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『Devil of Hymn ― 第三楽章 嘆きの悪魔 ―』
【序楽章】
「嫌だ。嫌だ、絶対に。どうして、どうして俺が、そんな事を…」
「おまえしかいないから。彼女は禁忌を犯して愛する者との命を産んだ。そして私はその命をこの時よりも未来に流した。私はその罪を問われなければならない。だから問われるのなら、私はおまえがいい」
「それを、それを俺は嫌だと言っているんだぁ!!!」
「私の、願いは聞き届けてはくれないか?」
「どうして、どうしてそうやって皆、俺の前からいなくなるんだよ」
あの日、俺は絶望に暮れていた。
降りた人間界で彼女は運命の出会いを果たし、そして禁忌の子を産んだ。
そしてその己の命と引き換えに彼女の産んだ子をこの人は未来に逃がした。
そうしてこの人は、まだ準天使の俺に自分を裁けと言うのだ。
どうして???
どうして、私と共に戦え、と………
―――もしくは私と共にどこまでも逃げてくれと言ってくれないんだ。
俺はあの退屈な天界でいつもこの人と競っていた時から、この人が、この人が大好きだったのに。
いつか越えたいと願っていたのに。
どうして???
「私はおまえに私と一緒に戦って欲しいのだよ」
「え?」
「断罪の天使がどうして忌み嫌われるか、わかるか?」
「それは、断罪の天使が…」
殺した天使の天力を己の力として取り込む忌まわしき存在だから。
「そうだ。断罪の天使は罪を犯した天使の罪を問うべき存在。故に強くなければならない。悪しき力に、心に負けないように。だけどほとんどの者がその力に心を溺れさせる。悲しい事にね。でも、でもおまえは違うだろう? おまえは力には溺れないだろう? 今回の事でおまえは大きく成長した。今のおまえなら、道は間違わないだろう?」
「それは………」
ぐぅっと彼は拳を握り締めた。
神によってこの世から完全に消滅させられた彼女。
この人が時空の狭間から未来に逃がした、泣きじゃくる命。
そして神によって愛しき者たちを奪われて、その憎しみと怒りの果てに悪魔となったあの男。
たくさんの悲しみと憎しみの螺旋の果ての光景を彼は見た。
―――それに抱いた想い。
何が正しく、何がいけないのか?
もしくは何がいけなかったのか?
そんな事をとりとめもなく虚ろに考えてきたこれまでの、時。
答えは指の先を掠めるばかりで、彼の手には入らないけど、でもそれを哀しく想いながら想う。
きっとそれに答えなど無いのだ、と。
「おまえには上に行ってもらいたい」
そう静かに言いながら彼の手を取る彼女を見る。
「上に行き、力を持て」
微笑む彼女。
「そしていつかあの娘と、その隣に必ず居るであろう私を守っておくれ」
それは約束。
おまえにだけ、この哀しき運命を背負わせはしない、と。
「私は必ずまた輪廻の果てに生まれ変わって、おまえの前に立つから。あの命が流れた時代に生まれるから。だからおまえはそれまでに上に行き、偉くなって、そして天界を変えておいておくれ。あの娘が笑って生きられるように。今度こそ、心から想う誰かの隣で生まれてきた事を、母親が自分を産んでくれた事を感謝できるように。私もあの娘の隣で必ずあの娘を守るから。だからおまえはその私とあの娘を守っておくれ」
手の平に感じた彼女の左胸の柔らかみ。
伝わってくる温もりと共に、彼女の天力もまた、移ってくる。
それに彼は涙を流した。
漆黒の翼は弾け、そして漆黒の羽根が舞い狂う場所にひとりの力を無くした天使を抱き抱える純白の翼を持つ断罪の天使が立っている。
「約束しよう。いつか必ず生まれてくるあなたと、そして彼女を私は守ると」
そしてそれから時は流れ………
「我は断罪の天使なり」
ずっと見守ってきた彼はついにその姿を見せて、運命の舞台にあがった。
【第三楽章 嘆きの悪魔】
【T】
「じゃあ、行って来ます、シスター」
お弁当に水筒を入れた鞄を背負った悠香はそれこそ本当に遠足に行く子どものような顔でにこにこと笑いながら、表まで見送りに来てくれたシスターに行ってきますを言った。
「ああ、楽しんでおいで」
そしてシスターは悠香にヘルメットを渡す京也の方を見て、意地悪に笑う。
「京也、しっかりと安全運転するんだよ。交通ルールは自分と他人、その両方の命と人生を守るために守るんだからね」
「へいへい、わかってるよ、シスター。んなガキじゃないんだからさ」
「あら、きょうちんはいつまで経ってもガキじゃない」
しっかりと京也の後ろに座り、腰に両腕を絡めた悠香が悪戯っぽい笑い声で言う。
京也は溜息を吐きつつ、フルフェイスのヘルメットで渋面が浮かんだ顔を隠すと、アクセルを吹かして、そしてシスターに行ってきます、と、軽く右手を上げてから、バイクを発進させた。
まだ早朝の薄暗い道を悠香を後ろに乗せた京也のバイクは駆け抜ける。
きっちり法定速度内で走らされているバイクはきっと不思議に想っているであろうか?
意外と法定速度内の緩やかなスピードで走るバイクも心地良いものだと京也は想った。
彼がいつもバイクを走らせる時はスピード狂、もしくは遠回りな自殺かのような驚異的なスピードで走っている。
だけど別に彼がそのスピードで走っているのはその両方の理由からではない。
ただ風の音がすべてを掻き消してくれるからだ。
いつも周囲に流れている、雑音。
周りが発する偏見、悪口、
自分の心が発する弱音、不安、嘆き、
もうひとりの自分が発する囁き、
そういう死期の近いラジオが発するようなただ耳障りな雑音すべてが、バイクに乗っている時は、後ろに流れて行く風の音に掻き消されて、心がすべてから解放されたような気になるから。
だから彼はいつも狂気的なスピードで走っていた。
風の音が途切れないように、そしてせっかく振り切ったモノに後ろから追いつかれないように、と。
だけどでも、今のスピードも悪くは無かった。
どこか近くて遠い場所から聞こえてくるような街の雑音と風の音、そして悠香の音色の三重奏。
後ろから抱きつく悠香の体の柔らかみ、体温、鼓動……そういう悠香の音色、それが心に心地良かった。
このままずっとバイクを流してしまってもいいぐらいだった。
「………いい」
「ああ?」
後ろから聞こえた悠香の声。
京也はバイクのスピードを落として、
悠香はわずかに身を前に乗り出させて、もう一度大声で叫ぶ。
「すごく気持ちいいね、きょうちん」
「おお」
赤信号で停止。
体にバイクの振動を感じながら京也は後ろの悠香に言う。
「怖くないか?」
「うん、大丈夫。もう少しスピード速くっても大丈夫なくらい」
にこりと笑って言う悠香に京也は口の片端を意地悪に吊り上げる。
きっと悠香がそれを見ていたら前言撤回と慌てて言っていただろうが、生憎京也の顔はフルフェイスで隠れている。
「偉そうに。絶叫系は苦手なんだろう?」
「想ってたほど怖く無いし」
「上等」
そう言うが早いか京也は青信号でバイクを発進させる。
スピードが速くなったバイクに後ろの同乗者は「きゃぁー」という声をあげて、思いっきり京也に抱きついた。
すぐにバイクはウインカーを出して、左による。
「あははははは。ゆう、すげー声。鼓膜破れそうだし、あばら折れそう」
「あ、ひどい! すごくひどい!!! ほんとに怖かったんだから!!!!」
笑う京也にぎゅーっと抱きついていた悠香は身を前に乗り出させて、ぺちぺちと京也の頭を叩いた。
こんな事だったらやっぱりお弁当の中身は京也の大嫌いな物のオンパレードにしてやればよかった。
くそう、残念。
「行くぞ、ゆう」
「ふん」
ぎゅっと抱きつく。
そして走り出すバイク。
スピードはゆっくりとしていて、ものすごく乗り心地は良かった。
「きょうちんのばか。大好き」
ぼそっと言う、悠香。
京也の体の振動から、彼がくすっと笑ったのがわかった。
悠香はうぅ〜、という表情を浮かべながらも、やっぱりどうしようもなくこの状況に緩む顔を、京也の背に埋める。ヘルメット越しに聞こえてくるようだった、京也の優しい心臓の音色が。
そのままバイクは市道を抜けて高速に入って、そして目的地へと到着する。
【U】
ずっと行きたかったけど、行けない場所があった。
そこはどこか入りづらい感じがしたのだ。
絶え間なく流れる軽やかで賑やかな音楽。
そして幸せそうな家族連れの笑い声。
だけど私にはそれが、おまえのような家族のいない人間が訪れるべき所ではない、って言われているようだった。
初めてきたのは小学校の遠足でだった。
園内に入った瞬間にそこに広がる光景…幸せな家族の絵に、私は泣いてしまった。
それからは一度も私はここを訪れてはいない。
いけない、と、想ったから………。
「うわぁー、開園とほぼ同時に来たのに、すげー人間だな」
「うん、だね。でもきょうちん、寒さにも待ち時間の長さにも負けないようにがんばろう」
私は両拳を握ってきょうちんに言う。
きょうちんは苦笑して、私のおでこを人差し指で押した。
「はりきって」
「はりきりますとも。だって今日は………」
デートなんだもの。
私は自分からきょうちんの左腕に両腕を絡めた。
その私を頭二つ分ぐらい上の高さから見下ろしてくれるきょうちんの眼差しはすごく温かくって、優しかった。
だから私は大丈夫。
もう大丈夫。
あの小学生の時の泣いている私の幻影に、私は幸せを胸一杯に感じながら微笑みかける。今の私はもう大丈夫なんだと。とても優しい大好きな人の温もりに守られているから、幸せそうな家族の声が包み込むこの空間にでもいられるんだよ、と。
「じゃあ、まずは大きな雷の山に行こうか、ゆう♪」
「え、あ、うそ。私は、小さな国かもしくは灰かぶり姫のお城が…きょうちん…ダメ?」
「却下」
笑顔で言うきょうちん。引き摺られていく私。
「だって、だって、だってここまでバイクを運転してきたんだから絶叫系はもういいでしょう?」
泣き顔で訴えると、きょうちんは笑顔で言う。
「うん、だからスピードに飢えちゃって」
「わーん」
そうして待ち時間ほぼゼロで絶叫系の乗り物を連続で乗せられた私は見事にグロッキー。
「ほら、ゆう。炭酸。こういう気持ちの悪い時は炭酸の方がいいんだ」
「ありがとう。って、お礼を言う必要は無いんだよね」
笑顔で毒を吐いてあげると、きょうちんの顔が若干引き攣った。
「アイスクリームも食べるか?」
「うん。イチゴとバニラ、チョコ、ミントの四段重ねがいいな、きょうちん。そうしたら調子に乗った誰かさんに連続で苦手な絶叫系に乗せられた私の気分も治るかも♪」
「はいはい。敵いませんな、悠香姫には」
私はくすくすと笑って、きょうちんが買って来てくれたジュースを口にする。
ん? と何気なく向けた視線の先には小さな女の子が居て、私は彼女に微笑んで、彼女も私に微笑んで、そして彼女は隣に歩いていた母親に幸せそうに抱きついて、優しい父親が彼女を抱っこする。
本当に幸せそうな光景。
だけど私も幸せな女の子。
とても大好きな人に隣に居てもらえるから。
あの廃工場。
血の匂いが満ちたあの場所で、きょうちんは私に告白してくれた。
そして私もだから己の運命を受け入れられたのだ。
大好きな、とても大切な人を守るために。
これからもその人と一緒に居るために。
「ゆう、どうした?」
「あ、きょうちん。ううん、何でも」
私は笑顔で顔を横に振って、そして彼からアイスクリームを受け取った。
それからきょうちんと手を繋ぎながらパレードを一緒に見て、きょうちんと一緒に私の手作りのお弁当を食べて、買い物をして、心の奥底から楽しんで遊んだ。
いっぱいいっぱい写真も撮った。
きょうちんと二人で。きょうちんと私、そしてマスコットさんたちとも。
本当にたくさん。
あの目の前に広がる光景に泣いてしまった小学校の時からずっと今日まで想い描いてきた光景を実現したくって。
【V】
走るバイク。
夜風はとても冷たかったけど、でも心はとても温かかった。
京也と悠香は家を目指していた。
あともう少し。そう、教会の屋根にある十字架は家と家の隙間から見えていた。
なのに、その二人の前にそれは現れた。
周りにある夜の闇よりもどろりとした濃密な闇の気配を持つ、男。
京也はバイクを止めた。
きゅっと京也の腰に回されていた悠香の両腕にさらに力が込められる。
「大丈夫、ゆう。ゆうは俺が守るから」
京也はメットを脱いで、男を見た。
父親だ、というその男を。
「よう、息子。なんだかしばらく会わないうちに男の表情になったじゃねーか」
「黙れ。何の用だ?」
冷たく言い放つ京也に男は肩を竦める。
「何の用だ、と言われてもな。父親が息子と娘に会いに来るのに、用事が必要なのか? なあ、息子の京也。そして娘の悠香」
震える悠香の手に京也は自分の手を重ねた。
そして彼を睨んだ。
「俺たちの家族は母親のシスターと弟や妹たちだけだ」
心の繋がり。
本当に大切な家族。
だから。
京也はバイクから降りる。
そして力の解放。
膨れ上がる血管。血走る目。
男は鼻先で笑った。
「学習能力が無いのか。それでダメなのは先刻承知済みのはずだが? そうだ。それでは足りない。まだ!!!」
男の上空にあった大気が揺らぎ、消し飛んだ。
そしてそこに居るのは魔王であった。
伝説に謳われる魔王クラスの悪魔。語り継がれるほどの強さと狂気を持った存在。
正直、その凄まじい魔力に立て居られないほどであった。
今にも折れそうになる心。
―――だけどそれを支えてくれるのは温もりだった。
シスターの、弟や妹たちの。
そして誰よりも、
何よりも大切な、
悠香の。
受け入れてくれた悠香。
だからもう、怖くは、無い。
自分の知らぬ自分になる事を。
たとえ変わってしまっても、変わらぬ心はあるから、
どんな姿になろうとも、自分を受け入れてくれる人は居るから、
だから自分自身も受け入れられる。
そうだ、受け入れよう。
自分も魔族の血を。
運命を。
遺伝子を。
魔道の血脈。
遥か時を越えて受け継がれた、遺伝子。
それが目覚める時、ようやくすべての歯車が回りだす。
どくん。世界が脈打った。
そこに居る新たな魔王に。
全身の皮膚や爪は硬質かし、そして背に生えた蝙蝠の翼。
冷たく冷めた目が遺伝子上の父親を見据える。
「殺せるか、おまえに?」
「ああ。その覚悟はある。悠香と家族を守れるなら、世界を滅ぼす覚悟はある」
「ならば見せてみろ。その覚悟を」
そして二人の魔王はそこより消えた。
+++
「きょうちん」
悠香は泣き叫んだ。
そしてその彼女の目の前にひらひらと純白の羽根が舞い落ちてくる。
天使降臨。それは断罪の天使。
「あなたは…」
悠香は震える。彼女の中に流れる禁忌の天使の血が。
「矢島悠香よ。おまえは選ばねばならない」
「え?」
「今、おまえの道には二つの道がある。それは天使として私と天界に昇るか、それとも人として生きるか。その二つの道ならばおまえは平穏な生を送れるだろう。しかしもしもおまえが三つ目の道、悪魔を受け入れて、その身を魔道に堕すのなら、私は断罪の天使として、おまえを滅ぼす」
大きく青色の瞳を見開く。
そしてその後に彼女は柔らかにその目を細めて、微笑んだ。
それは恋する女が浮かべる表情だった。
そう、人を一番に強くする想い、それは希望でも絶望でも、怒りでも復讐でも無い。
愛だ。
「私は迷わずあなたが選択肢に入れなかった3番目の道を選びます。心の奥底から愛する御手洗京也と共に歩む道を」
愛おしくって、
憎らしい。
その矛盾した感情は、もう悠香の中から消えていた。
京也を受け入れ、
その身を彼に任せた瞬間に。
「それは堕天の翼…」
断罪の天使がうめくように言った。
堕天の翼。
白と漆黒、その二つに塗り染められた翼。
しかしそれが何であろうか?
純白の翼。
汚れ無き翼。
神を愛し、
神を想い、
神だけを見て、
純潔を守り通す天使の翼の色。
だけど悠香は違う。
悠香は京也と出会い、
彼に恋をし、
二人は結ばれた。
それを汚れと呼ぶのなら、
それは間違いだと悠香は想う。
知っているから。愛する者が居る幸福を。
とても嬉しく、幸せな時間。想い。
紛れも無く自分が彼に抱くのは愛なのだ。
紛れも無く。
だから悠香は抱こう。
詠おう。
京也への愛を。
誇りを持って。
幸せを感じて。
好きな男と出会い、恋をし、その身を任せる。
それを悠香は間違いではないと信じている。
「それを汚れとは私は想わない。何よりも尊く純粋な感情だと私は想う。だから私は守りましょう、このあなたが堕天と呼ぶ翼にかけて」
とても尊く純粋で、そして何よりも強い表情を浮かべながら悠香はそう説いた。
そして悠香の翼は羽ばたいて、今まさに二人の魔王が戦っている次元の狭間へと飛んでいった。
すべての回りだした歯車が噛みあった。
+++
残された断罪の天使は小さく口だけで微笑んだ。
「参ったな。母親と同じ事を言う」
そして彼女は神によって殺された。
「私を京也と悠香の下へ連れて行って欲しい」
凛とした声がそこに紡がれる。
そうして彼はシスターを見て、頷いた。
「はい。それは時空を越えたあなたとの約束だから」
【W】
二人の拳が同時に顔面にヒットした。
そして二人同時にその押し合う力を利用して後方に飛ぶと、再び構えあった。
「なかなかにやる」
「はん、こっちとら喧嘩で多くの場数を踏んでるんだよ」
翼が羽ばたかせて、前方に飛び、そしてガードなどとは考え無しの殴り合いを空中で始めた。
殴り負けた方が死ぬ。
ただそれだけの簡単な殺し合いのルールに乗っ取って。
京也のストレートが決まり、
男の膝蹴りが京也に決まって、
二人は後方に飛んで、山に直撃した。
二人のめり込み具合は同等。
「それが覚悟の力か、息子よ」
「そうだ」
笑う男。
「ならばおまえは俺には勝てない。そして俺と同じように神から愛する女も守れない」
「なにぃ?」
京也は顔をしかめる。
しかしその京也は無視して、男は力を解放した。
その瞬間に彼がめり込んでいた山は消し飛んだ。
彼が手に持つ剣、それは堕天使の剣。
そしてその剣を彼は振り上げて、いっきに振り下ろした。
転瞬起こった衝撃波が京也を襲う。
真空の刃にずたずたにされた京也は大地を削りながら吹っ飛んで、荒れ果てた大地に転がった。
ゆっくりと男が京也に向かって歩いてくる。
「その程度の覚悟で何ができる? この俺すらも殺せない。口では殺す、殺すと言いながらもおまえがそれができないのは、おまえが俺を父親と認めているからだ」
大きく両目を見開く京也。
「その甘さが命取りだと言っている」
転がっている京也を蹴り上げて、そしてその京也に向けて第二撃。
「かつてひとりの人間の男が天使の女と出会い、愛しあった。しかしそれは神の逆鱗に触れて人間の男との間の子を産んだ天使は殺された。男は神に復讐を誓い、魔道へと身を堕した」
空中から落ちてくる京也を貫かんと、魔王は堕天使の剣を持つ腕を引く。
「俺は悠香と共に神に復讐をする。神を殺せるこの唯一の堕天使の剣によって。俺が刀身となり、悠香がそれを振るうのだ」
魔王は叫び、突きを放った。
まっかさまに落ちてくる京也目掛けて、貫かんと。
「きょうちん」
しかし、その京也を救った、悠香。
剣の切っ先が穿ったのは悠香の堕天の翼であった。
京也を抱き抱えたまま、悠香は墜落した。
大きなクレーターの底で、京也と悠香はお互いを支えあいながら立ち上がる。
「二人で俺に立ち向かうか?」
二人は顔を横に振った。
「私たちが戦うのは運命です」
悠香がそう言いきった瞬間、その場に新たな乱入者が登場する。
「自らを助ける者は天が助ける。エィメン」
京也のバイクを全速力で走らせるシスターはそのまま男に突っこんだ。
だがそれが何になろうか?
男は無造作に左手を出して、そのバイクを止めた。
しかしバイクのフロントがぐしゃぐしゃになった瞬間に彼の目がわずかに見開かれる。
バイクの上にシスターはいない。
その時には彼女は空を舞っていて、そして銃剣の銃口を彼に向けて、トリガー。
純銀の弾丸という天使は魔王を穿たんと飛来するが、しかしそれを男は堕天使の剣で打ち落とした。
「これが何になる?」
そうだ。人間風情が何をしたところで無駄な努力だと何故気付かぬ?
無駄な努力?
本当に?
ならばこの寒気は何だ?
剣を旋回させるその腕の方に彼は目をやった。
そして剣を持つ自分の手首目掛けて打ち落とされる銃剣の刃をその時初めて視界に映す。
「まさかすべてこの一瞬のために?」
「女とは、いつも男の一歩も二歩も先の事柄を見つめているものさ」
シスターはにこりと笑い、自分の銃剣の刃と交換に魔王の手首を切り落とし、そして素早く手首を捻りながら腕を振り上げて、銃剣で落ちる魔王の手首…正確的には堕天使の剣を弾いた。全て計算通りに。
「京也。心に剣を抱け。そして悠香。その剣をおまえが抜くのだ」
あの断罪の天使が教えてくれた真実。
魔王は右手の腕からどぼどぼと血を流しながらその腕でシスターの顔を殴り飛ばした。
「このクソ女が時空を越えてまで俺の邪魔をするか」
笑うシスター。
激昂する魔王はその表情に自分の敗北を悟る。
落ちてきた堕天使の剣。
しかしそれは京也が手に取った時には、刀身は無かった。
「京也。シスターの言葉を思い出せ」
上空からかけられた声。
断罪の天使がそこに居た。
京也。心に剣を抱け。そして悠香。その剣をおまえが抜くのだ――――
心に剣を抱く。
剣ならば常に抱いていた。
その刃はすべてを斬る。
触れるモノすべてを。
自分の守りたいモノ以外のすべてを斬る刃。
京也は堕天使の剣の柄を左胸に突き刺した。
それは鞘に収まるかのように京也の中に消えて、
そして悠香は京也をぎゅっと抱きしめて、彼にキスをし、ダンスを踊るように後ろに倒れ行く京也を左腕だけで支えながら右手を彼の左胸に入れた。
そうして転瞬、京也という鞘から生まれ出でる剣。
冥界の宝石かのような漆黒の刃を持つ剣を悠香は抜き去り、
京也の体を静かにクレーターの底に寝かせて、翼を羽ばたかせた。
「京也、悠香」
魔王の頭上に羽ばたいて、あがる。
そのまま翼を羽ばたかせて急降下する悠香。
剣を横に構えて、
そして横薙ぎに一閃させる。
擦れ違った瞬間に。
「よーし。それでこそ、俺の息子、俺とあいつの娘。もう大丈夫だ」
悠香は、そして剣となっている京也は聞いた。父親の言葉を。
そうしてただの…誰よりも自分の娘の身を案じ続けた父親はその次の瞬間にどす黒い血を吐き出して、灰となって消えた。
「お父さぁ―――――ん」
悠香の泣き叫ぶ声に送られて………。
【ラスト】
「導こうとしていたのか、俺たちを…」
その場に泣き崩れて、泣きじゃくる悠香を後ろから抱きしめながら京也はやりきれないように呟いた。
「そう。この世のすべてを憎み、復讐の唄を歌い続けながらも、彼もまた間違いなくひとりの父親だったのだ。自分の守りたい者を守るために、他人の命を利用して、京也と悠香を導いた。いや、これこそ彼の神への復讐であり、ようやくその始まりなのかもしれない」
シスターは重い溜息を吐いて、そして胸の前で十字を切った。
「罪は永遠に。されど我は死者のために祈らん。エィメン」
「馬鹿野郎が」
京也は大地に拳を叩きつけた。
そうしてその三人の前に断罪の天使が舞い降りる。
「あなたたちは選んだ。運命と対峙する道を。ならば私も選ぼう。今度こそ、あなたたちと共に戦い、守る道を」
そう言う彼に少し驚いた表情をした後に京也は頷き、そしてシスターも頷いた。
「ゆう?」
心配そうに見る京也に悠香も頷き、そして白き翼は羽ばたいた。
今はただあるべき世界へ帰るために。
― To be continued ―
++ライターより++
こんにちは、矢島悠香様。
こんにちは、御手洗京也様。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
いかがでしたでしょうか?
今回の第三楽章は?^^
ようやく物語はこれで始動です。^^
あの魔王は何でしょう?
やっぱり父親だったのだと想います。
何よりも自分の子を想う。そしてほんの少しだけ悲しみと憎しみに囚われすぎて、その方法を間違えてしまった…。
悠香さんと京也さんはそれに色んな事を抱くでしょう。
考えるでしょう。
そして僕が言いたいのは、とにかく考え続けろ、かな。
そうしてその生き様を見せてあげて欲しい、ただそう願うばかりです。
でもきっと悠香さん、京也さんは大丈夫ですよね。
二人一緒なのだし、優しく偉大な母親が居るのだから。
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼ありがとうございました。
失礼します。
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