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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆◇海に沈んだ英霊◇◆

 男はもう一度聞いてきた。
「本当にやるんだな。言っちゃあぁなんだが、一度門を蹴っているからね。一筋縄でいかない奴ばかりだ。暇つぶしの慈善事業なら、もっと他の手があるんじゃないか? 君みたいな立場の人ならね」
 嫌味と皮肉が大盤振る舞いで彩られた言葉だった。いかにも、不愉快にさせようとしているのが見え見えの台詞だ。こんな言葉に煽られて熱くなるほど、セレスティ・カーニンガムの精神は不安定ではなかったし、また幼稚でもなかった。
「法人にはその法人なりの対応がありますし、そこで働く人々の意志もあります。それとは別に、私は私の出来る事、やりたい事をするまでです」
「あんたも喰えない奴だね。まったく隙のない答えだな。インタビュー慣れしている奴はからかってもホント面白くない」
 男はその大きな身体で拗ねて見せる。それは例えようもなく見苦しい。思わず身を退いてしまいそうになるほどだ。
「‥‥まあね。やる気のある奴は路上生活者だろうと、王侯貴族だろうと大歓迎。理由なんてどうでもいいしね。じゃ、頑張ってよね」
 不気味にニッコリ笑いかけ、男は喫茶店の椅子から立ち上がった。

 その人が命を落としたのは100年前だった。丁度その時、日本はロシアと戦争をしていた。日露戦争だ。セレスティには、イングランドが極東の弱小国と同盟を結ぶ事に少し驚かさせたぐらいの記憶しかない。この国の立場で調べてみれば、いつも日本は薄氷を踏む様な生存競争をしていたのだと思う。代理戦争のようなアジアの領地争奪戦も、近隣諸国の者には生と死を賭けた厳しいものだったのだろう。それが是か非か、セレスティには判断出来ない。ただ、そこに戦争があった‥‥そして未だに門をくぐらない死者がいる、それだけの事だった。


 小さな岩礁にその人はいた。ごく普通の知性ある瞳がセレスティを見つめる。夜の暗い海からゆっくりと浮かび上がるセレスティに驚く事もない。海水は緩やかにセレスティの周り回転しつつ離れてゆく。まるで愛おしくて名残を惜しんでいるかのようだ。戯れかかる水の粒が、それでもセレスティに引きよせられるようにして近づいてくる。白い小さな波が足元に微かな波紋を作り、広がってゆく。辺りにはなにもない。空には星と月、そして見渡すばかりの海。そして、人ではない2人がそこにいた。
「こんな場所で誰かに会えるなんて‥‥思ってみませんでした」
 波が洗う岩に立つ人は張りのある声で言った。若々しい姿に相応しい声だった。けれど、月明かりが男の姿を通り抜けて岩を冷たく照らす。
「こんばんわ」
 水をまとわりつかせたまま、セレスティは挨拶をした。
「‥‥ご自分の今の境遇をおわかりになっていますか?」
 月の光にほんのりと銀色に輝くセレスティは静かにたずねた。男はうなづく。
「自分は海戦で戦死しました。この地に漂着してからはここに滞在しています」
「以前、私のようにあなたに道を示した者がいたと思います。それも覚えていらっしゃいますか?」
 男はすぐに首を横に振った。
「‥‥いえ。お恥ずかしい話ですが、自分は当時錯乱状態だったのだと思っています。その頃の記憶はまったくありません。あの、すみません。自分は死んでからどのくらい経っているのでしょうか?」
 少しずつ男の姿がハッキリと浮かび上がる。海兵隊の軍服らしい。けれど、装飾的な部分はほとんどない。生前の階級はあまり高くなかったのだろう。
「ロシアとの戦いから丁度100年です」
「100年!」
 男は驚いた様だった。
「そんなに時間が‥‥それであなたはどなたですか? お見受けしたところによると、日本国の方ではないようですが、それにしては流暢な日本語をお話になる。それとも、100年経った日本では、世界中の誰もがみな日本語を話すのでしょうか?」
「いえ‥‥」
 セレスティは軽く首を横に振った。海から浮かび上がった方法よりも、国の様子が気になるらしい。命を捨てて守った日本の繁栄を願う男の気持ちは理解できる。しかし、嘘はつきたくはなかった。たとえこのまま男が門をくぐり、セレスティの言葉の真偽を知る術がないとしても、だ。
「私の日本語を褒めて頂けるのは嬉しいのですが、多くの外国人は日本語を使えない場合が多いです。未だ世界が認める公用語はありませんが、それらしいのは英語でしょうか」
「英語‥‥ということは、同盟国であるイギリスの言葉でありますか。それは素晴らしい」
「‥‥」
 なんともいえずセレスティは言葉に詰まる。男は理性的ではあったが、好奇心で心が一杯になっているようだ。こんな絶海の孤島とも言えない岩場にいるのでは、それも仕方がない事とも思える。この場所からでは、生きた人間を見る事すら希有な事だろう。
「あなたは自分が死んでいる事をわかっていらっしゃる。となれば、ここにいて良いとは思っていないのではないですか? 日本には輪廻の思想がある。次の生へと向かうべきだとは思いませんか?」
「来世‥‥ですか」
 男は小さく笑った。
「自分にも、来世を誓ったひとがいたのです。もちろん、100年も経ってしまったのでは生きていないでしょうが‥‥」
「その方に会うために、門をくぐりませんか?」
「いいえ」
 男は静かに言った。顔を伏せたまま首を横に振る。
「私は軍人でした。多くの命をこの手で屠ってきました。もしかしたら、ここで船を遭難させたこともあったかもしれません。お国のためにした事ですから従軍した事を後悔はしていませんが、なんの咎もなく来世に送っていただくわけにはいきません」
「100年経ちました。まだ足りないと思うのですか?」
「はい」
「今の記憶を持って生まれ変わる事も出来ます。生まれ変わって罪を償うという事は考えられませんか?」
「それは‥‥」
 セレスティの言葉に男は言葉を途切れさせる。考えている様だった。首を傾げ手を顎にやる。そういう格好をつけるには、男はやや若すぎる。もっとも、死んだ時よりも若い外見をしている可能性は十分にある。

 少しして、男は顔を上げた。まっすぐにセレスティを見る。どうやら心は決まったらしい。
「自分はまだここに残ります。新しく生まれる命に自分の業を背負わせるわけにはいきません。ここから、祖国の繁栄と平和を祈っております」
「決心は固いようですね。わかりました。導魂師として、その選択を認めます」
 セレスティの言葉と同時に、男は更に100年、門をくぐる事がないと決定された。
「また、機会があればお逢いしましょう。その時は導魂師としてではなく、私人として」
「お待ちしています」
 男はサッと姿勢を伸ばし敬礼をする。セレスティは優雅な礼をすると海に抱きすくめられるように消えていった。波が妖しくうねり、そしてすぐにそれも消える。

 何事もない夜の海が月明かりに照らされていた。ただ、それだけであった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/年齢不詳/導魂師免許未取得】
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■         ライター通信          ■
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 東京怪談ゲームノベルにご参加いただき、ありがとうございます。セレスティさんには毎回参加していただき、本当に嬉しく思っています。今回は難易度高めと言う事で、免許皆伝とはなりませんでした。また、機会がありましたらどうぞよろしくおねがいします。楽しみにお待ちしております。