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Calling 〜炎魅〜
目の前の夕飯を眺め、はあ、と小さく息を吐く。
黒崎狼。今日の夕飯は漬け物とご飯と、味噌汁。…………終わり。
「……くっ……寂しい食卓だぜ……」
居候させてもらっているこの店の店主がいないと、こんなものだ。
ご飯を食べつつ、狼はふと思い出す。
「そういや……あいつはちゃんと飯とか、食ってんのかな……」
無表情のうえきつい言葉。頑固者で、自分には無頓着。
(はあ……どことな〜く、似てるよな……)
と、そこまで考えて頭を激しく振った。
「に、似てない似てない! 全然似てないっ!」
どこをどうすれば似るってんだよ!
がたがたと箸を持つ手を震わせる。
「月乃みたいに性格がねじ曲がったらどうすんだよ! それこそあの屋敷の全員が嘆くぞっ」
だけど。
「…………月乃、か」
ぴくりと狼が顔をあげる。
「確かに、したぞ」
鈴の音が。
すっくと立ち上がり、拳を握る。
「……っあいつ! またどっかで、たった独りで戦ってんのか……!?」
*
翼を広げて上空を飛ぶ狼は、目指した人影を見つけて着地する。
「月乃っ!」
声をかけると彼女はこちらを見上げる。そして刀を構えた。
「あなたも憑物でしたか」
「のわあっ! こらぁ、攻撃するなよ!」
びゅんと容赦なく刀を振るう月乃の攻撃を避けて着地する狼。
「お、おまえ! 冗談抜きで攻撃しただろっ」
「……冗談ですよ?」
「嘘をつくな、嘘をっ!」
「避けられる速さで攻撃したじゃないですか」
呆れるように言う月乃であった。
そういう問題ではない。攻撃したことに対して狼は文句を言っているのだ。
「おっまえ、ほんっっと! かわいくねぇのな!」
力を込めて言う狼に、月乃は澄ましてからにやりと笑った。
「本当に、そう思ってますか?」
ぎょっとして狼は動きを止める。なんだって? いま、なんて言った???
「何もかもが完璧に備わっている人間など、存在しません。なにかしら欠点があるものです」
「そ、それがどうした……?」
「つまり、あなたの発言は当たり前のことなんですよ、黒崎狼さん?」
くすり。
むかーっと狼の頭に血がのぼる。
「ほんと! かわいくねぇ! 俺の知り合いを紹介したいぞ!」
「知り合い?」
「女の子なんだけど、可愛くて、健気で……が、頑固なところもあるんだが……」
「………………なるほど。狼さんの想い人なのですか?」
「ちっ、違う! だいたいあいつはまだ10歳で……!」
「年齢と想いは関係ないですよ?」
「な、なにを平然としたツラで……恥ずかしいことを……っ!」
「あら。顔が赤いですね」
くすくすと微笑む月乃に、狼は顔を真っ赤にする。
(な、なんだよ……こういう顔もできるんじゃないか……)
す、と月乃から表情が消えた。
(あ)
勿体無い、と狼は残念に感じた。
「お喋りは終わりです。狼さん、しばらく身を隠せますか?」
「なに言ってんだ! 手伝うぞ!」
とか言いつつ、内心「邪魔です」ときっぱり言われたらどうしようかと思っている狼である。
しかし月乃は困ったように苦笑したのだ。
「あなたなら、そう言うと思ってましたよ」
「え?」
「ですけど」
人差し指を立てて彼女はにっこり微笑した。
「ここは私に任せてください」
青ざめて、狼は壁に手をついてぐったりしていた。
(え、笑顔が怖いってのも………………凄い)
狼はそっと覗く。
寂れた神社で待ち構える月乃は、闇夜の中でもはっきりと見えた。
(り、凛々しい……)
そこらにいる男より、よっぽどかっこいいのではないかと狼は微妙な気分になる。
てんてん、と音がした。
ゆらりと青白い光が境内に出てくる。人魂、と呼ぶものだ。
(うお……まるで怪談話みたいだ……)
てんてん、と音がまたする。鞠をつく音だと狼は気づいた。
ぼう。
そんな表現がぴったりな感じで境内に青白い光を纏った娘が現れた。着物姿だ。どこかの貧乏な家の娘のようにも見える。
歌いながら鞠をつく少女と、月乃の距離はかなり遠い。
(攻撃の間合いから少し離れてるな……。いや、武器を変えればそうでもないか……)
じっと覗く狼は、いつでも彼女の加勢ができるようにと身構える。
「あらぁ……男性ではないのね」
妖艶な笑みを浮かべる幽霊女に、月乃は冷ややかな視線を向けた。
「男を狙う悪霊よ。なぜ憑物となってまでこの世に留まる?」
「あなた、もしかして男がいないの?」
そう言われて月乃は微かに目を見開くものの、すぐさま無表情で言い放つ。
「それがなんの関係があります?」
「なるほど。ウブな娘というわけね。かわいそう」
「…………」
空気がひやりと冷たくなったのを狼は感じる。今の言葉は月乃を怒らせるのに十分だと感じた。
だがすぐに疑問符が浮かぶ。
(あれくらいのことで……月乃って腹を立てるような女だっけ?)
むしろ、それがどうしたと冷酷に一蹴しそうな感じだが。
でも。
(あいつ……絶対怒ってるよなぁ……)
月乃は冷たく言い放つ。
「あなたに哀れまれるいわれはありませんが」
「女の歓びすら知らないというのね……」
「…………挑発には乗りません」
月乃の雰囲気がまた変わった。
ぐっと周囲の温度が下がる。殺意が瞳に宿った。
「ウフフ……だったらいちいち受け答えしないほうがいいのではなくて? 退魔士殿?」
「…………」
様子を眺めていた狼がどきどきしてしまう。
(どうしたらいいんだ……!? 出たほうが……!)
「だいたいあなた、色気が足りないのよ。その格好も野暮ったくていけないわね」
「私の格好など、関係ないのでは?」
「もう少し肌を出したらどうかしら?」
囁くように言う女の横から一陣の風が吹いた。月乃の右腕の袖が吹き飛ぶ。それを彼女は静かに眺めた。
「…………面白い技を使いますね……」
「月乃!」
思わず飛び出す狼のほうを、二人が一斉に見遣った。びくりと足を止める狼。
背筋がゾッと、してしまった……。
「なあんだ……いるんじゃないのよ、若い男がね」
ぺろりと己の唇を舐める幽霊女に、鳥肌が立つ。途端、腰が抜けた。
(はわっ!?)
仰天する狼である。
「かわいい……!」
にっこりと笑う幽霊女。
「…………つ、つき、の?」
恐る恐る見ると彼女は鬼のような形相をしていた。幽霊女より………………こわい。
「出てくるなと、言ったでしょうっ!」
「ご、ごめん」
思わず謝ってしまった。だって本当に怖かったのだ。
知り合いの少女の怒りより、よっぽど効いた……。
「お兄さん、もう少し待っててね」
にっこりと微笑む幽霊女のセリフに、思考がぐらっと揺れる。頭を振って意識をはっきりとさせる狼は、怪訝そうにした。
「あなたの相手は私ですよ」
月乃が狼の前に立つ。
幽霊女は舌打ちした。
「だから女って嫌いよ……。そうやってすぐに誰かにとられそうになると、自分のものにしておきたくなるものね……」
「こんな人、私は要りませんよ」
きっぱりと月乃は言い放った。ガーン! と狼がショックを受ける。
「ですが、一応知り合いなのであなたの餌食にはさせません」
「なによそれ! あはは! 可笑しいわねえ!」
高笑いをする女だったが、そこで顔色が変わった。
「……おかしいわ……。あなた、さっきからどうして『変わらない』の……?」
「なんのことですか?」
「………………もう発狂していてもいいのに……」
「『あなたの言葉』は私には効きませんよ」
平然と月乃が言った。狼は彼女を見上げる。
「あなたと同じくらいの言霊をお返ししました。どうです? そろそろ苦しくないですか?」
「ぐ……!?」
幽霊女ががくがくと震え出す。そしてがくりと膝をついた。
月乃はゆっくりと近づく。
「どれだけの数の人間の生気を喰ったのか知りませんが…………」
近づいて見下ろしてくる月乃を、女が見上げた。恐怖に顔が歪む。
「どうです……? 吸収した生気が抜けていく感じは……?」
*
「……えぐい」
狼はぼそりと呟いた。月乃の手を借りて立ち上がる。
男を標的にしていた憑物は、男の生気を喰ってこの世に留まり、力を増していたのだ。
「なにか言いました?」
「やる方法が……結構酷いな、と」
「ああ、そのことですか。しょうがないんですよ。ようは風船と同じです」
「風船?」
「中に人間の生気が詰まってて、ちょっとやそっとでは割れない風船ですね。なので、少しずつ針で穴を開けたんです」
その説明に、狼はなるほどと思ってしまう。
だが。
「そうだったのか……。いや、なーんか怒ってたからさ……わざとしたのかなあって思って」
「…………怒る? どうして?」
ひやりと空気が凍った。薄い笑みを浮かべる月乃に、狼は口を閉じる。
三秒。五秒。十秒。二十……。
やがて月乃が嘆息した。
「まあ、怒ったのは認めますけどね」
帰りましょう、と月乃が歩き出す。空にはぽっかりと月が浮かんでいた。
「男は絶対に逆らえない呪詛を込めた言葉を吐く幽霊だったんですよ。生前、よっぽど男に恨みを抱いたんでしょうね」
「そうなのか」
きゅるる……と、小さく狼の腹が鳴る。頬を微かに赤らめて、彼はうな垂れた。
(は、恥ず……)
「おなかすいてるんですか?」
きょとんとして月乃が尋ねる。えっ、と狼が呟いた。
「そ、そりゃ……夕飯の途中で……その」
「途中でどうしてここに?」
「………………そ、そりゃ……おまえのことが心配で……」
小さく言う狼の言葉に彼女は目を見開き、苦笑する。彼女の頬が赤くなっていたのだが、暗闇でわからない。
「そうですか。それは失礼しました」
「し、失礼って……俺が勝手にやったことだ」
「…………そうですか」
月乃は歩調を速めた。
「せっかく夕飯のおかずを一品ほどご馳走しようと思ったんですが……。そうですかそうですか」
「えっ! ち、ちょ……っっ!」
「どうですか?」
「え……と。う、美味い、です」
「そうですか」
にっこりと笑顔になる月乃の前で、狼は用意された揚げだし豆腐を食べていた。
普通に美味しい……。
「それは良かったです。有り難く思ってください。私が手料理を誰かにご馳走するなんて、滅多にないんですよ」
「あ、ああ……ありがとな、月乃」
「感謝するのでしたら、全部残さず食べてください」
「はは……! わかってるって!」
笑顔で返す狼に、彼女は嬉しそうに微笑んだのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】
NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
今回はかなり進展したと……思うのですがいかがでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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