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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


【ロスト・キングダム】文車妖妃ノ巻

「突然ですが、資料庫の整理をしたいと思います」
 八島係長の申し出に『二係』の黒服の職員たちは、顔を見合わせ、おっくうそうな息をつくのだった。
「……本当に突然ですね」
「面倒がっていてはいつまでも片付きませんからね。思い切ってやってしまうのがいいのです。あ、今回は資料庫Eもやりますからね」
「え……?」
 職員たちのあいだにどよめきが起こる。
「し、しかし、係長。資料庫Eは……封印結界が暴走をおこして、なかば異界化した状態で……前任の係長の判断で放棄となったのでは」
「当面は放棄扱いの処置保留となっているだけです。この機会に正常化したいと考えています。そのための協力人員も、確保するつもりですので」
「ドアの向こうが……どうなっているかもわからないのに危険です。保管されている資料に、特に請求がないというのに……」
「いつまでもあのままにはしておけませんからね。通常業務に支障をきたさないよう取り計らうつもりですのでご心配なく」


 なかば強引に、八島がそんな決定をした、その日のうちのことである。
 『二係』のドアを開けてひとりの男が、つかつかと八島のデスクに歩み寄ってくる。
 まだ若い、青年だった。
 短く刈り上げた髪。長身だが細身の身体を包んでいるのは、純白の詰襟のユニフォーム。その白服を見て、黒服の職員たちのあいだに、言いようのない、畏れのような、不安のような波紋が広がる。
「『調伏一係』所属、弓成大輔であります」
 きおつけに敬礼とともに、青年は名を告げた。
「本日付で、特別研修のため、『二係』に出向人事となりました。宜しくお願い申し上げますッ」
「………………はい?」
 黒眼鏡の上で、八島の眉が跳ねる。
「そんなこと聞いてないんですけど」
「たった今、辞令が出ました。こちらです」
 白服の青年が、書類を差し出す。
「え、なに。それじゃあきみは、『一係』の所属なんだけど、しばらくは『二係』の職員として働くってこと。ちょっと待ってくださいよ、そんなの前例が……」
「自分は辞令に従うまでであります」
「…………」
 八島が、そのときかすかに彼が舌打ちしたことに、気がついたものがいたかどうか。
「そうですか……。わかりました。ええと、じゃあ、とりあえず机は……」
「何からやればよろしいでしょうか」
「ええと……」
「資料庫の仕事、手伝ってもらったらどうですか?」
 係長補佐の榊原が言った余計な一言に、八島はいわく言いがたい表情で、部下をにらみつけるのだった。だがそれは、もっともな意見には違いないのだ。

■一週間前

 ジジジ、と、蛍光灯が明滅する。
 目をこらせば、黒いもやのようなものが、そこにただよっている。それは床に落ちた人影のようでもあり、煙のようでもあったが、ふと視線を外した瞬間、目の端にうつるのは大柄な壮年の男の姿だ。だが、あらためて目をこらしてみれば、しかし、そこには何の像も結ばれない。
 ただ、かげろうのように歪む闇があるばかり。
 ごとん、と重い音がして、床にころがった一升瓶。
 そして――

■扉の向こうは

「藍原和馬さんと……光月羽澄さん?」
 白服の青年は、酷薄そうな目で、ふたりを爪先から頭の上まで、じろりと見ると、書類を差し出す。
「こちらに必要事項をご記入願えますか?」
「なんだこりゃ。業務委託同意確認書……って、ここんちの仕事はじめてじゃないけど、こんなの書いたことないぞ」
 藍原和馬がぼやくように言ったが、
「本来はこれが規則ですので」
 とだけ、にべもなく返される。
「これでいいかしら。ええと……弓成さん? よろしくお願いします」
 羽澄がにこりと笑いかけたが、弓成大輔の表情はぴくりともゆるがなかった。
「……結構です。装備の貸与などは申請されませんね」
「別にいいです。そのつもりできたから、準備はしてきたの」
「ほらよ」
 和馬も、記入を終えた書類をつき返す。しかし、生年月日などのデータはでたらめだった。
「では、こちらですこしお待ちください」
 きびすを返した白服の背中を見送り、羽澄は、和馬にささやきかける。
「……あまり歓迎されてないみたいね、私たち」
「どうもにおうんだよなァ」
 和馬は頭を掻いた。
「前に来たときのこと、覚えてる? あンときも、施設の一部が異界化してるとかなんとか言いながら、あんまり気にしてる風じゃなかったのに、今になって何だよ。それにあれは……高峰研究所と共同研究だったとか何とか」
「そういえば、そんなことも言ってたわね」
「あの女がからんでるとなるとクセもんだぞ。あの胸のデカさは何かある」
「弓成さんって人の異動も、偶然じゃないわよね、きっと」
 羽澄の瞳に、すっ、と冴えた輝きが宿った。今日の羽澄は動きやすい格好だ。ありていにいえばそれは、危険な任務に備えた装備なのである。だが今の羽澄は、予想していたのとは違う種類の危険の可能性を見い出している。
「お待たせしましたね」
 八島があらわれた。
 黒服の男はいつも通りに見える。そのうしろには、お揃いの黒服を借りてご機嫌の、シオン・レ・ハイの姿があった。
「掃除は得意です」
 シオンは黒服の胸を張る。
「がんばりましょうね。……あ、八島さん、今日の仕事、お弁当出ますよね?」
「ええ、用意してありますよ。さあ、行きましょうか」

 地下300メートルのうす暗い廊下を、一同は歩いた。
「いつかの倉庫みたいになってんの?」
 和馬が訊ねた。以前に、やはり厄介な状態になった『二係』の倉庫を掃除(?)したときのことを思い出しているのだ。
「わかりません。あの資料庫が封鎖されたのは、私が着任する以前のことなんですよ」
「はーん。いったい、何がしまってあるんだか……」
 ――と、行手に、重そうな鉄の扉が見えてくる。
「開ける前に中の様子がわかればいいのですが、あいにく――」
 八島がなにか言いかけたとき。
 鉄の扉をはげしく打鳴らす音が聞こえ、一同は口をつぐんだ。
 音は……扉の内側から聞こえたからである。
「中に誰かいますよ!」
 シオンが、状況から導き出せるもっとも平易な結論を指摘した。
「そんなバカな!」
「でも、ほら。……もしもーし、入ってますか〜?」
 扉をノックしてみるシオン。それに応えたものなのかどうか、がつん、と、また中から音がする。
「と、とりあえず、開けてみますか」
 気弱に振り返る八島。
 傍の弓成が、無言で、携えていた霊刀をすらりと抜き放った。
「……なにしてるの?」
 羽澄は、和馬がいつのまにか、どこからともなく取り出したハンディカムを手にしているのをみてぎょっとする。
「いや、なんか決定的瞬間撮れそうだし。八島真探検隊、『二係』の奥に伝説の猿人を見た!……なんちて、また、ホームレスかなんかだと思うんだけどね」
「ホームレスって……結界の向こう側なのよ……」
 うしろのほうでそんなやりとりをしているふたりには気づかず、八島は懐から取り出した名刺を器用に折って、紙ヒコーキとも鶴の折り紙ともつかぬ形に仕立てた。
「開けゴマ、っと」
 しゅっ――、と空を切る紙細工。
 それが、堅く扉を閉ざした南京錠にふれるや否や。
 高らかな音を立てて錠が弾け飛んだ!
「おおっと!」
 ばん、と一気に全開になる扉。途端に、ごう、と凄まじい勢いで風が噴き出してきた。まるで扉の向こうは暴風圏であったとでもいわんばかりに。
「わああああああああああああ――、……あ」
「きゃっ!」
 シオンの長く尾を引く悲鳴に続いて、羽澄が頓狂な声をあげた。
 だが、少々のことならば動じないはずの羽澄である。彼女が思わず声を出してしまったのは、風に吹き飛ばされたシオンがとっさにすがったのが羽澄の身体だったからである。
「おーっと、決定的瞬間!?」
 和馬のビデオが、羽澄の胸元にズームする。シオンの手が、うしろから思いきりそこを掴んでいた。濁流の川に立った杭にひっかかったような格好のシオンが、くわッと真剣な眼光を放つ。
「は、羽澄さん……………………『83』と見ました!!」
「なにィ! ほ、本当か!?」
「…………」
 ――ビシュン!
「わああああああああああああ」
「ぬおおおおおおおおおおおお」
 羽澄の鞭が唸り、シオンと和馬とが、暴風に流されて背後の闇へと消えていった。
 一方、八島と弓成は。
 扉の向こうから、ごろんと、転がり出るようにあらわれた黒い塊をみとめた。
 弓成の霊刀がぎらりと閃く。
「弓成くん、待った!」
 ぴたり――、と、1センチの距離を残して、静止した白刃。
 刃の下に、ひとりの壮年の男の姿があった。

■お掃除タイム

「いっ、一週間前からここに!?」
「うっかり空間移動をしてしまったようで。それが入ったはいいが、出ることができないので、いやはや、参った、参った」
 男はがははと笑ったが、その拍子に、ぶん、と、姿が二重にブレる。まるで壊れたテレビから抜け出てきたようだった。
「しかし一週間もいらしたにしては……ええと、犬神――」
「犬神・ウェスカー・椿です。犬神、もしくはウェスカーでよろしく。いや、どうも、ご覧のとおり『不安定』でして、今のわたしは生理学的なメンテを必要とせんのです。まあ、やることもないし、勝手ながら掃除なぞやらせてもらいました」
「はあ……」
 どう理解したものか、八島の眉が困ったように跳ねた。
「それはまあ……私たちも掃除のためにここを開けたわけですし」
「ならば上等。わたくしもお手伝い致します」
 犬神・ウェスカー・椿、と名乗った男は胸を張ったが、その瞬間、またしても、ぐにゃり、と魚眼レンズを通してみたように、その像が歪む。
「……じゃあ、とりかかりましょうか」
 羽澄が言った。
「特に危険な様子もないみたいだし。準備してたのに、なんだか拍子抜け」
 そう――
 犬神の登場、という予期せぬ珍事はあったものの、封印さえ解いてしまえば、その扉の向こうはなんら異常は見当たらぬ、うす暗い資料庫だったのだ。
 天井まで届きそうな背の高い棚が並び、そこに無数のファイルボックスが並んでいる。
 つー……と、シオンが棚に指を滑らせた。
「埃が積もってますね!」
 ともかく、掃除をはじめるしかないようだった。

「はいッ、もっと腰を入れて! そう!」
 犬神が声を張る。和馬がモップがけに勤しんでいた。
「くそ……てっきりもっとこう……とんでもないことになってると思ったんだが……本当に掃除するはめになるとは……」
「あー、だめだめ、モップの持ち方はこう!」
「っつーか、なら、あんたがやれよ!」
「やりますとも、さあ、貸して!!」
 犬神は異様に張り切っていた。聞くところによれば、そもそも彼は普段から清掃の仕事をしているらしかった。
 一方。
「あ、そうだ。八島さんに聞こうと思ってたんだけど」
 棚にファイルを並べながら、羽澄が口を開いた。
「村雲翔馬さんって知ってる? 東北の村から最近上京してきて……あやかし荘に住んでるんだけど」
「村雲、村雲……。さて、存じ上げませんね」
「そう……。彼がね、なんだか意味ありげっていうか……、宮内庁のこと知ってるみたいだったから」
 ふたりがそんなやりとりをしていた、まさにそのとき。
 シオンは棚のあいだに落ち込んだ、一通の封筒に気づいて、ひっぱりだしていた。
「え……っと……。八島さん……宛?」
 宛名はたしかに、八島と見えるが、なにぶん達筆にくずされた字で、シオンにははっきり読むことができなかった。裏返してみると、やはり差出人の住所氏名がつづき字の筆文字で記されている。
「村……雲――かな」
 シオンはとりあえず、封筒を、上着のポケットにつっこんだ。あとで渡そうと思ったのだ。
 そんなことには気づくよしもない羽澄と八島。
「それにしても……、いったい、これって何の資料なんです?」
「まあ、いろいろです」
「『二係』が今まで扱った事件とか?」
「そんなところですが……ここにあるのは、いささか問題があるものといいますか……、公式にはなかったことになっている事柄ですとか、誰もが知っていいというわけではない情報ですとか」
「ふうん……」
 羽澄はどこか複雑そうな表情で、ファイルの山を眺めた。
「それじゃあ、やっぱり私たちみたいな外部の人間が入らないほうがいいんじゃなかったんですか。弓成さんもそう思ってるんだわ」
「え。弓成が何か言いました?」
「あ、いや、そういうわけじゃないの。……あの人って、どういう方なんです」
「さて。どうもプロパーではないようでして。『一係』に異動する前は防衛庁にいたみたいですね。記録では」
「急に異動してくることなんて、あるの?」
「異例もいいところです。第一、『一係』の人間が『二係』に回ってくるなんて、フツーに考えたら左遷ですからね、情けない話ですが。それが研修扱いの出向人事ときた。まさかこんな露骨なことをやられるとは……」
「八島サンが裏でこそこそ動くからじゃねぇの〜?」
「わっ」
 いつのまにか、和馬が八島の真後ろに立って、にやにやしているのだった。
「どう考えたって監視役じゃん。八島サンがにおうから……、ん〜?」
 くんくん、と鼻を動かす。
「そういや、なんか火薬の匂いがするな」
「ちょ、ちょっと――」
「で。八島のニイさん、本当はおれたちに何を探してほしいんだい?」
「えっ」
 絶句。
 瞳の表情を隠す黒眼鏡を通してなお、彼の狼狽を、和馬はたしかに見た。
「ねえ。ところでその弓成さんは?」
 羽澄の声に、ふたりがはっとあたりを見回す。
「位置について、よーい、ドンッ!」
「いきまーす!!」
 犬神とシオンが雑巾がけレースを騒がしく行っている他、弓成大輔の白い制服の姿は見当たらない。
 ――バタン。
 と、どこかで重い扉が閉まる音がし……、ジジジ、と、天井の蛍光灯が明滅した。

■封印密室

 ぐらり――、と、足元の地面が傾いでゆくような感覚。
「おいおい、なんか雲行きがあやしいぜ」
「これって……地震じゃないわよね」
「そうか……しまった!」
 八島が叫んだ。
「扉だ! 扉が閉じたから、封印結界が作動したんです」
「……?」
「暴走状態の結界ですよ。扉が開いているあいだは、だから、『二係』の通常空間と地続きになりますから、それを支えに安定するんです。でも閉じてしまえば、いわば、ここは浮島の異界なのですから――」
「理屈はよくわからんが、とにかくヤバイってことだな!」
 和馬の言葉を肯定するように、はげしい揺れがかれらを襲った。まるで荒波にもまれる船の船倉にでもいるようだった。
「あ、あれれれれ?」
 おりしも何度目かの雑巾がけに踏み出そうとしていたシオンは床がどんどん傾斜を増してゆくのに気づいた。
「お、落ちるーー!?」
「気合いだ!気合いで踏ん張りたまえ!」
 だが犬神は、平然とそこに仁王立ちの姿勢だ。
「だ、だめです!落ちていきます〜〜〜」
 ずるずると床の上を滑ってゆくシオン。
「諦めるな、シオン!」
 犬神が、手をさしのべた。
「た、隊長!」
 何の隊長だかわからないが、熱っぽく叫びながらシオンがその手を掴んだ――はずだったが、するり、と、すりぬけてしまう。
「ああああああああ〜〜〜〜〜」
「ぬお。また非実体化してしまったぞ!」
「おおっと、大丈夫か」
 落ちてきてシオンは和馬が受け止める。
「なんとかしなきゃ。どうすればいいの、八島さん」
「扉を開けるんです!」
「OK。任せて」
 果敢に、羽澄は飛び出していった。
 見る間に、倉庫内の風景はエッシャーか、はたまたダリか、さきほどまで壁であったところが床に、天井が壁に、床が天井に、そして資料棚はてんでばらばらな方向を上にして、迷路のように複雑にからみ合ってゆく。
 その中を、羽澄は器用に足場を見つけて跳びまわり、進んでゆくのだった。
「シオンを頼む」
 和馬もそう言い置いて、羽澄のあとを追う。
「……なんで急に、扉がしまったりしたんだ」
 八島が呟いた。
 ごう、と密閉された室内であるにもかかわらず、強い風が巻き起こった。
 ばさばさと、資料の紙束が宙を舞う。
「ムガーーー! また振り出しか!!」
 犬神が吠えた。彼は、幽霊さながらに、資料庫の変化もものともせずになかば透けた姿を、空中に浮かべている。彼の身体を、さまざまなものが突き抜けていった。この一週間、彼はそうして、整理したものをまた乱されては怒り狂う、シシフォスの苦役を続けていたようだった。
「……」
 ふと、どさりと音を立てて、一冊の分厚いファイルが八島の足元に落ちてきた。
「……あ」
 どこか間の抜けた声を、八島は発した。ファイルの表紙には、こう書かれていたのである。

  山中の異人に関する調査と考察
  〜界鏡現象との関連を中心に〜

      大河原正路・八島信吾

「こ、これだ!」
 それを運命の悪戯でなくて何と呼ぼう。八島が手を伸ばしたとき、だが、神の手はまたもそれを奪い去る。暴風に乗って、厚いファイルが空を飛んだ。
「し、しまっ――」
 そのときだ。
 風にさらわれ、届かぬはずのファイルを掴んだ手がある。黒手袋の嵌った左手――、シオンだ。
「うわあああああああああ」
 今日何度目かの絶叫。
「シオンさんッ!」
 八島の伸ばした手も届かない。
 木の葉のように、決して小さくはないシオンの身体がさらわれてゆく。
「ほい!」
 それを受け止めたのは、犬神だった。
「うはは、うまい具合に実体化したはいいが」
 そして、そのままふたりして落下してゆく。
「万有引力の制限を受けるのが難点だな!」
「掴まって!」
 八島が、解いたネクタイを投げ縄のように放った。犬神はシオンを抱えたまま、はっしとそれを掴むと、八島のいる、水平になった資料棚の足場に飛び降りるのだった。
「シオンさん。なんて無茶を」
「だって」
 八島にファイルを手渡しながら、彼は言った。
「これが必要だったんでしょ」

「こいつを開ければいいんだな」
「ええ、そうみたい」
 そこはさながら台風の目のように、扉(といっても、今はかれらの足元にある)を中心に、暴風は渦を巻いていた。背の高い資料棚がまるでストーンヘンジのように扉を中心に奇妙に儀式的な配列に並んでいる。
「資料庫っていう性質から考えて、ここの封印は外からの侵入を防ぐのが目的だったはずだわ。それが暴走して、反転しているのよ」
「そいじゃあ、ちょっくら、力仕事といきますか」
 和馬が、腕まくりをして、床から生えたような格好のドアノブを手にした。
「ふんっ」
 力まかせにひっぱる。ぎしぎし、と鉄製の扉がきしむ。
「封印力を中和するわ」
 羽澄が、鈴を鳴らした。
 怪力を誇る和馬の腕力でさえ、それは容易な仕事ではなかった。顔を真っ赤にして、引き上げる。一分もそうしていただろうか、しかし、わずかに、扉に隙間が開いたに過ぎないのだ。
「くそ……っ、びくとも……しねェぞ」
「すこしだけど、隙間が開きかけてる。頑張って!」
 羽澄の手を添えて力を合わせる。
 次の瞬間!
 わずかに開いた隙間から、ぎらりと輝く刀身が突き出してきた!
「ぬあ!?」
「……弓成さんね! 外にいるの!?」
「加勢します。そのまま続けて」
 落ち着き払った声が扉の向こうから聞こえてくる。彼は刀身を食い込ませ、てこの原理で力をかけてこじ開けようとしているようだ。和馬と羽澄が、渾身の力を奮い起こした。
「うううううっしゃああああああああああっっっ!!」
 だん!
 扉は開いた。
 その重々しい音は、運命そのもののようだった。

■不穏な落着
 
「宿直室のほうに、カビとり剤があったのを思い出しまして。取りに行ったのですが……、戻ってみれば扉が閉まっているので驚きましたよ」
 などといいつつ、弓成大輔の鉄面皮は、あまり驚いたふうでもなかった。
「勝手に閉まっちゃったのかなあ。弓成くんが外にいてくれて助かりましたよ。榊原くんだとぼんやりしてるから、それこそ犬神さんなみに一週間くらいは閉じ込められちゃってたかもしれませんものね」
「一週間もあんなところにいたらお腹空きますね! あ、そういえば、犬神さんは、ごはん食べなくても平気だったんですか?」
「安定しているときは腹も空きますがねぇ。うはは」
 八島とシオンと犬神は笑い合った。
「っつーか、おい」
 和馬が、地の底からひびくような低い声で、八島の耳のうしろへ囁く。
「あーんな重い扉が勝手に閉まるわけ…………んぐ!」
 彼の足を、八島の革靴が踏む。
「まあ、とにかく、ここで一段落ってことで食事にしよう。弓成くんも。さあさあ」
 追い立てるように、一同を煽る。 
「……ありがとう、弓成さん」
 羽澄が微笑みかける。弓成は眉ひとつ動かさず、
「いえ。民間の方を宮内庁の不祥事に巻き込むわけにも参りませんので」
 とだけ応えた。

「っはーっ。清掃作業のあとの一杯っていうがたまらんな!」
 どこから取り出したのか、一升瓶片手に、赤い顔で犬神がアルコール臭をまきちらしながら息を吐いた。
「あのー、犬神さん、そのお弁当、食べないんだったらもらってもいいですか? 持って帰りたいんですけど」
 そんなシオンとのやりとりを、すこし離れたところから、和馬がビデオに収めている。
「なーーーんか釈然としないわけだが」
 ぼやくように言った。
「いろいろと事情があるのよ」
 とりなすように、羽澄。
「それより、今日はこれでもういいのかしら。今度は八島さんがいないわ。……あ、弓成さん、八島さんはどこに――」
 通りがかった弓成に、羽澄が声をかけたが、言い終えるよりはやく……
「どわぁッ!」
 弓成の霊刀の一撃が、見事にそれを叩き斬っていた。
 すなわち、和馬の手の中のハンディカムを。
「て、てめェ、何しやがる!!」
 和馬が牙を剥く。
「こちらで撮影されたものを、外部に持ち出されては困ります。……『業務委託確認書』にもその旨明記されていますし、同意のサインはいただいているはずですが」
 最初に提示された書類を、弓成はつきつけた。
「んなマメ粒大の文字が読めるかー! って何もぶっ壊すことないだろーがよ、おい! つーかこれ、『神影』から持ち出してきたヤツだぞ! おれが持って出て壊したってバレたら……ガクガクブルブル」
「みなさん」
 和馬を無視して、弓成は一同を見回しながら、言うのだった。
「本日の業務は終了です。ご協力を感謝します」


(文車妖妃ノ巻・了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1282/光月・羽澄/女/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1533/藍原・和馬/男/920歳/フリーター(何でも屋)】
【3356/シオン・レ・ハイ/男/42歳/びんぼーにん(食住)+α】
【5037/犬神・ウェスカー・椿/男/42歳/天才物理学者・清掃員】

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
『【ロスト・キングダム】文車妖妃ノ巻』をお届けします。
ちょっといろんな意味で微妙な内容になっています。

>光月・羽澄さま
ぎゃー、すいません。つい調子に乗って微妙なネタをー。
ちょっと踏み込み過ぎですかと思いつつ。シオンさんには罪はありません……きっと……。

>藍原・和馬さま
思いもかけないところでひそかにこの後の和馬さまがピンチです(笑)。こんなやつですが、新キャラの弓成もよろしくです(ってムリムリ・笑)。

>シオン・レ・ハイさま
ふたたび『二係』へようこそー。なにげにハードな展開になっていることもあるこのノベルですが、シオンさまってライター的には癒し系(笑)でした。
それはそうと、微妙なネタにまきこんでしまってすいません……。

>犬神・ウェスカー・椿さま
はじめまして! そして意外なところからコンニチワ。というか、まさかこのようなご登場をされる方がいるとは予想だにせず(笑)。ノベルの展開にもいい意味で影響がありました。今後ともよろしくです。

それでは、機会がありましたら、今後ともおつきあいいただければさいわいです。
ご参加ありがとうございました。