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<東京怪談・PCゲームノベル>


奇兎−逆−
 向こうがこちらをどんなに知っていようとも、面識の欠片もない人間の名前を言い当てる人間なんてそうそういない。かく言う幾島壮士もその一人であり、
「どちらさま?」
 と妙に形式張った口調で応じたのも無理のない話である。突然現れた青年は自分の名前らしき単語を口にすると、手にしている一枚のSDカードを無理矢理壮士の手の中に握らせた。その届け先は有名な喫茶店。渡す相手は黒衣をまとった姿をしているらしく、すぐに分かると言う。時間はといえば、今から三十分もしない時刻に設定されている。
 届けろ、ということなのだろうか、とバイト帰りの気持ちよく疲れた頭で考え、壮士は特に深くも考えずに了承した。
「……で、あんたは誰なんだ」
 壮士よりも歳は食っていそうな男は、自分は情報屋で“例の一件”にも深く関わっている存在だと公言した。
「“例の一件”の極秘データです。必要としている人間の仲介人がそこに来ることになっていますから、ただ渡してきてくれれば結構です」
「それは正式な依頼か?」
「お望みとあらば」
「“コピー”は可能か?」
 サングラスの奥から覗く左目が、愉しそうに笑う。情報屋はどうしたものかと考え、了承した。
「ただ向こう側の正確な位置をマークしておかないと、後で大変なことになります。時空の歪みに迷い込むか、或いはどこぞと知らない場所へ迷い込むか」
「そういうあんたはどうなんだよ?」
「幾つか初期設定はしていますが、手傷を負ってしまうと誤差が生じてしまうみたいです。まあ、この距離なら歩いて帰れるでしょう」
 その格好で帰るのか、と壮士は口に出しそうになるが、寸でのところで呑み込む。高そうなスーツは血塗れ、顔は優男だがその半分を包帯で覆っている。危険人物に見える可能性は、充分すぎるほどにある。
「気を付けて、な」
 その意味をどう察したのか、情報屋は嬉しそうに顔を綻ばせてその場を去った。後に残されたのは小型の情報と膨大な価値。待ち合わせ場所の喫茶店は、全国チェーン店の二十四時間営業の店だ。時間には早いが、行ってみても損はないだろう。

 無理のあるエプロン姿の制服を着た店員に案内され、壮士は小奇麗な店内を進む。軽く周囲を見渡してみるが、目当ての人物はいないようだ。中途半端に沈むソファに腰を落とし、メニューへと目をやる。流石にバイト帰りだけあるだけに、少々小腹が減っている。賄いをつまんできたものの、これでも一応成人男性だ。軽くであれば、腹へ収めることができるだろう。
 そうは思うものの、コーヒーを一つ注文するだけに止まった自分が何とも哀しい。
 別の客が来たのは、丁度その時だった。全身黒衣の、とは言うものの黒いコートを羽織っているだけなのだが、青年が一人店内へと入ってきた。情報屋と違って、歳は壮士と同じくらいだ。表情が乏しいのが残念だが、第一印象は想像していたものとははるかに掛け離れていた。
「……ああいう依頼する奴の使いっぱだから、相当厭なヤツかと思ってた」
 身を乗り出した壮士の視線が、青年のとぶつかる。預かったSDカードを宙にちらつかせて見せると、彼はこちらへとやってきた。
「お待たせしました。Altairの代理人です」
「こちらこそ、情報屋の代理人だ」
 頭を下げようとするでもなしに手を差し出しているということは、彼は外国の育ちなのだろうか。ということは、即ち“Altair”も外国にいるという可能性もある。互いに手広くやってるんだな、と感慨に耽りながら、壮士はSDカードを青年に手渡した。
「これで俺の仕事は完了。帰るから、会計しといてくれよな。注文したのは勝手に飲んでていいから」
「構いませんが、淡白な方ですね。話ではもう少しこちらの情報を持ち逃げされると聞いていたんでね」
「俺は代理だ」
「僕も、です」
 互いに、望む情報は差し出せない。
 要は、そういうことでしかない。
「まあ、これも何かの縁です。少し話、宜しいでしょうか」
 青年の語るのは、SDカードの中身と呼ばれるもの。そこには“奇兎”と呼ばれる、遺伝子に刻まれた異能者達のデータがありとあらゆる限り詰まっているのだそうだ。青年自身もその研究に関わっているらしく、出来ることなら“Altair”に渡さずにとんずらしてしまいたい、と溜息交じりにぼやいた。
「以上が僕の語れること、ですね。あなたがこの事件に関わっている限りまたお会いするかとは思いますが、その時はどうぞよろしくお願いしますね」
「味方で共同戦線でも張るのか?」
「……予想では、その逆です」
 冗談の全くない笑み。否、笑みとすら呼べるシロモノではない。単に事象を眺め、通り過ぎていくだけの存在にも見えた。
「手加減はしねえよ」
 壮士は言う。
「全力でやるってのも礼儀だからな」
 言い残し、壮士の姿はふいと消えた。情報屋からコピーした、転移の能力を行使したためであろう。客はこちらを見ていないからいいものの、残されたイビツな歪みは近くにいる人間に取ってはあまり快いものではない。繊細な人間ならば、嘔吐感をもよおしても不思議ではないくらいだ。
 青年は、つまらなそうに溜息をついた。
 手の中のSDカードを玩びながらポケットへと突っ込むと、壮士の消えた空間へと手を伸ばす。
 既に彼のいた痕跡は何も残されていない。
「面白い、能力ですね」
 その空間を人指し指で切り裂く。変化は当然ながら何も起こらない。
 壮士の注文していたコーヒーが目の前に置かれるのを見て一つ苦笑をすると、手に取り一口だけ飲んだ。湯気の昇り続けるそれを、二口目で一気に飲み干すと、コートの中に突っ込んでいた小銭と伝票を一緒に掌に収める。コーヒーの温もりですら、存在の温かみと同じようにすぐに冷めてしまったのを腹の奥で感じる。
 もうすぐ、夜が明ける。
 白い光を横目で見、青年は来るべき未来を想像し、口元を小さく歪ませた。





【END】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3950/幾島壮司/男性/21歳/浪人生兼観定屋】

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■         ライター通信          ■
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お久しぶりです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

この話は様々な次元で同時進行しているため、敢えて異能の少女は登場させませんでした。
依頼者のパシリとして登場する青年は、別シリーズに登場するキャラクターの伏線として登場させました。
初登場がパシリというのは何ともカワイソーな役割ですが、以後の話のキーとなり人間ですので、記憶に少しでも止めてもらえれば良いと思います。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝