振り返る。
 そこには槻哉が立っていた。決して、優しくは無い笑顔で。
「僕の連れだ。…何か用か?」
 瞬きが、やけにゆっくりに見えた。実際、ゆっくりと瞼を上げていた槻哉は、青年たちに視線を合わせながら、冷たいトーンで声をかける。
 僅かだが、自分の言葉に能力を使いながら。
 
 ――此処から去れ、と。

 青年たちは、言い知れぬ恐怖感に煽られ何も言えずに、早々とその場から離れていった。まるで逃げるかのように。
「…槻哉さん」
「大丈夫だったかい?」
 美桜へと歩み寄った槻哉が、彼女が小さく震えている事に気がつき、落ち着かせるように微笑んで見せた。
「……すまなかったね、呼び捨てにしてしまって。恋人のように装ったほうが、いいかと思ってね」
「いいえ…いいんです……」
 美桜は槻哉の微笑みに安心したかのように、表情を崩したのだが、彼が続けた言葉を頭の中で繰り返し、また固まってしまう。
 『恋人のように』
 そこで漸く、美桜は自分たちがまるでデートのような行動を取っていたと言う事に気がつき、頬を高潮させる。
「…………………」
「…、どうかしたのかい?」
 美桜は急に恥ずかしくなり、両手で頬を覆った。
 槻哉の言葉にも応えることが出来ずに、ただ首を振るばかり。
「……取り敢えず、席へ戻ろう」
 狼狽する美桜の肩を、自然と抱く槻哉。
 美桜はそれにすら過剰に反応するのだが、槻哉は黙って彼女を導く。そして手早くコーヒーとオレンジジュースを注文し、席へと戻った。
「…落ち着いたかな?」
「すみません…その…なんだか急に、恥ずかしくなってしまって…」
 俯く美桜の前に、静かにオレンジジュースを置く槻哉。
 彼はコーヒー片手に、やけに落ち着いている。美桜の狼狽する姿に、和みを感じているような素振りも見え隠れしながら。
 柔らかい風が、二人の間をゆっくりと吹きぬけた。
「…何か、気になることでもあるのかい? 人目を気にしていたようだけど」
「……!」
 少しの間を置き、槻哉が再び口を開く。その言葉に美桜は、ぱっと顔を上げた。
「あ…すみません……。最近、知らない人の視線を感じるので、それで…」
「そうか……何も無ければいいが…。もし今日以上に気になるようであれば、僕らのところに相談においで。いつでも歓迎するよ」
「………はい、有難うございます」
 槻哉の微笑で、美桜もようやくいつもの柔らかい笑みを取り戻す。そして深呼吸をした後、目の前に置かれたジュースに手を伸ばした。
 冷たいオレンジの味が、喉の奥へと沁み込んで行く。
「…美味しいです」
「それは、良かった」
 にこっと微笑みかけると、槻哉も柔らかく返事をくれる。
 二人はお互いに笑みを作りながら、ゆったりとした時間を其処で過ごしていた。

 丁度、日が暮れ始めた頃。
 『水族館デート』を堪能した美桜と槻哉は、帰路へと着いた。
「あ、そうだ」
 歩き始めたところで、美桜が何かを思い出したかのように立ち止まる。そして槻哉を振り返り、小さな紙袋を差し出した。水族館内の売店のものだ。
「……これは?」
「今日の、記念に。…その、可愛いかなって思って…子供っぽいかもしれないんですけど」
 袋を受け取った槻哉に、美桜は俯きながらそう言った。
「…開けても良いかな?」
「はい…」
 槻哉は美桜の小さな返事を聞き逃すことなく、間を置いてから手の中の紙袋を開いた。
 中にはイルカのストラップが入っている。シンプルな作りだが、とても可愛らしく綺麗な品だ。
「有難う、可愛いね。…大事にするよ」
 美桜の思いやりに心から感謝し、槻哉は微笑んだ。
 そして槻哉も、まだ頬がピンク色の美桜に差し出したものがあった。
「……え…?」
「これは、今日誘ってもらった御礼に」
 驚いている美桜の手を取り、槻哉は自分が差し出した小さな箱を握らせた。
 美桜が売店でストラップを選んでいるときに、彼もまた、美桜へのプレゼントを購入していたのだ。
「……開けても…?」
「もちろん。気に入ってもらえるといいんだけどね」
 美桜が上目遣いに、小さな声で手の中の箱の中身を気にした。
 槻哉は笑顔でそれに答える。
 緊張したままで、美桜は箱をそっと開けた。姿を見せたのはシルバーのピンブローチ。先にはイルカがついている。
「…ありがとうございます」
 両手でそのピンブローチを包むように持ちながら、美桜は満面の笑みを槻哉に見せる。
 その笑顔を見て、槻哉も満足そうに
「どういたしまして」
 と答えた。
 その後二人は楽しそうに会話をしながら、帰路を再び進む。
 槻哉は一度特捜部へと寄った後、美桜を家まで送り届けるために再び外へと出た。
「今日は、本当に有難う。楽しかったよ」
「こちらこそ…色々有難うございました」
 美桜を家へと送り届け、別れ際に二人はまた微笑む。
 そして美桜は槻哉へと深々と頭を下げて、家の中へと消えていった。

 槻哉はその彼女を見届けた後、ゆっくりと踵を返す。
 自分の帰るべき場所へと、戻るために。

 余談ではあるが――。
 次の日から、槻哉の携帯電話にはイルカのストラップが飾られ、早畝や斎月に質問攻めに合うのだが、持ち前の笑顔でそれをすり抜け、いつもの様に仕事に取り組むのであった。




 -了-



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            登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【0413 : 神崎・美桜 : 女性 : 17歳 : 高校生】

【NPC : 槻哉】

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           ライター通信           
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 ライターの朱園です。今回は『ひとやすみ』へのご参加、ありがとうございました。
 

 神崎・美桜さま
 『ファイル-2.5』に引き続いてのご参加、有難うございます。
 槻哉に色々と気を使ってくださって美桜さんには本当に感謝しています。彼を指名してくださって有難うございました。
 水族館デートは楽しんでいただけましたか?槻哉も楽しかったと思います。
 普段女性と出かけるということ自体あまり無いことなので、良い体験が出来たようです(^^)
 今回、槻哉からのお礼としてアイテムを付けさせていただきました。気に入っていただけると良いのですが…。
 
 よろしければご感想など、お聞かせくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。
 またお会いできる機会がありましたら、その時はよろしくお願いします。

 ※誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 朱園 ハルヒ。