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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜炎魅〜



 依頼を受けた月宮誓は森まで来ていた。
(あまりいい雰囲気はないが……)
 言葉にするなら「澱んでいる」という感じだ。
 空気が重く、沈んでいる。
 誓は周囲を見回した。植物の様子からいうと、そこまで影響は受けていないようだが時間の問題だろう。
(このままじゃ……枯れていくか、土が影響を受けて腐っていくか……)
 そんなことになったら……。
 想像し、そして妹の顔が浮かんだ。
 絶対に……悲しむだろう。
 誓はゆっくりと前を向き、歩き出す。
(それだけは)
 それだけは、なんとしてでも止めないと――――。

 そんな誓を眺めている人物がいた。
 木の上のほうで、枝の上に立ち……まるで忍者のように。
 長い髪が揺れる。
(あの人ですか)
 自分がこんな遠い場所まで感知できるのだから、誰かがやってくるだろうとは思っていたが、よりにもよってあの人とは。
 こめかみに青筋が浮かぶ。
 そして彼女は頭を振った。
(いけません……また、苛立ちました……)
 精神を乱すことは戦闘中あってはならない。いくら自分の本能がそうしてしまうとはいえ、これは致命的だ。



 森に踏み込んでいく誓は後ろを振り向く。視線を感じたと思ったのだが、気のせいだったのだろうか?
(すでに死傷者は出てる……油断はできないな)
 誓の片手には「光麒」と呼ばれる霊刀がある。浄化の力がある、月宮家に伝わるものだ。
 空気がかなり重く、まとわりつく。
(……予想以上に汚染されてるか……)
 奥へ奥へと歩いていくと、今度は鼻につくニオイに誓は顔をしかめた。
 何かの腐臭のような感じもする。
(? なんの臭いだ、これは……。腐った水……?)
 すでに人の通る道はない。草をわけて進む誓はごほごほと咳をする。
 喉が痛い。
(……空気に混じってるな、何かが……)

 さらに進む誓が、ぴたりと足を止める。
(この奥か……?)
 ごほ、ごほっ、と咳をする。臭いといい……あまりにも酷い。
(鉄……? 血の臭いか……?)
「大丈夫ですか?」
 後ろから声をかけられ、ハッとした。慌てて振り向く誓は、咳をしながら頷く。
 長い髪の美貌の少女が、立っている。名は遠逆月乃。退魔士だ。
(気配に気づかなかった……相当感覚が鈍ってるのか……?)
 疑問符を浮かべていると月乃が嘆息した。
「免疫のない方が、よくもまあここまで無事でしたね」
「……?」
「月宮の家にはそれほど危険なお仕事はこないんでしょう」
 月乃の言葉に誓は軽く首を傾げる。そんなはずはない。浄化の家系として、月宮は有名なのだから。
 ふ、と冷たく月乃が笑う。
「真の退魔士とは、表舞台には出ないものですよ?」
 汚い仕事を請け負う者は、と言外に言う月乃。
 激しく咳き込む誓に、月乃は優しい言葉の一つもかけない。むしろ冷たく見ていた。
「これを」
 月乃は誓に向けて手を差し出す。その手には小さな粒があった。赤い色だ。
「あまりよくないとは思うんですが、この森から出るまでは効果が持続できるでしょう」
「だ、だが……」
 咳でうまく言葉が出ない。
「真っ当な人間は、あなたのような反応をするはずです。お気になさらず」
「……?」
 それでは、月乃がまともではないということになる。
 どこからどう見ても彼女は普通の人間だ。その奇妙な色違いの瞳を除けば。
 月乃から粒を受け取って飲む。しばらくすると、呼吸が楽になってきた。
「自分の浄化能力でもダメなのか……」
 喉の調子をみる誓に、月乃は無表情で言う。
「あなたは元来持っている能力に頼りすぎています。道具や免疫も、大事なんですよ」
「そういうわけじゃないと思うんだが……」
 これでも修練は積んでいるのだ。
 月乃は視線を伏せた。
「元々百あるものを使いこなすのは簡単です。把握すれば容易いこと。元々がゼロの者は、その百倍の努力を費やしますから」
「……俺は、努力をしていないと?」
「いいえ。あなたは自分の能力を効率よく使う方法はとても上手いようです。それなりの努力はされたのでしょう」
「…………」
「陰陽の考えはご存知で?」
 こくりと誓は頷く。
「あなたの大きな能力、それにご自身の特技などを含めると……あまりにも『強すぎる』んです」
「どういう意味だ?」
「バランスが偏りすぎているんですよ」
「そうか?」
「どこかでそのバランスをとるために、あなたによくない事象が起こるやもしれませんね……」
 不吉なことを言う少女に、誓は黙ってしまう。
 それを考えれば一番不安になるのは妹のことだ。
(じゃあ……妹はどうなるんだ? 月乃の言っていることが正しいとするなら……?)
 妹を護ると決めている誓にとって、不吉なことなど起きてはならないのである。
 月乃はさっさと歩き始めた。それに誓はついていく。もちろん、彼女の負担にならないように力を封じて。
 それを肩越しに冷ややかに見てきた。
「…………もういいですよ、そうやって封印されなくとも」
「? どうしてだ?」
「あなたの『気』には慣れましたから」
 前を向いて歩く月乃に、誓は尋ねる。
「……さっき言ってたことだが」
「……はい」
「月乃はどうなんだ? 見たところ、強力な退魔士だろう?」
「………………」
 無言で歩く月乃は、変わらぬ態度で口を開く。
「私はできないことのほうが多いですから」
「できないことのほうが……多い?」
「……退魔士としての能力が優れているだけで、一般の方から見れば劣っているところは多いですよ」
「そう、なのか……?」
 なんでもできそうに見えるのに。
 月乃は、足を止めて武器を手にする。
 気配が散乱していることに誓が気づいた。
「どうなってるんだ……?」
「植物が原因だと思っていたんですが……どうやら別のようですね」
「っ! 危ない!」
 誓が月乃を突き飛ばす。
 突き飛ばした誓は腕に鈍痛が走り、顔をしかめた。
 周囲の木から伸びた枝が、思い切り彼の腕を叩いたのだ。その衝撃で腕の骨は折れただろう。
 くら、と目まいがした。これくらいの傷で意識が混濁することなどあるはずないのに。
 誓は霞む視界で、月乃が驚いてこちらを見ているのに気づく。
(良かった……)
 彼女は無事のようだ。



「……さん、月宮さん」
 声に気づいて誓はゆっくりと瞼を開けて視線を動かす。
(……まぶしい……)
 はっ、として起き上がる。突っ立ってこちらを見下ろしていた月乃は、微かに眉をあげた。
「月乃、ケガはないかっ?」
「…………はあ?」
 怪訝そうに呟く月乃の状態を見て、誓は安堵する。
「良かった……無傷だな」
 衣服は所々裂けていたようだが、月乃にケガはないようだ。
 彼女は呆れる。
「ご自分のほうがひどいケガですが?」
「あ……そうだった」
 今さらのように自身の傷を治癒する誓を眺め、月乃は嘆息して側の木に背を預けた。
 誓はちらりと月乃を見る。
「敵は……?」
「封じました」
「…………そうか」
「土に含まれたものが、元凶でしたので」
「土?」
「人骨が埋まっていました」
 さらりと言う月乃の手は、確かに泥で汚れていた。どうやら掘り返したらしい。
 風で揺れる葉の音。
 しばらく二人は無言でいたが、口を開いたのは月乃のほうだった。
「どうして私を庇ったんですか?」
「…………やりたくてやった事だ」
「それは答えになっていません」
「…………」
 誓は苦笑する。
「実は俺、妹がいるんだ」
 たった一人の、大事な妹。
「大きな力が幸せに繋がることはないって、俺も思う。俺の妹は、俺より強い能力を持ってるんだ」
「…………そうですか」
「その妹を、護ってやりたいって……ずっと思ってる」
 妹を不幸せな出来事から遠ざけてやりたい。
「余計なお世話かもしれないが、俺はそう思ってるんだ」
「幸せな妹さんですね」
「だから」
 誓は月乃を見る。
「月乃の力にもなりたいと、思っている」
「…………なにを言っているんです」
「一人で抱え込まないで欲しい」
 立ち上がる誓は、月乃に近づいていく。彼女は不愉快そうに木から背を離して身構えた。
「俺は月乃のことをわかってやれないと思う。だが……そうやってなんでも抱え込むのは辛いだろ?」
「余計なお世話です」
「……俺がやりたくてやるだけだ」
 微笑する誓を、理解不能な生物のように月乃は見ている。
 手を伸ばす誓。一人で頑張るなと、彼女の頭を撫でようとしたその手を、すいっと月乃が避けた。
「私は無理などしていません」
「月乃……」
 月乃は冷たく誓を見る。
「無理をしているように見えますか? 憑物退治を苦にしているように見えるんですか? 私は嫌々やっているとでも?」
「…………」
「私は東京に来てから憑物退治しかしていません。退魔士の私にはこれが仕事……」
 次第に月乃の視線が鋭くなっていく。
「哀れみですか? そうやって上から見たような言い方は不愉快です……!」
「そんなつもりじゃ……」
「私はあなたの妹ではありません。あなたの妹さんのように、護ってもらわなくとも結構です。一方的な思い込みで、私が苦しんでいるように言うのはやめてください!」
 す、と誓に向けて漆黒の刀の切っ先を向ける月乃。
 ぎしりと彼女は歯軋りした。怒りが音となって誓に届く。
「助けてくださったことにはお礼を言います。ですが覚えておいてください。私は憑物退治を苦になどしていない。慰めなど、不要です」
「月乃……」
「協力を申し出てくださるお気持ちは大変有り難いですが……何か誤解をしていらっしゃるようですね」
 軽く跳躍した月乃はそのまま枝の上に着地し、そしてきびすを返して枝から枝へと跳んで去っていった。
 それを眺めていた誓は、己の手を見下ろす。
 撫でようとした行為を月乃は拒絶した。完全に。
「一方的な思い込み……か」
 いつも一人で。一人ぼっちだったからそうだと思っていた。一人で憑物退治は苦しいだろうと。
 だが月乃は一度たりともそれが苦しいだの、やめたいだの口にしてはいない。「辛いこと」だと、誓が勝手に思っていただけだ。
 苦笑する誓は、拳を握った。
 あれほど激しい怒りを、月乃は持っていたのだと……安心したからだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4768/月宮・誓(つきみや・せい)/男/23/癒しの退魔師】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、月宮様。ライターのともやいずみです。
 怒りを出すほどにはなっていますが……すみません。どうにも月乃にとっては逆効果になっていることが多い……ようです。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です!