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<東京怪談ノベル(シングル)>


破滅に至る病

 感性は、様々だ。
 観点も、様々だ。

 何を最良とし、何に準じるか。

 何を美しいと思い、何を醜いと思うか。

 全ては、ヒトと言う器の中にある。





 出会いは人にとっての起点だ。
 誰と出会い、誰とすれ違い、誰と会話を交わすか――、それだけの事が後々にまで影響を及ぼしてしまう。
 誰と、何時、何処で、

 ……おかしなものだ。

 そうして、これらは世界に自分ひとりであるならば起こり得ない現象でもある。

 だが、それらは決して「有り得ない」

 この世界の中、誰とも逢わずに過ごす事など有り得る事もないように。

 九耀・魅咲(くよう・みさき)は、雑踏の中、我知らず、何時の間にか微笑を浮かべている自分に気付く。
 誰を見ているのでもないが、この場所の、此処に在るヒトの思考の何と面白い事か。

(ほら、早速)

 自らの想いにがんじがらめに囚われたヒトが一人。
 魅咲は紅い振袖を翻し、踊るように飛ぶように、その人物の元へと駆け抜けていった。




 逢った瞬間に、心奪われたのだ、と大抵の人は言う。
 だが――それらが、醜いものであったらどうだろう?
 うつくしきもの、人それぞれが定める、「美」でなければ人は決して心奪われまい。
 視線を、追いかけはしまい。

 全ては人の中にある観点から始まる。

 追いかけるものと追われるもの。
 交わらない観点、交わる事の無い思考。

 それでも、その人物は追いかける――、解って貰おうと言う想いからではない、ただ、一つ。

 ――自らと同一なのだと、その人物の思考を、全てを、打ち砕く為に。

 そうして、ただ、ただ、追いかけ続ける。

 その行為にこそ真意を感じ魅咲は、微笑う。
 これこそが破滅へ導くための鍵。
 見えない爪で、見えない敵を切り裂くように、追いかけるものの魂へ触れ、撫でた。

(温もりは、どのようなモノであろうと変わらぬの)

 破滅へ導かれるものも、常に微笑を浮かべ、真意が見えぬものであろうとも皆が皆、持つ。
 が、この温もりこそがもしかすると、人が人たる所以かも知れぬ。

 魂に触れられた事にさえ気付かず、男は追う。
 自らが定めた人物の元へ。
 震え、怖がる人の元へと。

 何時の間に握り締めたか解らぬ刃物を持って。

 ――男の手には、刃物ともう一つ、とある紙切れが握られている。

 雑踏の中、誰も気付かないのが不思議なほど、刃物は鋭利な輝きを秘め――、男の存在感は異質さを放っていた。

 くすくす、くすくす。

 可笑しそうに微笑う声だけが男の中で、響く。


 破滅は、約束された。





「……!?」

 何を叫んでいるのか、男にはもう理解する事が出来ない。
 握り締められた紙切れには、相手が恋人であろうか笑いあう姿が写し撮られている。

 自分では決して見られない表情。
 怯え怖がられても反応を返される事が嬉しくて追い続けた「彼女」

 一歩近寄れば、一歩、後ずさり。
 一歩また近寄れば遠くなる。

 ……堂々巡りだ。

「どうして……っ」

 聞き取れた言葉には問いかけが含まれる。
 その光景を見て魅咲は、
(何故、と問い掛けてもその者にはもう解らぬよ)
 絶望的とさえ思える言葉を思考し、逃れられぬ彼女を嗤う。

(哀れよの)

 一つの出逢いが、此処までに彼女を追い詰めた。
 そうして、彼もまた――破滅への道筋を望んだ。

(哀しい、哀しい)

 けれど、愚かで愛しくも想い。

 どう足掻こうと結果は同じ、変えられる事はない……いや、変えられる事など赦されぬ。

 これは一つの業。
 一つの枢(カラクリ)。
 仕掛けられれば音を立て止まるまで休まらぬ。

 瞳を、閉じた。

 彼の手により振りかざされた銀色、鈍く、彼女の躯へ埋め込まれる。

 直ぐに躯は冷えぬから、男は温もりを抱くだろう。
 抜け落ちていく温もりを捉えようと懸命になる事だろう。

(だが)

 全ては、成された。
 二度と戻る事もなく、二度と声を出し怯える事もない。

 こんな筈ではなかったと、骸を抱き、彼は叫ぶだろうか?

 ……叫ぶかもしれない。
 そうして、ありえるはずのない未来を思い、過去を思い後悔するのだろう。

(我が御主を裁くのではない、御主が御主自身に裁かれる、それだけの事よ)

 我は、ただ、手助けをするだけ……ほんの少し、望む起点へ導くだけにすぎない。


 まるで、スローモーションのように朱の色が魅咲の眼前一面に広がった。






―終―