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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『Devil of Hymn ― 第二楽章 断罪の天使 ―』


【序楽章】


 天界、天使の処刑場、そこの十字架に彼女は磔にされていた。
 背中の三対の翼は毟り取られていた。
 天力も、もう無い。
 罪を犯した彼女は断罪の天使によって捕らえられて、その罪を問われたのだ。身を持って。
 そして明日、彼女は処刑される。
 別にこうなった事には悔いは無い。
 彼女はすべき事はやったのだ。
 そう、あの命は、守りきれた。とても遠い場所に逃がす事ができたのだ。もはや見つける事はできぬであろう。
 ただ悔いるとすれば、それは愛しき者たちを守りきれなかった事。
 天使となったばかりの彼女と、準天使の彼。そして……
「よう。ひどい姿だな」
 彼女が磔にされている十字架の下に誰かが立った。
 この天界においてそれはありえぬ事だが、確かにそれは悪魔の気配であった。
「おまえ、どうやってここへ?」
 彼女は視線だけを彼にやった。
「はん。別にそう驚く事は無いだろう」
 彼は嘲笑う。
 そして漆黒の髪の下にある紅い瞳を鋭く細めて、彼女を睨んだ。
「俺の子どもをどこにやった。あれはこの天界に、そして神への復讐のための力だ。俺はあいつと共に神に復讐をする」
 そう暗く澱んだ声で押し出すようにしてしゃべる彼を彼女は哀れみを込めて見据えて、小さく溜息を吐いた。
「言うわけが無い」
「俺は親だ」
「そうだ。あなたは親だ。ただし馬鹿親だ。そんなあなたにあの命の居場所を言う訳が無い。私は喋るつもりは無い」
「貴様。ならば処刑を待つまでも無い。この俺が引導を渡してくれる」
 そう言いながら彼は腰に吊った鞘から剣を抜いた。
 その切っ先を彼女に向ける。
 彼女の四肢は十字架に磔にされている。身動きはできないし、また抗う力も無い。
 悪魔はそれに相応しい笑みを浮かべながら剣の切っ先で彼女の胸元を切り裂く。たわわな白く美しい胸が天界の冷たく澄んだ夜気に晒されるが、彼女がそれにどのような恥辱を感じようとも、体を隠す術は無い。
 しかし彼女はもはや天使としての力も資格も無くしているのに、それでもそんな彼を哀れむように見据えた。
「あなたも悲しい人だ」
「人? ふざけるな、俺は悪魔だ。神に復讐するために悪魔となった。俺の子どもと共に俺は復讐するのだ」
「それはあなたのエゴだ。あの命には幸せに生きる権利がある。だから私はあの命を助けた。たとえ父親であろうが、天界の者であろうが、私はあの命の事は言わない」
 その瞳には確固たる意志があった。
 そして願いがあった。
 そんな瞳に見据えられる彼はだから、その剣で彼女の左胸を突き刺した………。
 それは遠い昔の天界での出来事であった。



【第二楽章 断罪の天使】



【T】


 例えば私に家庭があったとする。
 とても優しいお母さん。
 とても頼りになるお父さん。
 世話のかかる困ったお兄さんとか、
 服の交換ができたり、学校生活や友達の事、それに恋についての事を相談できるお姉さん、
 悪戯っ子の弟とか、
 かわいい妹が居て。
 それで私の家はお父さんがサラリーマンながらにがんばってローンを組んで買った一戸建てで、そう、白い家で、庭には犬が居て。
 そういう絵に描いたような幸せな家庭の幸せな女の子だったら、
 私は誰にも傷つけられなかったのだろうか?
 皆に仲良くしてもらえて、笑いあえて、冗談を言えて、普通に恋をして。
 そう、普通に恋をして。


「京也先輩、あの、この手紙を読んでください」
 もしくは………
「矢島、俺と付き合え」


 皆には怖がられているけど、でも本当は誰よりも優しい、傷つきやすいきょうちんと当たり前のように恋人関係になって。
 そうだ。認めよう。
 私はきょうちんが好きだ。
 いつもきょうちんは私に意地悪や悪戯をして、私は泣かされていたけど、だけど小さな女の子だった時から私は、きょうちんを大好きなお兄さんとではなく、大好きな男の子として見ていた。
 だけどこれまでその想いを見ないふりしていたのはそう想う事に罪悪感を感じていたからだ。
 それは何故?
 私は何に罪悪感を感じているの?


 私はきょうちんが好き。
 ―――だけど同時にもうひとりの私が訴えかける。
 きょうちんの事が好き。
 でも同じくらいにきょうちん…御手洗京也という存在が許せない。
 この世から、滅ぼしてしまいたい。


 そう想っているから、私はきょうちんに対して罪悪感を抱いていた?
 ―――私は怖かったのだ。
 大好きな人に、
 女として、好きな人に、
 その好きな人を殺してやりたい、と想う自分が怖くって、
 そしてそんな自分はどこかで決定的な何かが壊れてしまっているのだと想う。
 だからそれが怖くって、私は、自分の想いから目をそらしてしまっていた。


 教会の礼拝堂。
 そこに居た異形の神父。
 それを跡形も無く滅ぼした自分。



 ワタシハ、ナンナノ?
 ワタシハ、ダレ?



「きゃぁぁぁぁぁ―――――ァッ」
 私は跳ね起きた。
 そしてそのままベッドの上で跳ねるように咳き込む。
 喉がすごく痛くって、口の中に血の味が広がった。
 涙が溢れ出す。
 その私をぎゅっと包み込んでくれる温もり。
 幼い頃から嗅いできた匂い。優しいシスターの匂い。
「シスター」
 私は私自身もぎゅっとシスターを抱きしめた。
 怖くって、
 怖くって、
 怖くって、
 本当に私は怖くってしょうがなくって、だからシスターにぎゅっと抱きついた。
 私の優しいお母さん。
 血の繋がりは無いけど、でも本当の娘のように私を愛してくれて、想ってくれて、守ってくれる、お母さん。
 大好きなお母さん。
「もう大丈夫よ、ゆう。私があなたを守ってあげるから。だからもう何も心配しなくともいいから」
「はい、シスター」
 シスターの柔らかな胸に顔を埋める。幼い赤ん坊がそうするように。
 泣いている赤ん坊がお母さんの胸に抱かれて泣きやむのは、子宮の中でずっと聞いていたお母さんの心臓の音色が聞こえるから。
 もちろん、私はシスターから生まれた訳じゃない。
 だから羊水にたゆたいながら、子宮と言う小宇宙でシスターの心臓の音色を私は聞いていた訳ではないのに、でもシスターの心臓の音色は私の心にとても心地良かった。



 何故だろう?
 私はふいに想った。
 私は孤児院で初めてシスターに逢う前にも、彼女に出会っていた事があるような気がした。
 だから私はシスターの心臓の音色を知っているのかもしれない。



【U】


「よう、息子」
 そいつはにやりと上唇を捲り上げながら嫌味な笑い方をした。
 気に入らない。
 だから京也はそいつを無視して行こうとするが、その彼の前に、例の悠香のクラスメイトたちが立ちはだかる。
 本能が京也にそれをさせた。
 彼は全身を緊張させて、臨戦体勢を取る。
 どのような状況になろうが、対応できるように。
 しかし彼らはにたにたと笑っているだけだ。
 まるでどろりと闇が心に絡みつくように。


 どくん。
 ―――まるで音が反響するように、その彼らのどろりとした闇色の気配に、京也の中に居る何かが呼応した。



 嘔吐感が込み上げてきて、たまらずに京也は道の片隅に蹲って、吐瀉物を口から吐瀉した。
 喉が胃液で焼けるように痛く、そして口の中にはほろ苦い胃液の味が広がっていた。
「あらあら、ゲロ吐いちゃって、大丈夫?」
「何なら、あたしのおっぱいを飲んで、喉を潤す? ほら、むさぼりついてもいいんだよ」
 女たちが京也の周りに寄ってきて、嘲笑う。
 制服のブラウスのボタンを妖艶な手の動きで外しながら笑う女子生徒は本当にそのままストリップをやってしまいそうな勢いであった。
 こいつら、正気じゃない。
 京也は制服の袖で口許を拭って、それからもうそいつらを本当に無視してその場から離れようとした。
 一刻も早く悠香の所へ行ってやりたい。
 数歩前に進んで、そして足を止める。
 そういえば…
「あー、クソォう」
 病院の名前を聞いていなかった。
 立ち止まる京也の背に闇色のスーツを着た男が話し掛ける。
「どうした、息子。お困りかい?」
「息子、息子、うるっせーなー。こっちはいい加減機嫌が悪いんだ。そろそろてめーら、まとめてボコるぞ」
「おー、怖い。これだからヤンキ―って嫌だね。さすが悪魔の俺の子」
 ぷつん、と頭の中で何かが切れた。
「ぶッ殺す」
 京也は彼に殴りかかる。
 しかしその拳を紙一重で避けると同時に京也のがら空きの腹部に膝蹴りを叩き込んだ。その彼の一撃は凄まじく重かった。
 京也だってそれなりの場数を踏んで充分に強いのだ。なのにその京也を、闇色のスーツの男は一撃で沈めた。
「弱いなおまえは。そんな弱さじゃ、到底おまえは俺様の道具にはなれねーぜ。そうだ。おまえはいらない。人間、御手洗京也はいらない。俺が欲しいのは、悪魔の京也だ」



 悪魔の京也だ。
 ―――悪魔化。
 すべてを滅ぼしたくなる…あの忌まわしき力。
 いつもいつも、京也に囁きかけてくるあいつ。
 闇よりも濃密な昏く、冷たいあいつ。


 京也が否定する、あいつ。


 それをこいつは必要としている。


 だから敵だ、こいつは。
 ―――敵なら、殺してしまえ。



 ぶわぁ、っと京也の頭髪が逆立った。
 そしていきなり立ち上がったかと想うと、遠慮無しの回し蹴りをそいつに叩き込む。
 しかし上がった音は、京也の足の骨が折れる音と、京也の脇腹にナイフが深く刺さった湿った音だった。


「半端だな、おまえは。俺を殺す気が無い」
 嘲笑うようにそう言われて、京也は目を見開いた。
「てめぇー」
 京也はそこから殴りかかるが、しかしカウンターで思いっきり京也の方が殴られた。
 折れた前歯とぶちまけた鼻血で虚空に弧を描きながら京也は吹っ飛んで、そしてアスファルトの上に転がった。
「おまえら、そこの出来損ないを連れてこい」
 彼はそう言って、歩き出した。



【V】


 いつの間にかシスターの胸で眠ってしまっていた悠香は目を覚ました。
 後頭部に感じる枕の硬さに若干の居心地悪さを感じながら、彼女は額の上の寝乱れた前髪を掻きあげて溜息を吐く。
「きょうちん。会いたいよ」
 隣のサイドボードの時計はPM9時半だった。
 シスターは今は居ない。
 面会時間は8時までだが、しかしシスターは今日は泊ってくれると言っていた。
 そして京也も来てくれてはいない。
 想いだすのは、先ほどの京也の顔。
 泣きそうな彼の顔。
 あれは怯えの表情だ。自分自身の何かに。自分のやってしまった事に。
 あの時、確かに彼は自分に助けを求めていたのだ。
 なのに自分はその彼を拒絶してしまった。
 京也の背中はとても小さく見えた。
「きょうちん、会いたいよ」
 会って、謝りたい。
 そして伝えたい、自分の気持ちを。
 京也に。
 そうして伝えたら、そしたら悠香は消えるつもりだった。
 愛おしく想う気持ちを京也に伝えた瞬間に、同時に彼を憎らしく想う気持ちを押さえ込めなくなる。
 そしたらきっと自分は彼を殺してしまう。
 そして京也はきっと、自分に殺されるだろうから…。
 悠香はベッドの上に上半身を起こすと、腕に刺さっていた点滴の針を抜いた。血が逆流して、溢れ出すが、しかし彼女はそれを気にせずに、近くにあったハンカチを切り裂いて即席の包帯を作り、それを傷口に巻いて応急処置をして、それからベッドから起き上がると、入院患者用の寝巻きを脱いだ。
 冷たい夜気が悠香の艶やかで白く、若さに満ち溢れた柔肌を撫でる。
 背中に感じた怖気は何であっただろうか?
 まるでそこに翼の跡でもあったかのように、その跡をそっと誰かの指先で撫でられたかのような怖気。
「私の体に触れてくれるのがきょうちんだったらいいのに」
 ぎゅっと両腕で自分の体を抱きしめながら悠香は呟く。好きだから、その好きな人に自分の体を任せて、感じたい。
 そんな男に恋する女ならば当然に想う事を想える自分に悠香は嬉しかった。
 ベッドの脇のバスケットの中にあった鞄に詰め込まれていた下着をはめて、そして制服を着ると、彼女は静かに病室を後にした。
 京也を探すために。



 +++


 シスターが戻ってくると、そこには悠香は居なかった。
 空のベッドを見て、彼女は下唇を噛んだ。
「私はまた…」それだけ呟いて、彼女は目を見開く。
「また、何だ?」
 だけど痛切に想うのだ。
 前も自分はこうやって、守りたかった者を…想いを守れなかったと。
「いや、今はそんな事を考えている時ではない」
 シスターは顔を横に振ると、病室を飛び出した。



【W】


 京也は廃工場の鉄の柱に鎖で括り付けられていた。
 そしてその真正面のドラム缶の上に闇色のスーツの男は座っている。
「よう、目が醒めたか、息子」
「五月蝿い。俺の親は母親だけだ」
 思い浮かぶシスターの顔。
 彼はにやりと笑う。
「あのシスターか。なるほど、じゃあ、あのシスターを俺が殺せば、おまえは、本当の悪魔に目覚められるな」
 どくん、と心臓が脈打った。大きく目を見開く京也。
 本能が警告していた。この男は本気だと。
「うるゥゎァ―――――アアァァァァァアアアアアアッ」
 心の奥底から憎しみを迸らせて、それを音声化する。
 その京也の叫びを聞いて、男は笑った。
「やはり憎しみ。怒りか。そうだ。俺も愛する女を殺されて、悪魔となった。だからおまえも父親である俺と同じ道を歩むのだ」
 そして彼はドラム缶から立ち上がった。シスターを、殺しに行くのだ。


「だぁー」


 京也は鎖を引き千切った。
 そしてその京也の周りに立つ悠香のクラスメイトたち。
 相当にやばいドラッグでもやっているのか、その顔に理性は無い。
「くそぉが」
 吐き捨てるように呟いて、京也は目の前に居る女の顔に殴りかかる。
 もはやフェミニストを気取るつもりはない。
「馬鹿野郎がー」
 女を殺さぬように殴った瞬間に男が吠えた。そしてその姿はおそろしい異形の姿となる。
 それに呼応して、さらに他の学生たちまでもがその姿が変わった。半獣人、そう言う呼び方が相応しいだろうか? 筋肉が膨れ上がり、そして獣化している。
「くそぉ」
 闇雲に近くにあった金属パイプを振り回すが、それがヒットしても、彼らは何ともなく、逆に京也の体に噛み付いて、鋭い歯で、京也の肉を食い千切った。
「ぎゃぁー」
 断末魔のような叫び声をあげて、そのまま血黙りの中に沈む。
「もう一度言う、出来損ないの息子よ。俺が欲しいのは、悪魔の京也だ。人間の京也ではない」
 その言葉に半死半生の京也は抵抗する。
「っるせー。俺は、人間だ…」
 そう、人間だ。
 もう、あの力も使わない。
 もう二度と悠香を怖がらせたくないから。
 帰ろう。そう、帰るんだ、悠香と。あそこへ。シスターの居る家へ。
「京也」
 深夜の廃工場に響いたのは、シスターの声だった。
 その声に京也は自分の状況も忘れて、上半身を上げた。
「シスター、逃げろぉー」
 しかしそれが聞き遂げられる訳が無かった。
「我が子が殺されそうになっているのだ。それを見捨てられる訳が無い。主よ、我に愛しき者を守り通す力を与えよ、エィメン」
 銃剣を手にシスターはあいつに踊りかかる。
 教皇庁ヴァチカンにあって、異端審問局の派遣執行官として数々の任務に就いていた彼女ならばわかっていたはずだ。
 それが魔王だと。
 しかし彼女はそれに踊りかかった。
 愛しき息子を守るのは母親として当然なのなのだから。



 ぶしゅり。



 廃工場に響いた湿った音。
 京也が見たシルエット…
 ―――背中から手を生やす、シスターの姿。
「テェメェ――――」
 京也は泣き叫んだ。
 思い浮かぶのは初めて孤児院の前で出会ったその瞬間から、悪魔に踊りかかるその最後の姿まで。
 それがわずか一瞬で流れて、終わった。



 ぷつん。



 頭の中で、何かが切れた。



 そして心から湧き上がる感情。


 憎しみと殺意。



 ゼッタイニ、コロシテ、ヤル。



「今ならてめえを花を手折るように殺せるぜ」
 静かに立ち上がる京也。
 全身の血管は膨れ上がり、目は血走っている。
 先ほどまでは獣のように京也の血に飢えていた、周りの彼らは、そんな京也に怖れていた。
 そしてその京也を見て、彼は笑う。
「嬉しいぜ、京也。しかしそれではまだ足りない」
 それから彼は指を鳴らした。
 周りの獣たちはシスターの血と肉を貪るために、血の湖に沈む彼女に群がらんと。
「男は乳を齧り取れ。女は目玉を啜れ。何なら死姦でもするか、ん、我が獣たちよ。それとも孤児院のガキどもを殺すか。ガキの肉は柔らかく、そして血も格別だぞ」
 笑う闇。
 その瞬間に京也であった血の涙を流す悪魔が声にならない声をあげた。
 深夜の廃工場の上の大気が消し飛んだ。
 そして京也の姿が一瞬擦れて、それからその姿がさらに異形な物となっていた。
 全身の皮膚と爪が硬質化し、蝙蝠の羽根が生えている。
 それが羽ばたき、そして消える、京也。
 次いで上がった知性の欠片も無い、獣の悲鳴。
 首が落ちると同時にその首の数だけの首無し死体もどす黒く不快な臭いを発する血の湖に沈んだ。
「次はテメエだ」
「俺を殺す? 子が親を超えるというのか? 馬鹿が。これからだ。俺の計画はこれからなんだぞ。これでようやく俺は俺とあいつとの間に生まれた命、娘の悠香を覚醒させる事ができるんだ」
 京也は目を見開いた。
 そしてシスターもわずかながらに体を震わせる。
「どういう事だ?」
「京也、おまえは思いがけずに見つけた魔族大隔世遺伝での俺の息子だ。俺が遥か遠い昔に殺した天使に奪い取られ、次元の狭間によってその時間より未来に飛ばされてしまった子ども、それが悠香だ」
「ふざけろ」
「本当だよ」
 そしてそいつはにたりと笑う。
 それから消えて、その次の瞬間に悲鳴が上がる。
「キャァァぁ――――」
 ………悠香の。



【X】



「はあはあはあはあハアハアハアハアハアハア」
 荒く不規則な呼吸。胸元を両手で掻き毟りながら体を折って、苦しみながら悠香は言う。
「う、嘘だよね、きょうちん。きょうちんじゃ、ないよね?」
 いいや、違う。
 自分だ。
 自分の不甲斐なさが、シスターを、殺した。
「俺だ」
 京也は言った。
 そしてその瞬間に血と魔性の臭いに満ちていた空気が清浄化される。
 天使が発する気によって。
「悠香?」
 大きく優しい青い瞳は、切れ長で鋭い赤い瞳に変わる。
 そして彼女の背後に広がる純白の一対の翼。
「私はずっとあなたに抱いていた。あなたへの愛おしさ、と、そして憎らしさを。悪魔の京也」
 翼が羽ばたく。
 一瞬で掻き消えて、
 その転瞬後に悠香は京也の前に現れて、
 そしてヒーリングパワーを過剰暴走させたが故の絶対的なる必殺技が京也に放たれる。
 すべてを癒し、その癒しの力で相手を滅ぼすその手は、無抵抗の京也の体を貫いた。



「きょう、ちん。どう、して?」
「愛して、いるから。俺は、ゆう、を。ごめんな。ゆう」



 きょうちんが好き。
 きょうちんが私の肌に触れてくれればいいのに。
 きょうちんに愛を伝えた瞬間に、きっと私は、きょうちんを殺す。



「いやぁ。いやだ、きょうちん。嫌だ。こんなのは嫌だよ、きょうちん」
 ぼろぼろと悠香は泣く。
 その涙が打つのは、悠香の足下で倒れている京也。
 悪魔の力でまだ生きてはいるが、しかしそれも時間の問題。
 悠香はもはやどうする事もできずに、だからシスターに駆け寄って、幼い子どものように彼女の体を揺さぶる。
 まだかろうじて生きてはいるが………
 悠香の力では二人のダメージは大きすぎて、救えない。
 このままでは………
「助けて。誰か助けて」


 誰か、とは誰だったのだろうか?
 しかしそれだけは明らかであった。
 その次の瞬間に現れた最高位天使にだけではない事は。



「我は断罪の天使なり」



「断罪の天使?」
 悠香は呟く。
 身体の…魂の震えを感じながら。
 断罪の天使はシスターを見、そして京也を見た。
 悠香はシスターをぎゅっと抱きしめる。
 しかしその徐々に体温が失われていく体がそれに応えてくれる事は無い。
 京也は悪魔。シスターはヴァチカンを離反した身。ならばその断罪の天使とは…。
 悠香は立ち上がる。
 怖くない訳は無かった。
 だけど二人を守れるのは自分しかいない。
 再び青き瞳は紅と染まり、細き背中から純白の翼が出現する。
「去りなさい。ここに居る者たちに手を触れる事は私が許しません」
 意識を大きな光に飲み込まれそうになりながら言う。
 断罪の天使は冷たく笑う。
「禁忌の天使が愛を歌うか」
「???」
 悠香の目がわずかに細まったのを見て、断罪の天使はまた笑った。
 そして断罪の天使が両手をあげる。
 瞬間、京也、シスターの真上に金色の十字架が出現し、それが二人の体に堕ちた。
「きょうちん、シスター」
 悠香が叫ぶ。
 しかしその瞳が驚愕に見開かれたのはその時だった。
 金色の十字架が二人の体に沈み込んでいくのだ。
 そして完全に十字架が二人の体に入って消えた時、もはや虫の息であった二人の傷は完全に回復していた。
「あなたは?」
 悠香は喜びの表情を意識して消して、断罪の天使を見る。
 そしてその彼女に断罪の天使は冷酷な表情で運命を告げるのだ。
「禁忌の天使よ。運命と戦いなさい。それがおまえをあの時に禁忌を犯して産んだ彼女の願いであり、そしてやはり自らの命を捨てておまえをこの時代に流し助けたもうひとりの母である彼女の願いなのだから。しかし忘れるな。もしもおまえが悪しき道を選択するのなら、その時は我は断罪の天使として、おまえと、おまえに絡むモノすべてを滅ぼすであろう」
 そうしてその断罪の天使は消えた。
 人の姿と戻った悠香は京也の下へと行く。
 そして彼に膝枕をして、それから数分後に目覚めた彼に彼女は優しく微笑みながら言った。
「きょうちん。家へ帰ろう。私ときょうちん、シスター、皆の家に」
「ああ」
 それが少女が己の運命を受け入れた瞬間であった。
 



 ― To be continued ―

 

 ++ライターより++


 こんにちは、矢島悠香様。
 こんにちは、御手洗京也様。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 や、ものすごく冷たい視線を感じますね。^^;
 悠香さん、京也さん、シスターさんがすごい目でこちらを睨んできています。(><
 視線がものすごく痛くって、冷たいです。
 でもこれからもっと君たちは酷い目にあわ―ぴぃー。(ぼそぼそ


 悠香さんは己の運命を受け入れました。でもまだまだ彼女の前には惨い運命と言う名の試練が待ち受けています。
 そしてそれを救えるのは京也さんだけ。
 京也さんがこの時代で悠香さんと出逢った事には意味があるのです。
 その意味に直面して、そして彼もまた何かを決断した時、Devil of Hymn、悪魔の聖歌が真に歌われるのです。


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。