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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


空腹の少女 - Tales of EA 2 -

 草間・零がその少女を見つけたのは、朝方ゴミを捨てに路地に出たときだった。
 微量の血臭に気付いた零が奥に向かうと、十代前半と思しき少女が立っていた。
 黒いノースリーブとハーフパンツは体に密着したデザインで、足元には似たような黒い服を着た男たちが三人倒れ付している。
 そして前触れなく少女の膝が折れた。
(あっ)
 思わず零が飛び出すのと、少女が倒れ込むのは同時だった。
 慌てて駆け寄り、膝を突いてその頭を起こす。その額には一センチほどの小さなガラスに似た円盤があった。
 少女が薄く目を開ける。
「大丈夫ですか?」
「……く」
「え?」
 細い声が聞き取れず、零は耳を少女の口元へ寄せた。
「……くうふく、とても」

「で?」
 黙々と食パンを頬張る少女を見ながら、草間・武彦は不機嫌さを隠さずに咥えた煙草を揺らした。
「追われているようなんです、この子。それで、連れの方ともはぐれたみたいで」
 零が言いながら、空になったグラスに牛乳を注ぐ。
 朝にゴミを捨てに行った零が、なぜかこの少女を連れて戻ってきたのだ。
 そのときに何か事情を聞いたのか、零は妙に親身になっていて、朝食の提供となった。
 ユウカと名乗った少女は牛乳を一気に飲み干し、今度はアンパンに手を伸ばす。
 興信所の食糧が減っていくのを、草間は苦々しい思いで見つめた。
「迷子なら警察、人探しなら興信所だが、うちは慈善事業はやってない。その連れとやらが金を払ってくれるならべつだけどな」
 その言葉に、ユウカが食べるのをやめて顔を上げた。
「かね、はらう?」
 言って少し考える。十代前半の外見だが、言葉はやけにたどたどしい。
「チクロ、しってる。きっと、かね、しってる」
「チクロ?」
「その、連れの方の名前のようです」
「で、どんなヤツなんだ」
「これくらい」
 ユウカが両手で、直径三十センチほどの円を示した。どう考えても人間の大きさではない。
「ちいさい、くろい、だから、チクロ。しっぽ、きれい」
「話を聞くと多分、黒い猫なんじゃないかと思うんですけど」
「猫が連れだって? ……勘弁してくれ」
 零の言葉に草間は頭を抱えた。
 と、ユウカが顔を跳ね上げた。
「きた」
 立ち上がろうとした少女は、しかし膝が崩れて倒れかけ零に抱えられる。
「何かが近付いているみたいです。多分、この子の追っ手じゃないでしょうか」
「なんだそれは」
 否応なく巻き込まれているのを感じ、草間は舌打ちをした。
 迷惑だと叩き出そうにも、相手が子供でしかも弱っているとなればそう無下にもできない。
「仕方ない、後払いでも出世払いでも、必ず料金はもらうからな」
 大人気ないと自覚しながら、草間は紫煙を吐き出した。

■■■

「――という訳なんです」
 草間・零が一通りの説明を終える。
 話を聞き終えたシュライン・エマ、赤羽根・希、セレスティ・カーニンガムがそれぞれに得心のいった表情をする。
 興信所の事務員であるシュラインは、朝一番で出勤したところだった。
 零の隣では、少女、ユウカが不思議そうに目の前の器に乗った煮物を覗き込んでいた。シュラインが差し入れにと持ってきた里芋の煮っ転がしだ。
 奥の机では、残りの半分を草間が口に放り込んでいる。
 箸を使えずにフォークを握り締めているユウカは、様々な角度から煮物を見ている。
 希が、ユウカに合わせて首をかしげた。
「うーん、そのおでこの、すっごく見覚えがあるんだよね。しかも黒いにゃんこでしょ? てことはやっぱり、あれかな、昨日の黒猫」
 シュラインが頷く。
「そうね。チクロという名前は初めて聞くけど、同じユニットをつけた黒猫なら、彼≠フ可能性が高いわね」
「時期もそうですし、まずあの猫のことだと見て間違いはないでしょう」
 言ってセレスティが零に確認する。
「それで、その追っ手というのは?」
「動きがないようなんです」
 零がユウカを見る。
 ユウカはまだ煮物を覗き込み、たまに匂いを嗅いだりつついたりしている。
 シュラインが微笑して、
「大丈夫よ、食べられるものだから」
 軽く頭を撫でてやると、ユウカは恐る恐るといった風情で里芋にフォークを伸ばした。
 もう一度匂いを嗅いで、それから思い切ったように口に放り込んだ。
 何度か租借して飲み込むと、にわかに顔を輝かせて次の芋にフォークを伸ばす。
「美味しい?」
 シュラインが聞くと、ユウカは芋を頬張ったまま顔を上げて何度も頷く。
 その顔の高さに視線を合わせ、シュラインはなるべくゆっくりと話しかけた。
「貴方を追って来た人たちは、まだここには来ないのかしら?」
 ユウカは煮物を飲み込んでから少し考え、
「ゆーえぬ、いる。みて、まってる。まだ、こない」
「ゆーえぬ? とりあえず、様子をうかがってるってことかな? でも、まだ≠チてことは、そのうち来るんだよね」
 希が眉根を寄せて言う。
 シュラインが再びユウカに話しかけた。
「ゆーえぬって何かしら」
「ゆーえぬは、あんなんばー。たくさん、でも、おんなじ。ユウカより、した。よわい」
 それを聞いて、セレスティが小さく頷く。
「UN、ということですか。あの黒猫やこの少女のような実験体なのでしょうね」
 草間が諦めたようなため息をつく。
「とりあえず、ウチの食料がなくなる前に、誰かどうにかしてくれ」
 と、興信所のドアが開いて可笑しそうな笑いが聞こえてきた。
「飯くらい快くあげなさいよ。ここはそんなに切羽詰ってるのかい?」
 楽しげな笑い声とともに入ってきたのは、古田・翠だった。
「ちょっと用があって電話したら、零がなんだか困ってるっていう話だからね、ほら」
 そう言って応接テーブルの上に、結婚式の引き出物のような大きな手提げ紙袋を置く。
「うちの経営する料亭の弁当だよ。多めに持ってきたから、存分に食べなさい」
「なに、弁当だと?」
 その言葉に真っ先に立ち上がったのは、草間だった。
「武彦さん……」
 シュラインが呆れた声を出し、セレスティも小さく笑う。
 翠は構わずにユウカの額を覗き込み、何か得心したように口の端を上げる。
「ふーん、この子がそうかい。とりあえず回復するまでは守るとして、その猫とやらを早めに捜したほうがいいようだね」
 言って、翠は携帯電話を取り出した。
「ウチのタダ働きでもを回してやるかね」

■■■

 シュラインは興信所のある雑居ビルから路地へと出た。
 ユウカと興信所を守るために皆には残ってもらい、シュラインはひとまず一人で黒猫チクロ≠探しに出ることにしたのだ。
 念のため辺りを伺うが、特に怪しい人物は見当たらない。
 しかし気のせいか、空気が普段より緊張している気がする。
(嫌な感じがするわ)
 ユウカの言った、見ている、という言葉を思い出す。
(興信所の方はお願いしてきたから大丈夫だと思うけど、私も気をつけないと駄目ね)
 まずは零がユウカを見つけたという路地に入ると、先客がいた。
「あら」
 そこに立っていたのは、何度か依頼で共に行動したことのある古田・緋赤だった。翠が言っていたのは彼女のことだったかと納得する。
「どーもー、タダ働きでっす」
 なぜか半分自棄のように言ってから、緋赤は真面目な顔になる。
「会長から一通りの話は聞いたんだけど、この辺は誰もいないみたいだよ」
「ええ、そのようね。仲間がいるのかしら?」
 路地からは、零が見たという倒れていた男たちは跡形もなく消えていた。
「んで、猫探すんでしょ? でも黒い猫ってさ、結構どこにでもいるよね?」
「大丈夫。心当たりがあるわ」
 いくつかユウカに確認を取れたことがあり、シュラインは多少の手掛かりを得ていた。
 彼女の額のユニットはやはりチクロと同じものであること、そして互いの名前はそのユニットによる会話≠ナのみ使用し、他の誰にも知られぬようチクロが気を使っていたことだった。
 シュラインは簡単に説明しながら、自分の捜索方法も緋赤に話す。
 聞いた緋赤は少し考え、
「うーん、手分けして探した方がいいと思ったんだけど、でも」
 言って辺りを見回す。
「何か、ちょっと不穏な感じだよ。気配は消してるんだろうけど、多分どっかから見られてると思う。一緒にいた方がいいかも」
「そうしてもらえると助かるわ。お願いできるかしら」
 荒事に慣れているとは言え、シュラインは直接的な戦闘能力に優れているわけではない。
 緋赤が共に行動してくれることは心強かった。

 シュラインは興信所から持ってきた地図を手に、黒猫チクロの捜索を始めた。
 ユウカからおおよその移動経路を聞いてあり、昨夜の総合病院から辿ったその経路を元に捜索する範囲を決めていた。
 ユウカは十二時間ほど逃亡していたことになるが、身を潜めながら複雑に動いたらしく、直線距離では移動したのは二十キロメートル強といったところだった。
 しかもチクロの側から移動もしていると考えると、興信所から数キロ圏内にいる可能性が高い。
(とりあえず、呼びかけてみましょうか)
 シュラインはユウカの声を再現し、小声で猫の名前を呼ぶ。
「チクロ、どこ?」
 突然の別人の声に緋赤が一瞬目を見開くが、すぐに納得したのか辺りを見回す。
 シュラインも周囲に気を配りながら呼びかけていく。
 建物の影や排水溝などにも注意し、そうして十分ほどしたときだった。
 小さな音がシュラインの聴覚にかすった。
(声、かしら? 下から?)
 本当にかすかな、シュラインでなければ聞き逃すほどの音量だったが、確かに反応するような声が聞こえた
「チクロ?」
 もう一度声を出すと、確かに足元の方からかすかな、猫の鳴き声がする。
「どうしたの?」
 立ち止まったシュラインに、緋赤が不思議そうな声をかける。
 シュラインは足元を指差して、目配せをする。
(多分、ここにいるわ)
 示す先は、歩道と車道の段差にある排水溝の蓋だ。
 緋赤が頷いて、静かにその蓋をずらした。
 と、それを待っていたかのように、額に透明なクリスタル様のものがついた黒い猫が顔を出した。
「貴方がチクロね。ごめんなさい、ユウカちゃんはここにはいないの。でも居場所を知ってるわ」
 シュラインが言うと、黒猫は数秒間を置き、かろうじて聞こえるほどの音量で青年の声を出した。
「君のことは覚えているし、君からはユウカの匂いもする。しかし、知らない人間もいるな。状況を説明してもらえないだろうか?」
「彼女は味方よ。説明してもいいのだけど、ここでかしら?」
 チクロは首を回し、周囲の様子と排水溝を覗き込んでいるシュラインを見た。
「――確かに、第三者からは訝られる状況だな。しかし私たちは追われている。私は君たちに逃がしてもらえたが、しかし尚のこと、迂闊に姿は晒せない」
 それもそうね、とシュラインは頷く。
 念のため周りを見るが、特に今のところは変わった様子はない。
 緋赤も頷く。
「大丈夫、まだ動いてないよ」
 シュラインは地図と一緒に持っていたトートバッグの口を広げて見せる。、
「とりあえず、この中に入ってもらうのはどうかしら。あまり居心地はよくないかもしれないけど」
 猫はシュラインとバッグを見比べ、するりとバッグの中に入った。
 中で向きを変え、シュラインを見上げる。
「とりあえず人目は誤魔化せるが、先ほどの会話からすると、君たちは追跡されているようだな。彼らは私の固有周波数を追うことができる。気付かれる可能性もあるが」
「大丈夫、なんとかするって」
 気楽に言う緋赤に、シュラインも頷いて同意を示す。
 安堵の息をつくような声を猫は出した。
「礼を言う。それと一つ謝罪したいことがあるのだが」
「何かしら?」
「しばらく下水を移動していたので、今の私はあまり清潔とは言いがたい状態だ。何というか――申し訳ない」
 シュラインは緋赤と顔を見合わせ、それから少し笑った。
「仕方ないわ。興信所に着いたら、一度洗った方がいいかしら?」
 再びバッグの中から、申し訳ない、という声がした。

■■■

 黒猫チクロがトートバッグに滑り込んだ直後、緋赤は辺りの空気が硬質になるのを感じた。
(反応した)
 恐らくこちらを監視していた何者かが、いまのチクロの姿を認めたのだろう。
 シュラインとチクロと軽くやり取りをしながら、緋赤は周囲の動きに神経を張り巡らせた。
(三人、別々の方向から来るか)
 シュラインがバッグの口を半分閉じたのを見て、
「来るみたいだよ」
 言うと、雰囲気で察したのかシュラインも頷く。
 彼女を背にして、緋赤はいつでも動けるように膝を軽く曲げ、腕の力を抜く。
 それとほぼ同時に、建物の影から三人の男たちが現れた。
 いずれも黒いノースリーブにハーフパンツで、聞いていた少女ユウカと似たような服装だが、男たちのは少し余裕を持った作りのようだ。
 三人の男たちは、緋赤たちを取り囲むように三方から近付いてくる。
 正面の男が口を開いた。
「今、その手提げに入れたものを見せてもらおうか」
 シュラインが何か言うより早く、緋赤は答えた。
「なにあんたたち? てか、見せろってどういうこと?」
 言いながら緋赤は男たちの動きを見る。
(訓練は受けてる動きだけど、そんなに速くは動けなそう、かな。やっぱりあの足跡は女の子の方っぽい)
 それだけ見切ると、さて、と軽く首を傾けて伸ばす。
(どうするかなー。さすがに銃は出さないとしても、何か得物もってるかもしれないし)
 多少能力的に劣るとはいえ、相手は三人。タイミングを読み違えれば、同行しているシュラインに危険がある。
「その手提げの中から、我々の知るものの個体反応を感知した。ホーム≠ノ保護されているはずだが、真偽は後から調査する。ひとまず引き渡してもらおう」
「見せろって言ったり、渡せって言ったり、どっちなのよ?」
 そこでわざとらしくため息をついてみせる。
「まあ、見せるくらいだったらいいけどね」
 言ってシュラインを振り返る。
 任せて、と目配せすると、わかってもらえたのか、緋赤にバッグを渡してくれる。
 緋赤は向き直り、
「はい。でもなんか起きてもしらないよ?」
 笑みを浮かべてバッグを前に突き出すと、正面の男が手を伸ばす。
 その呼吸に合わせ、緋赤は瞬間的に踏み込んで、空いている拳を男の顎に突き上げた。
 男がのけぞる。
 緋赤はバッグを振り回すように後ろに回し、シュラインに渡す。
 その勢いで体を回して、足を踏み換え、のけぞった男の喉に踵を蹴り込んだ。
 男が倒れて行くのは見ずに、緋赤はすばやく足を引き戻す。
 同時に右の男が来る。
 手にした警棒を突き出すのを交わし、踏み込んで膝を思い切り蹴りつける。
 膝が伸び切り、腱が切れる音がして男はバランスを崩して前にのめる。
 組んだ両手でその後頭部を地面に叩き落し、緋赤は左の男へ体を振り向けた。
 最後の男はシュラインへ直進し、手にした何かを投げつけた。
(やばっ)
 緋赤はあと二歩、届かない。
 シュラインが守るようにバッグを抱え、迎撃にか声を出そうと口を開くのを緋赤は見た。

■■■

 影をゲートに転移した瞬間に目の前へ投げつけられた何かを、黒榊・魅月姫は難なく顔の前で掴んだ。
 瞬時に投げ返したそれは、銀光を引いて投擲した男の肩口へ、服地を貫いて突き刺さる。
 柄まで沈んだそれは投擲用のナイフだったが、魅月姫の手には傷一つない。
 後ろからシュラインの軽く驚く気配を感じながら、魅月姫は男へと軽く近付いた。
 男は開いている手で新しいナイフを取り出し、再び投擲する。
 魅月姫は至近距離のそれを難なくかわし、抜き手を男の鳩尾に突き立てた。
 防弾素材だろう板状のものを砕き、手は男の腹にめり込む。
 男が口と目を極大に見開き、直後に衝撃で後方へ吹き飛んだ。
 ビルの外壁へ激突するのをそのままにし、魅月姫はそこでようやく後ろを振り向く。
「お怪我はありませんか」
 トートバッグを抱えたシュラインが、大丈夫よ、と頷く。
「ありがと、助かったー」
 言う彼女が古田・緋赤であるということは、魅月姫は零から聞いていた。
 緋赤の足元には二人の男が転がっている。
(三人、ひとまずこちらは終わりですね)
 そして、見知った気配のするトートバッグに目を向ける。
「その中ですか?」
 それだけで通じ、シュラインが頷く。
「ええ、彼≠諱B皆にはこれから連絡するのだけど」
「わかりました。私が念話を送りましょう。それと、すぐに移動した方がいいでしょうから、皆さん転移でお送りします」
 言って自らの影に手を差し伸べると、その形が広がり円を描く。
 それを見て、緋赤が目を輝かせた。
「それって、さっき出てきたみたいに移動できるの?」
「慣れない方は少し酔うかもしれませんが、目を閉じて頂けていたら大丈夫ですよ」
「そっかー、すごいなー、秘密道具みたい」
 好奇心旺盛に影に触る緋赤に、側のシュラインも笑みを浮かべる。
 と、その腕の中のバッグが動いて、黒い猫が顔だけを外に出した。
 魅月姫と目を合わせ、頭を下げる仕草をする
「君にもまた世話になったようだ。礼を言う」
「いいえ、構いませんわ。ユウカさんがお待ちですから、皆さん戻りましょう」
 言って、魅月姫は影を開いた。

■■■

 草間興信所の中は、ちょっとした混雑の様相を見せていた。
 零とシュラインが割れたガラスを片付け、草間は邪魔とばかりに隅に追いやられている。
 応接セットのソファーではユウカが黒猫チクロを抱きしめ、
「ユウカ、苦しいのだが。それとまず体を洗わないと――」
「チクロチクロ、もういないの、いや。ひとり、いや」
 チクロの話を聞かずにユウカが更に腕に力を入れて、猫が絞られたような妙な声がする。
 隣のソファーでは消耗した希が肘掛にもたれて傾きながら、「よかったね」と笑って見ている。
 向かいでは互いに自己紹介を終えた魅月姫と緋赤が、零が再び煎れてくれた紅茶でくつろぎ、その奥でセレスティがノートPCに向かっている。
 翠はその側で、襲撃者EALM0099の残して行った暗器を検分している。
 ちなみに捕らえたUNたちは、魅月姫が一時的に影の中に拘束している状態だ。
「で、結局なにがどうなったんだ?」
 隅で事務椅子に逆に座っていた草間が声をかけ、皆の視線が一周して黒猫チクロに集まる。
 ユウカが集まった視線にきょとんとした表情を見せ、その隙にチクロが彼女の腕から脱出した。
 応接テーブルの上に乗り、一同を順に見る。
「君たちには世話になったし、迷惑もかけた。私の知る限りのことを話すのが礼儀というものだろう」
 そう前置きをして、チクロはこれまでのことを話し始めた。

 チクロ、EASM0508と呼ばれる彼は、セレスティが調べ上げた通り、日本ハイテクノロジー研究所という施設で開発された実験体だった。
 主に諜報活動用に特化され、人間の工作員と同等以上の知能を得るために脳を改造され体内にも補助脳を持つ。
 猫という外観を活かした活動により、実験体ながらも様々な成果を上げたという。
 しかし、その体躯ゆえに不利になる事態にも遭遇する。
 そのため、彼の補助として新たに開発されたのがユウカ、EALM0081と呼ばれる個体だった。
 Lナンバー、大型哺乳類タイプの戦闘機能特化実験体としては成功を収めたが、そのために知能が発達せず、研究所内ではそれが問題となった。
 しかしチクロはユウカと共に実験や活動をこなすうちに、彼女の無邪気さに触れ、実験体としての己の行動や研究所のありように疑問を抱き始めた。
「ユウカを見ていると、私や他のナンバー持ち、UNたちの誰よりも生きる≠ニいうことを感じさせてくれるのだ。開発され、処分されるのが当然だと疑問も抱いてこなかったが、それは間違っているのではないかと、私はそう思い始めた」
 チクロはそう言い、ユウカを見上げる。
 ユウカは話の内容をわかっているのかいないのか、それでも神妙な表情でチクロへ一度頷く。
「私はユウカも含め、あの研究所の実験体全てを生かしたい。そのために画策をしていたのだが、事態が変わった。ユウカから聞いたようだが、彼女の処分が決定されたのだ」
 しかも、決定を知った日の翌日には処分が終了するように全てが整っていた。
 チクロは悩む間もなく、その日にユウカと共に研究所から逃亡した。
「あとは君たちも知っている通り、何とか逃げ延びているのが現状だ」
 言い終えると、チクロは軽く尾を振ってからユウカの膝に戻った。
 ユウカは、今度はチクロを絞め上げることもなく、そっとその体に手を乗せる。
「それで、これからどうするのかしら? もし何かできることがあれば、手伝いたいと思うのだけど」
 シュラインが静かに言い、希も頷く。
「毒を食らわば、ほ、じゃない皿までって言うしね」
「私も、必要でしたら協力いたしましょう」
 更に魅月姫が言い、チクロは顔を上げた。
「――本当に、君たちは不思議だな」
 呟くように言って、それからユウカの膝の上に立つ。
「できるなら、私は当初の目的通りに皆を助けたい。そのための手段もあるのだが……私の持つ情報を高値で買い取り、そして行動のための手配を取り采配を助けてくれるような人物か団体を捜している。スポンサーとの関係もある。できるならば、どこかの企業などの営利団体には所属しない立場であれば言うことはないのだが」
 その条件に、一同が顔を見合わせる。
「俺は金はない。絶対にない」
「武彦さん、威張ることじゃないわ……」
「人集めだけなら、兄さんでも十分なんですけどね」
「会長はお金あるんじゃない?」
「企業などに所属しない、ていう条件には私は外れるがねえ」
「うーん、あたしはただの大学生だし」
「闇などを使えば、行動を起こす段階でしたらお手伝いできるのですけど」
 と、セレスティが小さな笑みを浮かべた。
「あの方なら、大方の条件に一致するのではないですか? メールが来ましたが、こちらに到着するそうですよ」
 その言葉と同時に、興信所のドアがノックされた。
 草間が返事をし、開いたドアから現れたのは、北庭苑店主、典・黒晶だった。
 その手には、風呂敷に包まれた箱のようなものを抱えている。
「辻斬りの件のお礼に伺ったのですが」
 言って、人口過密な興信所内を、やや驚いたような表情で見回す。
「お邪魔でしたでしょうか?」


 to be continued


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2734/赤羽根・希(あかばね・のぞみ)/女性/21歳/大学生/仕置き人】
【4047/古田・緋赤(ふるた・ひあか)/女性/19歳/古田グループ会長専属の何でも屋】
【4084/古田・翠(ふるた・みどり)/女性/49歳/古田グループ会長】
【4682/黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき)/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】

※整理番号順

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■         ライター通信          ■
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毎度のご参加、ありがとうございます、
そしてお待たせして大変申し訳ありません、ライターの南屋しゅう です。

「Tales of EA」は各話完結の予定でしたが、
展開上、第三話に引きを作る終わりになっております。
また撃退組と捜索組でそれぞれ別の構成になっておりまして、
更に捜索組みの方々も各個別の構成となりました。
他の方のノベルも読んでいただけますと、
違った視点で流れを追っていただけると思います。
至らぬところも多々あるかと思いますが、
楽しんでいただけましたら幸いです。

次回最終話「Tales of EA」は、日を置きまして異界にて募集の予定です。
ご参加、お待ちしております。