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ファイル−2.5 『殺生石』
伝説上の人物――その大半は俗に言う『妖怪』だ。
数多にわたるその存在の中に、玉藻前と言う美女がいた。
九尾の狐の化身であり、『封神演義』では殷の紂王を惑わせ、国を滅ぼした話はあまりにも有名だ。
その後天竺から中国を経て、日本に渡った彼女は鳥羽上皇の寵妃となったが名のある陰陽師に正体を見破られ、逃げ込んだ那須野で追っ手の矢に射止められ死に至る。
死してなお、石と化した彼女の霊は殺生を続け、人はその石を「殺生石」と呼んだ。
「――その後は、玄翁っつうぼーさんがこの石を割って、玉藻の霊を浄化してやってな。そいつも成仏出来て嬉しいってぼーさんの枕元に立ったって言う話なんだが…まだ続きがあってな」
文献と自分の記憶を頼りに話を続けるのは、特捜部の中で一番永きを生きる、ナガレだった。
他のメンバーは黙って彼の話に耳を傾けていた。それが、最も重要な事になるからだ。
「ぼーさんが割ったその石…３つに飛び散って残ってるって話なんだよ。有毒ガスが漏れてて、鳥とか虫は近づくだけで死ぬらしいんだけどな」
「……じゃあ、その欠片が…今回の石と同じもの…？」
「でもタマモの話って、伝説上の作り話なんだろ？ それがどうして現実になって現れるわけ？」
ナガレの話から槻哉が言葉をつなげると、早畝が遅れをとらずに疑問を投げかけてくる。
「しかもナガレの話じゃ小動物と虫が死ぬ程度の毒ガスなんだろ？ でも例の石は人間も…だったよな。ガイシャは死んだんだっけ？」
「いや…かろうじて、であるが、息のある状態ではある」
「…どっちにしたって重体であるには変わらんねーって事だろ」
デスクを囲む、いつもの面子の顔色はいいとはいえない状態にあった。いつも冷静な槻哉でさえ、今日は表情を濁らせている。
そう、これは『事件』なのだ。
趣味で妖怪話をしていた訳ではない。
特捜部にその事件の依頼が持ち込まれたのは、つい２時間前の事。
突然、街中に現れた巨大な石。それを触った者たちが次々と倒れ、病院へと運ばれた。見るからに禍々しい石からは、毒ガスのようなものが滲み出ており、現在は誰も近づけない状態にあると言うのだ。
先に様子を見てきたのは、ナガレだった。そしてその石から感じ取った空気に身に覚えがあり、下調べをしたところ、先ほどの話へと繋がっていったというわけなのだ。
「作り話と言ってもね…そう言った『有り得ない事件』を背負うのが僕らの仕事だろう？ 今まで請け負ってきた事件で、『まとも』な内容が、一つでもあったかい？」
「…それは、無いけど。まったく」
ふぅ…と一度深く息を吐いた槻哉が、厳しい視線で早畝へと言葉を投げかける。柔らかい口調ではあるが、彼の雰囲気からは少しも余裕は感じられなかった。
早畝も少しだけ引き気味に、彼の言葉に小さい声で答えることしか出来ずにいる。
「どう足掻いたって、俺たちが解決するしか他に手が無いんだろ。身の危険もあるが、やるしかねーじゃん」
半ば諦めたような口調でそう言ったのは、ナガレだった。
その言葉に、斎月も『同感だな』と続ける。二人はすでに、覚悟を決めているらしい。
「…十中八九、敵はキツネだと思ったほうがいい。伝説がどうであれ、そう言う妖怪は存在するんだ。俺は何度も、そんなやつ等を見てきた」
「うん…解った。俺たちで解決できるように、頑張ろう！」
ナガレの言葉に、早畝も腹を括ったのか握りこぶしを作りながら言葉を強調させてそう言った。
それが合図になったのか、斎月やナガレも決意も新たに、姿勢を正して槻哉を見つめ頷いていた。
相変わらず、空気が悪い。
一人、現場へと足を向けた斎月は煙草を咥えながら、眉根を寄せた。
身の危険があるかもしれないというのに、石を一目見たいがために集まった人間の数は片手では納まらない。
警察によって厳戒態勢をしかれているのが、余計にギャラリーの興味の意識を高めていることに苛立ちさえ感じた。
「……ちっ…」
斎月は思わず、現状に舌打ちをする。そして煙草の火を指で捻り消し、特捜部の手帳を警察へと向けて中へと入っていく。
「…………ん？」
その、斎月の視界に見慣れない人影が入り込んできた。
美しい金髪を後ろでくくった、小さな少年らしき後姿に、斎月は一瞬だけ言葉を失った。
「……おい、ここは立ち入り禁止だぞ」
間を置き、声をかけるとその人物は、ゆっくりと振り返る。
「―――……」
斎月はまたそこで、言葉を失った。
少年だということは、なんとなく見分けることができた。
少女かと見紛う美しさを持つその存在は――嫌なモノを一切感じさせない存在だった。先ほどまで腹で抱えていた黒い思いも、吹き飛ばされてしまうほどに。
「……お前は、ここの関係者か」
「あ、ああ…」
斎月を真っ直ぐに見据え、口を開いた少年に、彼は半ば押され気味に返事をする。普段であれば、『態度のでかいガキ』と言う感情が生まれそうなものなのだが。
「俺は動物や植物に助けを求められ、此処へとたどり着いた。…これは、何だ？」
これ、とはその先の、殺生石を指す。
動物や、植物が彼に助けを求めてきた。それだけ聞いても、少年は能力者だと解る。だが、この少年から生み出されている空気は、そんな簡単な言葉で表せるものではなく――。
斎月はそこで、それ以上の考えを一旦とめ、口を開く。
「…殺生石っつう、毒ガスを吐いてる石だ。そいつを壊さない限り、ここら一帯の汚染は続く」
「――興味深いな。詳しく話してくれないか？」
少年は斎月に一歩近づき、そう言ってきた。
斎月は一瞬戸惑うが、断る理由を見つけられずにいる。…この彼が持ち合わせる、オーラを知らないわけではないからだ。
人とはかけ離れた、聖なるものを纏う者。
そんな人物を、斎月は一人だけ知っている。今もきっと特捜部内で、槻哉の傍にいて茶を差し出しているだろう。
その『彼女』と、彼は同じ空気を持っているのだ。
ひとつ、ため息を吐いた斎月は少年に『解った』と言い、事件の背景を出来るだけ手短に、説明してやった。
少年は『蓮生』と名乗った。それに習い、斎月も自分の名を名乗り、特捜部の手帳を見せる。
それが珍しかったのか、蓮生はまじまじと手帳を覗き込み、『ふむ、なるほど』と納得していた。
そして、再び石へと数歩近づき、
「……俺に、『怨む』という感情は良くわからないが、可哀想に。石に姿を変えて尚、誰かを傷つけてしまうのか…」
ぽつり、とそう呟く。
「……………」
斎月は遠い感覚で、蓮生を見つめていた。
不思議なものだ、彼の周りだけ禍々しい空気を感じさせない。逆に、毒ガス汚された生命体が、そのまま浄化までされている。彼の神聖なオーラが、取り巻くものすべてを…赦してしまうのだろう。
蓮生はただ、傷ついたもの達を哀れんでいるだけ。慈しみが深い分、彼が本能で対象を癒そうとするのは、自然な行動なのだ。
どす黒い空気を風に乗せ、人々の生命力を吸い続けてきた玉藻前。
死してなお、自分の殻に閉じ込められたまま、先へと進めずにこの場へと現れた哀れな魂。
真実の愛情を、知ることの出来ないまま。
斎月は、蓮生ならその哀れな存在を救えるのだろうかと、漠然と考え始める。
事実、彼は戦う気などは一切見られない。自分の出来ることで、玉藻前をなんとかしようと思っているらしい。
「……怖がることはない、姿を見せてみろ」
蓮生は石を見つめながら、そんな事を言う。玉藻前に、語りかけているのだろう。
すると程なくその場はゆらゆらと空気が動き出し、陽炎の様に現れたのは…一人の女。
史実に違うことなく、目の前の彼女は美しい容姿をしていた。
『……妾の心の奥を見つめるもの。そなたは何者だ』
「―――名乗らなくては駄目か？」
蓮生を見下すように紡がれた言葉。
玉藻前を見上げた蓮生の瞳は、慈悲に満ちた色をしている。
じわり、じわりと。
硬く禍々しいモノで固められた心根が、暖かいもので満たされていく感覚を、傍で見ているだけの形になっていた斎月自身も、深く感じ取っていた。
向けられているのは、玉藻前だと言うのに。
『そなたを読み取れぬ。…何故そのような…優しき瞳で妾を見るのだ』
「お前に戦意を抱けないからだ。…俺は本来から、戦いを好まない」
蓮生と会話を続ける、玉藻前。徐々に崩されていく、虚勢。
『妾をどうするつもりか』
「…どうするつもりもない。俺はただ…お前を導きたいだけだ」
斎月から見ればまだほんの、小さな少年の姿であると言うのに。
蓮生の言葉は重く強く、心へと染み渡っていく。それは玉藻前も同じく感じ取っていることだろう。
『………ただの存在であるならば、とっくに食ろうていたものを…』
自嘲気味に、笑うのは玉藻前。
蓮生の正体を見切れたのか、それとも――。
どちらにしても、もう彼女からは強い攻撃的なオーラを感じ取ることは出来なかった。
「…解放されたくはないか？ ……お前はもう、成仏していいんだぞ」
簡単な言葉だ。
それでも蓮生が紡げば、別のものに聞こえてしまう。
何かが、弾けたような感じがした。
『そなたが……妾を、解き放ってくれるというのか…』
そう言う玉藻前の頬には、光る一滴の水が見えた。
（……ちゃんと、いるもんなんだな。こうやって…導いてくれる存在が）
斎月は蓮生を見つめながら心の中で小さく呟く。
どんな形であっても、生きている者すべてには、それなりの道へと進む権利がある。それを真っ直ぐに進まずに、道草を食っていては未来など、見えはしないのだ。
「………もう、迷うことがないように…」
そっと、玉藻前の手を取れたりしてしまうのも、蓮生だからこそ出来る、行動。
玉藻前の両手を静かに取った蓮生は、ゆっくりと瞳を閉じて彼女に祈りを捧げた。
程なくして、頭上に呼び出されたのは、真っ白な花。すべての悪しき業から解き放つことが出来る、天界の柔らかき花――曼殊沙華だ。
蓮生はその花を玉藻前へと手向けた。すると彼女はまるで聖女に生まれ変わったかのように一瞬にして姿を変え…そして泡のようにゆっくりと姿を崩していく。
「次の世で、また会えるといいな」
蓮生は微笑んでいた。
玉藻前も、幸せそうに微笑んでいた。
その瞬間、今まで空を彷徨っていた全ての毒気が、浄化されていくのが解った。
「……これは、粉砕しなくてはならないのだな」
「ああ、そうだな。お前が出来ないんなら、俺が片付ける」
ようやく、斎月が動くときが来た。
ものを壊すという意識が蓮生に無い以上は、斎月が石を粉砕するしか他には無い。
玉藻前の姿が完全に消えたのを確認してから、斎月は蓮生を下がらせて右手を差し出した。
次の瞬間には、斎月の指が弾かれたのと同時に、石が真っ二つに割れそこからまた、砕け散っていくのだった。
ゆらり、と立ち上る紫煙。
それを不思議そうに眺めるのは、蓮生。煙を生み出しているのはもちろん、斎月だ。
「…それは美味いものなのか？」
「あー…いや。決して美味いもんじゃねぇよ。蓮生にはススメられない」
「……そうなのか」
先ほどまで、見るもの全てを正しき道へと導く力を発揮していた存在が、今はただの少年に見えてしまうから、不思議なものだ。
ビルの植え込みを支えるコンクリートに体を預けながら、現場の後始末をしている早畝たちを手伝いもせずに見守っているだけの斎月は、蓮生の少しだけガッカリした姿に、小さく笑った。
「――そうしてると、ニンゲンらしいぜ」
斎月の言葉にピクリと反応を返した蓮生だったが、彼が自らを語ることは無さそうだ。
斎月もそれを解っていて、わざとそう言ったのだろう。
「全面的に任せっきりで悪かったな。でもお前がいなかったら、俺も他のやつらも死んでたかもしれねぇし、助かったよ」
咥え煙草のままで、斎月が笑う。
その笑顔に、蓮生も釣られて小さく笑いそして、
「役に立てたのなら、俺もうれしい」
と斎月に告げた。
ゆらり、とまた、紫煙が空を舞う。
蓮生は再びそれに視線を移し、ゆらゆらと登っていく煙を見送るかのように空を見上げていた。
-了-
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登場人物
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【整理番号 ： ＰＣ名 ： 性別 ： 年齢 ： 職業】
【３６２６ ： 冷泉院・蓮生 ： 男性 ： １３歳 ： 少年】
【ＮＰＣ ： 斎月】
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ライター通信
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ライターの朱園です。今回は『ファイル−2.5』へのご参加、ありがとうございました。
冷泉院・蓮生さま
今回はご参加くださり有難うございました。
蓮生くんのような神様には、やはり玉藻前も敵わなかったようですね。
戦いを好まないという彼の優しさを、上手く表現できていればいいなと思っていますが脚色してしまった分が
イメージを壊してしまっていたら、申し訳ありません（＞＜。
少しでも、楽しんでいただけましたら幸に思います。
ご感想など、聞かせていただけると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
今回は本当に有難うございました。
誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。
朱園 ハルヒ。
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