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<東京怪談ノベル(シングル)>


小春の遺跡発掘レポート〜置いてけ堀検証編〜


 藤河・小春(ふじかわ こはる)、20歳。大学の考古学部に所属している私は、今回大学のレポート制作のため、遺跡発掘に赴く事となりました。
 今回行くのは、なんと『置いてけ堀』です。
 昔話でよくある、何かを置いていけと繰り返す恐ろしい堀です。それの元になったのではと思われる堀を発見したということで、更に詳しい発掘が開催される事となりました。
 そこで、私、小春もその発掘に参加する事になりました。レポート制作の為、そしてこの身に宿る好奇心の為、頑張りたいと思います。


 発掘現場は、しんと静まり返っていた。発掘をしにきた調査員や、小春のように大学からきた者達が、目の前にある『置いてけ堀』伝承のある堀をじっと見つめていた。
 ぱっと見、今までに見つかっている堀と余り代わりは無い。ただ、堀の形が変だった。丸い形の中に切り込みがあり、あたかも口のようになっている。ホールケーキの一カット分切り取られたような形である。
 その切り込みの近くから胴体らしき部分が伸び、さらにその胴体からひょろりとした手が伸び、手の先には赤い花が咲いていた。
 まるで、人が花を手に取って口元に持っていき、何か囁いているかのようだ。
 小春はじっと目の前に広がる異様な光景を見つめ、ぷっと吹き出した。
「ジュッテーム、とか言ってそうですね」
 小春は隣にいた教授に言いながら、あはは、と笑った。
「……藤河君、なんだね?その『ジュッテーム』というのは」
「ほへ?気分ですけど」
 特に理由はなく、思いついたから言ってみただけらしい。そう言われてしまったら、享受もそれ以上何も言う事は出来ない。「そうか」とだけ答え、ふと遠くを見つめた。
「それで、この辺りに『置いてけ堀』だという確信をさせる、出土品があると聞いてたんですけど……」
 小春が尋ねると、教授は「あ、ああ」と少しだけ小春に押され気味になりつつ答える。
「この堀の周りで、衣服や食料などといった日常品が出土されているんだ」
「大体、どれくらい前のものですか?」
「350年から400年くらいは前だと言う事だ。詳しくは、まだ調べないと分からないんだが」
「じゃあ、江戸時代くらいですね」
 小春は答えながら、うんうんと頷いた。そんな小春に、教授はある一点を指差した。そこには、発掘跡があった。
「あそこで、着物が」
 教授の言葉に合わせ、小春は手にしていた地図に赤のペンで印をつける。その隣に『キモノ』と書き加えながら。
 教授は小春がメモをしたのを確認し、別の発掘跡を指差した。
「あっちで、おにぎりのようなものが出土している」
「おにぎりですか?そんなものが、残るものなんですか?」
 小春が小首を傾げながら尋ねると、教授は「うむ」と言った後に口を開く。
「正確に言えば、おにぎりを包んでいたと思われる竹の皮だ。ただし、それを開けた様子はない為、おにぎりが入っていたと思われる」
「ああ、なるほどです」
 小春はそう言いながら、その場所に印をする。教授はそれをひょいと覗き込み、言いにくそうに口を開いた。
「あー……藤河君?」
「何ですか?」
「その……印なのだがね」
「ああ、可愛いでしょう?」
 小春がにこにこと笑いながら、そう言った。教授は「可愛いが」と言いながら言葉を濁した。
 小春がつけていた印は、花丸だった。しかもご丁寧に、花はにっこりと笑っている。おにぎりの方なんて、何かをもぐもぐと食べているかのような顔をしているのだ。
 一言で言えば、楽しそう。
「……まあ、いいだろう。ともかく、実際に見てみるといい」
「はい、分かりました」
 小春はそう言い、レポートとペンを片手に、堀へと近付いた。堀近くの発掘場では、まだ発掘が続けられている。
「……置いてけ堀なんて、昔話だと思っていたけど……」
 ぽつりと小春が呟くと、発掘していた青年が「だよなぁ」と頷きながら口を開いた。同じゼミ生である。
「でも、ああいう日常的なものをこんな所に放置している所を見ると、ゴミ捨て場と言うわけでもないだろうしな」
 貝塚などは、かつてのゴミ捨て場である。そう言う場所はその時の生活を探る為での重要な手掛かりを残してくれる、大事なゴミ捨て場なのだが。
「そうですよね。手付かずのおにぎりなんて、普通は捨てないですよね」
 こくこくと小春は頷く。心の中では、勿体無いという気持ちで一杯である。
「……あ、出た」
「え?」
 掘っていたゼミ生が何かを掘り当て、慎重に掘り進めていった。そして間もなくして姿を現したのは、一枚の大きな布だった。元は真っ白であっただろう、布。
「……これってさ」
「うん……ですよね」
 二人は再び地中に埋めてしまいたい衝動に駆られつつも、出土したそれを見つめた。
 紛れもなく、フンドシ。白いフンドシ、略して白フン。
「まあ、出ちまったもんは仕方ないから、調査に回すか……」
 ゼミ生は諦めを交えた溜息をつき、そっと指でつまむようにフンドシを引き出した。
 と、その時だった。
「……置いてけ」
 突如聞こえた声に、小春はきょとんとしながら辺りを見回し、フンドシを外に出しているゼミ生に向かって話し掛ける。
「……何か言いました?」
「いや?」
「置いてけ……」
 尚も続く声に、小春の胸が躍った。
「……置いてけ堀……!」
「まさか……?」
 唖然とするゼミ生を横目に、小春は声の主を探した。
「……置いてけ……!」
 大きな声に、その場にいた全員が呆然と立ち尽くす。そして、ゆっくりとそれは堀の中から姿を表した。
 丸っこい深緑色をした、人型の生命体である。河童ではないようだが。
 例えていうならば、男子トイレの表示。その形が一番近い。それにやる気の無さそうな目と鼻と口がついている。
「置いていけぇ!」
 凄みながらそう叫ぶ深緑色。その場は恐怖に包まれ……なかった。
「……な、なんですか、それ!」
 出てきたのは、一同の爆笑だった。発掘を主とするゼミ生と教授は、なかなかにして肝の据わった猛者たちである。
「いやぁ、こうして出てくるとは予想がつかなかったな」
 教授はそう言いながら、手でぺしりと額を打った。
「やだなぁ、教授。そんなの僕らだって同じですよ」
 ははは、と楽しそうに笑う、ゼミ生達。
「いやあ、興味深い。ここに来て、本当に良かった」
 こくこくと頷きながら、感慨にふける研究者達。
「何を和んでいる!」
 悔しそうに叫ぶ、深緑色。可哀想にという、憐れみの言葉しか出てこない状況である。
「私はここの堀の主だぞ!お前達、もっと私を恐れるとか何とか無いのか?」
「そう言われても……」
 小春が小首を傾げていると、その肩をぽんと教授が叩いた。
「いや、藤河君。ここは彼の言う通りにしてみないか?その後に起こる状況を、ぜひとも知りたい」
「それもそうですね。……ええと、怖がればいいですか?」
 まっすぐな目で尋ねる小春に、深緑色はがっくりと肩を落としながら「もういい」と小さく呟く。
「でも、お前達が持っていこうとするそれらは、私のものだ。置いていって貰おうか」
「あなたのものって……あなたがカツアゲしたものでしょう?」
「カツアゲ……!」
 ジェネレーションギャップに悩む妖怪が、一人。
「それに、着物とか、おにぎりの入っていた竹の皮とか……」
 小春は小さく「フンドシとか」と呟くようにいい、続ける。
「いらないでしょう?」
 びしっと指まで差されながら言われ、少しだけ深緑色が怯んだ。
「だ、だがそれは私が苦労して……」
「脅して奪ったのなら、苦労も何もしてない筈です」
 きっぱりと言い切る、小春。すると、教授はにこやかに笑いながら、深緑色に向かって話し掛け始めた。
「どうだろう?私のゼミに来ないかね?そうすれば、君の物もゼミの物になるだろう?」
「えー。教授、僕らその深緑と机を並べるの、嫌ですよ」
 ゼミ生の不満はもっともだが、もっと別の観点があるのではないかと言う事にも気付いて欲しいのだが。
 教授とゼミ生、そして小春が話し合いをしているうちに、深緑色はぷるぷると体を振るわせ始めた。そしてついに、キレた。
「……お、覚えていろ!」
 深緑色はそう言い放ち、その場から消えてしまった。教授は残念そうに、ゼミ生はほっとしたように溜息をついた。


 残念ながら、深緑色の物体がゼミにくる事はありませんでした。ですが、今回の事で教授はまた新たな野望が出来たと、断言していました。
 その野望については詳しく聞いていませんが、聞かない方が良いというゼミ生一致の意見でした。
 これから再び、置いてけ堀の検証に移りたいと思います。またあの深緑色に出会うことが出来たのなら、是非とも「ジュッテーム」と言ってもらおうと思います。
 以上、置いてけ堀発掘についてのレポートでした。

<再び発掘へと赴き・了>