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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


鯉のぼりを食べたい猫 (小判先生 四)

 ゴールデンウィークが終わり、人間たちは忙しく働きまわっている。一方自由な身分である足袋猫の小判先生は、縞模様の単を羽織って今日ものんきに縁側で丸くなっていた。そして細く長い小判先生の尻尾にじゃれているのは、緑の目をした可愛い仔猫。最近では小判先生に倣い片言ながら人間の言葉を喋るようになってきている。
「せんせ、せんせ」
「なんじゃ、うるさいな」
「お魚、いなくなったね」
「魚……?ああ、鯉のぼりのことか?」
仔猫はぽかんと口を開けて青空を見上げている。ついこの間まで、屋根の上には色とりどりの鯉のぼりが気持ちよさそうにたなびいていた。
「ね、せんせ」
「ん?」
「あのお魚、食べてみたい」
「……は?」
言うまでもなく、鯉のぼりは布でできた偽ものの魚である。小判先生はそれを仔猫に説明しようとしたのだが、妙なところで頑固というか、思い込みの激しい仔猫はただひたすらにあのお魚が食べたいと繰り返すばかりだった。
 理屈の通じない相手に対して、小判先生は弱かった。
「……と、いうわけじゃ」
小判先生が避難してきたのはもちろん、草間興信所。
「お前んのとこで誰か、あいつをなんとかできるのはおらんか」
どうやら、草間興信所の常連に助っ人を求めるつもりだった。

「ん?今、窓から入ってきたの・・・・・・」
「小判先生ね。全く、ああいうところだけは猫なのよ」
散歩のついでにコーヒーをたかりに来た幾島壮司の目線の先を、細長い尻尾が揺れていった。ポットを片手にシュライン・エマが今度は急須を準備する。小判先生の好みはほうじ茶だったが、猫舌なのでぬるくしなければ飲めなかった。
「また武彦さん、厄介ごとを負わされるのかしら」
「そうでもないみたいだぜ。ちょっと、聞いてみろよ」
小判先生と草間武彦の会話を、耳をそばだてて聞いていた壮司はサングラスをいじりながら声を立てず笑っている。あの人を食ったような小判先生が参っている、それだけでおかしいのだろう。
「鯉のぼりが食いたい、なんて面白いこと言うなあ」
「よう、お前も聞いてたのか」
いつの間にか二人の背後に羽角悠宇も立っていた。
「面白そうだ。付き合ってやろうぜ」
「鯉のぼりはどうする?」
「日和の家に、でかいのがあったはずだ。俺が取ってくるから、また小判先生の家で会おうぜ」
「ああ」
現地集合だと、壮司は手を振る。それからシュラインを見て、
「あんたはどうする?」
と聞いた。そうね・・・・・・と、シュラインは少し考えてから
「あの子が食べられるような鯉のぼり、作ってみようかしら。スーパーに寄って買出しに付き合ってもらった後、小判先生の家ね」
付き合うという意味、わかるわよね?とシュラインは微笑む。了解、と壮司はコーヒーを飲み干した。

「ほう、賑やかなもんじゃ」
草間興信所で無駄潰しをしていた小判先生が自宅へ戻ってくると、狭い家の中には仔猫と六人の人間がひしめきあっていた。土間の水回りにはエプロンをつけたシュラインと鈴森鎮、板の間で青い鯉のぼりを広げているのは悠宇と初瀬日和、そして手伝わされている壮司。彼らを横目に隅のほうであぐらをかいているのが門屋将太郎。全員の顔を見回すと小判先生は目を細めた。
 彼らが小判先生の家に着いた順番は、こうである。まず散歩をしていた将太郎が偶然、家に残された仔猫の鳴き声を聞きつけて上がりこんだ。そこで一緒に留守番をしているとスーパーで買い込んだたっぷりの食材を抱えてシュライン、壮司、鎮の三人が到着、さらに悠宇と日和が鯉のぼりを土産に訪ねてきたのだった。
「ああ、ちょうどよかった小判先生。帰ってこられたのね」
シュラインが小判先生を最初に見つけ、襟首を掴んで引き止める。お湯を沸かすためにかまどの場所を尋ねたのだが、小判先生の家にはなんとかまどがなかった。
「猫じゃからの、火なんざ危なくて使えやせん」
というのが小判先生の理屈。仕方なく鎮がコンビニまでレンジで炊けるご飯を買ってこようとしたのだが
「おい、そっちは俺が行くからこっちなんとかしてくれ!」
小さな後ろ頭を壮司が引きとめる。
「おい、そっちは俺が行くからこっちなんとかしてくれ!」
「こっちって、なにがあったの?」
振り返ると、板の間では悠宇と日和が鯉のぼりの頭のほうと尻尾のほうからそれぞれ中を覗き込んだり、手を伸ばしたりしていた。
「仔猫が、鯉のぼりの中から出てこないんです」
日和の持ってきた鯉のぼりは全長が二メートルより少し大きいくらい、太さは電柱の二割増しといったところ。
 幼い頃、日和はこれを潜り抜けてみたいと思っていたのだが今はもうできないほどに成長してしまった。それでも、仔猫にはくぐらせてみようと思い頭のほうから入れてみたのだが、仔猫は鯉のぼりのあまりの大きさに怖気づいたらしく腹の中で立ち往生、泣き出してしまったのである。
「お前なら、そのままでも鼬でも入れるだろ?中のちび助、引っ張り出してくれよ」
鯉のぼりをたぐって手を入れれば悠宇でも出せるのだが、そうすると鯉のぼりが皺になりそうで恐くてできなかった。
「仕方ないなあ」
鎮は財布を壮司に渡すと、鼬の姿に変身した。エプロンをつけたままだったので、エプロン姿の鼬だった。
「弄ばれておるのう」
小判先生は座布団の上に丸くなって傍観を決め込んでいる。
「小判先生に育てられただけあるわね」
買ってきたエビの皮をむきながら、シュラインが皮肉をつけ加える。

「にしてもこのちび、勇ましいわりにゃ臆病だなあ」
鼬になった鎮によって、鯉のぼりの中から引きずり出された仔猫を将太郎は抱き上げる。生まれたときよりは随分大きくなったけれど、まだ将太郎の手の平にすっぽり収まるほどのサイズしかなかった。
「鯉のぼりを食いたいってわめいてたのはお前なんだろ?それなのにどうしてまた泣くんだ?」
「だって、大きい」
みい、と泣きながら仔猫は自分の尻尾を抱きしめる。鯉のぼりの中がよほど恐かったらしく、できる限りに小さくなろうとしていた。
「こりゃ、鯉のぼりを食うなんざ無理かもなあ」
仔猫を日和に渡し、小判先生に向かって片目をつぶる。小判先生は尻尾をぱたりと動かし、それで返事を済ませる。
「なあ、でかいったって動かないんだから恐くないだろ?空はもう泳いでないんだしさ」
日和の手の中の仔猫をつついてみても、仔猫は丸くなったまま震えていた。悠宇は日和の顔を見る、ああ、やっぱり日和は不安そうな顔をしていた。
「どうしよう。このままじゃ猫ちゃん、来年から泳いでる鯉のぼりまで恐がっちゃうかも」
「えっと、それってトラ・・・・・・」
「トラウマだ」
言葉を探す鎮に、臨床心理士の将太郎が素早く補足する。それだ、と言いながら悠宇は本当にトラウマになったら困るなあと本気で心配しはじめた。
 そこへ
「おい、いいものがあったぞ。売れ残ってたの、もらってきたんだ」
コンビニから帰ってきた壮司が、二十センチくらいの薄っぺらな鯉のぼりを持ってきた。お菓子がオマケについているような、安いやつだ。
「これなら恐くないだろ?」
仔猫は、鯉のぼりを見ると一瞬身を竦ませたが、相手が意外に小さいと気づくと徐々にその瞳を好奇心に満たし始めた。鯉のぼりの動きに合わせ尻尾がぴくぴくと反応している。
「ほら」
土間のほうへ鯉のぼりをひゅっ、と投げると仔猫は日和の手の中から飛び出して、鯉のぼりに思い切り抱きついた。そこで、そのまま土埃を上げながら鯉のぼりと格闘しているとシュラインが
「ご飯作っているそばで埃立てないの」
と言い、人間に戻って手伝いをしている鎮に命じ板の間へ連れ戻させる。
「もうすぐご飯、できるわよ」
「人間も一緒に食べられる鯉のぼりだぞ」
デザートには特大のミルクプリン、これは鎮の注文である。
「ねえ、鯉のぼり動かない」
板の間に連れ戻された仔猫は、どうにか落ち着いたらしく大きな目をさらにも大きくしながら鯉のぼりを爪で弄んでいた。
「なんで?」
「鯉のぼりは、今休んでるんだ」
今の仔猫の様子では、今度は鯉のぼりを見るたび飛びつきかねないということで壮司が言いくるめようとする。
「これは、秘密の話なんだけどな。鯉のぼりってのは実は、子供たちを悪い気から守っている魚なんだ。悪い気は固まりで世界を漂流しててな、毎年五月になると日本に流れてくる。鯉のぼりが戦わないと、子供たちはみんな悪い気に負けて悪い子になっちまうんだ」
「へえー」
自分が安穏に暮らしている陰で、そんな争いが繰り広げられていたのかと、仔猫は感動しているようだった。そんな仔猫に聞こえない声で、悠宇はこっそり壮司に訊ねる。
「なあ、本当にそんな伝説あるのか?」
「まさか」
しゃらりと壮司は舌を出す。嘘八百か、と呆れている悠宇の背中越しに、シュラインの声が響いた。
「ご飯、できたわよ」

 その日、小判先生の家の夕食は鯉のぼりを中心に模した可愛い散らし寿司だった。目の部分にはゆで卵の輪切りを使い、ウロコにはタコの薄切りを重ね、工夫が凝らされている。
「先生と猫ちゃんは、魚食べ過ぎないようにね」
猫にとって魚は大好物だが、あまり食べ過ぎると実は毒なのである。食べ過ぎると神経炎になると書かれている本を、この間読んだばかりだった。
「なあ、プリン食べていい?プリン」
散らし寿司を盛大にかきこみながらも、鎮の心はすでにデザートへ飛んでいた。
「余ったら、分けてもらえるかねえ」
同居人のことを思い、もしくは食費を浮かすため、将太郎は切り出す。
「ええ、どうぞ。私も武彦さんと零ちゃんに持って帰るつもりですし」
全員に土産として、シュラインは小さな重箱を六つ用意していた。
「コーヒーが一番だが、たまには日本茶も悪くないな」
家には日本茶がないので、どうやって重箱の分を食べようかと壮司は思案している。
「家に持って帰ったら家族に食われちまうよ」
それよりここでさっさと食ってしまおうと悠宇が重箱に手を伸ばしかけた、それを
「お寿司はまだ沢山残ってるわよ。欲張らないの」
日和が笑いながらたしなめる。
 賑やかな客の様子を笑いながら見ていた小判先生はふと自分の脇に目を落とし、
「おや」
ため息を吐くように、呟いた。
「今日はよっぽど、楽しかったんじゃな」
六人が小判先生の目線の先を覗き込むと、仔猫が散らし寿司の中に顔を突っ込んでそのまま眠ってしまっていた。夢の中で、仔猫はどんな風に鯉のぼりと遊ぶのだろうか。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1522/ 門屋将太郎/男性/28歳/臨床心理士
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
3950/ 幾島壮司/男性/21歳/浪人生兼鑑定屋

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
小判先生と仔猫の物語、また続きが書けてとても嬉しいです。
まだ仔猫の名前が決まっていないのが気になりますが・・・・・・。
今回、壮司さまと同年代の男の子同士というちょっと悪ガキっぽい
やりとりが、日和さまに見せる表情とは違う気がして楽しかったです。
個人的に、悠宇さまの家庭環境も上に兄弟がいればいいなあなんて
思いました。
お兄さんとお土産の取り合い、とか。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。