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Calling 〜炎魅〜
「さ〜ってと」
ぱんぱんと自分の手から砂を落とし、鷹邑琥珀はにっこり笑う。
「仕事はこれで完りょ……ん?」
ぴりっと痛みのような感覚を感じた。琥珀は足をそちらに向ける。
「ここ、か……」
怪しげな気配を辿った先には、大きな屋敷がある。
「……しかし、でかい屋敷だなぁ」
門は錆びているうえに、右半分はとれていた。覗き込むと庭は荒れ放題になっている。
ん、と琥珀は気づいた。
屋敷の玄関の大きな扉を開けている人物がいるではないか。
黒い髪と、黒の制服。見間違うことはない、あの後ろ姿は。
(あれ……もしかして、遠逆さん?)
どうしてこんなところに?
不思議そうにするものの、合点がいく。
彼がいる理由は一つしか思い当たらない。
憑物、だ。
そう考えれば自分が感じた気配のことも説明がつく。
す、と入って行く和彦を追って琥珀も足早に歩を進めた。
*
「遠逆さん!」
呼ばれて振り向いたのは、やはり和彦だった。
扉を閉めている琥珀に気づき、彼は呆れたような目をする。
「なんだあんたか。こんなところで何をしてる?」
「そんな邪険にしなくてもいいじゃないか。あ、と……あのさ、遠逆さんって言い難くない?」
「…………勝手にそう呼んでるのはあんたじゃないか」
「和彦って呼んでもいいか? 差し支えなければ」
「……差し支えなどしない。勝手にどうとでも呼べばいい」
面倒そうに言う和彦は玄関先の調度品から手を離す。
「怪しい気配に気づいてきたんだけど…………やっぱり憑物?」
「そうだ」
彼ははっきりと言い放ち、黙々と何かを探している。琥珀は首を傾げた。
「何を探してるんだ?」
「屋敷全部がヤツの支配下らしいからな。一つずつ調べている」
「…………要になってるものを、か?」
そう言われてみればなんだかこの屋敷はおかしい。全てが怪しいのだ。
どこか強い波動を感じるというわけでもなく、ただ平坦に……どこも同じように異臭を放っているように感じるのだ。
原因、がわからない。
ふいに和彦のすぐ後ろの壷が浮かび上がった。あ、と琥珀が声をあげる。
壷が和彦目掛けて勢いをつけて飛んだ。それに気づいた彼が振り向いて拳を振るう。
壷が派手な音をたてて砕けた。
「うわ……。だ、大丈夫か、拳……?」
「これくらいなら問題はない」
と。
周囲の物が次々に浮かび上がる。
<カエレ……>
屋敷に低く響くその声に、琥珀は周囲を見渡す。まるで屋敷そのものの声のような錯覚さえ、ある。
だが必ず本体があるはずだ。
<カエレ……カエレ……>
「うるさいっ!」
和彦が一喝した。思わず琥珀はびくりと反応する。
(び、びっくりした……。和彦ってこんな大きな声、出せたのか……)
屋敷の声は一瞬押し黙るが、すぐに言ってきた。
<ジャマダ……カエレ……オマエラハ……ジャマ……>
「こちらにとってはおまえが邪魔だ!」
またもはっきりと言い放つ。
「お、おいおい和彦……」
「小者の分際で、偉そうに言うな!」
琥珀を無視して和彦は怒鳴るように言う。さすがにまずいだろ、と琥珀が天井を見上げた。
「か、和彦……?」
「…………」
無言で様子をうかがっている和彦だったが、屋敷が低い唸り声をあげたのにニヤリと笑う。
疑問符を浮かべる琥珀に視線を遣り、彼は言った。
「これで見当をつけやすくなっただろ?」
「え? そ、そうか?」
「怒りの波動は感知しやすい」
びっ、と琥珀の頬を何かが掠める。手をやると痛い。血まで流れている。切り傷だ。
「???」
何で攻撃されたのかと琥珀はきょとんとするが、目を見開いた。
皿だ。壊れた皿で攻撃されたのである。
浮いた皿が琥珀の頬を掠めたのであった。
「怒らせたのは逆効果だったんじゃ……!」
「さて。それじゃあな」
さっさと駆け出す和彦に、琥珀は声をかける。
「ど、どこ行くんだよ!?」
「探しに」
「えっ、あ、俺も手伝うって!」
じゃあ俺こっち、と琥珀が和彦と反対方向に指を向けた。それを肩越しに眺めて和彦は目を細める。
「勝手にすればいいだろ」
「相変わらず……冷たいヤツ」
苦笑する琥珀のことなどお構いなしに、和彦はドアを蹴破って行ってしまった。
残された琥珀は周囲を一瞥して言う。
「さーてと……じゃあ、こっちも行きますか」
浮かんでは襲い掛かって飛んでくる物を、琥珀は片っ端から避け、叩き落していく。
彼の召喚した式神が彼を護る。
「一階はそろそろ終わりか……。次は二階だな」
琥珀は元の道を戻り始めた。その際に、壊れた写真立てが目に入って思わず足をとめる。
「……ここに住んでた子かな……」
庭のバラ園を背に笑っている少女。すでに写真は色あせ、擦り切れていた。
ひやりと背筋が寒くなる。
<たすけて……>
声がきこえた。琥珀は振り向く。
だがそこには何もない。誰もいなかった。
走る琥珀は、階段のところでばったりと和彦に出会う。
「あ!」
「なんだその顔は」
「いや、ここで会うって思わなくて」
「…………目的は同じ二階のようだな」
階段を駆け上がりながら、琥珀は尋ねる。
「一階にはなかったみたいだな?」
「ああ」
「あのさ……変な声、聞こえなかったか?」
「変な声?」
琥珀は頷く。
「女の子の……弱々しい声っていうか……」
和彦が目を見開いた。だが彼はすぐに元の無表情に戻り、二階へと足を踏み入れたのだった。
*
二階へあがっても状況は一階の時と同じだった。
ありとあらゆる物が浮いては襲ってくる。ベッドが飛んできて琥珀は式神に命じて攻撃し、破壊した。
「容赦がねぇな……こっちを殺す気かよ」
「…………」
無言で反応しない和彦は、不愉快そうに眉間に皺を寄せている。
「おいっ! うしろ!」
琥珀の声に反応したのは右腕だけだ。彼の刀が一閃し、飛んできたテーブルを分解する。
(鮮やか……!)
すげぇ、と琥珀は感心した。
「? 和彦、どうかしたのか……?」
「……べつに」
「さっきから眉間に皺寄ってるぞ?」
「…………べつには、べつにだ」
ぴた、と足を止める。
「先に行け」
「え?」
「…………俺はやることがある」
くるりと和彦は方向転換し、歩き出した。
琥珀は首を傾げる。
奥の寝室。そこにも何もなくて。
琥珀ははあ、と大きな息を吐く。
<たすけて……>
また、だ。
顔をあげると、湯気のような霊気を出す半透明の少女が立っている。あの写真の娘だ。
「キミは……?」
<たすけて……。ずっと、つかまってる……>
消え入りそうな声で訴える彼女に、琥珀は近づく。
「ずっと?」
<ずっと……>
涙を流す少女。
すう、と消えた。ぎょっとする琥珀はさらに振り向いた。
壁に染みができている。それがじわじわと広がっていく。じわじわと……。
天井まで広がるそれが、垂れた。落ちてきて、琥珀は顔をしかめる。
それは血だ。
(幻?)
カッと目を見開き、琥珀は精神を統一する。
こんな手に引っかかるような琥珀ではない。
「俺も……なめられたもんだ」
式神に命令を出す。攻撃をする先は視えている……!
「…………行け!」
琥珀の合図で彼の使い魔は駆けた――!
壁を打ち砕くと、屋敷が悲鳴をあげる。軽い振動まで起こった。
そして、その壁の崩れた先を見て琥珀は動きを止める。
「うそ……だろ?」
崩れた壁の先には、人骨がコンクリートに埋められていたのだ。
駆け寄る琥珀は、うかがう。
「これ……もしかして、さっきの女の子……?」
<デテイケ……!>
大きな声が轟いた。琥珀が顔をあげる。
<サワルナ……! サワルナ! デテイケェェェ!>
「おまえか! このコをこんなにしたのは……!」
<ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ!>
上を敵視するように見る琥珀に、声がかかった。
「もういい」
「和彦!?」
「…………見つけた」
「は?」
和彦がす、と出したものはリボンだ。汚い、あせたリボン。
はらりと手から落とし……それを刀で貫いた。
悲鳴があちこちからあがる。
「な、なんだ……?」
琥珀の足もとに少女の幽霊が姿を現し、涙を流して首を横に振った。
「消えろ」
和彦が冷たく言う。
「そんな言い方ないだろ!」
「…………」
無言で巻物を開くと、幽霊の少女が消え失せた。
咎めるように見る琥珀に、和彦は冷たく言う。
「あの娘が元凶だ」
「なんだって……?」
「…………」
「だってこれ……あのコの骨……で」
「だから、この屋敷から出られずに……歪んだんだ」
驚愕する琥珀は、ゆっくりと…………埋められた骨を見る。
*
帰り道、琥珀は無言で歩いていた。
「……なんだ。落ち込んでるのか?」
「……まあ、うん」
横を歩く和彦の言葉に、曖昧に頷く。
「…………そういえば」
気づいたようにぼんやりと言い出す琥珀。
「初めての時も、一人だったよな?」
「なにがだ」
「和彦がだよ。一人で戦ってた」
「…………」
「誰かと組むとか、しないのか? なにかまずい理由でも?」
「そういう理由はない。だが、誰かと組むとかそういう考えはないな」
はっきりと彼は言う。
「どうして?」
「そういうタイプじゃない、俺は」
素っ気なく言う和彦。
「じゃあ俺が協力するのは、どうだ?」
「……は?」
「言ってただろ? お人好しだって」
微かに笑う琥珀を見遣り、和彦は呆れる。
「お節介に変える」
「ははは。お節介か」
「…………手伝うのは勝手にすればいい。俺も止めはしない」
「そっか」
「だが、はっきりとあんたと組むとは言えない」
「なんで?」
「…………俺は遠逆の退魔士だから」
遠くを見るように言う和彦は、哀しく笑った。
「ありがとう。その言葉だけで……少しは嬉しいよ」
ゆっくりと琥珀を見てから彼は足を止める。琥珀は数歩先に行ってから振り向いた。
夕暮れの中、和彦は微笑んでいる。
「一人で戦うのは辛くないんだ」
「……?」
「これは俺の問題だから。俺だけの、問題だから」
しゃん、と鈴の音がした。和彦の姿が忽然と消えている。
残された琥珀は、哀しそうに微笑した。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【4787/鷹邑・琥珀(たかむら・こはく)/男/21/大学生・退魔師】
NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、鷹邑様。ライターのともやいずみです。
和彦が徐々に心を許し始めた形になっております。いかがでしたでしょうか?
和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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