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<東京怪談ノベル(シングル)>


『オリオン座の下で』


「あ、月奈先輩、こんにちわぁー」
「こんにちは」
 元気な声で挨拶をしてきた後輩に月奈はにこりと極上の微笑みを浮かべる。
 風間月奈。誰にでも優しい彼女はクラスメイトにも『シスター』と呼ばれるほどに慕われているし、また後輩にもこうして人気と信頼があった。
 それが彼女の徳。
 3年間、この高校で過ごしてきた誰にも優しくし、親身になっていた月奈の時間の表れ。
 あっという間に過ぎた時間だけど、でも確かにそうやって過ぎた時は月奈に色んな物を与えたし、それに月奈の周りにいる者たちにも色んな物を抱かせていたのだ。
 だけどそんな高校生活とも直にお別れの時を迎える。
 今は1月の半ば。3月の頭には卒業式がある。
 それを月奈自身も寂しく想うけど、でも彼女以上にそれを哀しんでいる後輩たちが月奈に駆け寄ってきて、挨拶をしてくれて、中には感極まって泣き出す者まで居て、月奈を感傷的にさせた。
 渡り廊下の真ん中、暖かな陽だまりの中で後輩たちに囲まれて話をしていると、このままその時が永遠に続いていくようにも感じられた。
「あら、風間さん、どうしたの? あなたは自宅待機組みでしょう?」
 昼放課終了のチャイムと共に職員室がある北館から渡り廊下を歩いてやってくる女教師が不思議そうに小首を傾げる。
 教師が来たら教室に行かざるを得ない後輩たちは名残惜しそうに月奈に挨拶をして駆け足で教室へと帰っていって、それを微苦笑を浮かべながら見送った月奈は女教師に向き直った。
「はい。ちょっと友人に用があるから来て欲しい、と頼まれたもので」
 この時期の3年生は2つに別れる。変わらずに高校に来る一部の生徒に、自宅待機をする生徒。
 月奈は後者。大学部への進学を決めている彼女はもう学校には来る必要は無いので、自宅待機組みとなって自宅で時間を有意意義に過ごしていた。もしくは知り合いの孤児院に行って、そこで子どもたちの面倒を観ていたり。
「そう。何かしらね?」
 教師は少し考えて、それから肩を竦めた。
「まあ、しっかりとね」
 ぽん、と月奈の肩に手を置いて彼女はにこりと微笑む。それは月奈への信頼の表れだった。
「はい」
 頬にかかる髪を掻きあげながら去っていく女教師の背に頭を下げて、月奈は教師と別れると中庭を横切って、南館に入り、すぐそこの階段を上る。南館3階右隅に音楽室はあった。
 そこに月奈を呼び出した皆は居るはずだ。
 音楽の授業はこの時間は入ってはいない。
 普通教室2個分の広さ。防音は完璧。
 故にちょっとばかし騒いでいても大丈夫。
 それにしても一体なんだろう?
 月奈は不思議に想いながら音楽室の扉の前に立った。
 こんこん、と音楽室のドアを叩いて、中に入る。
 止む、演奏。
 小首を傾げる月奈。何もやめちゃうことは無いのに。
「続けないの、演奏?」
 すると何故か皆がぶんぶんと顔を横に振った。
「とんでもない。今はあなたと交渉する方が先ですもの」
「はい?」
 まるで月奈を待ってましたと言わんばかりに、『あ、月奈。悪いんだけどさ、今日ちょっと月奈にお願いがあるのよ。だから午後から学校に来てくれないかな? 音楽室で待ってるから』と言ってきたクラスメイトであり、そして何度か助っ人として参加した合唱部の部長の友人と吹奏楽部の部長の友人が月奈の前に飛んでくる。
 わずかばかりに後ろに身を引いて赤の瞳を瞬かせる月奈。
「交渉、って何よ?」
 ぱちん、と両手を顔の前で合わせて拝む合唱部部長の友人。
「今度の演奏会、また助っ人して出て欲しいの」
「今度の演奏会?」
「そう。合唱部も、吹奏楽部も今度の演奏会で終わりなの。引退なのよ、あたしたち3年生は」
「うん、それは知ってるわよ」
 こくりと月奈は頷く。
 その月奈に合唱部部長の友人は身振り手振りを交えて情熱的に訴えてくるのだ。
「そう、引退。だからあたしたち両部の3年生は後輩にメッセージを贈りたいのよ。これからあたしたちの後を引き継いで部を引っ張っていってくれる彼女らに。だからお願い、月奈。協力して。メンバーが足りないのよ」
 なるほどよく見れば音楽室にいる両部のメンバーは皆3年生だ。
 でもそれなら自分は混ざらずに純粋に両部だけの3年生でやった方が良いのではなかろうか? たとえ人数が少なくとも。
 そんな月奈の心の声が聞こえた様に吹奏楽部の部長の友人が両拳握って言う。
「うんうん。それにね、シスター。これまで何度も演奏会に助っ人として参加してくれたシスターの歌声にファンになっている後輩は何人も居るのよ。吹奏楽部にも、演奏額部にも。っていうか、この学校の生徒全員、ひょっとしたら月一の演奏会に来てくれている近隣の方にも居るかも…っていうか、居ると想うから、だからお願い。そんな皆にもシスターの歌声を聞かせてあげたいのよ」
「そう。だから月奈、お願い。これが最後だから、最高の物にしたいの」
 最後だから最高の物にしたい、
 部を引き継いでがんばっていってくれる後輩に激励を贈りたい、
 そういう彼女らの想いは月奈にも痛いほどにわかった。
「もう、すごい剣幕ね」
 ひょいっと両肩を竦める。
 それから月奈は合唱部部長の友人と吹奏楽部部長の友人の顔を平等に眺めてにこりと微笑んだ。
「了解。いいわよ。ボクも参加する。敵わないよ、二人には」
 その言葉に二人は顔を見合わせて、そして同時にものすごく嬉しそうな笑みを浮かべると、これまた同時に月奈に抱きついた。
「うわーん、ありがとう、シスター。愛してる」
「月奈、あたしも愛してるわよ」
「はいはい。ありがとう。ボクも二人を愛しているよ。だから本当に最高の演奏会にしようね」
「「うん」」
 頷いた部長たち。
 それから両部の部員たちも月奈を取り囲んで、喜び合う。
「ありがとう、月奈」
「がんばろうね、風間さん」
「実はあたしたち自身もシスターと最高の思い出が作れて嬉しいかも」
 そんな声に月奈自身も感謝する。
「うん、ボクも嬉しいよ。皆一緒にがんばろう」
 皆で頷きあって、それから合唱部の部長が黒板にさらさらと演奏会でやるプログラムを書いていき、吹奏楽部の部長が歌詞カードを月奈に渡して説明をしてくれる。
 それはどれも月奈自身にも楽しい思い出がある唄ばかりであった。
「そしてラストがこの曲よ」
「これはオリジナル?」
 歌詞カードを見て、月奈が驚いた声をあげる。
「ええ、そう。皆で案を出し合って、完成させたの」
「ほとんどが部長がやったのだけどね」
 ぽんと背中を叩かれた吹奏楽部の部長が照れた表情を浮かべる。確か彼女は有名な音楽大学への進学が推薦で決まっていたはずだ。
「さすがね」
「ありがとう。シスターに褒められると、素直に嬉しい」
 彼女はそう言うと、他の皆が「えー、あたしたちじゃ、そうじゃないのぉー?」とぶーたれ、そして当然のように彼女はなんの躊躇いも無く頷くのだ。
 それで上がる皆の楽しげな笑い声。
 月奈も笑う。
 本当に楽しい空間。時間。
 皆と何かひとつの事をやる時の一体感が好きだ。
 そしてそれをやり遂げた後の達成感、皆とそれを喜び合う瞬間。
 そういうのは本当にとても愛おしいモノだと月奈は想うから。
 だから彼女はあらためて皆を見回して、ありがとう、と口にした。
「うん。じゃあ、始めようか」
 合唱部の部長がぱちん、と手を叩く。
 それが合図。皆はいつもそれを合図にして事を始める。
 練習が始まる。
 久しぶりの緊張感と心地良さを感じながら月奈は皆と一緒に吹奏楽部の音楽に合わせて声を出した。


 
 +++


 すっかりと日は暮れていた。
「わぁー、もうすっかりと真っ暗だねー」
「ごめんね、月奈。演奏会が終わるまでは大抵この時間。ほら、後輩を帰してから、うちらからの激励の歌の練習をしなくっちゃいけないからね」
「うん、わかっている。大丈夫だよ」
 合唱部部長の友人と一緒に並んで歩いていく。
 1月の半ば。すっかりと日が暮れた空気はとても冷たい。
 それでもそんな冷えた空気はひどくクリアーなもので、見上げた夜空に瞬く星々はとても綺麗に見えた。
 オリオン座が輝く空の下、白い息を吐いて二人でお喋りしあう。
 そう、月奈も普通の少女なのだ。女子高生。
 そういう事を月奈自身がこうやって友人と一緒にいる空間で再認識する。それが彼女にはとても嬉しく、幸せで、本当に幸福な事。
「もう直に卒業なんだよねー、うちら」
「うん。早かったね、3年間。あっという間だった」
「そだね。それでもあたしの3年間は有意義だったよ。良い想い出もたくさん作れたし、何よりも月奈と出逢えた事が良かった」
「え?」
 突然の告白にほんのりと月奈は頬を赤くする。
「いきなり何よ?」
「だってさ、月奈みたいな綺麗な声を出す人に出逢えたんだよ? それがすごく嬉しかったんだから。うん、嬉しかった」
 そう言いながら夜空に輝くオリオン座に手を伸ばす彼女。
「月奈を見るあたしの目は羨望、憧憬、そして嫉妬」
「………」
「月奈の声を聞いた時にね、あたしは頭を殴られたような衝撃を覚えたの。とても綺麗で澄んだ、優しい声。あたしはそんな声の持ち主である月奈を本物だと想ったの。それがすごく嬉しかったのよ。実際そうないよ? たかだか十数年生きたぐらいで本物に出逢える人なんて。だけどあたしは出逢えた。そして友達になれた、そんな月奈と」
「うん」
「そうして横に立った時にあらためて月奈の凄さをわかって、本当に月奈は凄いって心の底から憧れて…」立ち止まる彼女。
「それからちょっとそんな月奈に嫉妬したの」
「うん」
 立ち止まる彼女を振り返って、頷く。
 そして彼女はどこか照れくさそうに微笑んで、両手を夜空に伸ばした。
「そんな自分が嫌だったぁー。だからあたしはがんばったの。年頃の女の子なのにお腹の筋肉が割れるぐらいまで腹筋をがんばって鍛えて、塩水のうがいを毎日やって、そうやってものすごく努力して、そして合唱部の部長にもなったし、音楽大学の推薦も受かってオペラ歌手への夢にも近づけた。そういうの本当に全部あなたのおかげ、風間月奈。あなたが居てくれて、そしてあたしの友達になってくれて良かった」
「うん」
 微笑む彼女に月奈も微笑んだ。
 それから月奈はおどけたように彼女にウインクする。
「じゃあ、これからコンビニで何かを奢ってもらおうかしら、偉大な影響をあなたに与えたご褒美として」
「うわぁ、言っちゃったよ、この人は。普通はあたしの才能が凄かったのよ、とかって褒め称えるところなのに」
「努力の才能が?」
「うわぁーん。先生、月奈さんがいじめますぅー」
 そうやって二人、手を繋いで、くすくすと笑い合いながら楽しそうに帰っていった。
 高校生という時が終わる頃を目前に控えたある肌寒い冬の日に。


 主よ、我の愛しき者たちの未来にどうか光を与えたまえ。エィメン。



 ― fin ―



 ++ライターより++



 こんにちは、風間月奈さま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回はご依頼ありがとうございました。^^
 前回ツインシチュで書かせていただいた月奈さんの日常とはまた違う日常の一場面、いかがでしたでしょうか?
 お気に召していただけていましたら幸いです。^^


 合唱部の助っ人、という事で書かせていただいた今回のこのノベル。
 月奈さんの人なりを感じさせられるノベルにしたいと想い、今回のように書いてみました。
 やっぱり後輩たちや教師の月奈さんへの信頼は設定から窺えますし、それに月奈さんのような人は友人にも色んな良い影響を与えているのだろうな、って想像しました。
 月奈さんの人への接し方、想い、事への姿勢、そういうのが与えた影響、そしてそれを目の当たりにした月奈さん、それを書けるのは本当にライターとして嬉しかったです。
 やっぱり月奈さんの高校3年間の時間の集大成を書けたのですから。すごく感慨深い一場面、そうなれるようにラストを書きました。^^
 何かしらのものを感じてくださっていると嬉しい限りです。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。