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図書館のお茶姫【不城 鋼】
【OP】
ここ数週間、この図書館に何かが出るとの噂を小耳に挟んでいたが特にこれといって怖いわけでもなく、かといって信じないわけでもなく。
不城 鋼にとって幽霊やら怪奇現象やらよりも、恐怖を覚えるのは場所も時間も気にせず神出鬼没なファンクラブの女生徒達に対してだった。
「……あれ…? もう夕方か…少し隠れてるつもりが、良く寝たな…本当に」
毎度の事ではあるがファンクラブの子達に散々追い掛け回されていた鋼は、彼女達を撒く為に広い図書館へと入りこんだが、書架の隅に隠れているうちに眠りに落ちていたらしい。
背中に当たる本棚のお陰で随分身体が凝っている事と、すっかり人気の無い図書館の様子に苦笑を漏らすと鋼はノンビリと立ち上がった。
「そう言えば、何か噂があったな……なんだったかなあ……」
首の懲りを解しつつ、図書館の出口へ向う鋼。
最近噂されている図書館の話を思い出すが、そんな事より如何にして追いかけてくる女性徒達から逃げるかを普段考える鋼はそんな噂など殆ど興味の無い所だったらしい。
「さて、そろそろ追いかけてたファンクラブの奴らも諦めた頃だ……」
噂を考えるのも面倒で、さっさと帰ろうと図書館の扉を開いた鋼であったが……
「お茶姫なんて…いないわ、絶対居ないんだからっ」
「お茶……? カスミ先生、何騒いでるんだ?」
ちょうど図書館を出た所だった。
両手を握り締めて、必死に恐怖感を抑えているのか叫びながらも両目をぎゅうと瞑った教員、響 カスミに鋼はバッタリと出くわしていた。
【1】
「へえ…お茶を誘うお姫様か。まー俺的には別にそんなの、出ようが出まいが構わないんだけど」
「私だって…出るなんて信じてないけれど…。でも、でもっ…本当に出るなら、もう私図書館にいけないじゃない〜っ!!」
何処へ向うか、階段を上りながら鋼はカスミの話を聞き最近噂の“図書館のお茶姫”の存在を知った。
今しがたカスミへ告げた様、鋼にはそんなものまったく如何でも良い話なのだが、本気で怖がるカスミが少々と可哀想に思う半分、面白そうだと感じるか、偶には怪奇現象の真相解明も楽しいかとぼんやり考えていた。
「そんなに言うなら、しかたねえ…少し調べてみるか。何か解れば、お茶姫が出無い様に出来るかもしれないだろ?」
本来はもう帰宅する予定であった鋼だが、その脚は極力避けていた高等部校舎の本塔へ向いている。
こんな噂話は男より決まって女の子の方が詳しいと相場は決まっている。普段は避けてばかりのファンクラブの女子生徒達も、こんな時には役に立つと言うものだ。
「そ、そうだけど……でも、不城く……」
『きゃーッ、鋼くんよーっ!!!』
何やら不安そうな声をして返事を返してきたカスミのその声だったが、次の瞬間には何処から沸いて出たと真顔で問い詰めたくなるのだが、押し寄せてきた鋼のファンクラブ会員な少女達の黄色い悲鳴にかき消されていた。
あっという間に廊下を埋め尽くす程集まってきた“不城鋼ファンクラブ”の会員達。
少しでも鋼に近づこうと押すな押すなのお祭り状態で、終いには鋼本人すら押しやられそうな事態に…
「落ち着け落ち着け!! 今回は逃げも隠れもしないからっ、取り合えず大人しくしてくれっ!」
そんな事態に思わず声を上げた鋼。正に鶴の一声…との表現が適切かはこの際に置いておくとして、あれだけ騒がしかったその場から、さーっと騒々しさが退いていた。
「やれやれ…、カスミ先生大丈夫……って、居ないし…。まあ、いいか。それで、少し皆に聞きたいんだ、図書館のお茶姫の噂、知ってる子いるか?」
騒ぎが落ち着き思わず溜息を落とした後、横に居たカスミに声をかけたが如何やら女子生徒の大群に押しやられて既に輪の外の様だ。
恋する乙女の前では、教員と言う立場も何もあったものでも無いらしい。
再びカスミをこの女子生徒の輪に呼び戻す気も起こらず、鋼はお茶姫の噂を聞くと言う目的を実行し始めた。
「はーぃ、知ってますぅ〜♪ 不城サンが知りたいってなら、私達知ってる事ぜーんぶ教えまーす☆」
「でも、鋼クン。そんな事調べてどーするの? まさか、お茶姫の事気になってるの!?」
「そんなわけ無いでしょ。鋼様は、皆の為…いいえ、私達のためにこの怪事件を解決しようって思ってらっしゃるのよ!」
FCの彼女達、乙女心が大爆発か、言いたい放題好き勝手である。
各して、鋼はもみくちゃにされると言うアクシデントには見舞われたものの、情報を集めるため走り回る事もなく“お茶姫”の噂を手に入れる事に成功したのであった。
「えーっと、夕方4時から6時くらいに西洋史付近の本棚から現れて……お茶を誘う、っと。それで、目撃者の言うお姫様の姿が皆違うのか…。取り合えず、害は無いって話だしな…っま、取り合えず行ってみますか」
ファンクラブの女子生徒達から入手した情報を指折り数えながら、鋼は再び図書館へと脚を向けている。
その横を付いて来いと頼みもしないと言うのにカスミがくっついている。
「ふ、不城クン…本当に行くの?」
「だって行かなきゃ何の解決にもならないじゃん? だーいじょうぶだって、何かあっても先生は俺が守るって。大船に乗ったつもりでいろよな」
怖けりゃ付いてこなければいいのに。と思うも笑いながらソレは口に出さない鋼。
カスミは鋼の言葉を信じたか如何かは解らなかったが、この少女にも見間違えそうな程の小柄で可愛らしい容姿の不城 鋼と言う少年が、実は随分と喧嘩事に強い少年だとカスミは知っていた。
「それじゃ、お茶姫様とご対面と行くか」
図書館の大きな扉前へと来れば、鋼は気合を入れるためかそれとも癖なのか、指を鳴らしてそう言うと、両開きの扉を両手で押し開けていた。
【2】
ファンクラブの少女達から入手した情報に基づき、鋼は西洋史の本が並ぶ棚へと進み出す。
横で今にも恐怖で倒れるのではないかと言う様な青い顔をしたカスミを何度か気にしつつ、広い館内を見回しながら歩く。
「先生、今何時? 4時から6時くらいにかけて出るって聞いたんだけどさ」
「………え、えっと……5時半、ね……」
カスミのロボットみたいなカクカク声で時間を確認した鋼は、うーん…と唸って辺りを見回す。
時間的には丁度良い頃合だ。噂が本当ならば、そろそろ出てきても良いと思うのだが……
西洋史の書物が押し詰まる本棚も視線の先にあり、いつお茶姫に出てこられても此方…否、カスミは既に恐怖で血の気が引いてしまっているのだが、その横の鋼の準備は万端であった。
しかし、暫く待ったが人影が現れる所か本一冊倒れる音すらしない。
本に囲まれているお陰か、妙に眠気が込み上げてきて、ふわーっと鋼が欠伸を落とした時、鋼の背後…図書館の入り口付近にて何かの気配を感じ取り、鋼は反射的とも言えるほぼ無意識の動きで振り返っていた。
「わー、今日のお客様は…お二人さん? こんばんは。私、最近噂になってるみたいだけど、図書館のお茶姫よ」
大袈裟とも取れそうな動きで振り返った鋼だったが、感じ取った気配の正体を見つけるとやや脱力した様に肩の力を抜いていた。
自ら“お茶姫”と名乗ったのは、鋼と殆ど歳格好の変わらぬ少女であった。
鋼の髪色と殆ど変わらぬ栗色の髪を肩口で切りそろえて、ぱっちりと開かれた瞳は悪戯好きな印象と、活発なイメージを受けさせられる。
美少女とは言えるが、顔だけ見ればこの学園にも居そうな少女だったが、問題はその格好だった。
彼女が纏った衣装は彼女の活発そうな容姿とは真逆で、落ち着いた淡いブラウン色をしたレトロワンピースドレス。丈の短いスカートだが、五段はあろうかというフリルが鋼にですら見事だと思えていた。
「……ふうん、アンタがお茶姫か」
ともすれば、そう言う服装を好む今時の少女にも見えたが、彼女の背後にそびえている扉が透けて見える事を思うと、如何やらやはりコレは本物らしい。
「きゃ、きゃーっ!!! ふ、不城クン!! おばけ、おばけ…おばッ……―――」
自己紹介をしてきたお茶姫を、やけに冷静に見ていた鋼であったが、その横では何時の間に振り返ったのか、お茶姫を視界に留めたカスミがワンテンポ遅れた驚きの悲鳴をあげ、そしてパッタリと意識を飛ばしてしまった。
「あー…やれやれ。別に、んな怖がるようなもんじゃないだろー…?」
怪奇現象やら幽霊やら。その手のモノを目撃すると、身体全体で拒否反応でも起こすのか、カスミは見事に意識を飛ばす。
学園内でも有名な話で、鋼も何度かそれに遭遇しているか、なれた様子で倒れかけたカスミを支えると、側の本棚に凭れさせてやった。
「……私、なんか悪い事、しちゃったかな?」
「いや、この人いっつもこうだから。別にアンタが気に病む事もないよ」
背中に本棚が当たり、目覚めた時に痛いのも可哀想だと思うか鋼は学ランを脱ぐと適当に畳んでカスミの背へと挟んでやる。
そんな様子を見ながら、近づいてきたお茶姫が心配そうにカスミの顔を覗くが、鋼は首を横に振って返事を返していた。
「っそ? 今日は二人とお茶が飲めるってちょっと楽しみにしてたんだけどな。でも、しょうがないっか。それじゃ、改めて…私と、お茶してくれないかな?」
少女の誘いに、断る理由もなかった鋼は当然首を縦に振っていた。
カスミの事が少々心配ではあったが、そう直ぐには目を覚まさないだろうと、普段は読書用のテーブルへ少女と共に腰を下していた。
「鋼は、黙ってれば女の子みたい。可愛い顔してる」
「………。うるせーよ、気にしてんだ」
「あっは、ゴメン。でも、可愛いから、人気とかありそうね」
少女が席に着けば、まるで魔法の様にテーブルの上をティーセットが飾る。
その様子に一瞬目を疑った鋼であったが、お茶姫の笑い声の絶えない言葉に、頬杖を付きながらもティーカップを片手にしていた。
「人気なんかより、俺は平和な学生生活が欲しいっての。……にしても、何でお茶になんて誘うんだ?」
可愛らしい形に抜かれた焼き菓子に、手を伸ばした少女が鋼の問いに一度動きを止めてキョトリと首を首をかしげる。何か…小動物の様な仕草だ。
「如何してって……なーいしょ。ただ、こうやってお茶して、お話してれば楽しいでしょ?」
内緒。と言って、焼き菓子を持たぬもう片方の手の人差し指を桃色の唇に宛がって、悪戯に微笑んだお茶姫だったが、そんな彼女の言葉に鋼は何か引っかかるものを感じていた。
「別に問い詰める気は無いしな…っま、楽しいってならそれに越したことはねぇよな。何か悪さしてるってわけでも無い様だし」
紅茶を一口飲んだ鋼も側に置かれていたレース籠から焼き菓子を一つ摘む。
何故だか彼女が寂しさでも紛らわす様にしてお茶を誘っている様に感じてしまい、思わず鋼の口調や思考も柔らかいものになっていた。
本当にそうなのかは、目の前の彼女が口を開かねばわからぬ事であったが、鋼は敢えてそれを彼女へ問う事をやめていた。
「ただな…害が無いって解ってても、中にはあぁいう人もいるって事だけは覚えといて欲しい」
チラっと意識を飛ばしたカスミを見やった鋼は、如何したものかと軽く肩を揺らしてお茶姫へと言っていた。
「うん。楽しんでもらうつもりなのに、逆に怖がらせちゃうのは…私も嫌。これからは、気を付けるね」
「頼むぜ」
真面目な顔をして素直に頷いた少女に、鋼も短く頷き返し、そこから後は再び笑い混じりの暢気な会話がスタートしていた。
そろそろ時間。と少女が告げた頃には、すっかりとあたりは闇色だった。
「もう帰らないと、怒られちゃう」
「……怒られる? って言うか、何処に帰るんだ?」
もう少し話してたいんだけどな。といいつつ、少女が席を立つと今までテーブルを飾っていたティーセット達は泡の様にして消えてしまった。
「えーっと……怒られるのはお母さん。帰る場所は……本の中、かな」
鋼の実に不思議そうな問いに、お茶姫は少々困った様な素振りを見せた後にどうにか伝わる様にと言葉を選んだ様だ。
ついでに、今だカスミが凭れる本棚を指差して帰る場所を指し示していた。
「本から出てくるのか。また何で……あー…いや、何でもねぇや。じゃあ、怒られる前に戻れ」
再び疑問符を持ち上げ出した自分に、鋼は首を横へ振って静止をかけると少女へそう告げた。
「うん……有難うね、鋼。もし良かったら、また今度お茶…したいな」
「またそのうちな。今度は、大勢でっていうお前の願い叶えてやるよ。気絶しない奴ら連れてくる」
頷きながら冗談交じりにそんな事を返した鋼に、少女は嬉しそうに頷いてニッコリと歳相応の笑顔を浮かべていた。
「じゃ、私帰るね。今日はとっても楽しかったよ、私…鋼のファンになっちゃいそう。なぁーんてね。それじゃ、また今度ね! バイバイ」
ヒラヒラと手を振った少女、別れ際にそんな言葉を残すと、すっと溶けるようにして姿を消してしまっていた。
【ED】
「あー気付いた気付いた。おはよ、カスミ先生」
お茶姫が帰って10分も経たなかっただろう。
カスミが漸く目を開けていた。
「……あら、私なんで図書館なんかに…?」
「さーてな、何でだろうなー。そんな事より、戻ろうぜ。いい加減閉め出されそうな時間だ」
「ほんと! やだわ、私まだ明日の授業の支度終わらせて無いのにっ」
自分が如何して意識を飛ばしたか。そんな事見事に忘れ去ってしまったカスミに呆れつつも、彼女が立ち上がり用済みになった学ランを鋼は拾い上げた。
学ランを拾うため、腰を折った鋼であったが低くなった視線にふと棚に収められた西洋史書の古臭い背表紙が視界に飛び込んでいた。
ズラリ並んだ同じ種類のその本の背表紙には、どれも着飾った女性達が描かれている。
その中に先ほどの少女とそっくりなものを見つけ、思わず鋼は数度瞬きをしていた。
「……西洋史を彩った…女性と文化…?」
ついぞ鋼には縁の無さそうなタイトルであった。
ふと、ファンクラブの女子生徒達から入手した情報の中に、目撃情報が皆バラバラ…と言うものがあったのを思い出す鋼であったが、もしかしたら各巻から入れ替わりで姫は現れるのかもな。と何の根拠も無い事を思っていた。
「でも、なんで出てくるんだろうな。本の中ってのは…つまんねえのかな」
図書館の入り口でカスミが鋼を呼んでいた。
その声に短い返事を投げると、今度この本を読んでみるか。と思いつつ、鋼は図書館を後にしたのであった。
鋼が図書館にてお茶姫と話をした後から、彼女達の目撃例は何故だか数を減らした。
もしかしたら、中には驚く人もいるのだ。と、あのお茶姫が他の姫達に伝えたのかも知れないが、その真相は…それこそ誰にも解らぬ謎であった。
Fin.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2239/不城 鋼/男/17/元総番(現在普通の高校生)
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■ ライター通信 ■
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不城 鋼 様
お初にお目にかかります、ライターの神楽月アイラと申します(ぺこり。
お待たせいたしました。この度はお茶姫へのご参加、有難う御座いましたっ!
ちょっとぶっきらぼうながらに、不城クンはカスミ先生やお茶姫への小さな気遣いがありそうだな…と思いこの様なお話しに。
お茶姫も、そんな不城クンの優しさにちょっとトキメイタ模様です。笑
さて、ご期待に添えられたモノに仕上がったか不安ですが、楽しんで頂けたら幸いにございますー。
それでは、また機会が御座いましたらお逢いいたしましょう。
失礼致します。
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