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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


【ワンワンパニック?】
 ファルス・ティレイラは今、真上に輝く太陽のように輝かしい気持ちで胸を満たしていた。
 彼女の右手にはペットボトルが握られている。中身は白く半透明の液体。一見スポーツドリンクだが違う。甘い飲み物である。もちろんスポーツドリンクも甘いことは甘いのだが、これは一般のフルーツジュースの甘さに近かった。
 入手先はそこらを歩いていた老人からだった。いわゆる手で車を引いて売り歩くタイプの露商である。
「甘い飲み物いらんかね〜」
 何とも優しい声をかけられてしまったので、ファルスは衝動的に一本買ってしまった。
「材料は何ですか?」
 と彼女は聞いたが、しかしその時には露商の老人はいずこかへと消え失せていたのだった。
 怪しい。毒ではないだろうかと疑ったが、ファルスは竜族である。毒程度でそう簡単に死にはしない。
 とにかく一口飲んでみた。確かに甘い。おまけに爽やかな喉越しだ。だがファルスには経験したことのない味だった。リンゴでもなくミカンでもバナナでもない。そもそもフルーツなのかもわからない。
 そういうわけでこのペットボトルの中身の正体は不明である。であるが、この飲み物が美味しくて甘いことに変わりはない。それに謎に満ちた飲み物って何だか素敵じゃないかと思ったので――。
「私にも飲ませようと、そういうわけか」
 ルイセ・メイフィートが目を細めつつペットボトルを手にした。ファルスは大振りに頷く。
 ここは名もない公園。渡したいものがあるから早く来てと言われて来てみればただの飲み物である。ルイセは拍子抜けした。
 とはいえ怒るようなことでもない。わざわざ無碍にすることはないと思った。
「本当に美味しいよ。それに飲んでから結構経つけど何ともないから毒でもないよ」
「そうか。では好意に甘えて頂くか」
 ルイセは珍しく丁寧な言葉を口にした。蓋を開け、ペットボトルを口に傾ける……。
「あああー!」
 ファルスの絶叫がこだました。ルイセは中身を半分以上を飲み干してしまったのだ。ふう、と満足げに息をつくルイセ。
「なるほど美味い。で、何だ馬鹿みたいに騒いで」
「だって、ほとんど飲んじゃった……」
「どれくらいまで、とは言わなかっただろうに」
 無論意地悪である。このルイセ・メイフィートを呼びつけたのだからそのくらいは許容範囲だろう、と考えたのだ。
「もう、返して――あ?」
 ファルスは今度は小さな悲鳴を上げた。ルイセがうずくまり、倒れていた。
「嘘、何で? しっかりし――」
 言葉は途切れた。次にファルスは顔中を疑問符で覆い尽くした。
 犬になっている。誰がといえば、さっきまで苦しそうにしていたルイセがである。
「え、え、え?」
 困惑の渦に放り出されたファルスをよそに、犬――大型犬のルイセはおもむろに立ち上がった。全身が金色。彼女の特徴的な黄金の髪の影響だろうか。目も金色だ。ただし並々ならぬ怒気が込められている。
「どういうことだ、ファルス」
 犬になっても喋れるんだなと思いつつ、ファルスはあせあせと言葉を紡いだ。
「えっと……たぶん、大量に飲むと犬になっちゃう飲み物……だったのかな?」
 沈黙が流れた。
「ファルス」
「はい」
 ルイセは深呼吸し、叫んだ。
「この、大ばかー!」
「きゃー!」
 脱兎のごとくその場から全力逃走するファルス。ルイセは獲物を見つけたチーターのように全力追走する。
 商店街に出た。買い物をしている婦人、下校途中の小学生、お喋りに興じる老人たちとそこかしこに人間障害が配置されているが。ファルスは速度を止めず、触れるか触れないかの絶妙さでギリギリにかわしていった。まるでアメフト漫画の主人公のようである。ルイセも負けてはいない。残像が発するほどの足さばきを見せたかと思えば、通行人をジャンプ一番飛び越えた。その間、いつ呼吸しているのかと思うほどに絶え間なく罵倒の言葉を投げかける。あの飲み物が何かとてつもないパワーをもたらしたのかもしれない。
 道行く人々は後にこの出来事について、こう証言した。
「大きな黒い風を感じたよ。次いで小さな黄金の風を感じた。あれはきっとエイリアンに違いない。じゃなきゃモンスターだ。恐ろしい世の中になったもんだね」
 何が何やらわからない意味不明といった通行人の視線を受けつつ、二人は……否、一人と一匹は街を疾駆した。
 大通りに出た。ファルスはあえて道路の真ん中に躍り出る。
 持ち前の運動能力で迫り来る自動車を避けながら走る。ブレーキ音が立て続けに鳴り響いた。やがて衝突音が起こった。申し訳ないと心で呟きつつファルスは走った。
「犬の低い視線じゃ、こうはいかないよね」
 と思った次の瞬間。
「このたわけもの。私のみならず一般住民にまで迷惑をかけるんじゃない」
 背後数メートルにまで黄金の犬が接近していた。
「うそぉ」
「真実だ。いいかげんに縄につけ!」
 ぐわーっと、ルイセは口を開けた。頭にかぶりついて止める気だ。
「いや、犬の唾液臭い!」
 ファルスのスカイアッパーが炸裂した。血を吐き宙を舞うルイセ。
「ななな、何をするか暴力小娘! 歩く大災害!」
「うわあん、ごめんなさーい!」

 ――そうして、どこかの崖に辿り着いた。
 ファルスの後ろは断崖絶壁。荒々しく岩にぶつかる波の音が聞こえてくる。見つめ合う彼女たち。刑事ドラマのラストシーンのようだ。
「ファルスよ、無駄な抵抗はやめろ」
「ここでひざまづいて懺悔シーン?」
「ばかもの。……走っているうちに私も落ち着いてきたのだ。だからそう怖がるな」
 コクコクと首を振るファルス。
「で、どうすれば元に戻るのだ」
「わかんない」
「ふざけるなー!」
「落ち着いてないじゃない〜!」
 また追いかけっこが始まった。すでに夕陽は沈みかけている。アホー、とカラスが鳴いていた。

 結局ルイセは一日経過したあと、元の姿に戻った。そしてもう二度とファルスから物は受け取らないと宣言したのだった。

【了】