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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


犯人はお前だ!

 古いモノが並ぶ空間というのは、妙に落ち着いた気分にさせる効果がある。そこでは、言葉も、愛想笑いも必要がない。人の手から手へと渡り、さまざまな思いを宿した抜け殻が思い思いに転がっているというのに、否、だからこそ、この静かな空間には他者への干渉というものがない。
 ここ、アンティークショップ・レンの店主もまた、必要以上に客に話しかけることはない。そんな店の雰囲気が東條薫にとっては、心地よかったのかもしれない。
 けれど、その日は違った。
「犯人はお前だ!」
 店の扉を開けたとたん、聞き慣れない男の叫び声が薫を出迎えたのだ。だが、さっと見たところ、店内に他の客の姿はない。
 薫は整った眉をひそめ、カウンターへと視線を遣った。
「……いらっしゃい。いいところに来たね。ちょっとあんた、手を貸してくれないかい」
 店主の碧摩蓮が苦い顔で挨拶をよこす。体重をかけるように押さえつけるその肘の下には、分厚い本が置いてあった。
 薫がちらりと本へと視線を移すと、それを了承ととったか、蓮は本の上に乗せていた手をのけた。
「犯人はお前だ!」
 その本はひとりでに開き、中から血みどろの男が現れて薫をびしりと指差した。状況だけを考えれば、なかなか恐怖心をあおりそうなものだが、いかんせんその男の様子が安っぽすぎた。出来の悪いびっくり箱を開けた時のような、滑稽さと間の悪さだけが際立っている。
 蓮が再び本を閉じれば、血塗れ男もまた、うらめしそうな表情を残してその姿をかき消した。
「……何だ? この本」
 表情にほんのわずかの訝しさを滲ませて、薫が蓮を見やれば、蓮も煩わしそうに溜息をついた。
「こいつは、とある古本屋のへらへら男が持って来たものでね。半分三流ミステリー、半分三流怪談の合わせて六流、しかも書きかけらしくてね」
 言いながら蓮は、後ろの方のページを開いた。確かにそこは真っ白で、何も書かれていない。字のないところには住めないのだろうか、先ほどの男も出てくる気配はない。
「最初に死体を転がしたものの、続かなくなってやめたんだろうね。多分、この死体が犯人に向って叫ぶシーンがあったんだろうが、それも幻と消え、代わりにあいつがところ構わずそれを再現してる、ってとこらしいんだ」
 言い終えると、蓮はやれやれと溜息をついた。なんでこんな中途半端なネタが具現化されるはめになったんだろうねぇ、とぼやき気味に続ける。
「犯人はお前だ!」
 蓮が力を抜いたとたんに、再び本のページがめくれ、あの血塗れ男がびしりと薫を指差した。
「ほう、俺が犯人だと? 根拠は何だ? 証拠と、そこから導き出される推理を聞かせて貰おうか。勿論、人を犯人扱いするくらいだから、出来るよな?」
「……犯人はお前だ!」
 薫が冷ややかに見返しても、血塗れ男は同じ台詞を繰り返しただけだった。
「それしか言わないのかねぇ」
 傍らで見ていた蓮が呆れまじりに紫煙を吐き出した。
 薫は男を無視して、内容を確認すべく、本に書かれている文字へと目を落とした。
 冒頭部分では、夜中の磯で被害者が殴られて昏倒するシーンが、拙くも精一杯さを感じる文体で描写されている。次いで場面が変わって日常風景が少し描かれている。こちらも、ある種のおどろおどろしさを感じさせようとしている意図は見られるが、お世辞にもできた文章とは言いがたい。
 そして、ほどなくして文字は途切れている。被害者以外の登場人物さえ出てこない。途中で投げ出したというよりは、手をつけかけて放り出したと言った方がまだ正確だ。まさしく中途半端もここに極まれり、といった有様だ。書き手がどうしたかったのか、話の流れさえ見えてこない。
「……誰か、話を完結させられるやつはいないのか?」
 完結というよりは、書き下ろしと言った方が正確な気もするが、とばかりに薫は溜息をついた。
「それ、あたしに言ってるのかい?」
 鼻白んだ口調で言うと、蓮は再びキセルをふかした。はなから話の続きにとりかかる気はなさそうだ。もっとも、それは薫も同じことだったが。
「……無駄だろうけどな……」
 再び溜息をついて、薫は本へと視線を落とした。薫の能力、トレースを使えばこの本の著者の想いを読み取ることができる。が、途中で書くのを投げ出したくらいだ、苦悩の想いしか伝わってこない可能性が高い。
 それでも、たったこれだけの記述でネタが具現化しているということは、それだけ強い想いがあったのかもしれないし、何らかの手がかりがつかめる可能性もないではない。そもそも、他に手がない以上、しないよりはマシだろう。
 薫は本に精神を集中させた。ほどなくして、この著者の思考が浮かび上がり、薫のそれと重なっていく。

 この本の著者は、高校生くらいの少年だった。少年は自分の部屋で何かの雑誌を読んでいるようだったが、とある記事で目を留めた。どうやらミステリー作家と雑誌編集長の対談の一節のようだった。
 そこには、「あらゆるミステリーは書き尽くされた感がありますが、まだ一度も書かれていない分野があります。それは、読み手が犯人である話なんですね。もしも、そういう作品が現れたら、それは革命的と言えるでしょう」というコメントがあった。
 これを読んだ途端、著者の意識は雑誌記事から離れていく。そして、読み手が犯人である作品の完成、ミステリー大賞受賞、現役高校生推理作家衝撃のデビュー、ミステリー界に大変革、と妄想はとどまるところを知らず、どこまでも膨らんでゆく。
 少年は、さっそくペンをとった。おそらく宿題の息抜きに雑誌を読んでいたのだろう、雑誌の下には空白だらけの数学のノートがあったのだが、そこに文字を書き付け始める。
 まず、冒頭はお決まりの殺人シーンから。舞台は、闇の中、荒波が低い音を響かせて打ち付ける夜中の磯。被害者は……と、ここで少年はわずかに思考を巡らせた。が、ふと頭に浮かんだ友人の顔をそのまま被害者のモデルにしてしまうことにして、描写を進めていく。
 殺害シーンが終われば、次は平和な、それでいて不吉な予感をはらませた日常場面だ。読み手が犯人なのだから、読み手の目線になるように、書かなければならない。かといって、間違えても「あなたは」などといってあからさまな記述をしてはいけない。あくまで、読み手は読み手として読み進み、徐々に奇妙な感覚を抱いて行く。それが、最後に被害者に「犯人はお前だ!」と言われて、自分が犯人であることに気付くのだ。
 はっきりしているのはラストシーンの「犯人はお前だ!」だけだというのに、ペンよりも先に、少年の想像だけはどんどん進んでいく。
 これぞ究極の意外性、衝撃のラスト、驚異の現役高校生新人、鮮烈デビュー!……と妄想の段階にまで達しては、再び目の前の文章へと意識を何とか収束させている、といった有様だ。
 そして、考えだけは進んだけれど文章はわずかに書かれた段階で、階下から母親の「塾の時間よ!」という声が響く。少年は慌てて鞄に参考書やノートを詰め込み、それをひっつかんで部屋を出た――。

「はた迷惑なやつだな」
 能力を解いて、薫はぼそりと呟いた。結局、少年はこの後続きを執筆することはなかったのだろう。ここにあるのは、どこまでも膨らんだ少年の妄想の残滓、というわけだ。バカバカしい、と呆れの溜息を禁じ得ないが、その無謀なまでのおめでたさには、一抹の羨ましさに似た感覚もほんの少しくらいは感じないでもない。
「どうだったい?」
 カウンターの向こうで、蓮が再び紫煙を吐く。
「読み手が犯人なミステリーだそうだ」
 薫は短く、それだけを答えた。
「……で?」
 蓮のその声の後に、硬い沈黙が舞い降りる。ただでさえ演じるのが本業で、脚本は専門外の薫が、「今までに一度も書かれていないミステリー」など書けるはずもないし、それは蓮も同じことだった。
「手詰まり、ってやつだね」
 蓮はやれやれとばかりに首を振る。
「……本ごと燃やすっていうのはどうだ?」
 薫はぶっきらぼうに最後の手段を口にした。他に方法がないのだから仕方がない。それに、先ほどのトレースから考えて、恨んだり祟ったりというものでもなさそうだ。燃やしたところでたいした支障はないだろう。後味の悪さを除いては。
「あたしは構わんよ。へらへら男も燃やすなとは言わなかったしね」
 蓮も平然とそう言うと、再びキセルに口をつけた。そして、燃やすならそれを使いなとばかりに、商品とおぼしき古い火鉢を指す。
「そうか」
 薫は短く返すと、火鉢の上に本を置き、ライターで火をつけた。途端、本は炎を吹いて激しく燃え上がった。天井にまで届くかというような炎の中で、ばらばらとページがめくれ、あの血塗れ男が姿を現す。
「犯人はお前だ!」
 ここ一番の大声と見違えるような迫力で、男は薫を指差した。その顔いっぱいに、怒りと恨みと、そして確かな充実感を浮かべながら。
 その表情は、薫には見覚えのあるものだった。舞台上で、劇団仲間たちがその顔に浮かべる表情だ。与えられた役になりきり、役と役者が一体になって、一人の人物を演じ切る、まさにその最中の顔。
 この男もまた、陳腐であるとはいえ、たった1つの台詞だけを与えられ、それを演じる「舞台」を奪われた「役者」だったということだろうか。
 与えられた役を演じきったのに満足したのか、それとも単純に本が燃え尽きたのか、炎とともに男は姿を消した。
「……確かに火をつけた以上、犯人は俺だな」
 薫は小さく呟いた。そして、はからずも著者が目論んでいた、「読み手が犯人」という状況も成立したということだろうか。まるでわだかまりが霧散したかのように、火鉢の中には灰ひとつ残っていなかった。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

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【4686/東條・薫/男性/21歳/劇団員】



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■         ライター通信          ■

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 初めまして。ライターの沙月亜衣と申します。この度はご発注、まことにありがとうございました。
 今回はお一人での参加になってしまいましたが、アクションも少なめになってしまい、東條さんのクールな魅力がうまく描けたかどうか心配しております。少しでも楽しんで頂けたら幸いなのですが……。
 東條さんのキャラクターとプレイングは、この事件の設定と相性の良い部分が多く、隠し設定を表に出すことができて、ライターとしては楽しんで書かせて頂きました。
 
 ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

 それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。