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鍵屋智子はタイムマシーンに願う
その機械が空想されたのは、比較的新しい部類である。けれど願いとしては、きっと太古へと遡る。そう、時よ戻れ。
後悔は、先に覚える者はいない。後悔は、延々たる過去への執着だ。ああどうして忘れ物をしたのか、あの時言う事を聞いておけば、目覚ましのスイッチさえあれば、
あの人を、失わずには。
延々たる過去への執着は、きっとその事の塊だろう。我が身について思いを寄せるからこそ、最愛の者を失った事の思いは、強いから。だから、タイムマシーンは夢見られた。妄想の類だった、想像の、
けれど科学者は、夢想から始まる。
常識を殺す為に呼吸をしている。だから、少女は作り上げた、そう、作り上げた、
タイムマシーン。これさえあれば、今を、
未来を変えて、
「未来を変えられない」
、
このタイムマシーンは、正確には時を戻す機械じゃない。
過去に起こった出来事を忠実に舞台として再現する、機械だ。何百もの生体部品、何千もの霊、アンティークショップにも足を伸ばした、けれど出来たのは――タイムマシーンもどき、
生体と霊を乗算するように配置、無料対数の願いを、核霊とする。解りにくい彼女の言葉、結果は、
望む過去を再現した異界を作れるだけ。だから、異界にいっても、それは異なる世界の出来事、
過去の自分に、科学者をやめろと言って、彼女がそうしたとしても、
「私は変えられない」
過去の自分に、例え、
ティース・ベルハイムを殺さないよう、行動して、そうしたとしても、
「変え」
、
「られない」
心を檻に囚われている彼女は、
絶望を知っても、造り続けるしかなかった。別の願いを取りやめさす命令がこなかったのなら、続けるしかなかった。この世界で、
ティース・ベルハイムの居ない世界で。
私を認めようとしない愚者達が蔓延する世界で、一人、愚鈍なる言葉で話しかけてきた男、魔法、
非科学という科学を知らない、男、愚か者、愚か、者、
ああ、
「失って、悲しい」
そんな当たり前の感情へ、当たり前の答えへ、ようやく導けた天才は、一年前、という異界を作る。
――第三次世界大戦
死に場所なら、ここだっていい。けれど私は愚か者なのだ。
あの愚か者よりも、凄惨に死なねばならないのだ。
◇◆◇
何時だって世界に声は溢れ、歌よりも遥かに声は溢れ。
けれど、どうした事だろう。
シュライン・エマにはそれが、その音が、奏でのように聞こえていた。
あの時も――
とてもとても小さな身体の、紅い水に浸る小さな身体の、
同じ長さの花を置かれた、小さな身体の、
あの子供からも。
◇◆◇
高峰沙耶は、微笑している。たとえ一人きりでも愛猫の黒い背中を撫ぜ、それは誰にも見られないという一時、訪問者には未来永劫目で掴めぬ、彼女の姿。
テーブルに、置かれたリスト。
空想する。確かにある事を、優雅に妄想する。三年後という異界の、
三年前、という異界の自分を。
――それはもしかしたら今彼女が、求めて彷徨っているだろう場所
「もしかしたら」
今頃、会ってるかもしれないわと呟いて、猫の背を撫ぜる。きっとそれは確信だったのだろう、だって、
三年前という、タイムマシーンの作り出した異界、
シュライン・エマは、高峰にリストを渡す、自分を眺めていて。
◇◆◇
二年半前。
◇◆◇
タイムマシーン、引き寄せられて、知りたい事が、あったから。
過去に戻りたくて――研究所に部外者として居る
当事者たる自分を眺めて。
……草間武彦が出て行ってから、半年後の行動。曖昧なれどこの景色は、深層の記憶としかりと重なる。だけれど、やりとりの意味は解らない。
「もしも私に何かがあったら」
そう言って、今の自分よりも、まだ確かな、
「このリストを、渡してください」
けれど確実に虚無へと、無気力なる自分への傾向が現れている自分の行為。リストを渡している三年から半年後経った自分の行為。これは、なんだっただろう。そもそもあのリストに記載されているのは、また、あのリストは誰の手に渡らす為に、高峰女史に「託したのかしら」
ゆっくりと出した声に、気づく、二年半年前の異界の住人であるエマ。まるで全知なのだろうか、ただ微笑を浮かべる高峰。だけどその時にはもう、彼女達は、いいえ、この異界は薄らいでいく。
もう少し戻らなければ、解らないのかもしれない。自分が何を知りたくてここに来たかも。その願いに、タイムマシーンは、素直に反応したから、新たな異界を作り出す。
◇◆◇
二年七ヶ月前。
◇◆◇
まだこの頃はいわゆる世間に、死が顕著では無かった。いや、確かに人はとても死にやすかったけれど、三年後に比べればまだ緩やかで。
気にかかる事がある。それは、
産婦人科に自分が赴いて、笑顔で何かを、婦長から聞きだしている事。あの手この手なのか、あるいは職業的な力か、ともかく、まとめている情報は、母子の生存情報だった。それをリストにしていた。死にいく世界で、彼女のしている事。
それだけが、気にかかる事では無い。それだけじゃ無いのだ。どうしてだろうか、
「病院の方の私にかける声が、気遣うように僅か、震えている」
その声に気づくのはシュラインだけじゃない、彼女と瓜二つの自分に対して驚愕を隠せない婦長と看護士、だけどその時にはもう、いいえこの異界は薄らいで――もう少し戻らなければ、もう少し、
、
音が、聞こえて来る。
子供の笑うような声のような音が。
◇◆◇
二年八ヶ月前。
◇◆◇
魔物の爪に貫かれた訳、じゃなく、
人気の無い道でバイクに跳ねられて、息が深海の空気のように薄くなった、子供。助からない子だとシュラインが確信するのは、本当にそうだったから。経験している事。
必死になって、なんとか命を繋ぎとめようとする自分。小さな子に、人工呼吸も試みて、だけど結局届かず、救急車の音から解る到達時間の長さに喘いでいる自分。声を聞いている、苦しい声を、どうすれば助けられるかを必死で考え、
、
音がした。
子供の笑うような声が、した。
……呆然とする、死に掛けの子からはけして聞こえぬはずである音。呆然として、みつめるかつてのシュラインに対し、今のシュラインは、解る。そうだ、この音を探していたんだ。
死が夏の星空の星の如く、悪魔のように溢れてるあの時と違って、
ここでは、良く聞こえるから。
耳を澄ませる。
この声は、声のような音は、何時しただろう。
ああ、もしかして、
もうすこし前。そう、祈って、
彼女は。
「……私の」
私の中から、
◇◆◇
三年前から幾月。
◇◆◇
「私の中から、色々零れだしたのは、一体何時だったかしら」
産婦人科に居る。産婦人科の医院に居る。
「居たはずの、一緒に過ごした、大切な人との記憶もおぼろげで」
草間武彦という人が居た。でもこの時にはもう、彼は興信所には居ない。
「きっと、」
記憶が、零れていくのは、記憶だけじゃない何かも、落として行くのは、
「扉が開いているの」
だって、だって、
「その扉を閉める鍵は、何時も気になるものにあるの」
朗々と声は続く、暗い一室で声は続く。線香の煙、
「また、この時を見たのなら」
捧げられる、花、
「扉は見つかるのかしら」
声が聞こえる。
「鍵も、拾える？」
子供の笑い声が聞こえる。
聞こえる、
水子、から。
（生まれる事がかなわなかった、赤ちゃん）
この場所は、本当だろうか。彼女の脳が生み出す、幻覚だろうか。三年前から幾月という事実の再現か。
……どちらにしろ、目の前の命だったものが、
シュラインと、大切な人との、命だったとしたら――
今のシュラインが虚ろになって、あの大切な人の姿も、忘れていっているのは、
ショックだったから？ 単純に、そうだったから？
大切な人を失っても、大丈夫だとは思っていたけど、寂しかったから、だからあの人との繋がりである命を更に失ってしまって、
鍵が、扉から抜けた。
扉から、色々な物が零れていく。
零れて。
ならば鍵は目の前にある。
原因を、思い出す。失った悲しみを、あの人が居たからこその悲しみを、思い出しす鍵は、
心を、喪失から免れる鍵は、
そういう事なのだろうか――
――見当違いなのだろうか
今の自分が、この場所の三年後の自分が聞いていた声は、この場所からの声だったのか。それとも三歳以下の命の、それぞれの声だったのか。シュライン・エマ、答えは、
奇行は、
「……時間」
、
「零ちゃん、心配する前に、帰らないと」
タイムマシーンは、素直に反応する。
◇◆◇
奇行は、続いている。
◇◆ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ◆◇
0086／シュライン・エマ／女／26／翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト
◇◆ ライター通信 ◆◇
ギリギリまで納品日数を延ばしておきながら、更に遅延を重ねてしまい、大変申し訳ありませんでした。
尚、一応の仮予想はたてていますが、実際にこれが答えで確定ではなく、プレイング内容を出来る限り忠実に、謎は謎の侭にしたつもりですので、“異界の死にかける三歳以下の命から声が聞こえる”事についてはともかく、“シュライン・エマ事態の虚無進行問題”及び“扉鍵問題”については、次プレイングの機会がある際、相変わらずそちらの手に委ねられます。
[異界更新]
答えと謎、今だあやふや。
シュライン・エマの奇行に関しては、詳細にまとめるかもしれません。異界の展開に関わるかはともかく、他に無い切り口ゆえ。
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